第8話:戦う仲間
出かける前に嫌な番組を見てしまったと溜息を吐きながら、涼は支度をする。
物騒な事件が起こっているいると、結姫も子供ではないので理解しているだろうが注意喚起だけはしておく。
「結姫、俺が帰るまで雨戸とカーテンは開けるなよ。飯は適当に用意して冷蔵庫に入れといた。夕方には帰るからな」
「あー、そういえば今日集まりだっけ」
「ああ、それじゃ行ってくる」
結姫を真っ向から捻じ伏せられる人間など存在しないはずなので、念入りに戸締りをした程度で外出する。
あの講演会を行っていた白鷺という男は個人的に少し調べてみるとしよう。
これから出かけるのは、治安維持局内の一施設。
涼は東京第二都市に来てから、設けられた高校を何とか卒業したばかりで治安維持局の庇護下で働いている。
一応は正式に一員として登録されているので、こうして定期的に設けられる研修にも参加が義務付けられていた。
先日、検査で入ったビルの隣の一階隅に目的地がある。
パスを通してドアを開けると、室内には教室然と白いテーブルと椅子が幾つも置いてあった。
「よーっす、涼も今日は遅刻しなかったじゃん」
「俺だっていつも遅刻してるわけじゃない」
室内には既に穂波が先に来て待っており、笑顔で手を振ってくる。
彼女は謂わば同じカリキュラムで学ぶことになっている、クラスメートとも同期とも違う奇妙な間柄だ。
年齢自体は同じでもキャリア自体は少しだけ涼が長い。
「それで、この前大丈夫だったの?」
小声で囁いて顔を寄せてくる穂波には、以前に連絡を取っておいたが最低限の安否のみだったので心配させてしまったか。
ちなみに結姫が生還者とまでは知らなくても、並々ならぬ身体能力を誇ることを知っている数少ない人物でもあった。
どこか察している節もあったが、穂波は特に追求しようともしない。
「ああ、何とかなった。まだ、変質の途中だったからな」
「それなら良かったけど、あんまり無茶しないでよね」
そんな会話を繰り広げていた時、開錠されたドアが新たに開いて二人よりはやや年上の男が入ってくる。
年齢にして二十二、彼もまた治安維持局に勤務する同期に近い間柄だ。
クールな男に見られがちだが、コミュニケーション力にも大きな問題はなく頭脳明晰かつ何でもそつなくこなす万能男だ。
「おはよ、
「ぼちぼちだ。水沢こそ優秀な分析班かつ強襲班としても動かせて、使い勝手では一番って評判だろ」
さらりと流して、穂波・涼と来て右側の席に腰掛ける
「あたし、優秀なんかじゃないと思うけどなぁ。涼は実戦出てるし、不破くんだって主戦力だよね」
治安維持局の中では様々な目的に応じた部署が存在し、それぞれがカリキュラムを受けた上で配属される流れとなる。
涼・健悟が配属されたのは強襲部、穂波が情報解析部だが状況に応じて強襲部を兼任する運びとなっているので負担も大きい。
よほどのことがない限り、彼女が戦闘に参加することはなさそうだが。
主な仕事はMLSの最終発症者の制圧及び破壊、犯罪の防止、大規模デモの鎮静化など多岐に渡っている。
涼は副局長の直轄なので普段は通常業務で駆り出されるのも少ない分、MLS最終発症者との戦闘が圧倒的に多いので仕方がないだろう。
おかげで結姫とのんびりする時間は取れるので、悪いことばかりでもない。
「・・・・・・でもさ。あたし達の出番があるのも、いいことばかりじゃないよね」
穂波が呟いたように、三人の仕事があるのは誰かが死ぬということ。
彼女もまた、最終発症者の発生増加には心を痛めている一人だ。
「いいことじゃない。だが、俺は・・・・・・変質した奴を殺すのに躊躇いはない」
「・・・・・・ごめん、あたしはまだ割り切れないや」
「いいさ、色々な意見があって当然だ。他人が同じ意見じゃないと気が済まないなら、そいつは異常者だ」
あまり感情を豊かに表に出す方ではないが、健悟も他人を気遣える男だ。
MLSの最終感染者に関して極端な点を除けば出来る男で、指揮官にも向いているので能力を評価される日も遠くはない。
涼はどちらの意見が正しいとも言えず、言っても意味がないことを悟っていたので口を噤んだままだ。
「それにしても、今日は三人だけなんだね」
「俺達の都合で日程をずらしてっからな、当然と言えば当然じゃないか?」
ちょうど雑談を終えると同時に、本日のカリキュラムが始まった。
毎回、基本の反復をかならず最初に挟むので三人共に憂鬱だが、今後に役立つ情報源でもあるので真面目に受けている。
前に置かれたスクリーンの画面が映り、イラスト付きの資料が提示されてナレーションが話を進めていく。
有人の授業もあるが、詰め込み式の座学の時はこうしてスクリーンでの無人授業も行われる。
後で評価に響く理解度チェックがされることも多く、現場で役立つ知識を疎かにするべきではない。
「毎回、MLSとは・・・・・・ってのが挟まんだよな」
「あたしも飽きたけど、アレは全部の基本だから仕方ないよ。一応、マインドケアも兼ねてるみたいだし」
「同じ資料ばっかで暗記したっつーの」
退屈そうに健悟が呟くと、案の定というか見慣れた資料が映る。
MLSとは、精神疾患が人間の体に進化をもたらしたという前提はお馴染みだ。
初期段階・中期段階・最終段階で幾つかレベル分けされて症状は判別するが、最終段階で症状が徐々に進行する場合は少ない。
最終段階の前から一気に症状は加速し、肉体の変質に至るともう終わりだ。
しかし、事前に怪物になるとわかっている場合は防ぎようがある。
MLSの恐ろしい所は、急激な精神状態の変化によっては中期段階からでも最終段階に達するかもしれない点だ。
MLSの兆しがある者を建設途中だった都市の用途を変更してまで閉じ込めたのは、当然とも言える措置だった。
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