第3話:進化という病

「途中まで一緒にいい?別に映画まで一緒とは言わないからさ」


「別に映画も来ていいんだけどな」


「さすがに私もそこまで空気読めないキャラじゃないって。それにデートって言ってるんだから、そんな事言ったらダメじゃん」


 デートだという名目ではあったはずだが、こうして出会った友人を仲間外れにするのも不憫な気がしたのだ。

 仲間外れにされるというのは本当に辛いものなので、デリカシーがないのは承知しつつも口から突いて出た言葉だった。

 一人だけどこにも居場所がない感覚、あれは本当に哀しい。


「ありがと、あたしを仲間外れにしないようにって思ってくれたんでしょ?」


「・・・・・・さあな、俺は何も言ってないだろ」


 こっそりと囁いてくる穂波には涼の性格などお見通しのようで、あっさりと本音を見抜かれて返す言葉を失う。

 過去に涼に何があったか、多くを知っている人物だからこそ出た発想だろう。


「別に来てもいいわよ、デートはまた出来るし」


「ありがと。でも、今日はやめとく。次は誘ってくれると嬉しいな」


 空気を読んだ結姫が譲歩して誘っても、穂波は頑なに受けなかった。

 一度決めたことには意外と頑固な側面がある友人を、これ以上は無理に説得しても無駄かと思い直す。


 そして、和やかな空気で三人は別れる。


 涼と結姫は映画館へ、穂波は真逆にある自宅の方向へ。



 そのわずか五メートル向こう、ショッピングモールにある噴水の傍。



 ―――進化という病は発症していた。



 最初に気付いたのは響き渡るサイレンの音、そして人々の悲鳴と逃げ回る様子。

 この警笛にも似たサイレンが示すのは、病の発症が一定レベルを超えた人間がいるということ。

 何度も見た、人が人ならざるモノに歪な進化を遂げる瞬間を。

 何度も手を下した、狩らねばならないモノへ変化した人間を。


 進化とは常に自分が生き残る、優れたモノになる欲望が起こす。


「あれは・・・・・・まさか、最終発症か」


 ここ二週間で増加した人間が化け物に変貌する事件。


 人がいなくなった場所には全身をぼこりと隆起、硬質化させるスーツ姿の男の変わり果てた姿があった。

 まだ、あの状態なら完全に人を捨てるには少し時間がかかるだろう。

 そうは言っても元の人間には二度と戻らないのは現代の医術ではほぼ確実で、その為には異形に対抗する術がいる。


「穂波、治安維持局に連絡を取ってくれ。何とかやってみる」


 肉体が変質するほどの発症を人々に拡散するのは街の方々に置かれた装置で、施設内であれば人々の逃亡を確認後にシャッターが幾重にも降りて閉じ込める。

 肉体の変貌に要する時間内で各所の治安維持局が出動する仕組みだが、今回ほど唐突な発生では到着が遅れるだろう。


「でも・・・・・・!!っ、わかった。無理しないでね」


 聡明な穂波はこの場は涼に任せるのが正解だと悟ったのだろう。

 この場には涼が敵と戦うべき武器がなく、対処しようと試みるものの彼女に頼ることになってしまう。


「毎度のことで悪いけど任せていいよな、結姫」


「もちろん、とりあえず裏庭でいいわよね?」


「ああ、人がいないところならどこでもいい」


 人間では肉体的には進化した者には対抗できず、少し鍛えた程度の者では一瞬で肉塊と化す暴力が襲う。

 しかし、生還者リバイブと名を与えられた例外である結姫だけは、人間では抗えない常識をあっさりと覆す。

 彼女こそは肉体の進化を経験しながら人の領域へと生還した奇跡であり、東京第二都市でも知る者が少ない唯一の希望。


「どっちの強化兵装アサルトもないし・・・・・・ちょっと、本気で行くから」


 彼女が自身の全てを引き出す時、漆黒の闇に溶ける髪は黄金へと変化して瞳は更に紅く煌々こうこうと燃える。


 MLSが強烈なエゴで症状が進行するように、彼女が自身の細胞を最大限に活用する為に必要なのは強烈な戦意だ。

 靴底が弾け飛ぶ速度で地面を蹴り飛ばすと、進化の途中である男の懐に潜り込むと容赦なく蹴り上げる。


 見た目は細い結姫の脚が、肥大化する男を簡単に中空へと浮かび上がらせた。


 そのまま、男を抱えるように屋根を踏み割りながら裏庭へと飛び降りていく。

 相変わらず同じ人間とは信じられない身体能力だ。

 涼は結姫に万一のことがあってはと、パートナー程の脚力は持たなくとも裏庭へと回ることにした。


 そこで展開されていたのは、初見なら現実とは思えない壮絶な戦いだった。


 男は既に悪魔を思わせる姿に変貌を遂げつつあり、額には頭蓋骨が変質した猛牛を思わせる角が隆起する。

 MLSの最終段階に関しては完全な解析は済んでおらず、己の進化をただ追い求めて細胞を変化させるのか・殺傷能力を求めて変貌するのかも不明だ。

 本来は異形を生きて完全な形で捕獲する無理難題が理想である。


 しかし、それが可能になる生半可な変化ではない。


 皮膚が赤黒く変化して咆哮する男の姿は最早、古来より語り継がれる怪物と何ら変わりはない。

 硬化した腕で小さな木橋の柵を殴り砕き、飛び散った木の破片を意に介することなく突進していく。


「全く、大人しく・・・・・・してろってばッ!!」


 だが、結姫はその人間離れした猛進に怯まずに、敵の腕を難なく掴み取る。

 丸太のような腕からの一撃を見切る動体視力、細い体に似合わぬ腕力、何度も重ねた戦闘経験、そして中でも卓越した敏捷性。

 理性によって暴走を制御することに成功した彼女の能力は、肉体の変質を起こした発症者ですら凌駕する。


 進化した人間を更にねじ伏せる東京第二都市の女王。


 そのまま、腕を掴むと力任せに池へと異形を放り投げる。

 彼女とて出来れば捕獲できないかと試行錯誤している様子が見て取れた。

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