第27話:原点へ

 その答えを聞いて“何を言い出すのか”と思わない人間がいるはずもない。

 案の定、健悟は涼の迷いのない返答を受け、躊躇いと困惑を同時に見せると一瞬ながら戦意を手放した。

 増してや結姫を危険な最終発症者だと考えている健悟からすれば、その考えと発言は全く理解の外もいい所だろう。


「冗談を言ったつもりはない。俺は命を賭けて、そいつを守る理由がある。それ以上の理由は必要ないんだよ」


 全く身勝手な話だ、と自嘲の笑みを浮かべる涼。

 当の彼女が涼が命を捨てることを望んでいないことなど、百も承知の癖に本人の前で勝手に命を賭ける宣言をしているのだから。

 それでも、彼女は涼にとって唯一残された守るべき人間なのだ。


 血の繋がった妹が命を賭けて救った親友、それが皇城結姫だった。


 妹が最後に残した命と同じぐらいに大切なものを引き継ぐ覚悟は出来ている。


「正気か、涼。お前が守ろうとしているのは人間を殺す災害かもしれないんだぞ」


「健悟、俺はお前にも穂波にも感謝している。だから頼む、退いてくれ。俺達が争うのはご法度だし、何より―――お前を撃ちたくない」


「・・・・・・わかった、今回は退いてやる。だが、次に見かけたら容赦なく殺す」


 仇と断じる最終発症者と思われる存在を目前にしながら退くことを口惜しく思いつつも、彼の内側にあった理性が勝ったらしい。

 健悟の持つ最終発症者に対する憎悪の深さはよく知っていたので、素直に去って行く背中を眺めて安堵した。

 戦闘員同士の小競り合いに強化兵装アサルトを使用するのは、除名だけでは済まない程の重罪として扱われるのだ。


 次に会う時に何と話しかけるか思い浮かばないが、それは意志を押し通した代償と考えて自力で何とかするしかない。


「まさか、こんなことになってるとはな。来てよかった」


「ありがと、助かったわ。相手が変質もしてない人間だと戦い方が難しくてさ」


 肉体の急所自体は装甲で守られているとはいえ、機動性を考えて薄く設計された装甲では結姫の本気の一撃は容易く貫くだろう。

 しかし、健悟の機動性は結姫にさえ喰らい付くレベルだったため、手を抜くのも面倒な事態へと追い込まれていたのだ。

 これ以上、遅れていたらどちらかが傷付く事になっていたかもしれない。



 ―――結姫と一緒に帰還しながら今夜の捕り物の情報を共有する。



 恐らくは囮と思われる、街に出現したハーミットは今回は捕まらずに盗まれた物もないと情報が入っていた。

 そうなれば本命の治安維持局に侵入しようとした方だが、これは結姫から話を聞く限りでは確かに妙な相手だったようだ。

 彼女の正体を知っている口振りをしており、明確な意志を保ちながらも生還者の一撃を捌く程の身体能力と反射神経は異常の一言である。


 幸いにも結姫が顔を見られていないのが唯一の救いだが、もしも生還者の存在を知られたとなれば面倒なことになりかねない。


 本来なら当面は結姫の活動を控えた方がいいのだろうが、彼女の強大な戦力が必要となる局面が多いのも事実だった。

 何にせよ、十中八九その仮面の男はハーミットと組んで活動をしている。


「・・・・・・大分、厄介なことになってきてるな」


 学校での殺人事件からハーミットの事件に本当に繋がりはないのか。

 最終発症者の急増及び射殺事件、それは本当に何の関係もなく切り離して考えてしまってもいいことなのか。

『そうじゃない、何かが裏で繋がっている』と涼の勘や今までの事実関係が囁いてくるのを無視するべきではない。


 九条も察して動いているようだが、彼の情報網を以てしても尻尾を掴ませずに暗躍する敵をどうにかして捕らえねばならない。


 死因に涼達が関わっているとはいえ、日下部千花に止めを刺した犯人もまだ見つかっていないのだ。つまり、ハーミットの一件だけを追っていても事件は収束しないということ。


 間違いなく、その鍵を握っているのは。


 ちょうど、家に戻ってきた時に携帯がメールの受信を告げる。

 穂波からタイミング良く届いた『段取りは済ませておいたので、以下の日時なら会えるそうです』と、事務的なメールの内容を確認すると涼は頷く。

 どうやら休みにも関わらず上司に連絡を取って確認してくれたらしく、今度何か奢らねばならないだろう。


「穂波から?何のメールだったの?」


「お前が心配することじゃない、ただの仕事の話だ」


「ふん、浮気する男は皆そう言うってネットに書いてあったわよ」


「誰が浮気だ、例えお前の想像通りだとしても許可を貰う必要もないだろ。面倒臭いからお前も見とけ」


 穂波に対抗意識がある結姫は訝しげにメール画面を覗き込んでくるが、別にデートの約束をしていたわけでもない。

 携帯をそのまま渡して文面を見せると、ついでにメールを漁ろうとする結姫から携帯を取り上げてポケットに押し込む。

 別に穂波と関係を持っているわけではないが、見られるとうるさい文面も幾つかあるのは事実だった。


「明日から忙しくなるからな、結姫にも働いて貰うぞ」


「別にいいけど、明日から何するの?」


この連続する不審な事件を解決するには、絡まった糸を解き解す。


そう、日下部千花の起こした殺人事件の洗い直しだ。

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