第18話:黒き弾丸と謎

 銃口を上げて照準を定めると、肩の一部が固定されて発射準備が整う。


 中に充填されているのは黒色に染められた弾丸。

 夜の闇に紛れての狙撃には少しでも視認性が悪くなる方が良い為だ。

 何度も鍛錬をして今や手足の如く扱える兵装は、涼の言葉をキーとして安全装置の解除を瞬時に行う。


「———装銃開始アンロック


 腕の周りには鷹型兵装ファルコンと似た放電現象が見られ、内部に充填された電磁力が弾丸を加速すべく活動を開始する。

 銃弾が貫通するだけでは最終変異者を完全に破壊することは出来ない。

 故に黒の弾丸は文字通り、敵を捉えると文字通りに炸裂するのだ。


 まだ人の形を保っている彼女に向って、内側の引き金を引くしかない。


「悪い、俺にはこれしか出来そうにない」


 結姫と交錯し、今度は左腕を半壊させられながらも嗤う千花。

 まるで自らの背負っていたものから解き放たれたように、エゴしか気にせずに生きられることをよろこぶように。

 そうなってしまえば、涼に出来るのは全てを終わらせることだけだ。


 銃口から放たれた凶器は、千花の右腕を粉々に打ち砕いていた。


「ふふっ、それで私を殺したつもりですか?」


 苦悶を表情に浮かべたものの、すぐに再生が始まって彼女は再び踊る。

 右腕が崩壊しても戦闘不能にならないのかと驚きつつも、今度は甘さを捨てて彼女の心臓部に狙いを定めた。

 腕が一時的になくなって動きが鈍っている今なら確実に貫ける。


 そして、引き金は今度こそ命を奪う為に引かれる。



 銃弾は、確実に千花の左胸を貫いていた。



「あっ・・・・・・これ、は?」


 命中と共に小規模な爆発を起こす銃弾を急所に受けては、いかに彼女と言えど再生は出来まい。

 胸に空いた穴から徐々に亀裂が全身に広がっているのは、再生能力を上回る崩壊が始まっている証に違いなかった。

 徐々に抜けていく力を前に、呆然と立ち竦む彼女の本能は次の選択をしていた。


「・・・・・・・・・ッ!!」


 千花は自身の崩壊は避けられないにも関わらず、逃げの一手を打って教会のステンドグラスを叩き割ると逃走を開始したのだ。

 まだ動ける体力があったと想定していなかった涼と結姫は、意表を突かれて逃走を許してしまう。



 ―――日下部千花とて、自身の死が近いことは理解していた。



 頭の中は“殺してくれ”と口走った後から、目的を果たす以外に何を犠牲にしても構わないと自然に思っていた。

 誰かを想うとか、そんな気持ちは目的の為には邪魔でしかないのだ。

 教会の窓を割って走りながらも、彼女はMLSによって変貌した精神状態で歪んだ思考を続けていた。


 目的を果たさねばならない、あの人の元へ。


 しかし、本当にそれだけで良かったのか。

 それだけではない自分がいた気がしたのに、奇跡が起きても戻れないと知った。


 敷地を裏から出て、ひたすら走る。


 やってきたのは公園の裏にある雑木林。

 彼女は樹木にもたれかかると息を吐いて、自身の深い傷跡を眺める。驚異的な生命力は回復には至らないまでも、死の縁で肉体を維持していた。


「死なないのが精一杯、かな」


 千花が自嘲の笑みと共に、独り言を呟いた時だった。

 落ち葉を踏み締める足音が彼女の傍へと近付いていたが、それが敵ではないことは本能的に理解していたのだ。


 目の前に現れたのは、蒼みがかった髪をした一人の男だった。


「白鷺さん、ですか・・・・・・?」


 この人は敵ではないと、狂った精神でも白鷺という男を敵と認識しない。

 逆に言えば、それが白鷺の持つ特異性なのかもしれなかった。


「君は実に惜しい所まで到達した。しかし、最後はMLSに呑み込まれてしまったのは非常に残念に思うよ。君とはまだ言葉を交わしたかった」


「・・・・・・私は、呑み込まれてなんていません。ただ、目的を果たす為に前に進まなければと思っただけですよ」


「そうだね、君は間違ってなどいない。本能に従って選んだだけだ」


 白鷺は頷いて彼女の選択を肯定し、柔和な笑みを崩壊寸前の肉体へと向ける。


 千花と講演会で出会った白鷺は正確に彼女の持つ精神性を見抜き、他人を殺害してでも目的を果たすエゴの存在を示した。

 しかし、普通ならば更生させようとする学者がエゴを肯定したのだ。

 その時に千花が背負っていた物が、軽くなった気がしたのをよく覚えている。


 ああ、私は間違っていなかったんだ。


 白鷺の言葉を聞く度に内側から湧き上がる感情に、彼女は身を任せてしまった。

 悪意は感じない、ただ淡々と語る男の言葉には不思議な魔力があったのだ。


「ありがとう、君のお陰で私は新たな境地へと踏み入ることが出来る」


「私の、おかげ・・・・・・?」


「君と出会えたことに感謝しよう。安らかに眠るといい」


 千花の意識が途切れる前に最後に思ったのは、想い人と思いを遂げたかった未練と自分が誰かの役に立てた充実感だけだった。

 そして、友人はせめて無事であることを祈って千花は目を閉じた。


 その場に銃声が響いたのを、最後に記憶していた。




 ―――日下部千花の遺体を発見したのは、涼と結姫だった。




 後日、彼女の遺体は火葬され、灰は海へと沈められた。

 友人の知弦は検査を受けた結果、まだ変質には踏み込んでいないので回復の見込みがあるとして治安維持局の施設で治療を受けている。

 彼女は事故死として学校の生徒には伝えられ、事件は一応は収拾したのだ。


 しかし、千花の遺体からは黒色以外の銃弾が発見されている。


 何者かによる干渉があったことは疑いようがなく、調査が進められている。果たして、千花の裏で糸を引く者がいたのか。

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