第40話:白き異端-Ⅱ

「待って!!あんた……私と同じってどういうことよ」


「言葉通りの意味よ。あなたは最終発症から戻ることができた、私も死を乗り越えて戻ってきた。ほら一緒」


 くすりと妖艶に笑う少女は手にした剣型の兵装を構える。

 彼女の語ることが事実だとするのなら、東京第二都市に今までは存在しなかった二人目の生還者ということになってしまう。

 当然ながら治安維持局のデータにもなく、生還した理論すらも不明瞭だった結姫と全く同じだとすれば彼女と戦う理由はない。


 だが、見逃すことはそれ以上に出来そうにない。


「あんたの目的は何……?研究とか言ってたわね」


「MLSの終息。その為には私達のように生き残った人間だけでは足りない。人の道を踏み外そうとしている人間のデータが必要なのよ。だから、コレを貰っていくのが目的ね」


「……人間を、モノみたいに言うんじゃねえよ」


 ハーミットの物言わぬ遺体を一瞥した少女を一睨みするも、彼女はどこ吹く風で結姫の攻勢への備えを完璧に整えている。

 持続時間による負担を少しでも抑えようと、眼の変質を解除していた涼と結姫の視線が一瞬だけ交差して戦う意思を共有する。


 彼女が本当に生還者だとしても、今は戦うべきだ。


「そんじゃ、行くわよッ!!」


 結姫は地面を凹ませ、銀色の少女に向けて突貫した。


 今までは突進を躱すだけでも精一杯の敵が多かったが、彼女だけは違う。

 躱すのは同じでも結姫の速度と反射神経により繰り出された一撃を、容易く避けて真横に余裕を持って着地する。

 それだけ見ても、今までの敵との違いが用意に判別できた。


『速い』というよりも『身軽さ』が並外れている。


 結姫も体の軽さと瞬発力で凄まじい速度を生み出しているが、彼女はそれ以上に羽が生えたように軽く見える。


「随分と身体能力を持て余しているのね。折角の能力が勿体ないわ」


「うるっさいわねっ!!」


 返す強化兵装の爪を叩き付ける結姫に対し、銀色の少女は刃を横たえて簡単に受け流すなり容赦なく返す刃で胴を薙ぎ払った。

 それをむずむざと喰らう結姫ではなく、左の装甲で弾き返すと火花が散って斬撃の軌道が逸れる。

 純粋な身体能力と破壊力は結姫がわずかに上回っているが、対する少女が勝るのは技術と平均速度だった。


 自身の有り余る身体能力を一切の無駄なく使いこなしており、理性を持って相手をしっかりと分析してくる。


「話には聞いていたけど、まさか私と同じ人間がいるなんてね。性格はちょっと悪いみたいだけど驚きだわ」


「あんたの方が、よっぽど性格悪いわよ!!」


 最終発症者でハーミットのように意志の力で制御出来ている者は稀で、ほとんどは理性なく単純な動きに反応してしまう。

 理性なきが故に、作戦を立てて結姫と共に戦えば乗り越えられた。


 しかし、彼女はあくまでも冷静かつ的確だ。


 手を出すべき所は出し、理性と勘を的確に使いこなして結姫が振るう爪に対して効率的に対応してくる。

 ここまで結姫と同じ土俵で互角に戦う相手は今までにいなかった。


「あんた、本当にそうなの?」


「ええ、そうだって言っているつもりだけど?」


 ばちりと結姫の腕に装着された鷹型兵装ファルコンが放電を開始し、更に彼女の速度は増していく前触れを見せた。

 普通に戦っていては埒が明かないと判断したが故の強化兵装アサルトの使用は確かに相手の力量を見れば正しい。


「そっちが強化兵装アサルトを持ち出すなら、私も少し真面目にやらないと厳しいわね」


 少女が手にした黒い柄を持つ銀色の刃までもが黒く染まっていく。

 物質自体の質と色が変動する現象は人工物では有り得ない以上、アレの正体は涼には容易く視えている。


「刃の変質か、随分と妙な武装を持っているんだな」


「へえ……一目で見抜くなんて素敵。そう、これは最終発症者の成れの果て。だから、変質もすれば硬質化もするわ」


「それには強化兵装並みの技術が必要なはずだ。どこで手に入れた?」


 最終発症者の硬質化した肉体の一部を使用した強化兵装アサルトですら、変質の能力を残したままでは兵装化出来ないはずだ。

 そんなことをすれば下手をすると、人間の皮膚と兵装が融合しかねない。

 だが、彼女の握る剣はその危険を完璧に回避している。


 そんな技術があるのなら、治安維持局を上回る技術水準だろう。


「それも内緒。一方的に話すのはただの尋問よ。私、尋問って嫌いなの」


「ハーミットも生還の可能性があったとは考えなかったのか?俺達はこいつと話をして生還の道はないと判断した。でも、お前はそうじゃない」


 生還者という存在を知っているが故に、涼達はモノのように最終発症者を殺すことを正解と出来ずに生還の可能性を模索する。

 しかし、銀の少女がもう一人の生還者だと言うのなら、自分が生還した経験から最終発症者を殺すのを躊躇う気持ちがあってもいい。

 それなのに、ハーミットを殺した彼女は何の躊躇いもなかった。


「私なら彼のようになれば、誰かに殺して欲しいと願うわ。人として生きられないなら殺してあげるのが情けじゃないかしら?」


 柔らかく微笑む少女の発言を否定しようとしたが言葉が出ない。

『人として生きられないのなら殺してくれ』と日下部千花もハーミットも最後には願ってはいなかっただろうか。

 本当に迷って、戦って、苦しめるだけが正しい道なのか。

 下手に希望を持たせる方が悪になる場合もあるのではないかと、涼の記憶から命を奪ってきた最終発症者の顔が浮かび上がる。


本質を言えば彼女は決して間違っていないとどこかで認めてしまった。

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