第17話:飛爪-Ⅱ
「今のは・・・・・・痛かった、ですね」
損傷した腕がみるみる内に修復し、茨の腕とでも言えよう形状に回復する。
驚くべき事に千花は言語中枢を保ったままで、変質へと足を踏み入れていた。
しかし、結姫のような完全なコントロールには程遠く、相手と会話が出来ても理解はしない拒絶が快楽を浮かべた表情に満ちる。
「・・・・・・私は、
「私は貴方を殺したくてウズウズしているんですよ。今までどうして我慢していたのか不思議で仕方ありません」
もう、自分がなぜ他人を心から思いやっていたのか理解できていないのだ。
目的として定めたことですら、人を愛したからだと答えが出せなくなっている。
殺したくはない、人殺しなんて絶対に御免だ。
しかし、それだけでは何を救われない。
結姫と千花が戦闘を展開する戦場から離れつつ、涼は静かに準備を整える。
結姫の爪を崩壊覚悟で千花は弾き返すと、変質を始めた左腕で結姫の首を狙って手を掛けた。
速度の向上を見せる千花の動きは、最終発症者として見ても人間離れしたものになり始めている。
そして、差し出した左腕の一部が蔦のように伸びて結姫の上半身を絡め取った。
「・・・・・・・・・・・・っ!!」
一瞬だけ苦悶の表情を浮かべるも、結姫の力を完全に拘束する程の力はない。
徐々に力負けが明らかになっていくのを見ながら、千花は半壊から復帰した右腕を結姫へと叩き付けた。
驚異的な回復能力、相手を拘束する腕、更に症状が進めば超能力めいた力を獲得しかねない成長速度だ。
一度は仲間だと思ってしまったせいか、結姫の動きが精彩を欠いている。
不意にガクンと、結姫の体は拘束されている中で不自然に沈む。
装甲がわずかに放電を見せている点から、彼女の意思であることは明らかだ。
結姫がこの程度で潰されるはずがない、これは拘束される中で強引に作った溜めに過ぎない。
無理に作った膝を曲げる体勢、そこから。
「・・・・・・さっき、から、ちょっと――苦しいってば!!」
弾けるように放たれた蹴りが千花の顎を強かに打ち抜いていた。
同時に力の緩んだ拘束を剥がし、甘いことを言っていられないと決意したのか一歩で彼女に肉薄すると右腕の戦爪を触れさせる。
内側に満ちる放電を相手の体に叩き込む、生身の人間では絶対耐えられない鷹型兵装の中でも相手の破壊に特化した機能だ。
それは結姫が千花を破壊すると決意した証でもあり、これ以上の成長を許せば危険だと判断した意味もある。
「っ・・・・・・ぁ、ああああッ!!!!」
千花は体を捻って右腕を盾にすると直撃を避ける。
しかし、爪が触れていた右腕は内側から雷が蝕み、千花は苦悶に表情を歪めた。
それでも彼女は地面に着地すると右腕を左腕で庇いながらも自分の足で立つ。
「・・・・・・あの拘束から抜けるなんて、大したものですねぇ」
顎を打ち抜かれた上に、不完全とはいえ雷を流されても彼女は退かない。
意識を飛ばさずに千花は肩まで変質を完了させ、まるで茨の女王と形容されるべき肉体を手に入れていく。
結姫の一撃でさえも完璧に急所を捉えなければ、決定打になり得ない耐久性や再生力は驚異と言える域に達し始めている。
死ぬまで目的の為には戦う、それは究極のエゴだ。
MLSは他者のことを慮るという行為を困難にしてしまう。
彼女は完全にMLSに侵される前に言っていたはずだ、殺してくれと。
自分が自分でなくなる前に断ち切ってくれと願ったのだ。
「涼、もういい。もういいから・・・・・・やって!!」
結姫の表情は苦悶に満ち、人の形を保つだけの精神力を持ちながら救われなかった千花の命を絶つ無念があった。
こういう形でしか、終わりを与えてやれない。
その先にMLSの治療が確立されると信じて、二人は今の東京第二都市を守っていくしか進む道がないのだ。
だから、涼もケースをこじ開けると中にあった鋼に腕をそのまま通す。
それは銃であり、肩まで覆う腕装甲だった。
肩には銃身を支える人工筋が内蔵され、照準がぶれないように空中での戦闘を想定した配慮がされている。
元より、涼は人よりも身体能力がやや優れているので扱いに困りはしない。
あの日に少しだけ結姫の血を体に入れてから、彼女には到底及ばなくても身体能力は向上を見せていた。
銃身も肩の装甲の全てが黒、電流を通す回路を表す黄金の亀裂あるいは龍脈めいた装飾が闇夜にはやや映える。
DN:RV2-Raven、通称:
それが皐月涼が持つ、闇に紛れて敵を穿つ射撃手の役割を与えられた者が持つべき兵装だった。
近接戦では及ぶ者のない結姫、射撃手として彼女の範囲外から敵を破壊する涼。
二人が内心どうあれ成果を挙げ続けているのは相性的にも当然だ。
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