第34話:舞台裏と始まりと
「どちらもですが、皐月さんは東京第二都市内では相当な異常者ですね。反応から見て生還者について知る可能性も高そうです」
「私も同じ見解だよ。彼は謂わばMLSと対極と言える存在だ。大切な人間とは言え、他者の為に命を投げ出すことを微塵も躊躇わない」
白鷺は心理学者が故に、相手が本心からそう言っているかどうかを正確に見抜くだけの観察眼が自ずと備わっていた。
『あれは本気で他人の為に命を投げ出す異常者の目だ』と白鷺の興味の目は次第に涼にも向けられていたのだ。
何を以て、そこまで自分を捨ててまで守ろうと思えるのか。
自己防衛本能の一部機能が壊れたままで生きる、理解できない男に彼の知識欲は大いに刺激されていた。
「それにしても、先生も人が悪いですね。大事な所では嘘ばかり」
「心外だね。私がいつ嘘を吐いたと?」
「先生は東京第二都市での全員でMLSを克服する為に、正義感で動いてはいません。先生は―――単に知りたいだけです」
「否定はしないさ。だが、結果的にそれでMLSが終息するなら、誰も文句はないだろう?異常者を解き明かすには異常者の働きは不可欠だ」
肩を竦めた白鷺は彼女の言葉に対して、やれやれと言いたげに首を横に振る。
知的好奇心の為には、時に人の凶行を黙認する彼自身が異常者であることなど百も承知で活動を行っているのだ。
他人が自らの精神を乗り越えられない様を見ることに悲しみや憐憫に近い感情はあれど、その魂の選択を美しいと感じる彼がいる。
その先を知り、形なきものを解き明かしたいと願う自分がいるのだ。
「それはそうですが、その為に犠牲さえも容易く容認するでしょう。それも先生が吐いた嘘ですよ」
「始まりを知るには終わりを分析するのが研究の王道の一つさ。彼らの犠牲を無駄にしないようにしなければね」
その心に偽りはないが、異常な知識欲を満たすために彼は動く。
その時、事務所の入り口にあるチャイムが鳴った。
「こんな時間に誰でしょうか……?」
「ああ、いいよ。そろそろ来る頃だと思っていたからね」
満足げに頷くと、立ち上がりかけた女性を制止して彼は立つ。
まるで何かを心待ちにしていたように、静かながら純粋な好奇心を唇に称えて白鷺はただ自分の求める道を行く。
「どうやら、
―――翌日。
「……何やってんだ、お前」
何故か、目覚めはあまりよくなかった。
ふと起きると自室のベッドの脇には、ご機嫌な様子の結姫がどうやら寝顔を見ていたらしい体勢で座っていた。
別に寝顔の一つや二つ見られても構わないのだが、まじまじと見られると異様に気になってしまうのは人間の性質だ。
「寝顔って結構ドキドキするものじゃない?」
「お前のヨダレ垂らして、おまけにイビキかいてる寝顔は何も感じなかったが……そういうもんか」
「そ、そんな酷かったの!?」
実際はヨダレがいい所だが、イビキの有無は小さな差でしかないだろう。
よくソファーで世間的に言う寝落ちをしている方が悪いので、別に寝室に侵入して寝顔を垣間見ていたわけではない。
などと、涼自身の名誉の為に一言添えたい所だった。
「さあ、どうだろうな。とりあえずどいてくれ」
「ちぇー、もうちょっと私にドキドキしてもいいと思わない?」
そもそも年頃の客観的に見ても容姿端麗な上に、気心も知れている女子と一緒に暮らしている時点で異常事態だ。
皇城結姫の性根の良さも、涼まで引き摺られてつい笑ってしまうような明るさも、彼女の良い所など百も承知である。
この場で本音を言うならば、結姫を意識しないはずがない。
それでも何とか平静を装って、時にいつも以上に不愛想な態度で誤魔化して生活しているというのに。
「……別にしてないとは言ってないだろ」
「へっ……?ちょ、ちょちょ!!い、今の幻聴じゃないわよね!?」
「さて、洗濯でもするか」
「た、たまには釣った魚にも餌やりなさいってば!!ここまで釣れてるの珍しいんだからね!!」
意味不明な言語を操る結姫にはしばらく静かにしていて貰おうう、結姫を吸引する効果を持つテレビを着けて洗濯機へ向かう。
結姫のパンツを涼が干していると文句を言うくせに、自分で洗おうとはしない横着者への報いはこの手でパンツを吊るすことだ。
実際の所、涼は自分が彼女に抱く気持ちが何なのか分かっていないのだ。
家族愛、友人愛、恋愛、全てが当て嵌まるようでいて全てがしっくり来ない。
依存と言われればそれまでだが、そう単純な話では片付く話ではない。
「なあ、結姫。今日、久しぶりに行くか」
「……そうね。でも、今日って例の集まりじゃないの?」
「それは午後からだから、途中で寄ってこうかと思ってな」
顔を出すのも少し間が空いた、あそこには彼女を連れて行くと決めていた。
落ち着いたら顔を出そうと思っていたので、今日のように時間のある内に足を運んでおいた方がいいだろう。
そう、全てが始まったきっかけの
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