第16話:飛爪
「ですが、そろそろ限界です。私にはまだ為すべきことが残っていますから」
「・・・・・・友達を助けにいくのか?」
「人が悪いんですね。全部知っているのに邪魔をするなんて」
「あんたはともかく、笹川はまだギリギリで命は助かる。中期発症なら症状を抑えることは出来るからな」
千花も殺人を犯す前であれば助かったかもしれないが、検査の数値で異常なしの結果が出たせいで助からない所まで見逃されてしまった。
しかし、彼女より遥かに浅い足跡から見れば笹川は中期症状に収まる。
だから、少しだけお節介を焼いておいた。
「笹川は保護するように依頼した。他人を害する程度には中期症状も進行してるから外には当分出られないが、今なら命は助かるだろ」
さっきの電話で穂波を介して、簡単に事情を話した上での保護をするように依頼をしておいた。
無論、殺人を犯した以上は無罪とはいかなくとも減刑は可能だろう。
笹川が学校案内の時に校門で待っていると言い張ったのは、千花とは逆に自分の中に膨らむ症状を恐れたからだ。
それが助かるか、助からないかを意味する症状の進行速度の差だった。
「そうですか、ありがとうございます」
最後に一礼すると張り詰めていたものが切れたのか、最後に残っていた人間らしい温かみがふっと消えた。
無感情で冷徹な、ただ二人の命を狙う敵だ。
彼女に潜在的に残った執着はもう恋慕した男だけ、その為ならば二人は邪魔者だと消えかかる理性の中で認識してしまう。
本当に変質する直前で、彼女は驚異的な精神力を以て踏み留まっていたのだ。
友人を説得し、傍で病状の進行を食い止めることが彼女に残った最後の人間らしさだったのだから。
マインドケアは有効な予防手段だが、最も有効なのは周囲に良質なコミュニティーを形成することだ。
大切な友人がいたからこそ、笹川の症状進行は大幅に抑えられたのだ。
だが、千花は症状の進行を抑えるには少しばかり遅かった。
「殺して、ください。私は・・・・・・」
バキンと彼女の右腕から初めに硬質化が始まり、肌が筋繊維のように蔦が絡み合った皮膚へと変化していく。
棘の生えた植物で構築されたような腕を鳴らして、彼女の症状は更に加速していく。
もう意志の力など無意味だ、ここまで来れば戻れない。
「・・・・・・結姫」
「・・・・・・でも、まだ!!」
「助からない、お前にもわかってるだろ!!」
殺すことに躊躇いはあっても、ここで冷酷な決断を下せるのは涼しかいない。
それを痛いほど理解しているからこそ、結姫は千花が硬化を進める間にケースを半分叩き付けるようにして中身を引き摺り出した。
同時にわずかに距離を取り、両腕に手早く兵装を装着していく。
パーツもさほど多くない、事前の度重なる練習の成果で装着に必要な時間は十秒にも満たない。
動力には電磁力を利用した加速装置が埋め込まれており、その加速で身体能力を強引に跳ね上げる。
普通は肉体を破壊されないよう安全装置が複数着いているが、結姫の場合は安全よりも性能優先で問題ない。
複数ある兵装を簡単に識別する為に、生物の名前が付けられたモノ。
結姫に与えられた兵装の名称は鷹。
正式にはDN(識別名)がFL01-Falcon、通称を
識別名からどんな機能を持つ兵装かも簡単にイメージできるので、専ら通称で呼ばれることが多い。
腕よりも一回り以上は大きな深い藍色の両腕装甲、先端には爪を思わせる機械的な表層を持つ二本の刃が固定されている。
まさに猛禽の爪を思わせる形状、同時に識別名が示すのは結姫の本領だ。
規格外の跳躍力で結姫は跳躍し、教会の壁に亀裂を入れながら勢いを利用して飛翔するかのごとく跳ね回る。
彼女の猛進に勢いが着く度に壁の損傷は増していく。
そして、バチンとわずかに漏れ出た電磁力の残滓を見た瞬間。
「・・・・・・・・・っ!!」
眼にも止まらぬ速度で結姫の振るった右腕は千花を教会の壇に叩き付け、壁にクレーター状の巨大な亀裂を残していた。
元より敏捷性に優れる結姫が人間の技術が結晶した兵器を纏えば、その威力と速度は想像を絶する域に達する。
内蔵された電磁力発生装置も無尽蔵ではないが、一撃必殺に近い破壊力を瞬時に生み出せる。
まるで猛禽の如く空を制して、狙い済まして腕を振るう。
それ故、彼女ほど鷹の性質を与えられた兵装を纏うに相応しい者はいない。
よろりと立ち上がったものの、千花の硬化した腕を半壊させても依然として凄まじい勢いは止まらない。
威力を見るに咄嗟に加減したのだろうが、それでも相手の戦力を落とすには十分過ぎる働きだった。
圧倒的な速度による制圧力は、他を寄せ付けることない絶対的な力だ。
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