第6話:平穏なる時

「検査なんかいらないのに。だって、私・・・・・・」


 笑顔ににっこりと柔らかく笑って告げる。

 他人の為にと思えることがMLSに呑まれていない何よりの証拠だと。


「こんなに涼の為に生きたいって思ってるんだから」


「・・・・・・っ、ありがとな」


 さすがに邪険にしていい場面ではないと悟ったものの、ここまで真っ直ぐに伝えられると照れるに決まっていた。

 素直に感謝を口にしたはいいが、逆に照れ臭さに拍車をかけていた。

 涼が結姫の為であれば場合によっては世界を敵に回すと考えているように、彼女もまた涼には好意と共に色々なものを与えてくれている。


 共依存と言われようが構わない、互いを大切に思っているのは間違いない。


「涼も往生際が悪いんだから。私と生きるのは確定みたいなもんだし、素直に私のことを好きって言えば皆幸せよ」


「そういう言い方さえしなければ、俺も萎えずにお前に惚れるかもしれないな」


「え、やっぱり惚れる可能性あるの?」


「・・・・・・・・・前から、ゼロとは言ってねーだろ」


 特大の墓穴を掘ってしまった腹いせに、今日の晩飯は彼女の嫌いなキュウリの一本漬けにしてやろうか悩む。

 だが、ピザを取ろうかハンバーグを焼くかで悩んでいるパートナーの様子を見るとそんな意地悪をする気力も失せた。

 見た目はそうでもない癖に、たまに無邪気さを見せる結姫を見てしまうと毒気を抜かれてしまうのだ。


「決めた、ハンバーグのがいいわね。私も手伝うからさ」


「・・・・・・おい。一々、腕に抱き着くな。それに目玉焼きすら焼けない奴の力に期待なんかするか」


「まーた、そういうこと言うんだから」


 不満げな膨れっ面を見せる結姫を強引に引き剥がすのも躊躇われたので好きにさせておいてやることにした。

 確かに今のままでは結姫と生きていくことになるのは事実だが。

 正直な所、彼女を恋愛対象かと聞かれるとそうだとも言えるし、そうでないとも言える微妙な状況である。


 かくして、二人はマンションへと戻る。


 願わくば妙な事件に巻き込まれないように祈りながら。



 そして、お望み通りにハンバーグをたらふく食べた結姫は満足そうに食後の皿洗いに勤しんでいる。


 彼女の名誉の為に言っておくと料理は壊滅的だが、皿を唐突に割ったりもしないし洗濯も雑さもたまにあるが問題なくこなす。

 一緒に暮らしている以上は家事は最低でも分担と言い切る程度には、結姫は一般的なモラルも持ち合わせている。

 色々と適当なこともあるが、共同生活している分には常に物申すことがあるわけでもなかった。


「・・・・・・見た限りでは何もなさそうか」


 東京第二都市というネットワークにおいては、情報は様々な形で錯綜する。

 昨日の事件だって、既に何か変だという疑問を持ってネット状に拡散されているので侮れない。

 東京第二都市専用の掲示板も数多く存在し、MLSの感染者数等もそこで情報が広まっているのだ。


 インターネットとは、人々の声が生で聞くことが出来る手段だ。


 勿論、その中の嘘を見抜く判断力は必須だが、使い方によっては治安維持局よりも先に異変を察知することも出来る。

 そこで皿洗いを終えた結姫が画面を覗き込んでくる。


「そこ、よく見てるけど第二の掲示板?」


「ああ、ここが一番人が多いんだよ。収穫は何もなかったけどな」


「私達の他にも、発症者を止めようとしてる人がいるってことよね」


 結姫が言及したのは戦った最終発症者、あるいは疾患者が射殺された件だ。

 あれは九条と話をしていない結姫でさえも妙だと感じる事件だった。

 あの事件が引き金となって、とんでもないものが噴き出す確かな予感に似た何かがあったのだ。


「今日はこれぐらいにしとくか。少し疲れた」


「じゃ、パソコン使っていい?」


「ああ、好きに使え。電源はちゃんと切れよ」


 大体はゲームをしているだけだが、ネットサーフィンもお手のものである。

 何を気が向いたか画面上でソリティアをしたり、表情に狂気を宿した動物達とエアホッケーを楽しんでいた。

 最終感染者となった結姫がこうして無事に生きている、それだけで十分だ。

 一つ下の年齢である結姫とは一緒に暮らす前から面識があり、あの日に共に生きることになった。


 未だかつてない強大な最終発症者となろうとした彼女が、生還できた理由に全く心当たりがないわけでもない。


 いかに今は安定しているとは言っても将来的には解らない。

 だから、出来ることなら彼女を完全な人間に戻してやりたいと思っている。

 その為にも今は戦い続けなければ道は開けない。


「・・・・・・このパンダ、中々いい度胸してるじゃない」


 エアホッケーの対戦相手であるパンダに半ギレしながらも楽しそうにゲームに勤しんでいる彼女に苦笑する。

 願わくば、こんな平穏な時がいつまでも続くように願う。


 しかし、祈りとは時に残酷なまでに否定される。


 神なる存在がいるとするならば、相当に気まぐれな性格をしているのだろう。



 翌朝を迎えた涼が見たニュースでは『最終発症者が新たに確認、処理される』といった文字が大きく踊っていたのだった。

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