第10話:違和感

「・・・・・・やっぱり妙だな」


 現場周辺を見た中で、涼は今までの事件とは違うものを感じていた。

 MLSは自分の目的の為には手段を選ばなくなるのが特徴だ。

 自分の利益や目的を最優先とする、世の中で『自分のことしか考えていない』と呼ばれる欠点の極致と言えよう。


 肉体の変質まで至る変異者にもレベルがあり、初期段階では自我が残ることも確率的には有り得る。


 だが、身体能力と自我は天秤にかけられたかのように反比例する。

 肉体が強化されれば自我が失われていく。今までの定説とも言える常識だったのだが、今回の事件では明らかに両立されている。


「そこ、地面が沈んでるだろ。相当な力で踏み砕いたんだろう。お前が全力で踏んだらどれくらい沈む?」


「私の体重が重いみたいに言われてる気がするけど、もうちょっといけるわよ」


「結姫よりちょっと力が弱いレベルの奴が明らかに意志を持って、周りを過剰に壊さずに屋根の上で人を殺してるんだぞ」


 置かれていたカメラが壊されていたことからも、意思があったのは明白だ。

 結姫の跳躍力は並みの最終発症者では及ばないレベルだが、それより幾らか劣る程度の人間が意思を持って動く。

 結姫と同じ領域に達した者がいるのか、症状が変質しないギリギリを保っているだけなのか。

 手がかりは二十四センチの靴だが、普段に使っている靴の足跡を残す程には愚かな人物ではあるまい。


「もしも、最終発症の一歩手前の奴が潜んでいるなら面倒だな」


「・・・・・・また、事件が起こるってこと?」


「ああ、普通はMLSは完全には治らない」


 症状から生還した結姫ですらも完全に治ったわけではない。

 最終発症者に近い進化を可能にする調整が効くだけで、彼女の精神次第では暴走の危険は有り得ない話ではない。

 もっとも、検査の結果からしても多少のことではびくともしないようだが。


 それはさておき、この学校にはまだ張り付く必要がありそうだ。


 恐らく犯人は女子生徒だが、学校内にチェックに引っかかった人間はなし。

 どこかにカラクリがあるはずなのに今の段階では解らない。


「学校の中は回ってみる?」


「屋根の真下の部屋も見てみたいからな。念の為に教員を随伴させる」


 九条からの指示で、校内を見回る時は教員を連れて行けとのことだった。

 いらぬ誤解を招かない為と、関係者に事情を聞いておけという意味だろう。

 しかし、外から見ただけでは教員室の場所が不明だったので、仕方なく通行人を呼び止めることにした。


 そこで丁度いい所に二人の女生徒が歩いてくる。


「悪い、ちょっと聞きたいんだが・・・・・・教員室ってどこだ?」


 出来るだけ怖がらせないように柔らかい声のトーンを心掛ける。

 それでも一人は怯えていたようだが、もう一人は笑みさえ浮かべて応じた。


「別に構いませんけど、治安維持局の方ですか?」


「そうだ。面倒なら場所だけ教えてくれればいい」


「ご案内します、場所が少し解り辛いですから」


 にっこりと笑って、微かに栗色がかった黒髪の少女は先導してくれる。

 治安維持局の人間と聞いて安心したのか、最初は怯えた様子だった彼女の友人も改めて声を上げた。


千花ちか、私はここで待ってるから」


「うん、すぐ戻るわ。ごめんなさいね」


 どこか優雅さが所作にも漂い、客観的な容姿も十二分に端麗と言えよう。友人に対してはくだけた様子になる所からしても、仲の良い相手なのだろう。

 涼は共に歩き出した千花と呼ばれた少女を一瞥すると、この機会に被害者の情報も得られるかもしれないと思い至った。


「俺達はさっきも言ったが、この事件を調べに来た。疑うなら身分証を見せてもいい。だから、事件の話を聞かせてくれないか?」


「友人を待たせているので、別の日には出来ないでしょうか?」


 治安維持局だと言っても、彼女は友人との予定を優先しようとした。

 それが豪胆と言えるのか常識外れと言えるのか。

 普通は公的な機関の人間を相手に自分のエゴを押し通せるだけの度胸などありはせず、女性なら尚更だろう。


「そう長い時間は取らない。被害者について知っていることを聞かせてくれ」


「もちろん、知らない人ではなかったですが・・・・・・直接の面識もあまりないので、お話出来ることはありません」


 一時的に足を止めて、彼女は困ったような色を顔に乗せて応える。

 もし直接の知り合いならとも思ったが、あまり関わり合いのない人間に訊ねても妙な先入観を植え付けられるだけだ。

 話には応じてくれる空気はあるものの、これ以上は無駄だろう。


「そうか、悪かったな。案内してくれて助かった」


「いえ、事件・・・・・・解決するといいですね」


 朗らかに笑うと少女は教員室の前で一礼して去って行く。

 その背中になぜ声を掛けようと思ったのかは分からないが、涼は彼女に向って問いかけていた。


「この学校の生徒として、この事件について・・・・・・どう思う?」


 それに対して、千花という女子生徒は背中を向けたままで応える。


「許されるべきではないと思いましたね」


 友人の元へと戻る千花を怪訝そうに眺めていたのは結姫だった。

 自分が言葉にはし難いものを抱えている事実をもどかしく思う顔で、千花の背中を見送る彼女は何やら考え込んでいた。

 言いたいことははっきりと言うパートナーのこういう表情は珍しかった。


「どうかしたのか?説明できないって顔してるが」


「うーん、何かよくわかんないのよね。よくわかんないけど」


「お前の言語の方がよくわからん」


 何にせよ、また翌日に来てみることにして二人は引き上げた。それなりに収穫もあったので九条には後で報告書を送っておこう。

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