第22話:疑惑
「大丈夫・・・・・・?うなされてたみたいだけど」
「ああ、大丈夫だ。ちょっと昔を思い出してな」
着替えを取りに自室まで戻ろうと立ち上がりざまに、結姫の顔を見ると唇を噛み締めた辛そうな顔をさせてしまっていた。
頭が働いていなかった故に昔の話だと言ってしまったが、お茶を濁しておくのが正解だったかもしれない。
あの日に二人の関係も、在り方も大きく変わってしまったのだから。
「・・・・・・あの、さ。私は涼がいなくなって一人で生きるなんて絶対嫌よ」
「俺だって出来れば死にたくない。安心しろよ」
「そうじゃなくって!!万が一にでも、私を優先して死のうなんて考えないでよ」
必要とあらば血縁もない人間の為に命を捧げることができる、それは物語としては美しい決意とされよう。
古来の物語でも自己犠牲を描いた美しい物語は山ほど存在する。
残された結姫の気持ちも頭では理解している涼が簡単に死を選ぶつもりはない。
それでも、どちらかの命を選べと言ったら間違いなく結姫だ。
己のエゴを貫き通し、目的の為には手段を選ばないのがMLSの症状である。
では、涼の一種の異常性とは何と名付ければ良いのか。
「努力はしてみるさ。それはそうと、そろそろ墓参り行っとくか」
「・・・・・・そうね、たまには顔見せてあげないといけないし」
二人にとっての大事な人は、既にこの世にはいないのだ。
二か月に一度は必ず訪れていた墓参りも少し間が空いてしまったので、暇を見つけて行っておきたい。
新しい服に着替えると、胸に籠った熱を吐き出すように深呼吸を入れた。
過去を悔い続けて前に進めないのも問題だが、自分の中で覚悟を失わない為にも過去を忘れてはならない。
あの日の無力感や絶望が、今の涼を戦いに駆り出す原動力だ。
自分の恐怖や不安をある程度は制御できているのも、自分には戦う義務があると信じているからに他ならない。
MLSに有効な治療方法が確立されるまでは、東京第二都市の人間が理不尽に蹂躙されるのを見過ごせない。
その為にも今まで通りに戦い続けようと、改めて涼は自分の中に決意を刻み込んだのだった。
そして、三日後の夜。
涼は連続盗難事件の対策班の一員として、ネオン満ちるビル街を歩行していた。
ハーミットがこれまで重ねた犯行は一定範囲に収まるため、人員を周辺に環状に広域配置して犯人の出現を待つ作戦である。
監視カメラ等の情報を掌握して監視を広げ、早急に包囲の輪を狭めていく計画になっているわけだ。
必ず範囲内に出現する保証はないものの、限られた人員ではハーミットを捕獲するのはこうするしかない。
「本当に出てくるのよね?そもそも、完全に今日って保証もないわけだし」
「それでも、今までの手掛かりを参考にするしかないからな」
戦闘要員として環状の中心に居座った二人は、いつでも戦いの準備が出来るように背中には
確かに過去を参考に張り込むしかないのだが、涼は今回の事件について改めて疑問を覚え始めていた。
ハーミットが数キロ範囲での犯行を重ねる意味が理解できないからだ。
例えば、ハーミットが新たな犯罪を実行するとして、捕まりづらい現場の選定はどうするべきか。
答えは簡単、無差別な犯行が一番予測されにくいはずだ。
ランダムで選ばれた店や企業全てに張り込める人員が治安維持局にないのは誰にだって分かろうものだ。
加えて、情報が少ないハーミットを東京第二都市全域の監視カメラで探索するのも情報量が多すぎて現実的ではない。
現にこうして、一定範囲に活動を絞ったせいで犯行を予測されて監視体制を敷かれてしまっているのは明らかなミスだ。
「この範囲にこだわる理由があるのか。それとも――」
「さっきからぶつぶつ呟いてるけど、何か考え付いたの?」
これはもしかしたら的外れな考えかもしれない。
相手の思う壺あるいは考えすぎということも十分に有り得るだろうが、涼の中で何かが警鐘を鳴らしている。
管理局とて、何かがおかしいと感じていないわけではないはずだ。
しかし、公的機関としては確実性を重視せざるを得ない。
念の為に戦闘要員を東京第二都市内に点在させていることからも、情報を鵜呑みにするばかりではない事が伺える。
「結姫、頼みたいことがある。お前にしか出来ない仕事だ」
「うん、何でも言って。出来る限りやってみるわ」
そして、涼は小声で結姫へと考えている作戦を囁いた。
治安維持局の人員に知られれば面倒な事態になること請け合いではあっても、懸念通りなら面倒なことになるからだ。
ここからは密かに結姫とは別行動になり、彼女は風に黒髪を靡かせてビルの階段を下るべく降りていく。
普段から無駄な力は使わないと二人で話し合って決めたことだ。
この場は涼だけも十分に役割を果たせると判断しての布陣だ。
結姫には彼女しか出来ない役割があるので、有事の際は普段にも増して気合を入れて何とかするとしよう。
―――さあ、いつでも来い。
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