第19話:正義か発症か

 調査が進む中で、事件を終えた二人は再び日常へ帰ることを許された。

 何者かの干渉があったとはいえ、人を殺した罪悪感は幾ら経験を重ねても完全に慣れるのは難しい。

 せめてもの懺悔として、命を奪った人間の墓には必ず訪れてはいる。

 殺したくはないが、殺さなければならなかった。


 それでも、人を殺した事実を悔いなくなったら人として終わりだ。


「結姫、映画でも行くか。この前の流れたしな」


 ふと、そんな気分になって結姫に声を掛ける。

 少しだけ沈んだ様子の彼女は、ちょうど映画館近くの歩道を通った所だった。

 以前に行きたがっていた映画は最終発症者への対処をしたせいで、視れず終いだったことを思い出したのだ。


「・・・・・・うん、ありがと!!」


 涼なりに結姫は笑顔でいた方がいいと思っているのだ。

 たまにはこうして、彼女を元気づけてやるのもパートナーとしての務めだろう。



 かくして、第一の事件である日下部千花達による殺人事件は幕を下ろす。



 しかし、この時はまだ涼は知らなかった。

 この事件が東京第二都市を揺るがすきっかけとなる出来事だということを。

 MLSという病は涼が考えている以上に根が深いという事実を。



 ――—次に、副局長の九条に呼び出されたのは三日後だった。



「殺人事件の解決、改めてご苦労だった。次の仕事だ、資料に今すぐ目を通せ」


「人使いが荒いと言われたことはないですかね?」


「使える物は使う主義だ。今すぐにどうこうという内容ではない。今の内に話を通しておくだけだ」


 前回と同じ管理局の一室で、涼と結姫は仕事の話を受けていた。

 ぱさりと対面に投げ出したファイルを眺めると、中には新聞の切り抜きや提出されてきた報告書の内容を纏めた資料が準備されている。


“連続盗難事件、犯人は未だ逮捕されず”という見出しが目に付く。


「盗難事件に俺達が駆り出されてる割には、死者はまだ出ていないですが」


「ああ、最終発症に至るかもしれないと我々は見ている。しかし、犯人の素性が不明である状況では逮捕しようがない」


「つまり・・・・・・情報が集まり次第、別部署と一緒に行動するってことですか?」


 前回も謂わば警察に近い部署の者と一緒に、仕事をする羽目になったケースもあるので訊ねたのだ。

 本音を言えば動き辛くなる上に、まだ若い二人に怪訝そうな目を向ける者が多いせいで良い思い出はあまりない。

 その程度は九条も解っているはずだが、人員が要る事件の場合は合同にせざるを得ないようだった。


「察しが良いな。そういうことだ、別部署の者からお前には連絡させる。先に話を通しておく。今回も働きに期待する」


 そこで用件は終わりだと言わんばかりに九条は煙草の煙をくゆらせた。


 今回の事件はいつもと違って特殊な点が見られると、事件の話を聞いた段階から察する所があった。

 その違和感は家に戻って資料を確認すると更に深まっていた。


 事件の内容を結姫との情報共有の意味でも確認すると、以下のようになる。



 最初に事件が起こったのは十五日前。



 きっかり三日おきに事件は発生しており、陰でグレーな営業をしていた企業や系列の宝石店等から金目の物が盗まれている。

 そして、決まって現場には名前が記載なしの手紙が残されているのだ。

 どうやら、この時世に義賊を気取った人間で、金銭を奪った時間と場所を記した紙を落としていくらしい。


 時に強引に人間離れした身体能力で押し入り、時に密かに盗難を成功させる。


 目撃は何度もされており、顔は無表情の銀色の面かフードで隠しているとか。

 不思議なまでに手掛かりを残さずに消える男を便宜上では『隠者ハーミット』と呼んでいる。

 少しばかり気取った呼び方だが、事件の特徴を整理する為には仕方がない。


 そして、ハーミットは時刻と場所を記した紙と共に、時には生活や立場が苦しい人間やMLS発症者へと金銭を届けていた。


「妙なことだらけだな、結姫は何か感じたか?」


「MLS発症者にお金を渡すってことは、発症者の情報を持ってるのよね。それに発症がどこまで進んでるのかが微妙じゃない?」


 資料を読んだ結姫の抱いた疑問は概ね正しい。

 まず、身体能力の向上を見せている割には行動が計画的かつ理性的過ぎる。

 命を奪われた人間がまだ一人もいないのも、義賊を気取るハーミットが理性を持っているという証だった。

 決してMLS発症者の支援自体が悪事ではないが、褒められる手段ではない。


 もしも、ハーミットが日下部千花と同じく踏み留まっている者なら。


 犯人は人を殺さず、エゴや虚栄心の産物だとしても救われる人間がいる。

 果たして、罪が浅い最終発症者に対して涼達はどうすべきなのか。

 最近は特異な事件が多く、様々なパターンを考慮しておかなければ緊急時の動きが鈍りかねない。


「次の事件は三日後。そこで俺達も駆り出されるだろうな」


「今回は、助けたいわね・・・・・・」


 わずかに目を伏せて結姫は呟いた。


 いつだって二人は発症者を救う可能性がないかを模索して動く。

 だから、意志を保っている相手と対峙すれば問答無用で潰すことは出来ない。

 相手はMLSのせいで、どんな姿になろうと同じ人間なのだから。

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