第29話:謝罪

先を進むだけで不安な気持ちになる無機質な廊下には、所々に腰かける実質的な看守と無数の監視カメラが置かれていた。

危険分子を隔離しておく城には、当然ながら外に人を超えた者を出さないだけの備えが十分にされているのだ。

施設には役割があるように、ここには発症者の人権を損なわない程度に隔離する複雑な責任が負わされた者達が集う。


「さて、ここか・・・・・・」


看守に受け付けで渡された面会票を渡すと、頷いて懐からカードキーを取り出して厳重なドアに付属したリーダーに通す。

普通ならば空いた窓越しにしか面会は許されないが、今回ばかりはそういうわけにはいかないのだ。

既に九条経由で根回しはしてあり、面会票にその旨は記載されていた。


幸いにして、発症者の笹川知弦の容態は良好なようだ。


「・・・・・・あれ、学校で会った人ですよね?」


思ったより牢獄然としていないワンルームの部屋で、ベッドに腰かけた笹川は小さな明り取りの窓を眺めていた。

こちらを向いた怪訝そうな表情を見るに本当に状態は良好らしく、記憶もはっきりとしているのを見て安堵する。


「ああ、覚えてるのか。今日、訪ねたのは君の容体が気になったのもあるんだが・・・・・・聞きたいことがあったんだ」


「千花、のことですか?」


哀し気に目を伏せた様子を見て、涼も結姫も笹川が異形となった友人の辿った結末を知っていることを悟った。

同時に友人の死を心から悼んでいる様子は、彼女はMLSの最終発症から程遠い場所にいることを示していたのだ。

ここに来たのは千花が死ぬ原因になった涼なりのけじめを付ける為と、彼女が最後まで守ろうとした存在を見届ける義務があると思ったからだ。

罵倒されようとも真実を話し、彼女の死の真相を突き止める覚悟はしている。


「・・・・・・彼女が亡くなった原因は俺だ。だが、MLSに侵されても彼女は君の発症を抑えようとしていた。だから、せめて話をしに来たんだ」


実際に戦ったのは自分だと言おうとしたのか、口を開きかけた結姫を視線で制すると彼女の言葉を待つ。

最終発症者を狩る人間達が幾度となく味わうであろう、人殺しとしての責務。

どんな言葉を浴びようとも、遺族や友人と時に向き合っていくしかないのだ。


「千花が、私のことを?」


「ああ、彼女がMLSの症状をギリギリで踏み留まっていたのは、君をMLSにしないという覚悟が残っていたからだ」


「そうですか、千花は・・・・・・私のせいでっ!!」


唇を噛み締めて、笹川は膝で握った拳の上に涙の雫を溢していく。

確かに事実関係のみを見れば二人のMLSは関係している可能性が高いが、そもそも間違っているのはMLSとは疾患ではあれど罪ではない。

偶然にも友人同士の二人の中でエゴが生まれてしまった、それだけの話なのだ。


「いや、君のせいじゃない。止められなかったのは俺だ。済まなかった」


涼は慣れない謝罪を口にすると、千花のような人間を出してはならないと今後の戒めを込めて頭を下げる。

涼には防ぎようがなかった可能性もあるが、防ぐ可能性があるとすれば涼だった。

そして、辛い事かも知れないが笹川には更に千花のことを聞かねばならない。


しかし、聞こえてきたのは何か覚悟を込めた明朗な声だった。


「私、千花の分まで生きなきゃ。私のせいなら余計に・・・・・・精一杯生きなきゃって思います。だから、何か協力できることがあるなら何でもします」


「・・・・・・ああ、そうか。ありがとう」


溢れ出る涙を堪えて、彼女は友人がくれた思いを抱えて前を向く。

笹川がここまで早くMLSから脱しつつあるのは、最後まで優しかった友人の死という強烈な出来事のおかげかもしれなかった。

せめて、それを見届けたことが手向けになればと願いながら涼は顔を上げた。


彼女に聞きたいことが幾つか残っているおり、それを順番に訊ねていく。


まずは、生前に千花の様子に変わったことはなかったかどうか。あるいは、人間関係での変化は小さな内容でも全て教えてくれと頼んだ。


「千花の変化・・・・・・恋愛関係の話しか聞かなかったですね」


「ああ、それは知ってる。それ以外に何かないか?例えば、恋愛に関して誰かにアドバイスを貰ってるとか」


MLSの症状が進んだのは、千花が恋慕していた相手に余計な入れ知恵した男子生徒が原因と考えられている。

しかし、本当にそれだけでMLSが進行する原因になってしまうのか。

全く事例がないわけではないが、学校とはMLSの発生頻度は低く収まっているコミュニティーとして有名だ。

悩む原因にもなる半面、同年代の人間が集まる場所がストレスを抱え込まずに発散できる要因にもなっているからだ。


それだけで男子生徒の殺害に至ったのは、何か原因があると思っていい。


「・・・・・・そういえば、講演会に通い始めるってちらっと言ってたかも」


ふと、思い出したように溢した笹川に涼は思わず目線を戻す。

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