第35話:不変
家を出ると珍しく沈黙したままの結姫を見ながら思い返す。
皇城結姫は年齢的には一つ下の妹の親友だった。
東京第一都市と呼ばれるようになった、MLSなど存在しないはずの健全なる都市に以前は家族と共に三人は住んでいたものだった。
家族もいて、妹がいて、数はそういた方でもないが友人だっていたのだ。
それが崩れ去ったのはわずかな時間でしかない。
何があったのかを端的に告げるのは簡単なことだ。
東京第一都市で最初に発生したMLSの集団発症、それに巻き込まれた結姫と妹の
そうして、果てには結姫と涼だけが生き残り、二人は東京第二都市に半ば強制的に生活拠点を移されることになったのである。
「前に来たのって半年以上前だっけ?」
「七か月ぶりだな、大体。半年に一回は来るつもりだったんだが」
墓所は東京第二都市に人工的に作られた緩やかな丘陵を下った先にある。
木の柵に囲まれてひっそりと建つ墓所は、ほとんどがMLS関係で亡くなった人達ばかりだ。その犠牲者の死の象徴の一つに
「あまり来られなくて悪かったな……紗夜」
菊の花を供え、線香を焚くと手を合わせて祈る。
当時はMLSに感染の危険性があると考えられていた為、最終発症に至った〇の遺体は第二都市内に葬られたのだ。
当初に比べればMLSの可能性がある人間への風当たりも、大分ましになったと言えるが第二都市が隔離されている現状に変わりはない。
同じ東京の名を与えられてはいても、まるで違う世界のように第一と第二は在り方からして異なってしまっている。
あの日、本当は三人とも死ぬはずだった。
「……紗夜。私達、それなりにやってるわよ」
結姫もまた、手を合わせて墓標へ祈る。
本来なら結姫は最終発症から帰ってくることなど有り得なかったはずだ。
彼女が戻ってきたのは、命を投げ出して紗夜が結姫を救ったおかげだった。
MLSの最終発症に至りながら踏みとどまった千花以上の精神力で、紗夜は言葉を掛け続けて結姫を引き戻したのだ。
だから、きっとMLSの克服は一人では無理なのかもしれない。
揺るぎない信頼関係を結んだ他者の自己犠牲こそが、MLSから人を生還させる可能性がある唯一の方法だと悟ってしまった。
将来的には他にも方法があるだろうが、二人とも人に戻れるだけの類稀な強い心を持つという条件が揃うことで奇跡に近いレベルでも可能性が見える。
結姫は妹が命よりも大切だと答えを出した存在で、最後に残った涼を昔から知る人間だった。彼女は家族かつ忘れ形見であり、替えが効かないパートナーだ。
「結姫……俺が命を賭けて、お前を守るって言ったことが不満なんだよな?」
ふと、涼は普段はあまり話題に上がることがない二人の関係へと言及する。
この墓の前でもう一度、自分はかくあるべしと誓い直したかった。
変わらない自分でることで、貫くべき何かを確認することで心に広がる不安を拭い去りたかった。
「ええ、私は二人一緒じゃなきゃ嫌」
祈りを捧げた拳を握り締めて返ってくる意志は鋼にも似ており、やはり変わらず平行線だと息を吐く。
理解しているのだ、紗夜も結姫も涼が命を落とせば悲しむであろうことも。
知っているのだ、紗夜がそんなつもりで命を捧げたのではないことも。
―――だが、涼は自分はこのままでいいとさえ思っていた。
いざとなれば結姫の為に命さえ捨てられる涼でいることで、結姫のMLSが再進行する確率を極端に下げられる。
他人が自分の為に命を捨てることを許さない、日常的に芽生える強い意志は必ずMLSを制御する為の大きな力になるからだ。
「そうか、俺は……それでもお前には生きる権利があると思う」
だから、皐月涼は異常者のままで在り続ける。
こうなってしまった自分を肯定し、もちろん進んで死を選ぶことは断じてなくとも結局は結姫が生きるべきだと。
「じゃあ、私も変わらない。涼を絶対に死なせないわ」
二人の間には絶対的な信頼があり、わだかまりなど何一つない。
それでも、互いを心から大切に思うからこそ平行線でいい。
「……そうか」
真っ直ぐなパートナーを見て、自己の異常さを改めて自覚する。
真っ当なやり方でないことは知ってはいるが、こうするしか結姫の存在を知られずに二人で生きていく方法を思い付かなかった。
二人は変わらないままで、今年も墓所を後にする。
だが、その前に。
「涼、そのお墓って……」
「ああ、日下部千花の墓だ。決して悪人じゃなかったからな」
入口付近にあった千花の墓は一人しか入っていないだけあって、小さなものだったが涼は再び祈る。
決して、この犠牲が無駄になることなかれと心からの祈りを捧げた。彼女を死に至らせることになったのは涼の責任でもあるのだ。
「―――このままで終わらせてたまるかよ」
最近の東京第二都市で起きている大きな事件は何も解決していない。
最終発症者の連続事件、千花達の起こした殺人、ハーミットと呼称される人間による盗難事件と目に見えるものだけでも多い。
これらがばらばらに起こった事件だとはどうにも思えないのだ。
必ず、この都市のどこかに全ての糸を引く人物がいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます