第2話:数少ない友人

 ここ二週間で妙な事件は発生している。


 疾患者が最終段階に達して、肉体の変質を起こす例は今までにも前例があった。

 しかし、最近はあまりにも数が多すぎるのだ。一月に一度から、頻度は毎週必ずと言えるまでに増加した。

 それが何によって起こる事件なのかは、警察と消防に近い役目を果たす治安維持局によって調査がされている。


「少し出かけるか、夕食が何もない」


「カツ丼でも取ればいいじゃない。それに外に出るなら映画いこってば」


「なんで、そんなに俺と映画に行きたいんだよ」


「・・・・・・私は、涼とならどこへだって行くって決めたんだから」


 ふっと純粋な笑顔で彼女を笑ってみせる。

 あまり答えになっていない気もするが、どうして彼女がここまで涼への好意を明確にしてくるのかは理解しているつもりだ。

 少なくとも、今のままでは涼と結姫は一緒に生きるしかないのだ。


 あの日、涼が彼女を救う形になってから運命は定まった。


 同時に結姫曰く、自分の身を顧みずに彼女を救った涼を運命の人と定めて生きることにしたらしい。

 そして、更に言うなれば「すっごくタイプだった」そうだ。

 誰とでも話せるわけでもなく、道を歩けば振り向かれる美青年でもない。

 結果的に命を救った件はともかく、そんな男のどこを気に入ったのかは自分自身でも理解しかねる所ではあった。


「まあ、確かにお前となら退屈しなさそうだ」


「お、おう、意外とストレートな・・・・・・」


「そっちのがストレートな癖に何で照れてんだよ」


 結姫のことは頼りにしているし、相棒として信頼を置いてもいるのだ。

 きっと結姫がこれからも傍にいてくれるなら、楽しい人生とやらに希望が持てそうだとも思っている。

 あまり邪険に扱うのも不憫なので、結姫と組むと決めた時から照れ臭さを我慢して定期的に感謝は言葉にすると決めていた。


 人とは言葉にされなければ理解できないこともあるものだ。


 コートを羽織ると、結姫を連れて東京第二都市の街へと繰り出した。



 十二月一日、東京第二都市の空気は肌寒かった。


 何年も前に見た内陸の東京第一都市と雰囲気上は何が変わるでもなく、精々が

 高層ビルの割合が露骨に少ない程度か。

 東京第一都市からの景観を配慮したせいか、高度を抑えた建物が目立つ。

 あくまでも、東京第二都市は牢獄であり楽園という特殊区域なのだ。


 ファーストフードやショッピングモール、レストランや衣料品店。


 内陸と変わらずに大抵のものが揃う町で違うのは人間の種類だけ。


「そういえば、何を観るか決めてなかったわ」


「買い物してる間に思い付いたら付き合ってやるよ」


「えへ、涼ってば意外と私に甘々なのが可愛いのよねー」


「今すぐ帰ってピザ取るだけだもいいんだぞ」


 確かにたまに自分でもパートナーに甘いと思うことはあるが、本人にそれを指摘されると腹が立つものだ。

 その話題で上機嫌になられても居心地が悪いだけである。


「そんなに怒ることないじゃない。えっと、調子乗ったのは謝るから」


「ベソかくな、俺が悪かった。チョコレート分けてやるから」


「チョコ程度で私を丸め込めると思わないことね。一応、もらっとくけど」


 二人の境遇を思えば、こうして平和な時間が流れるだけでも十分だ。

 町中のスクリーンではマインドケア番組を長々と放送しており、他人に対する感情の制御の仕方から懇切丁寧に教えている。

 二人ともMLSによる精神の影響はゼロと判断されているので、特に現状ではマインドケア番組に頼ることもない。


 ふと、モニターの前で立ち止まる人々を眺めていた時、その中に見知った顔を見出した。


「おい、穂波ほなみ。何してんだ?」


 声をかけられた少女はびくっと肩を震わせるとこちらを向く。

 同時に後ろで一つに括った茶色がかった髪が揺れ、声を掛けた相手が涼だと知ると安心して表情を和らげた。


「別に何をしてたってわけでもないけどね。マインドケア番組がデカデカとやってるから気になっただけ」


「お前は変わり種なんだから、ちゃんと検査行っとけよ」


「それはどうも。今日もあたしは一点の穢れもないからご心配なく」


 季節の割には薄めの上着に包まれた体を寒そうに縮める穂波。

 水沢穂波みずさわ ほなみは涼とはもう五年来の知り合いで、お互いに言いたいことを言い合える気の置けない仲でもあった。

 彼女は涼が本音で話を出来る数少ない友人なのだ。


「それで、二人はデート?」


「そうよ、これから映画行ってショッピングして帰ろうかなって」


 穂波と結姫は面識もあり、互いを特に嫌っている様子もない。

 ナチュラルに手を繋ごうとしつつも、びくっと震えて失敗している結姫を一瞥すると悪戯心が再び湧いて手を握ってみる。

 こういう所を見ていると少し虐めたくなるのは悪い癖である。


「ぁ・・・・・・えへ」


 顔を赤くして、にへらーっと笑う辺り、かなりお気に召した様子だ。

 その様子を見せられた穂波は無理矢理に砂を食わされたような顔をしていた。


「デートっつーか、こいつが映画に行きたいって言うから。俺は家で見ても変わらんって言ったんだが」


「あたしは映画とかにもムードってあると思うけどなぁ、ドキドキしない?」


「いや、別にしないだろ。暗い場所なら一緒だ」


「ふーん、それじゃ・・・・・・あたしと映画行ってみる?」


 悪戯っぽい表情で顔を近付けてくる穂波を視線で牽制する結姫。

 明らかに剣呑な光を秘めた視線を受け、打って変わって愉し気に笑うと穂波は元の距離へと戻っていく。


「冗談だってば。そんな怖い顔しなくても平気平気!!」


「穂波のはたまに本気に聞こえる時があるから。戦うなら正面から挑むことね」


 鼻を鳴らすと機嫌を直して、繋いだ手を再び握り直す結姫。

 彼女の容姿はやや小柄な女子高生程度、決して子供染みてはいないのに子供のように拗ねる時があった。

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