第7話:歪んだ演説

「また、最終疾患者か・・・・・・」


 丁度、九条から連絡を受けたことによって再び感染者が殺害されたことや本来ならば感染するはずのない人間だと知った。

 東京第二都市は今、何かが起き始めているのは火を見るより明らかだ。

 しかし、今ここで涼が動いても何が解決するわけでもない。


 今はいつでも動けるように待機しておくしかないのだ。


 ニュースが終わり、いつしか画面では著名な心理学者による講演会の様子が放映されていた。メンタルケア番組の一環らしく、“MLSとは何なのか”という内容で講演は進む。



 壇上には一人の青みがかった髪の若い男が悠然と佇む。



「私は、MLSというものに疑問を持っています。これは人の疾患とは言い切れません。言うなれば、コミュニティー全体の疾患と言えるでしょう」


 以前から容姿端麗かつ頭脳明晰な心理学者として多数の論文が認められて名を上げた、白鷺紫苑しらさぎ しおんという中世的な雰囲気の男だ。

 優し気な口調と整った容貌は確かに人気が出るのも頷けるが、顔は病的なまでに白くて瞳は遠くを見つめている印象を受ける。


「現在、MLSの症状進行が露見した人間は社会的にも厳しい立場へと追い込れます。実際にテレビ欄や雑誌のアンケートを平均しても、『自分が経営者であった場合、MLSの感染者は採用しない』が九割を占めていました」


 背後のスクリーンにデータが表示され、MLSの感染者が社会的に不利である裏付けが取られていく。

 確かに白鷺の言うことは正しく、MLSの進行が続く者は就業を停止させられ、症状が浅く影響がなくとも社会は冷たい眼を送る。

 東京第二都市はMLSにかかる可能性がある者を隔離した都市だというのに、それを忘れて他人事でない疾患を見下す。

 見下される人間がどんな気持ちかも忘れ、同調圧力によって無意識の魔女狩りが行われる。


「私は問いたい。MLSイコール犯罪者、の式が必ずしも成り立つでしょうか?」


 明言はされていなくとも、印象的にも世間ではその見方をする者が多い。

 白鷺は全員とは言わずとも、多数が常識として信頼してきた情報に対して容赦なく斬り込んだ。


「今はまだ、犯罪者の多くがかかる疾患という式が根強い。しかし、人間とは利己的な一面を備えているものです。明日になって最終感染に近付いていないと断言できる人間は東京第二都市にはいません。誰でも陥るが故に・・・・・・私達は自らの精神に、未解明の脳の構造に今こそ踏み込まねばなりません」


 そして、白鷺は更にもう一歩だけ明確に踏み込む。


「例えば、批判を承知で質問を投げかけましょう。貴方は自分と他人、どちらかが大切ですか?」


 どきりとした者も多かっただろう、それはMLSと蔑む者が持ちながら他者と共通する醜悪さなのだから。


「これで自分と答えた者はMLSである、犯罪者である。世論を参考に極論を述べればそうですよね。暴論だと思った方もいるでしょう。それこそが今の社会で行われているMLSに対する歪んだ取り組み方です」


 次第に観衆は男の言葉に呑まれてざわめきさえも忘れる。

 自分の心に生まれた微かな罪悪感にも似たものを抉り出され、この男の話が信憑性に足るものだと思い込みつつある。

 それ以上に、白鷺の持つ異様な雰囲気が完全に聴衆を支配下に置いていた。


「我々は今こそ進化の過程で、コミュニティーの在り方を問われている。社会を一から試行錯誤する機会に恵まれたのです。その為には、MLSの人間の心理を抑制するだけでなく徹底的に知る必要があります。研究の在り方から変革しなければ、この現象は留まることを知りません」


 この男の演説には確かに人々を納得させる力がある。

 人々の誤ったMLSの捉え方を突き付け、現在の社会の仕組みを見直すよう促し、研究の方向性が間違っていると解決策を提示する。


 それなのになぜ、この男の静かな表情の奥底には探求心や好奇心に似たものが見え隠れしているのか。


 社会を変革すると一口に言っても色々な方法がある。

 マインドケア番組以上にMLSに関する理解を高める番組を放映し、企業にはMLSの症状次第では採用を促す機会を設ける。

 MLSの地位を向上させること、東京第二都市内の雇用状況を同時に見直すことで極端なピラミッド社会を修正する。

 一例として、白鷺はそんな社会を挙げていた。

 MLSの感染者に極端なストレスを与えることは最終感染の危険を孕んでいる。


 その理論自体は一つの答えかもしれないとさえ思う。


 だが、何故か涼はこの男が善意と正義感でそれを言っているとは到底思えなくなっていた。


「・・・・・・おい、結姫。この心理学者どう思う?」


「私は涼の方がいい男だと思うよ。んー、優しそうなんだけど好きになれないって言うか・・・・・・」


「そうか、それを聞いて安心したよ」


「ね、もしかして嫉妬?だ、大丈夫だってば。私は涼のこと・・・・・・その、さ。アレなわけだし」


 どうやら真っ向から好きと言うのはさすがに照れるようで誤魔化す結姫。感性が似ている結姫がそう言うのなら、きっと抱いた印象に間違いはない。

 何が気に入らないのかとは明確に言えないが、何故か気に入らない。嫌いだとかそういった感情を超えた何かを白鷺には抱いたのだ。


 そして、不快感は次の一言で決定的なものになった。


「世界が変わると思いませんか?例えば、最終感染から生還した人間が現れたのなら。我々はMLSを正しき進化へと活用できるのです」


 最終感染になれば人は変質の一途を辿る常識を人々は共有してきた。

 その常識から白鷺は覆そうとしている、そのことは称えるべき志のはずなのに。

 ここまで具体的な内容を大衆の前で口にするということは、結姫の存在を知っていると見るべきなのか。


「既に私は研究機関へと研究改革案を提出済みです。時間はかかりますが、近い内に成果の一端はお見せできるでしょう」


 講演会は終わりに近かったらしく、そこで主賓が退場して終了となった。

 あの男は危険だ、と涼の中で何かが警鐘を鳴らす。

 こちらから近付けば結姫と涼が戦いの合間に築いた、平和で温かい時間が崩壊しかねない予感があったのだ。

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