第25話:対空

 結姫の方が身体能力が上なのは、揺るがしようがない事実だ。

 しかし、強化兵装アサルトが持つアドバンテージは、本来は天と地程も隔たる実力差を確実に埋めてくる。

 電磁加速、と呼ばれる機構が一部の強化兵装には搭載されているからだ。


 仮に人を超える跳躍力があったとしても、空中で走ることは出来ない。


 それは強化兵装アサルトを装備しても例外ではなく、空を走るシステムを装着しようとすれば今の技術力でも大型化の弊害で格闘戦など出来なくなる。

 敏捷性の高い最終発症者との戦闘において、それは致命的な欠陥だ。

 しかし、『飛行』は出来なくとも内側の電磁力のエネルギー放出による加速装置は、空中での『屈折』を可能にする。


「…………ッ!!」


 健悟は空中で地面を蹴るような動作を入れると、結姫に向かって“くの字”を描くように本来ならば有り得ない加速をしてくる。

 そこから振るわれた刃を、体を捻りつつ剣の横腹を蹴り飛ばして躱すと彼女は地面へと着地した。

 エネルギーの充填時間があるので何度も『屈折』を行えるわけではない。

 それでも、空中で動けることが強化兵装なしで戦う結姫との明確な差だった。


「空中戦は面倒、か……」


 結姫の得意とする空中戦に持ち込めば、万一が有り得ると判断して彼女は戦い方を根本的に見直す必要に迫られた。

 相手に跳ばせなければ身体能力の差でこちらが勝つ、と解ってはいても簡単に踏み込めない異様な雰囲気を健悟は纏っている。

 今までにも強襲部の人間と止むを得ず交戦したことはあったが、ここまでMLS発症者と思われる人間に憎悪を向けてくる人間はいなかった。


 概ね人がMLSに向ける感情は、嫌悪と根源的な恐怖に過ぎないからだ。


 憎悪と言う感情は恐怖よりも、冷静かつ狂気染みた強さを与えかねない。

 何があったのかは知らないが、この場は隙を突いて逃げるのが正解だろう。

 しかし、相手を傷付けたくない結姫と相手の命を刈り取るつもりで戦う健悟とでは動きの質に差が出て当然である。


 元より、健悟はMLSではないと思えない程に動きの質が高いのだ。


「なぜ、仕掛けて来ない?お前が目的を果たす為には、俺如き路傍の石でしかないはずだ。殺しに来いよ」


「私は……人を殺さないし傷付けない。大切な人だっている。だから、退いて」


 声を聴かれれば気付かれる可能性もあると危惧して、今までは口を開かなかったのだがこれだけは言っておかねばならなかった。

 本来は人を捨てる場所まで行ったのに、何の奇跡か戻って来られたのだ。

 誰もが人を襲うわけではないのだと、人を襲いたいのではないのだ、と声を上げて彼女が希望を紡がなければならない。


 MLSだから殺す、そんな乱暴な決め付けと暴論を彼女は許せない。


 相手に正義があり、どんな凄惨な過去があるとしてもだ。


 例え殺さなければならなかったとしても、救えないと決め付けていては起こるかもしれない奇跡を見逃してしまう。

 それでは永遠にMLSの感染者は救われない。


「今までの奴らもそう言ってきたよ。最終発症者は目的の為には平気で嘘を吐き、人を騙し、人の命を奪う。それならば、俺もお前らを獣として処理する」


 MLSという病であろうと、人を害するならば敵だと明確な答えを出す健悟。

 確かに今の社会において、最終発症者へ同情して手を下せない狩猟者は無価値に等しいのかもしれない。


「最終発症者は獣……ね。皆、そういう見方をするのよね」


「何をぶつぶつ言っている。そういうことだ、恨んでも構わん」


 刃を上げて、相手の命を奪う為ににじり寄る狩猟者。

 確かに肉体の変質を開始した最終発症者は人間ではなくなってしまっている。


 だが、それを―――



「でも、その発言だけは許さない」



 ―――獣と蔑むのだけは、絶対に許してはいけない。



 普段通りに結姫は姿勢を下げると、戦闘態勢を整えた。


「はっ、ようやく本性を見せたか」


「あなたの命は奪わない。でも、さっきの発言は取り消して貰う」


「人の心を持たないなら、俺達は獣でしかない!!」


 これ以上の議論を交わすことを拒んで、結姫は地を駆けた。

 三メートルに満たない距離を助走含め二歩で潰し、瞬く間に健悟の懐へと迫る。


「ちいっ……!!」


 地上戦での不利は悟っていたらしく、彼は飛踏兵装グラスホッパーで中空へ跳んで地上戦を避ける。

 例え、着地際を狙われても健悟の強化兵装は屈折で一、二回は躱せるのだ。

 こと跳躍においては、決して結姫に劣らない性能は大したものだ。


 しかし、彼の跳躍を咄嗟に結姫は跳躍で追った。


 空中戦を放棄したはずなのに、乗ってきたと屈折の構えを整えた健悟は彼女の不可解な行動の答えを見出していた。

 ここで屈折を行って軌道の変更を行えば、この敵は単独ではそれを追ってくる術を持たないはず。



 しかし……それは何も、足場がなければの話。



「逃がす、かッ―――!!!!」


 結姫は辿り着いた研究所の壁を蹴り砕くと、強引に再度の跳躍を行った。

 健悟もそれには驚くもさすがに冷静で、残り出力を計算して辛うじてもう一度だけ緩やかな軌道変更は可能だと判断した。


 それが、結姫の能力を侮っているとも知らずに。


「……なっ!!」


 軌道変更しようとした動きに反応し、天性の勘で読みで敵を捉えた彼女は健悟の右腕を掴むと、バランスを司る右肩の推進調整用の装甲を強引に引き剥がす。

 ガクンとバランスを崩した健悟の首根っこを掴むと、地面に降り様に加減をしつつ地面に叩き付けた。

 わずか高度一メートル五十、これだけ加減をすれば大した怪我にはなるまい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る