第28話:料理と次の手がかり


 翌日、方針が決まると二人は早めに出発する準備を整えた。


 今日は何故か昼食を作ると言い張った結姫に任せて、リビングでゆっくりとさせて貰うことにした。

 前回の惨状は記憶に新しいが、あれから料理本などをこそこそと研究していた節もあるのでチャンスを与えようと考えたのだ。

 自信たっぷりにキッチンへ向かった結姫に意識が向いて、テレビに集中できないがここで邪魔するのも野暮というものだ。

 やけにフライパンの音がうるさい気がするが、気のせいだ。


 報道されるニュース番組では、昨晩の捕り物の様子が報道されている。


 しかし、こんな犯罪が起こっていても東京第二都市にいる人間は、内陸に逃れることも出来ない箱庭の中にいる。

 結姫と出会った男の話を聞いて確信したのだが、この箱庭の中で非人道的な方法でMLSの研究をしている輩がいるようだ。


“昨日、管理局内部より一部のデータが盗まれる事件があり――”


 そんな内容をぼーっと見つめた後に、涼は思わず身を乗り出した。

 重要なデータではなかったと言っているが、昨日と言えば結姫が出会った仮面の男が犯人だと見て間違いない。

 そうだとすれば、その人物は既に目的を達していたのだ。


「盗み出されたデータの確認もしておくべきか」


 今ここで無駄に焦っても仕方がない、九条にセキュリティー付きのメールだけ送ってみるとしよう。


「よし、完成ー・・・・・・」


「最初の意気込みの割に、随分と勢いのない完成だな」


 キッチンからやや引きつった結姫の声がして、ニュースも切り替わった所でテレビを消して立ち上がる。

 多少、失敗していたとしても空腹が満たされていたのならそれでいい。

 そして、食卓に出て来た物を見て涼は一瞬だけ硬直した。


「きょ、今日のメニューは焼き魚と出し巻き卵でしたー」


「完成したメニューくらいもっと明るく言え」


「ご、ごめん、残してもいいわよ。適当なものレンジでチンするし」


 なぜ初級者の結姫が料理の腕が重要な、出し巻き卵に挑戦したのかは問い質したいところだが、失敗は元から織り込み済みだ。

 出されたものは完食するのが料理をさせた人間が負う責任というものである。

 確かに出し巻き卵は薄く潰れて縮小し、魚は油でキトギトな上に焦げている。


 それでも彼女なりには手を尽くした渾身の料理のはずなのだ。


「・・・・・・まあ、独特な味だが食えなくはないな」


 ほんのり卵の風味は感じるし、決して人体を害するものではない。魚の方は異常な脂っぽさに苦戦したが、慣れてしまえばただの焦げた魚だ。

 若干、コメントに困る所もあったものの何とか言葉にする。


「今度、たまには俺が料理作るの手伝って貰うからな。多少は覚えるだろ」


 最初から素直に『今度、一緒に作ってみようか』と言えばいいのに、我ながら困った性格だとため息を吐く。

 そんなことが言える性分でないのは、自分が百も承知だが。


「・・・・・・うん、ありがとっ!!」


「飯食ってるんだから抱き着くな」


 しかし、意図は十分に伝わったらしく、後ろから腕を回して抱き着かれる。

 いつものスキンシップに不愛想な振りをする涼だが、実は内心では彼女を異性だと意識しないように必死である。

 そんな気持ちさえも見透かしたように、耳元でくすりと笑う結姫。


 そして、そっと優しく耳元で囁いてくる。


「私、涼のそういう所を好きになっちゃったのかも」


「お、お前なぁ・・・・・・」


「もちろん、家族としての好きだよな?って寝ぼけた言い訳は許さないわ」


 顔が直接視えていないからか、普段より大胆になった結姫は創作物の鈍い主人公を完封しかねない発言を放つ。

 さすがに涼も無反応でいられずに、されるがままで潰れた卵焼きを口に運ぶ。

 何となくやり辛い状況だし、たまには大人しく引き下がるとしよう。


 そして、食事を終えて解放された涼は結姫を連れて家を出る。


 これから向かうのは治安維持局の中でも特に厳重に警戒がされた隔離棟で、その存在は内部でも限られた人間以外には秘匿されていた。

 簡単に言うなれば、最終発症の危険がある人間を収容した施設。

 そこには穂波に依頼した面会相手がいるはずで、この事件の鍵を握ると涼が考えている人間でもあった。


「相変わらず、何かこの雰囲気は好きになれないわね」


 モノレールに乗って辿り着いたのは医療に関する研究・薬品の保管施設の一つとされながら、別棟に隠れた設備を持つ隔離施設だ。

 表向きはビルにしか見えないが、内部のセキュリティは非常に堅牢である。

 最終発症候補者は地下で管理すべきとの意見も出たが、研究の結果から人間が日の光に当たらない場所では過度なストレスを感じることが解っている。

 わずかな刺激やきっかけでも与えるべきではないと、強襲部の人間が常駐するビルの形をした城が構築された。


「面会を頼んでいた、皐月涼と皇城結姫です」


 格子越しの受け付けで用件を告げると、ドアを開けるカードキーが渡される。

 堅牢なドアを開けると、その先は病院然とした無機質な廊下が続いていた。

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