第45話:狙撃手二人-Ⅱ
涼に出来るのは変質化した眼による観察力と状況把握力。
加えて普通の人間よりは向上した身体能力、そして自在に操れる強化兵装。
正面から最終発症者の身体能力と戦っても勝てないが、結姫が前線を張れない状況になることも考えてはいた。
毎回、彼女に頼ってばかりで戦い抜けるはずもない。
「暗闇でも俺の動きが見えているのは確かだ」
暗視スコープを使っている可能性もあるが、あれだけの貫通力を持った武装を扱い切る能力と併せると最終発症者に近い存在と考えていい。
発症者達を殺害したのが、この相手だとすれば余計に疑いない。だとすれば、今の状態から身動きするのはあまりにも危険だ。
狙撃を行うにはここから視認しなければ不可能でも、顔を出して狙い撃たれる危険を冒すわけにもいかない。
涼の目でも相手の姿を視認できるが、相手の方が速射性能は勝るが故に戦況を支配しているのは相手側だった。
上着によるダミーが通じたことからも、はっきりと相手には闇で動くものが見えてはいない仮説が立つ。
涼の兵装のも銃弾の種類は複数あり、銃の下の予備弾用の小さな収納から弾を取り出して入れ替えることはできる。
ただし、今日は戦闘用の弾ばかりを持ってきたせいで種類も少ない。
加えて、予備弾も大量に持てるないのでリソースに限りはある。
それでも涼は腕に装着された重心の上腕に当たる部分を外すと、電池を設置するように銃弾を幾つか流し込む。
相手を殺害する可能性もあるが、ただの人間ではない確信は持てた。
「勝負は一瞬、か……。
この銃弾の発射には少しの時間を要する。
その間に出来ることをするべく、足元の大きめの瓦礫を拾い上げた涼はおもむろに宙に放り投げた。何かが動けば反応するのなら逆手に取れる、と相手の狙撃速度と精度を信頼したが故に取った奇手だ。
そして、ゆっくりと放られた石が正確に打ち砕かれた事実に戦慄すると共に、相手の居場所を確実に見抜いた。
銃弾の発射準備が完了する手前、涼は銃口を角から突き出すと目で相手を視認して確実に引き金を引く。
上着を吹き飛ばされた連射で相手の連射速度は知れている、このコンマ数秒だけは相手を狙う隙が出来るのだ。
「外さない訓練はこっちだってして来てんだよ」
対面のビルのガラスが弾け飛ぶ様を視認し、小規模な爆発が覆うのを確認すると涼は階段を駆け下りて道路を挟んだ向かいのビルへと向かう。
この爆煙が収まる間であれば、狙撃手と言えど何も出来まい。
逆に言えば手の内を明かした今、再び膠着状態になれば相手を制圧する方法は失われかねないということだ。
道路を駆け抜けてビルの締まっている入口の鍵を、装甲で覆われた右肘で叩き壊すと階段を駆け上がる。
あれを喰らえば無事では済まず、少なくとも爆風には巻き込まれているはず。
直接に戦えば身体能力で劣るかもしれなくとも、狙撃で戦い続けるよりは勝ちの目があると踏んだ。
「はっ、はッ……!!」
荒い息を落ち着けると相手がいた三階に到達し、壁に体を付けて襲撃に備える。
まだ煙が立ち込める中では動く者の気配は感じないが、発射位置を見てから撃ち返した関係で直撃とは行かなかっただろう。
そして、身を屈めて移動しようとした時だった。
「……が、はッ!!」
突然、顔から凄まじい勢いで床に叩き付けられる。
それが首根っこを掴まれて地面に抑え付けられたのだと理解したのは、頬に滲む血液を知覚したのとほぼ同時だった。
この力はやはり最終発症者かと改めて、敵の存在を確信する。
「治安維持局か、貴様……」
押し殺したように低い声が空間に響く。
声からすると年齢は行っていなさそうな男だが、腕力は涼を遥かに超える。
この体勢では銃口を相手に向けることも出来ないし、引き金を引いた所で炸裂弾が目の前で炸裂して自分が傷付くだけの話だ。
相手の方が強く、こちらを知覚していた時点で詰みに近い。
「だったら、どうなんだよ?」
「貴様はまだ使える、すぐに殺しはしない。だが、利き腕は貰っていく」
腕をへし折ろうと真逆方向に力を籠めようとする男。
その力の入るわずか一瞬で涼は引き金を辛うじて天井に向けて引いた。爆発が天井を中心に発生して、大小の瓦礫が落下してくる。
その爆発の影響で背中や腕に火傷らしき痛みが走るも、力が抜けた一瞬を突いて拘束から脱出した。
「ッ……!!」
男が更に距離を詰めようとした瞬間、足元へ向けて今度は引き金を引く。
再び起きる爆発を後方に転がるようにして避けたが、今度は右足に痛みが走って傷が増えたことが肌で感じられる。
傷を確認する余裕もなく体勢を立て直した涼は、弾を一瞬で入れ替えると銃口を構えて銃弾を放つ。
ただ一発しか持たない、強力な催眠効果がある催眠弾。
使い所が難しく、結姫を巻き込む可能性を考えても使うことが少ないが持ち合わせがたった一発だけあった。
爆風で距離を取れたおかげで辛うじて使用できたが、やや紫がかった煙が前方を覆うのを見て涼は口と鼻を覆いながら射程外まで退避する。
「動きが少しでも鈍ればもうけもんなんだけどな」
そして、先程の炸裂弾を直接当てていれば良かったかと今更ながら迷う。
まだ相手が救える段階か明らかでなかったのもあって、爆発を相手に当てるのを躊躇ったせいで制圧完了していない。
そして、次は貫通力に優れた黒の弾丸に入れ替えて涼は様子を伺った。
残弾は予備を含めて、残り十三発。
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