第12話:次の犯行

 買い物も終えた所で家に戻ると、不審な荷物が届いていた。


 正確に言えば連絡を受けて、改めて受け取り直したのだが些細な違いである。

 厳重にベルトを複数巻いて固められたケースと、楽器のチェロでも入れるのかというケースがさほど広くないリビングに置かれていた。

 中身は何か知っており、届けてきた人間が治安維持局の人間であることも念入りに確認してある。


「・・・・・・まさか、自宅に届けるかよ」


「でも、すぐに使用可能にって言ったらそれしかないんじゃない?」


「手っ取り早いのは確かだがバレたらまずいな。保管場所にも困る」


 中身を確認すると、ため息と共に厳重に縛り直す。

 これが先日、九条に話を通して早急に使用可能にと手配してもらった対最終発症者用兵装・別名を強化兵装アサルトだ。

 生体認証を介さなければ起動しない、人間の肉体変質を研究した上で一部を素材として使用した最先端技術の結晶。

 治安維持局の中でも適合率の高い者にしか貸与されない資格でもある。


 無論、最新技術の結晶を自宅で管理するのは厳禁だ。


「これ、私はあんまり使わない方がいいんだっけ?」


「状況を選べば問題ないさ。むしろ気を遣うのは俺の方だ」


 強化兵装は主に破壊力を飛躍的に向上させる。

 しかし、威力のある武装ほど周囲の被害や状況を頭に叩き込む必要がある点を忘れてはならない。

 増してや射撃系の兵装を使う涼や、更に戦闘力を向上させる結姫の兵装は安易に運用できるものでもなかった。


 人が結集した技術で変貌した人を狩る、社会が抱える不可思議な構図だ。


「・・・・・・使う機会なんていらないのに」


 結姫が呟いたのを背中で受けつつ、メールチェックの為にPCを立ち上げる。

 同時にまるで待ちわびたかのように、ポケットに突っ込んだ携帯がメッセージを受け取ったことを告げていた。


 東京第二都市内でのセキュリティーは強固なものが多い。


 マインドチェック結果を含む個人情報を施設等へのパスとして使用することは多く、幾重にも張られたセキュリティーが情報漏洩を防いでいる。

 民間でのウイルスソフトも大幅な進歩を遂げ、東京第一都市にも広がった程の堅牢性を誇っていた。

 念の為に九条との情報交換は口頭だが、簡単に済む指示はメールで行う。


“情報を同封しておく。再度連絡する”と端的な指示をするメールを眺めながら、届いた強化兵装のケースをまさぐる。


 すると、涼のケースの内側に仕込まれたポケットには封筒が隠されていた。

 個人情報ともなると直接に届けた方が確実なのは理解できるが、こうも巧妙に隠されると見落としていて当然だ。


「ったく・・・・・・初見でわかるかよ、こんな隠し場所」


 ぼやきながら封筒を開けて、数枚の書類を取り出して中身を確認する。


「何それ・・・・・・って、今日行った学校の資料じゃないの?」


「被害者と関係があった人間のリストか。さすがに早いな」


 治安維持局の凶悪事件への調査能力は伊達ではなく、わずか数時間で人間関係とプロフィールを詳細に洗い出していた。

 受け取ったリストに記載された人物を順番に見る中で涼の手は自然と止まる。


「・・・・・・日下部くさかべ千花ちか?」


 今日、出会ったばかりの少女の顔を思い出す。

 被害者の男性との直接の親交はほとんど見られず、被害者の友人の男子生徒とそれなりに仲が良かった程度の話だ。

 ただし、男の方は“千花をさほど快く思っていなかった”と書き足されている。


「今日、道案内してくれた人ね」


「あそこまで明確に話すことは何もないと言っていたのは、お互いに快く思ってはいなかったせいか」


 被害者の話をするにしては冷たい気もしたが、特に深い親交がないという言葉も嘘ではなさそうだ。

 それで犯人と考えるには、あまりにも強引に被害者との繋がりは薄いが。

 何より彼女が友人を待たせてまで涼達を案内してくれた行動を見ても、目的の為に命を燃やす最終発症者の可能性は薄い。


 明日もあの学校に行ってみることにしよう。


 しかし、事態は予測よりも深刻だった。



 資料を捲りながら考えていた涼は翌朝になって、九条の派閥の人間から連絡を受けることになる。



 ―――学校から一キロほど離れた場所で、今度は女子生徒が殺害された。



 今回の被害者の遺体が見つかったのは、予想に反して公園にある花壇の中だ。

 公園から入ってすぐの広場には広大な花壇が作られ、冬から春に咲く様々な色の花が植えられて彩りを添えている。

 静かに目を閉じて眠るように女子生徒は亡くなっており、争った形跡もなく遺体はほぼ綺麗な状態だった。


 死因は胸部を強く圧迫されたことにより心臓の機能不全。


 雪崩などに埋まった遭難者と同じ死因なのに、一瞬で強い力を与えられて亡くなったので苦痛も一瞬だっただろうと治安維持局は結論付けた。

 しかし、刹那の間に圧死に近い症状で相手を殺害できる人間はいない。


 今度は二十四センチの足跡さえ残さずに、犯行は重ねられた。


 しかも、学校を警戒していた監視の目をすり抜けて。

 衝撃的な殺害方法で、人の目に晒すように殺人を行ったせいで先入観があったのが犯行を許してしまった原因だろう。


「・・・・・・犠牲者はこれで二人目、か」


 犠牲者を出してしまった事実に拳を握る。


 最終感染者が人を殺すことを黙って見過ごすわけにはいかない。

 増してや、まだ意識がある可能性があるのなら結姫のように戻って来れる可能性がゼロではないと考えられる。

 どんな理由があろうと人の命を奪うことは本来は許されないのだ。


 そして、それは涼達も例外ではなかった。

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