第21話:短き夢

 何の根拠もない話だし、白鷺は確固たる実績を残している。

 怪しい理由が“何となく直感したから”という子供のような理由では、九条に動いて貰うにも理屈不足が過ぎる。

 少なくとも、材料が揃っていない今はまだ何も言えない。


「つまり、この人が言ってるのって・・・・・・研究の仕方を変えて、皆で意識しましょうってこと?」


「簡単に言うとそうだな。確かにこのままじゃMLSは止まらない。最終発症者も増加している今、変化を与える人間は必要だろうな」


 あの男が言っているのが千花のことだと最後に思ったのは考えすぎか。

 しかし、何者かの干渉が発覚している以上、まだ学校で起きた殺人事件は完全な形では終わっていないと言えよう。

 もし、この奇妙な勘が間違っていたらそれでいい。


 今日が休日だったかは記憶していないが、携帯で穂波へと電話を掛ける。


『はーい。どしたの、涼?』


 明らかに仕事中とは思えないトーンで、電話の向こうから穂波の声が聞こえる。

 仕事中だった方が好都合ではあったが、休日に気苦労をかけるのも申し訳ないので今は仕事の話をしない方がいいか。

 どちらにせよ、自宅にいるのなら情報漏洩防止の関係からデータベースにアクセスする手段を持っていないはずだ。


「その声を聞く限りじゃ休日みたいだな」


『うん、そうだよ。もしかして、あたしの声でも聞きたくなったの?』


「……ああ、そんな所だ。もう満足した」


 仕事の話だとも言えず、先方が愉し気にからかってきた反撃ついでに流して終わらせることにした。


『えっ?そ、そうなんだ……。涼って普段は不愛想な癖に、たまーに変な冗談言うんだから』


「随分と嬉しそうだな。それなら電話した甲斐があった」


『そ、そりゃあ友達だし。全く嬉しくないって言ったら嘘にはなるけど、さ。それで本当は仕事の話なんでしょ?気を遣ってないで用件言っていいよ』


 否定する流れだった癖に、急に素直になられるとこちらの調子が狂う。

 本当は仕事の用事だと穂波には途中からバレていたようで、小さなため息と共に逆に気を遣われてしまった。

 見透かされては仕方ない、ここまで来て意地を張り通すのも無意味だ。


「休みなのに悪い。もし、知っていたらでいいんだが……学校の殺人事件で保護された女子生徒いただろ?彼女の現状が知りたい」


『あー、それなら知ってるよ。最終発症手前だったみたいだから、今は薬で眠ったり検査漬けみたい。助かってよかったけど大変そうだよね』


 涼が考えていたのは、日下部千花の友人である笹川知弦から話を聞くことだった。

 彼女の容体は会話が出来ない程ではなさそうだったし、検査の様子次第では面会して千花の周囲にいた人間を探りたかったのだ。

 それに、気休めではあるが彼女が守り抜いた友人を涼なりに気に掛けていた。


 例え手を下した人間がいるにしても、涼が千花が死ぬ原因になったのは事実だ。


「そうか、何日かしたら面会は出来るのか?」


『うん、確か三日だったかな。また、正確に分かったら連絡した方がいい?』


「メールを入れといてくれればいい。毎度、助かる」


 それから、少し穂波と雑談をしてから通話を切った。

 仕事の話をするとどうしても気が重くなりがちだが、陽気で気心の知れている穂波には言いたいことが言えて気が楽だ。


「随分と長かったわね、何を楽しそうに話してたの?」


「ちょっと知り合いと話すぐらいで、結姫に報告する義務もないだろ」


「それはそうだけど……。穂波と二人きりにしといたら、三分くらいでアツアツになる雰囲気あるのよね」


「俺はカップラーメンかっつの。あいつとそんな関係になった覚えはない」


 探りを入れてくる結姫は無視して、結姫の定位置であるソファーを占領する。

 わざわざ東京第一都市そとのまちから取り寄せいた上質のものだ、たまには家主が使おうが問題あるまい。

 最近は考えることが多くて疲れが溜まっていたらしい。


 つい、そのまま少しだけ眠ってしまっていたらしい。


 夢だと分かっているのに、目覚めることのない不思議な感覚だ。



 ―――昔、涼の後ろを着いて歩く少女がいた。



 それは結姫ではなく、久しぶりに姿を見ると涙が出る程に懐かしい相手だった。

 涼の後を着いて回る程度には懐いており、昔の涼も今よりはもう少し愛想の良い少年だったと自分で思っている。

 涼は彼女を大切な家族として、愛おしく思っていたはずだった。


 両親も妹もいる、東京第一都市にまだ涼がいた頃の光景だ。


 その頃には結姫とは多少の面識はあったものの、今のような関係では到底ない。幸福だった過去を追憶すると、短い夢の中でも鮮明に思い出すのは悪夢だ。

 それから何があったのか、どうして涼と結姫が共に戦うことがなったのか。


 記憶に焼き付いているのは火で燃える街と、変わってしまった何か。


 その日に涼は消えるはずだった命を救い、同時に消えるべき命を救われたのだ。


 それはきっと時間にしてわずか、悪夢とも良き夢とも言えるものだった。

 空が夕焼けに染まる中で目覚めた涼は、体中にべっとりと絡み付く汗に顔をしかめながら息を吐く。

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