第41話:リミッター
迷いなく殺す相手に理屈を付けて、怒りをぶつけてみた所でどちらも人を殺していることには何も変わりない。
むしろ、楽にしてやると割り切って殺している少女の方が自分を悪と自覚している分だけマシなのかもしれない。
確かにその方が危険もなく、効率的なやり方なのだろう。
割り切って終わらせることが、どちらにとっても楽な方法。
「そうか、それがそっちのやり方ってことか」
「月音、それが今の私の名前よ。方法がないなら終わらせるのが優しさ。有りもしない可能性に捉われて結論を先延ばしにするのは愚者の行動ね」
「あんた、涼がどんな気持ちで戦ってるか———」
「見ず知らずの第三者の気持ち一つでMLSは終わらないわ。救済を可能にするのは哀れみじゃない、確固たる手段でしょう?」
涼は一見すると冷静に月音と名乗った少女を見返しながらも、拳を握りながら自分の内面に宿る激情と戦っていた。
それは彼女への怒りではなく、自身との葛藤に過ぎない。
涼が救える方法がないかと葛藤しているのも科学的には根拠がない所どころか、真っ向から否定されている行為だ。いかにMLSが精神の状態で症状が変化すると言っても、その言葉が簡単に届く状態ではない。
涼が最終発症から戻れなくなっても、命を奪われることを望むだろう。
だけど、それでも人を躊躇わずに殺せない。
愚かな選択だし、それでは何も生まないかもしれない。
「確かにそうかもしれないな。だけど、俺は俺のやり方を変えない」
「……頑固ね。まあ、別に私も強要するつもりはないけど」
「俺は自分なりに誰かを救う為に戦ってる。人を悩みもせずに殺すなら……俺の人間である部分まで捨てることになるんだよ」
歪んだ答えかもしれなくても、その葛藤を捨てて楽になったしまったら涼に残された大切な何かを失う気がしていた。
例え非効率的でも、最終発症者を元に戻す願いを忘れてしまえば意味がない。
愚かだとしても、譲れないものの為に足掻くのが人間の性である。
———俺は、皐月涼は人間だ。
「これ以上、言い争っても無駄なようだけど。私を捕まえたいんでしょう?」
「黙って着いてきてくれるなら何もしない。現にこいつだって普通に生活を送れてるんだ。身の安全は保障する」
ハーミットを殺害した時点で彼女は本来は罪に問われる。
治安維持局に正式に属する者には、MLSの発症に際して強化された『自衛権』という暴力を時に正当化する法が働く。
逆に言えば、それを持たない彼女が武装を所持しているだけで犯罪だ。
少なくとも、不可解な武装を持つ生還者らしき相手を見逃すわけにはいかない。
罪だから潰す、というほど頭が固くはないが見逃すにも危険すぎる。
「身の安全が欲しいなら戦っていないわ。それに私、治安維持局のことを全く信用していないの。ごめんなさい、あなたには興味を持てそうだけど」
「そうか……」
命を奪う気は毛頭ないが、少なくともあの武器だけは奪っておく。
あの技術が万が一にも広まれば東京第二都市には留まらない暴力が世の中に出てしまうことになるのだ。
話し合いが通じている相手に暴力を振るうのは望まぬ行動だが、今回ばかりは全力で拘束しにいかねばならない。
「そう、それじゃ……受けましょう」
変異した黒刃を引っ提げて、月音は水面の如き波紋のない目を向ける。
対するは結姫であっても涼は銃を構えて横から介入する準備を整えた。
この戦いは介入が無粋な決闘ではなく、自らの信念に従って行う仕事なので彼女達の決着を見守る義務はない。
殺さず、出来るだけ傷付けずに月音を拘束するには装備が足りない。
だが、生半可な破壊力では彼女を止めることなど出来ないだろう。
リスクはあるが今までの
「―――
涼の持つ
そして、破壊力とそれを押し出す出力のバランスは、通常の『Level-Ⅰ』が最適として最初から開発・調整されているのだ。
連射に耐えられて、なおかつ反動が少ない絶妙なバランスを崩せば弾の破壊力は跳ね上がっても取り回しは悪くなる。
今までの最終発症者は性質的にも『Level-Ⅰ』で相手取れる者が多かった。
だが、彼女を確実に止めるには更なる出力と弾速が必要だろう。
「これが弾かれるようなら、ほぼ手詰まりだな」
涼は銃口を二人の戦いへと向け、眼の変質を再開した。
戦況がやや結姫の不利で展開されているのは、恐らくは変質した刃を受けないように結姫が慎重に戦っているからだ。
弾き返して相手の体勢を崩す、その選択肢がなくなるだけで肉弾戦は不利だ。
わずかな呼吸の乱れも見逃さず、涼は今は静かに機を伺った。
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