第11話:二人の絆

 今すぐに出来ることもなかったので、用事だけ済ませて家で休養することに決めて結姫に声を掛ける。

 女子である結姫には色々と買い足す物もあるため、着いて来た方が都合がいい。


「食材買うから付き合え。お前がドカ食いするから買い足さないとな」


「そ、そんな食べてないでしょ。そこそこくらいよ」


「いくら食っても文句はないが荷物持ちで着いてこい。お前の食事でもあるんだ」


「・・・・・・本当はこれって男女の立場が逆じゃないの?」


 今の肉体が変異していない状態の結姫は人間の範疇に収まっているが、下手な男よりは腕力があるだろう。

 ビニール袋の五つや六つは簡単に振り回せるパワーを存分に発揮してくれる。

 東京第二都市の中で大規模な商業施設は幾つかあるが、二人の家から近くとなると一つしかなかった。


 自動ドアを潜り抜ける前には都民証なるカード形式のパスが必要となる。


 小さな施設であれば必要ないが、都民証には最新のマインドチェックで『問題なし』と判断された情報がインプットされていた。

 チェックの結果が一定を超えると大規模な商業施設には入れず、スーパーマッケット等で済ませるしかないのだ。


「それで、何買い足すの?お肉?」


「肉しか食わないと栄養偏るし太るぞ。たまに嫌いなキュウリ食ってみろ」


「野菜ならメロン食べればいいじゃない。あ、メロン買って帰らない?」


「キュウリにハチミツ掛けた雰囲気メロンにするか」


「・・・・・・嫌よ、あれ生臭くてマズいし」


 既に試していたらしく、げんなりした顔になる結姫。

 別に何か面白い話を出来てはいないし、適当にあしらってしまう時があっても彼女は心から楽しそうだった。

 最初は結姫に対して過去に失ったものを重ねているだけだと思っていたが、今は間違いなく違うと言い切れた。


「ん、どうしたの?ぼーっと私の顔見て」


「いや、別に何でもない」


「あ、もしかして・・・・・・結姫って結構可愛いなーとか再認識しちゃってたり――」


「ああ、実はそう思ってた。よく分かったな」


「し、て・・・・・・へっ?」


 どうせ、いつも通りに不愛想に悪態を突くとでも思っていたのだろう。


 見透かされると意地悪をしたくなるのが、我ながら困った所でもあった。

 かあっと顔を赤くしたものの、涼の意図に気付いた末に唇を尖らせて“からかうな”と言いたげに腕の皮をつねられた。

 しかし、不満顔も五秒として持たずに、いつの間にか涼の傍へと戻って嬉しそうに微笑んでいる。


「何だよ、情緒不安定な奴だな」


「・・・・・・言い方っ!!ここは私の定位置なの。パワースポットみたいなものね」


「まあ、いいさ。腕の一本くらいくれてやるよ」


「私が腕をもぎ取ろうとしてるみたいに聞こえるんだけど・・・・・・」


 軽口を叩き合いながらも、お互いを大切に思っていると確認するまでもなく理解している。

 二人で野菜と肉を買い込むとカートを転がして別の階へと移動する。

 買い物は東京第二都市内の人口が限られることもあって、無人レジも多いので楽なものだった。


「お前の靴買うか。よく壊れるからな」


「しょうがないじゃない。固いもの蹴ったりとかすると壊れるんだもの」


「別に責めたつもりはねーよ。消耗品のつもりだし仕方ないさ」


 生身で戦うとどうしても、結姫は硬化した相手の皮膚を蹴ったり瓦礫に裂かれたりで結構な頻度で靴が壊れる。

 食事に関しても冗談を言ったが、結姫に関して必要な出費を財布の紐を握る涼は惜しむつもりはなかった。

 もちろん、彼女の働きで出た賃金は手を付けずに取っておいて、涼の収入から全てを出している。


 命を賭けて戦っているのだ、それだけでも普通に暮らしていけた。


「うーん、やっぱりスニーカーが動き易いし無難よね」


 最終発症者を前に動きが遅れれば、場合によって自分か他人の死を意味する。


 特に戦闘になった場合に靴を脱ぐ暇はなく、靴だけは動きを阻害しないように日常から意識していた。

 服は可愛いものを買えるように資金は渡していても、靴は間違ってもハイヒールに近い物は履けない上にどうせ壊れる。

 全ては常に血生臭い事情が漂うせいだが、結姫としてはお洒落な靴もたまには履いてみたいらしい。


「・・・・・・欲しいなら好きなの選べよ。お前の稼いだ金だから好きに使え」


「ううん、いざと言う時に邪魔になるからいいってば」


「近場で使うくらいならいいだろ。こういう時くらい無理すんな」


 彼女はいつも人間を傷付けたくないのに戦っている。


 活動エリアの関係で、あまり遠くへも行けずに自由に遊ぶのも限られる。

 こういう時くらいは我儘を聞いてやりたかった。

 たった一つしか年齢が違わなくて、血など欠片も繋がっていない少女でも涼にとっては家族以上に大切なパートナーである。

 こんな言葉でさえ仏頂面でしか言えない所は許して貰いたいものだ。


「おい、急にどうした?」


 唐突にがばっと抱き着かれ、心臓の鼓動が早くなるが冷静な振りをした。

 普通の家庭では靴を買ってもらうのは特別な出来事ではなくとも、彼女の事情を想えば当たり前とは言えない。


「・・・・・・ありがと、涼」


 肩に埋まる声は上擦っていて、過去を思い出したのか結姫は涙さえ浮かべているのを想像が着いた。

 不安に決まっている、自分が一人だけ最終発症から生還して戦うことでしか安心して生活を送れない。

 家族のように、親友のように、恋人のように、傍にいる人間の存在を意識するだけでも色々な気持ちが込み上げてきたのだろう。


「いいんだよ、お前の我儘わがままくらい大抵は何とかしてやる」


 不器用ながら、ぽすんと背中に手を添えて精一杯の気持ちを示す。あの日から数年経って、結姫は何があっても守ると覚悟は決めているのだ。


「よし、それじゃ・・・・・・買ってくるわね!!」


 にっと笑って結姫が気を取り直しつつ靴を選び始めるのを見て、自然と頬が緩むのを自覚する。

 そうやって楽しそうに笑っている彼女が一番良い、なんて本人には到底言えないことを内心で呟いたのだった。

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