第13話:ただ一つの手がかり

 手がかりを残していそうなのに犯人が挙がらない。


 同一犯の可能性は高いが、証拠が見つかるまでは確定も出来ない状況だ。

 今回もカメラは破壊されており、現場の映像を回収することも出来なかった。

 治安維持局も同じく動いているだろうが、薄い可能性でも得られる情報は獲得しておくべきだろう。


 ずしりと重い強化兵装アサルトの入ったケースを二人して背負い、公園の事件現場付近で携帯を取り出すと電話をかける。


 数コールが鳴って、やや事務的な声で通話が繋がった。


『はい、水沢です』


「仕事中に悪いな、穂波。一つ聞きたいことがある」


『……涼だって仕事中じゃないの?まあ、いいけど』


 小声になりつつも気安い口調に戻って、穂波は息を吐く。

 九条からは自分の判断で情報提供を依頼しろと許可済みで、いかに子飼いと言えど破格の待遇だった。

 それだけ、涼と結姫は単独で動くことで成果を挙げてきている。


 成果と喜んでいいのかは疑問が残る所だが。


「肉体変質の探知システムの記録が残ってるだろ?あれはどうやって変質を判断してるんだ?」


『体温と発汗と異常脳波とか……色々な要素を複合的に判断してるみたい。一定数値を超えるとこっちに情報が来て、最終確認を自動でやってサイレンが鳴るの』


 穂波曰く、一定範囲にいる全員の体温や発汗や他の要素を全て詳細に管理できるだけの技術は東京第二都市にはない。

 しかし、方々に設置されたセンサーの情報を吸い上げて、一定数値を超えたものの検知だけなら技術開発は進んでいた。


「今から送る場所に反応が一瞬でもなかったか調べてくれ」


 携帯の位置情報を業務用の穂波のアドレスに送信する。


『……ここでは、記録はないなぁ』


 センサーでも拾い切れないほど一瞬だったのか、完全に変質をコントロールしているのか。

 第一の事件で見つかった二十四センチの靴跡も、該当者はいずれも検査結果が異状なしで犯人とは言えない。

 一瞬でもシステムが反応があれば、足取りを追えるかと思ったが甘かったか。


 しかし、そこで口を挟んだのは結姫だった。


「体温が上がった記録だけに絞って調べられない?」


「穂波、体温だけ一定値を超えた人間の記録を調べられるか?」


『出来るけど……体温だけじゃ熱がある人と運動直後の人も引っ掛かるから、判断材料としては薄いよ。っていうか、その情報を渡す理由がないと怒られるだけじゃ済まないんだけど……』


 理由があるんだな、と目線で告げると強く頷く結姫。


 今までは肉体変質に至った人間の殺人は必ずサイレンが鳴っており、体温だけが判断材料になった例がない。

 重度のMLS発症者の脳波以外の数値には振れ幅があり、脳波を中心として複合的に判断するのが常識だ。

 幾つかの要素で判断するシステムを創り上げたことで、この都市は迅速かつミスのないMLSの犯罪への逮捕を可能にしたのだ。


 だが、体温の急激な上昇が結姫が知るキーワードならば重要な手掛かりだ。


「東京第二街区高等学校の事件で、俺達は最終発症者の関与を探るよう依頼されてる。権限が必要なら九条副局長から貰ってくれ。分析には時間がかかるのか?」


『ううん、基準を超えた場合だけ抽出するから……副局長から権限さえ貰えば一時間あれば十分っ!!』



 そして、一時間と経たずとして分析結果は厳重に幾重にもプロテクトが掛けられて送信されてきた。


 パスも予め知っているもの・口頭・別のメールと三重で掛けられており、受け取った時に別のソフトでチェックしてから開封する厳重さだ。

 情報によれば昨夜の公園には体温が急上昇した人間が運良く一人だけおり、その足取りが途中まで掴めた。


 住所をマップで参照すると、妙な場所へと容疑者は移動していた。


「……これは、教会か?」


 公園からはそう遠くはない、今は主が離れていて活動が行われていない廃教会めいた場所のようだった。

 何にせよ、貴重な手がかりなので調べておくべきと判断し、涼と結姫は今から教会に移動することにする。

 教会までは徒歩にして十分もかからない。


「結姫、体温って言い出したのは何か根拠があるんだろ?」


「私は変質の時って体がぼーって熱くなるのよね。あれが体温が上がってるってことならって。反応がないなら脳波で調べてもムダだし」


「そういえば変質の時にどんな感覚かって、わざわざ聞かなかったな」


 今までに高い知能を保った不可能犯罪は事例がなく、体温の上昇だけに注目する視点がなかった。

 結姫も『体が熱くなる』と過去に言っていたかもしれないが、他の事に気を揉んでいたせいで聞き流していたのだ。

 自我を保った最終感染者は体温の上昇だけは抑えられないと知るのは、生還した者だけだ。


 脳波を中心に追っていたら、絶対に辿り着けない手掛かり。


「……本当に私と同じだったら、助けられるかもしれないのよね」


「あまり期待しない方がいい。相手は人を二人も殺してるんだ」


 結姫の場合は奇跡に近いレベルの出来事で、これから同じ出来事が起きる可能性は天文学的な確率と言っても良かった。

“仲間がいるかも”と期待して裏切られた時を想うと、今から否定しておいた方が精神衛生上もいいはずだ。


 二人はすんなりと開いた入口を通って建物内に足を踏み入れた。


 そこには、図らずも人がいたのだ。

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