第39話:白き異端


 ハーミットとて、透過を何のリスクもなしにやっているわけではない。

 極端な集中力が必要なはずで、それを乱されればほんのわずかに透過が乱れるのを涼の変異した瞳は見逃さない。

 加えて得るべき情報は結姫の攻撃を回避した相手の動き。結姫が攻撃を受け、反撃をする動作にこそ全ての情報は表れている。


 変に焦らず、あるがままに全てを見据えるだけだ。


 速度と威力を兼ね備えた結姫の攻撃を躱すのは容易ではないはずで、それを辛うじて回避する度に移動の痕跡は場に残っていく。

 分析が終われば、後は引き金を引くだけでハーミットは打倒できる。


 これが結姫と涼が組んで発揮される真価。


 相手がいかに速かろうと、結姫を簡単に振り切れるはずはない。そして、身体能力では最終発症者には劣っても狙撃に関しては涼の右に出る者はいないはずだ。

 ハーミットと名乗る男は例え歪んだ思想だろうと、足掻いて人々を救うことで自身を浄化しようとした。


「殺さなきゃならないのか。アイツを」


 時として、他人とは自分を映す鏡にも成り得る。

 自分がどう足掻いても精神異常に陥ることを本能的に理解していたからこそ、他人の笑顔に癒しを求めることの何が罪なのか。

 殺されるようなことを本当に彼はしたというのか。


「人間なんて、皆そんなもののはずなのにな」


 人に己の在り方を求める人間なんて山ほどいるはずなのに、何が後を奪われる者とそうでない者を区別するのか。

 熱を心に秘めて、涼は銃口を上げてハーミットのいるはずの空間を狙う。


 動きの法則性は既に把握した、後は覚悟を決めるだけ。



「―――装銃開始アンロック



 涼が放った漆黒の銃弾は夜の闇に溶け、ぐしゃりと右肩から先を消し飛ばす。

 傷口が鉱石のように硬化する中で、ハーミットは地面に膝を着いて苦悶に呻く。

 いかに再生が始まろうとこれでしばらくは動けまい。

 すぐに心臓を打ち抜くことも出来たが、涼に生まれた最後の迷いがまるでモノのように人を処理する自分に抵抗した。


「なぜ……外したんだ?」


「躊躇いがなかったわけじゃない。それに、最後に名前くらいは聞いておこうと思ったからな」


「名、前?く、はははははッ、そんなッ!!」


 ぼこりと再生が始まる中でハーミットは嗤う。

 涼に残された甘さを嘲るように、こうなってしまった自分を嘆くように様々な感情が入り混じった顔でただ笑うのみだった。

 その中で、涼は銃口を再び向けると装甲内の引き金に手をかけた。


「―――だよ。もう、俺は疲れた」


 最後に自身の名前を告げて、ハーミットが銃弾を受け入れるのを見る。涼達は今までに奪った全ての命と共に今回も背負っていくしかないのだ。


今回もそのはずだった、のに。



 引き金を引くより先にハーミットの胸には刃が生えていた。



「かッ……ん、だ。これ?」


 口から血液を吐き出しながらもハーミットは自身の胸から生えた日本刀の刃のようなものに触れる。だが、それは彼の体から発生した変異の姿ではなかった。

 刃の主は彼の後ろに立った一人の少女だったのだから。


 彼女は嗤う。朗らかに、まるで呼吸をするように。


「困るのよ、死体をあんまり壊されちゃうと。これは人類を救う為の大事な手掛かりになるんだから」


 歌うように銀色の髪を靡かせて、結姫と似て非なる蒼い目をした少女は絶命したハーミットから刃を引き抜いた。

 てっきり肉体を変質した刃かと思われたが、手にした刃はまるで二人が持つ強化兵装のように漆黒の柄を持っている。


 そこで突然の介入に頭が着いていかなかった涼は銃口を少女に向けた。


「何をしてんだ……お前ッ!!」


「何って、どうせ私がやらなければ貴方がやっていたんでしょ?」


 怪訝そうに首を傾げる少女は結姫と同程度の年齢にしか見えないが、月明かりに照らされる容貌は人形のように美しかった。


「そういう問題じゃない。こいつは自分から命を差し出した。それを見ず知らずの奴に奪う権利はない」


 ハーミットは涼相手に命を終わらせることを決めて、受けた涼には彼を介錯する責任があったということだ。

 ハーミットの命も背負ってMLSの解明の為に戦わなければならなかったのに、こんな見知らぬ女が手を出すのを誰も許していない。


「そうかもしれないわ、ごめんなさい。でも、見ていた限りだと貴方の銃弾だと彼を粉々にしてしまいそうだし。研究の為には肉体は保存が鉄則じゃない?」


「研究って……お前は一体どこに所属してる?」


「言えないわ。強いて言うなら、そこの彼女と大体は同じかしら」


 差し出した白い指が結姫を指し、何を言っているか分からずに立ち竦む結姫。

 しかし、正体が何にせよ彼女をここまま返すわけにはいかない。

 ハーミットを処分したこともそうだが、彼女からは確かに他の最終発症者とは違うものを感じていた。


「一緒に来て貰うぞ。嫌だって言うならなら戦うしかない」


「あんまり気は進まないけどね。それじゃ、少しお相手願おうかしら」


 くすりと笑った彼女の瞳を見た瞬間、ぞくりと全身の鳥肌が立つ。

 彼女はまるで違う。今までに戦ってきた最終発症者とは存在そのものが違っているのだと涼の全神経が告げていた。


そう、本当に―――少女は皇城結姫に似ていた。

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