第5話:対策

 ―――翌日、二人はマインドチェックに訪れていた。


 場所はこの街で数少ない高層ビル、治安維持局の施設内にもあるMLSの患者用の特殊な病院である。

 普通の病院では診せられない結姫はここで検査を進めるしかない。

 まずは体の変調を検査する為に血液を採られ、質問内容に応える為に脳の波長を検査し、全身に影響が出ていないかを調べる。

 その検査は涼も受けているが結姫程には念入りではないので、メッセージだけ残して一人で治安維持局の一角を訊ねた。


 客人としてのパスを与えられている涼がそのエリアに入るのは容易い。


 訪問先の記録を取られ、開いた自動ドアの先には一つの扉があった。

 先には治安維持局の重鎮の一室があり、ノックと共に部屋へと足を踏み入れた。


「マインドチェックにでも来たのか?」


 奥のデスクに座るのは薄っすらと髭を蓄えた、まだ齢四十には達していないだろう契約相手の男だった。

 一部ガラス張りの壁からは、東京第二都市を通り越して東京第一都市までもが薄っすらと見える絶景となっている。


「はい、九条さん。昨日も報告書を出した通りに変質を使いましたから」


「そうか、それならいい。念には念を入れておけ」


 九条連治くじょう れんじという男はさほど口数が多い方ではないが、二人が安全に暮らす為の契約相手として不足を感じない卓越した能力を持つ。

 東京第二都市の治安を維持する組織の副局長として、大きな権力を振るうのが並みの才覚では出来ないことぐらいは解る。


 東京第二都市において、結姫の存在はほぼ知られていない。


 重要なMLSの治療への貢献を期待されながらも、この男は彼女の存在を隠蔽しながらマインドチェックを行うことを申し出た。

 その代わりに求められた条件は、定期的に必ず結姫にマインドチェックを受けさせること、身体能力を活かして治安維持に協力すること、非人道的なものを除く研究に協力すること。

 以前からも涼はこの機関と関わりがあったのだが、報酬と引き換えにパートナーと一緒に戦うことを承諾させられた。


 つまり、結姫の存在は隠蔽すべき危険なものだということだ。


 知られれば彼女自身や涼、九条副局長一派もろとも破滅する。

 涼と結姫はMLS絡みでの戦力という意味でも、九条の抱えるジョーカーなのだ。


「涼、今回の事件は普通じゃない。お前にも解っているだろうがな」


「はい、あの男を殺したのは治安維持局ではないんですね?」


「調査はしているが、我々の中に撃った者がいる可能性は現状ではゼロだ」


 寡黙な表情で手にした煙草に火を点ける九条。

 わずかな煙を検知した天井の検知器が赤い光を灯すも、影響はないレベルだと判断したのか何も言わなかった。


「一撃で肉体変質した者を殺害する威力の武装をどう調達したのか、最初から計画して狙撃したのか。そもそも、MLSの唐突な発症は本当に偶然だったのか」


 口数の多くない九条が饒舌になる時は、それが絶対に必要な時が多い。

 今回の事件で涼が感じていることと、九条の語った疑問はほぼ同じだったので報告書の中身を正確にこの男は読み取って動いている。

 あのMLSの発症からして、状況的にも不自然だったのだ。


 発症した人間のデータを調べたが、MLSの初期段階ですらなく唐突な肉体の変質に達する可能性は有り得なかった。


 そして、あまりにも都合よく待ち構えていた狙撃手に殺された。

 そんな貴重な偶然ばかりがあっていいはずがないと涼も考えている。


「それで、用件は何だ?」


「今後の事件発生に際して、俺と結姫の強化兵装アサルトを迅速に使用可能な状態にしてください。事件発生してから調達するのでは遅すぎます」


「いいだろう。二・三日中にはなるが、すぐにお前達が使える方法を考えておく」


 あの場に武器があれば、もっと簡単に場を制圧出来ていただろう。

 東京第二都市においてMLSの最終感染による肉体の変質、硬質化した皮膚をも貫ける兵装は幾つか完成している。

 内二つは涼と結姫用に生体認証付きで設計されたものだった。


 用件はそれで全てだったので、副局長室を辞すと病院棟まで戻ってくる。


「あ、待たせちゃったわね。やっと検査終わったから帰りましょうか」


「ああ、晩飯でも買って帰るか」


 待合室で待機していた結姫を拾ってビルの外に出ると、海沿い故か少しだけ冷たい風が頬を撫でる。

 周囲には海の景観保護とやらで灰色に近いビルの群れ、いつも通りの明るい内は無機質ながらに人が行き交う東京第二都市だ。


「今日はジャンクっぽい感じで、ピザがハンバーグが食べたい気分ね」


「ハンバーグピザならいいのか?」


「意外とありそうでないわね、今度作ってよ」


 そんなくだらない話を交わしながら、モノレールに乗って自宅への道を戻る。

 次の電車を待っている間、駅のホームでふと気になった疑問を伝えた。


「そういえば、結姫のチェック内容って俺と違うのか?」


「同じかは分からないけど・・・・・・私とAさんとBさんがいて、Aさんの立場ならこれをどうするかとかいうのばっかりよ」


「大体、俺と同じだな。MLSの性質的にそうなるか」


 MLSの特徴として、最初期段階では少しずつ自分の目的の為に他者を犠牲にすることに疑問を感じなる傾向がある。

 症状がレベルで分かれてはいるが、簡単に言えば自己中心的になる症状と言えば解り易いだろうか。

 脳の検査をすれば判明するが、性格や短所というレベルではなく『病的に他人の立場で物事を考えない』症状が疾患として体系化された。


 普段のマインドケアではそこを重点的に修正し、同時に異常をチェックしながら脳の動きも見極める。


 自己の肯定、生存本能とは得てして古来から進化を生んできた。

 それが皮肉な形で獣に近い理性しか持たない化け物となる、人類の間違った進化を生んでしまったわけだ。

 急激な肉体の変質についてはまだ研究中の部分も多いらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る