第20話:人の意思

 この街では何かが起きているのは間違いない。


 最近の最終発症者の奇妙な増加に加えて、日下部千花のような特異性を持つ最終発症者の出現と過去にないことが起きすぎている。

 千花の事件でも不可解なことは幾つかあった。


 例えば、どうやって検査の結果を異状なしとしたのか。


 また、肉体の変質に対して他者を理由に踏み留まる程の精神力を持っていた彼女がなぜ症状をあそこまで進行させてしまったのか。


 事件を整理する為にもPCで作っている日記のようなものに文字を打ち込みながら、簡潔に疑問点を纏めていく。

 結姫はいつも通りにソファー転がしておいて、テレビ鑑賞させている。

 こういう事務的な労働は性格的にも結姫向きではない。


「あ、この人……また出てるわね」


 結姫の声に顔を上げると、以前にも公演を行っていた白鷺と名乗った心理学者が、テレビのニュース番組にゲストとして出演していた。

 以前にも抱いた、何かが普通とは違う男という印象が抜けない。

 しかし、この男がMLSの研究に大きな成果を残しているのは確かなことのようで、個人的に調べてみても経歴に怪しい所はなかった。


 白鷺の言葉が発された瞬間に全員がごく自然に彼を見る。


 ごく自然に場を自分のものにしてしまう存在感は、テレビ越しにも伝わってきた。

 妙に涼が彼に対して警戒を覚えてしまうのは、無意識に侵食するような雰囲気を好ましく思わないからなのか。


『MLSの研究は確実に進んでいます。最終発症者は肉体変質後でも、人間の精神力次第で進行を遅らせることが分かっています。更に検証が出来れば飛躍的に研究は進行することでしょう』


 画面の下にはSNSと連動したバーが浮かんでおり、SNS上で発信された意見が表示されるようになっている。

 東京第二都市のニュースでは多く取り入れられている手法で、色々な意見を持つ他社の存在を意識される意味があるそうだ。

 白鷺の発言に対して男性アナウンサーは当然の疑問を返す。


『検証とは、どのような手法をお考えでしょうか?』


『日々のMLS被害者には心を痛める所ですが、我々はMLSを止める方法を持ちません。今後、我々が求められるのは、精神に直結するコミュニティーの在り方です。誤解を承知で申し上げれば、私は新たな事件が起こる度に検証及び進歩の機会だと捉えています』


 落ち着いた様子を保ちながら、白鷺はMLSの発生を憂う表情を浮かべて見せる。

 しかし、その発言にはアナウンサーも視聴者も引っかかる所はあったようで、コメントの流れも加速していく。


“人が亡くなっているのに検証の機会とは、不謹慎ではないでしょうか?”

“でも、言っていることは何も間違ってないよね”

“現状、止められないんだから起きたことから学ぶしかないだろ”

“言っていることはわかるが、言い方が最悪”


 SNSでの反応は白鷺にも見えているようで、満足げに頷いてみせる。

 自分の発言を人々がどう捉えるかも織り込み済みで、あえてテレビという場で斬り込んだ発言をしたのだろう。


『MLSは我々に与えられた変革の機会なのです。発生が止まらない以上、被害者や遺族に我々ができることは学ぶことだけです。私はその研究の果てに命を落としても構わない』


『そ、それだけの熱意を持って研究に取り組まれてるということですねぇ』


 アナウンサーが過激な発言を取り繕い、視聴者の反応も堂々たる態度で明瞭な返答を返し続ける白鷺を肯定するものが増えていく。

“言っていることが決して間違っていない”と肯定した精神状態で、堂々と覚悟を見せつけられれば視聴者の多くは心のどこかで白鷺の評価を改める。


 少なくとも真剣かつ実際に行動をしている学者だ、と。


『白鷺さん、私達に日常的に出来ることは何かあるのでしょうか?』


『私は講演会で必ず問いかけている言葉があります。視聴者の方を含めて、お聞きしたい。皆さんは―――自分と他人、どちらが大切ですか?』


 MLSへの正しき理解を、犯罪者だからMLSという思考は捨てるべきだ。

 人々の心に潜むものを制御・把握して本来の意味で正しいコミュニティーを築き、MLSを正しき人類の進化へと活用するべきである。

 これは本来は疾患ではない、人の進化なのだ。

 その為には研究の在り方、自分の在り方には常に疑問を抱かなければならない。


 これが白鷺がこの番組で語った内容であり、講演会の内容と大筋で言えば同じ主張だった。


 最後には概ね白鷺を肯定する意見がSNSでは流れており、実際に成果を上げているのだから今後にも期待したいと言う者も増えていた。

 最初はあった、胡散臭い心理学者という意見はほぼ消滅しかかっている。


「……本当にそれでいいのか?」


 なぜだろうか、あの男の意見に筋は通っている上に信念も感じた。

 自分の命を投げ出してもいい、という過激な発言も不思議と本心から言っているようには思える。

 だが、被害者や遺族の為に白鷺が動いているとは思えなかったのだ。

 以前の印象に加えて、ふと何の気なしに引っかかった発言があった。


“人の精神が肉体変質後のMLSを遅らせる”と検証を完了したような言葉。


 それを最近で検証できるのは、日下部千花の事件だけだ。

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