第26話:異常者の答え
「ぐっ……!!」
制御を失った上に地面に叩き付けられて、なお健悟は闘志を絶やさなかった。
素早く受け身を取ると一つ転がる間に地面を強引に蹴り飛ばし、真後ろへと低く跳躍して彼女から距離を取ると立て直しを図る。
逆風等の調整、肉体への負荷の減少、様々な役割を背負う肩装甲を引き剥がしたので全体の制御難易度は跳ね上がっているはずだ。
しかし、そんな障害を物ともしないセンスと研鑽は障害を容易く踏み越える。
「お前……加減したな。本当に俺を殺すつもりはないのか」
「ないって、最初から言ってる」
それでも、健悟には敵を前にして退く理由がないのだろう。
今の結姫が仮に人を絶対に殺さない確約があったとしても、三日後あるいは一年後はどうなっているか分からない。
人間ではMLSには抵抗できない、獣となった人間は元に戻れないと考えて芽を摘もうとするのは決して間違いではない。
最終発症者による被害が拡大しているのは、否定できない事実なのだから。
それでも、結姫にも彼女なりに信じるものがある。それ故に目の前の敵を気絶させてでもこの場は撤退することが求められていた。
今の健悟でも
復讐心あるいは怒りを糧とする彼は何を犠牲にしてでも追ってくる。
「本当にMLSが克服可能なら……なぜ、あの時ッ!!」
健悟はぎりっと歯を噛み締めると、行き場のない怒りをぶつけるように剣を構えると彼の苦しみを一点に宿した瞳を結姫に向けてくる。
飛踏兵装の能力がこれだけのはずはない、何かあの剣型兵装に秘密があるはず。
そして、両者が呼吸を入れ替えて機を図った時。
「そこまでだ、二人とも退け」
放たれた声は結姫も健悟も聞き慣れているもので、一時的なれど動きを止めさせる効果は十分にあった。
二人にとって、その男の声は無視していいほどに軽いものではなかったからだ。
特に結姫にとっては、大切なパートナーである人間。
―――そう、皐月涼がその場に駆け付けていた。
いい所に駆け付けることが出来た、と涼は目の前で対峙する結姫と健悟を眺めるとまずは安堵の息を吐く。
彼がここに来ることが出来たのは、涼以外に増援が来て役割がなくなったこともあるが、街に出現したハーミットが囮だと気付いたからでもあった。
結姫から連絡があったということは、こちらが本命だと悟った。同時に敵の戦力が把握出来ていない以上は涼が向かうべきはこちらだと判断したのだ。
こんな状況になっているとは思いも寄らなかったことだが。
「涼、まさか……お前はこいつを庇うつもりか?」
「ああ、九条副局長からの承認も得ている。そいつに手を出すなら俺も黙っていない。さっさと武器を退け」
「お前だって解ってるだろう。最終発症者を放置しておけば、今は良くても症状が進行すれば人が死ぬ。こいつらは人間じゃない、人を喰う化け物だろうが!!」
健悟はこの東京第二都市において死人を出さない為には、最善の選択をしているのかもしれない。
過去に何があったのかを語られたことはないが、彼の身の回りで悲劇があって治安維持局にいることは間違いないだろう。
その悲しみを呑み込んで、生還者だと説明も出来ない結姫を見逃せというのは道理に合わない話だと言われても反論は出来ない。
結姫も顔は見えないが、下を向いて唇を噛み締めているであろうことは今までの経験からよく解る。
人と違うことは結姫自身が一番よく分かっていて、生還したと言っても普通の女の子として生きるには彼女は力を持ち過ぎた。
だから、そんな気持ちを理解しているから、黙ってはいられなかったのだ。
余計な発言だとしても九条の力を利用して抑え付ければ済むことでも。
「そいつは断じて化け物なんかじゃない、それだけは言っておく。それと、出来れば俺の前では……人間を化け物なんて言わないでくれ」
「どう見ても化け物だ。人間なんざ、そいつが力を殺すだけで潰せる。症状が侵攻すれば理性だって飛ぶ。人として生きられない化け物って―――」
更に告げられる感情的な言葉に視界が赤く染まるような怒りを覚える。
結姫がどれだけ悩み、どれほど悲しみ、どんな思いで戦い続けているのかを知らない癖にと怒りが一気に噴き出してきた。
彼女のことを理解しようともしない癖に、結姫を語ろうとするのが許せない。
「何も知らない癖に、人を化け物呼ばわりするんじゃねえッ!!!!」
思わず、空いた左手に力を込めると健悟の頬を強かに殴り飛ばしていた。
やってしまってから強烈な後悔と罪悪感が襲ってくるが、結姫がどんな気持ちで生きてきたかを知っていた涼にとっては許せない発言だったのだ。
らしくもなく大声を出したことや殴られたことに、呆然としてよろめく健悟。
今まで、ここまで感情を剥き出しにした過去は、ほとんどなかったのだから。
「……悪い、殴ったことは謝る。お前が正しかったとしても、俺は人間を化け物扱いするのは許せない」
「そこまでして、そいつを庇う理由は何だ?」
そう聞かれれば、いつだっては答えは一つしかなかった。
この東京第二都市では異質な異常者たる皐月涼に相応しい歪んだ答え。
「こいつを守る為なら、俺は最終的に死んだって良いと思ってるからだ」
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