第30話:善か悪か

 講習会を開いている人間は何人もいようが、ついテレビでの露出が多い心理学者の白鷺の姿を思い返してしまったからだ。

 いかに危険な思想が垣間見えるとはいえ、印象だけで事件とあの男を結び付けるのはあまりにも強引かつ根拠のない推理だ。

推理には余計な先入観を持ち込めば、時として目を曇らせる。


「その講演会については何か聞いてないか?」


「ごめんなさい……。学者の人だから、宗教とかじゃないとしか」


 やはり学者という所までは重なってしまうのを結び付けたがってる自分がいる。

 しかし、根拠のない推論を繰り広げるより、まずは日下部千花についての謎を解くことに力を注ぐべきか。


 まず、千花はなぜMLS診断で引っ掛からなかったのか―――


「それを解明しなきゃいけないんだよな。心当たりはないか?」


「ごめんなさい。それも解らなくて・・・・・・」


「結果を書き換えちゃうとかは出来ないの?」


 横から口を挟んだ結姫の推理は誰しもが辿り着くからこそ、現実的ではないものだと考えてしまうものだった。

 いや、本当に現実的ではなかったのかと頭の中で思考が弾けた。

 もしも記録の改竄が可能だとすれば、現実的に可能なのは一介の高校生に過ぎない日下部千花ではなかったのだ。

 解っていた事実は、事件が起きた学校でMLSの検査が行われたこと。


 そして、それらは心理学者等の主導で行われたということ。


 要するに改竄する機会があったのは、学者達の方ではなかったのか。

 やはり、贖罪の意も含めて笹川を訪ねてきて正解だったらしく、ここに来て新たな糸口が見つかりつつあった。

 この東京第二都市において、心理学・メンタリスト達で構築されている組合はMLSの発症具合からも独自の地位を築き上げている。


 政治家が主導しようと、彼らの力無くして東京第二都市は成り立たないからだ。


「出来るかもしれないな。あの日に参加した心理学者が解れば・・・・・・その近日に講演会を開いていた人間も突き止められるかもしれない」


「そういえば千花は相談にも乗って貰ってたみたいだから、カウンセリングとかをやっている人だったのかも」


 ふと笹川が思い出したように告げ、涼の中で次にどう動くべきかが少しずつ明確な形になっていく。

 このまま闇雲に探していても犯人は簡単には見つからない。それならば、不確実であろうと思わぬ形で得られた手掛かりを掘り下げてみる方が有意義だ。


 そして、二人は礼を言うと今日の所は笹川の部屋を去った。


 これ以上は殺人事件について得られる情報はなかったし、彼女自身が起こした事件については万全ではない状態で触れるのは危険だ。

 今の段階では千花の事件だけに集中して調査を続けるべきだろう。


「それで、これからどうするの?」


 人が行き交うビル街に戻ってくると結姫が訊ねて来る。

 収監所がどこか無機質で人の温度をあまり感じなかったせいか、ここに戻ってくると不思議と安心感を覚えた。


「調査先のヒントは得たんだ、このまま相手に話を聞いてみるさ」


「学者さんってこと・・・・・・?」


「ああ、丁度いい調査先があるんだ。前から気になってた」


 治安維持局の人間による取材だと言えば逃げることも出来ないだろう。

 九条からはある程度の単独行動と治安維持局の名前を、取材であれば使用することを許可されているので後で問題になることもない。

 番号はホームページから確認できるし、時間もまだ早いので運が良ければ今日の取材も可能かもしれない。

 事件の解決の為にと言えば、早めに協力せざるを得ないはずだ。


 まずはこの電話番号、心理学者の白鷺から話を聞く。


 その上で心理学者の線から調査結果を得られるように根回ししておけば、今までと違った方向から情報を見つめ直せるはずだ。

 あの男には何か普通の人間とは違うものをずっと心の内で感じていた。


 まさか、こんなに早く出会うことになるとは思いもしなかったが。


 すぐに事務所に電話を掛けると事務員と思われる若い女性の声が応答し、思いのほかすぐに会えることになった。

 日を改めることも考えていたが、丁度空いている時間だったらしい。



 —――果たして相手は、善良な市民か巨悪か。



 午後六時、それが白鷺側が指定してきた時間だった。

 涼と結姫は大通りの裏手にある、白鷺が学者とは別に開いているカウンセラーの事務所へと足を向けていた。建物自体は小綺麗ではあるが、こじんまりとした質素な佇まいだ。


「結姫、お前は出来るだけ喋るな。話し合いは俺が一人でやる」


「それはわかってるけど、念を押すようなことなの?」


「ああ、相手は心理学者だ。出来るだけお前とは話をする機会を設けたくない」


 何より、相手はどこか得体の知れない男なので結姫に質問をさせるような機会を作りたくないのだ。

 それでも、この場で結姫は二人の話を聞いておいた方がいい、何故かそんな一種の予感があって彼女を連れて来てしまったのだが。


「・・・・・・それじゃ、行くぞ」


 最後に呼吸を入れ替えて、奇妙な緊張とと共にエレベータを登ると目的地の三階へと到着したのだった。

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