『ボッコちゃん』(星 新一)

星 新一『ボッコちゃん』新潮文庫

昭和四十六年 発行

平成二十四年 百刷改版

平成三十年  百十四刷


※ネタバレあり


『悪魔』


 釣りをしていた男が、悪魔の入ったツボを釣り上げる話。エス氏が登場。

 なぜ表題作ではなくこの作品が一作目なのだろう、と首を傾げたが、なるほど、実に良作だった。

 ものすごくシンプルかつコンパクトにまとまっているのに、オチにびっくり!

 インパクトのある結末に思わず声を立てて笑ってしまった。

 いやあ、これは面白い!


 たしかに、星新一は読書の手始めにするにはいいかもしれない。

 そして、イラストがとても素敵。しかしよく見るとここにも伏線が張られていることにあとから気付いて苦笑いw

 (;´∀`)



『ボッコちゃん』


 表題作。バーのマスターが美しい女性型のロボットを作り、人間のふりをさせてロボットに接客させる話。

 これまたびっくりするような作品。

 まず、ボッコちゃんが魅力的すぎる。ツンツンしているそっけない美人なんて、男はみんな夢中になるでしょ。ここまでくると「ボッコちゃん」という芋っぽい名前ですら魅力的に思えてくる。愛想の良い可愛らしい子にしなかったところが、またうまい。


 作品を読んでいる途中で思わず「ん!?」と声を上げてしまった箇所があるが、そこがまさかの伏線だった。この作り方がうまいなと思う。

 このあと第一発見者や警察とボッコちゃんがどのような会話を交わすのか興味深い。

 そして、なぜ「ボッコちゃん」という名前なのかと思ったが、もしかして「ロボッ子」ということなのだろうか。


 ボッコちゃんの容姿を描いた挿絵がないが、逆に想像が膨らむ。

 そういう点でも「小説」という媒体をうまく使っていて面白いなあと思う。



『おーい でてこーい』


 不思議な穴の話。恐くて泣いちゃう。

 読み始めてすぐに「おや?」と思った。というのも、たしか『世にも奇妙な物語』に同じ話があったのだ。なるほど、これは星新一が原作だったのか。(※調べてみたら『穴』というタイトルで放送されたらしい。)


 結末を知っていてもなお、いや、知っているからこそハラハラと読み進めた。

 ひもが千切れるくだりがめちゃくちゃ怖い。ひもの先を想像するとゾッとする。

 しかし、本当に恐ろしいのはここからだった。あれもこれも気軽に穴に入れてゆく。そのひとつひとつがとても恐ろしいものばかりだ。


 ところで、最初はなぜこのタイトルにしたのだろうと不思議に思った。

 ドラマで使われた『穴』というタイトルのほうが個人的には好みだ。

 だけど、最後まで読んで納得した。綺麗に終わらせるためのタイトルだ。まさにぴったり。

 そして、もしかしたらこの最初の一言があったからこそこの結末に繋がってしまったのかもしれない。そう考えるとさらにゾッとする。きっとこれは呪いの言葉なのである。


 やるだけやって後のことは考えずに放りっぱなし。それはこの作中の登場人物たちにも言えることだが、この作品自体にも言えることである。

 この後の展開を考えると、絶対に酷いことが起きるし、登場人物たちは酷い目に遭うだろう。それがわかっているのに、作者はやるだけやってぶつりと物語を切り上げ、後のことは放りっぱなし。

 そういうところがまさに小説の醍醐味だとも言えるし、両者の構図が似ているのも面白い。


 さて、ここまで読んで、三作とも「欲をかいたら痛い目に遭った」という点が共通しているのだが、『悪魔』で起きることなんて可愛いものだ。『ボッコちゃん』も大概酷いが、『おーい でてこーい』に比べれば、まだ可愛いものである。

『おーい でてこーい』は本当に恐すぎて泣いちゃう。でも、これを恐いと認識できるのは私が大人だからだろう。中高生はピンとこない部分もあるだろうから、読んでも平気。たぶん。



『殺し屋ですのよ』


 エヌ氏の前に「殺し屋」を名乗る女性が現れる話。

 エヌ氏の登場でテンション上がる! 登場する女性がまた魅力的で可愛らしい。

 ただ、残念ながらかなり早いうちにオチが読めてしまった(;´Д`)

 深読みすると、「医者や看護師は患者の命を握っている」という皮肉にも受け取れるかもしれない。



『来訪者』


 UFOが飛び去ったあとに金色の服をまとった人物が残されていた。地球人たちはその人物にさまざまなやり方で接触するが……という話。


 なんとも滑稽な話である。まず本文中の「異邦人を見たら侵略者と思え」という言葉に、人類の愚かさが滲み出ている。

 いろんな分野の人たちが登場してはあっさり引き下がってゆくが、真相を知って「なるほどなあ」と思った。

 作中に登場する少年のセリフに「ぼくは人類として生まれたのが、恥ずかしくなった」というものがあるが、まさにこれがこの作品のテーマなのかもしれない。


 ところで、「他星人」という言葉が気になった。

 なんとも不思議な言葉だ。異星人ならよく耳にするのだが。



『変な薬』


 ケイ氏が、風変わりな薬を発明する話。


 今度はケイ氏だ!(登場するたびにテンションが上がっている。)

「このカゼ薬、めっちゃ便利!」と思って読み進めていたら、まさかのオチ。これには笑うしかない(;´Д`)

 いやあ、このオチは思いつかなかった!


 最後に登場するお医者様のセリフに「ですよねー(;´Д`)」となってしまうw

 そして、ラスト一行に哀愁が漂うw

 誰かに話したくなるような面白い話だった!



『月の光』


 老人、召使い、そしてペットの話。


 とても不思議な話だ。実験的な意図も感じる。

 ペットの正体がオチなのかと思ったが、そうではなかった。

 星新一はこういう話も書くのだな、と少し驚いた。正直、このご時世だと批判されやしないかと冷や冷やする内容でもある。

 読み終えた直後はどう解釈していいのか戸惑ったが、深読みすればするほど解釈ができそうだ。


 まず、「言葉」「愛情」が重要なキーワードになってくると思う。

 老人は「愛情」さえあればペットを育てることができると考えていたが、実際はそうではなかった。

 もし「言葉」を教えていれば、このペットは死ななかったのではないか。その可能性を考えると切なくなる。「コミュニケーションにおける言葉の重要性」がこの作品のテーマなのかもしれない。


 また、作中にユリとスイレンが登場するが、

 ユリの花言葉:「純粋」「無垢」

 スイレンの花言葉:「清純な心」「信頼」「信仰」

 だそうだ。それぞれペットのイメージと重なる。


 そして、「15」という数字も気になった。

「月」が新月から満月になるまでの日数が「15」日である(多少の変動があるらしいが)。また、「白い背中」という描写もなんとなく「月」と重なる。もしかしたらこのペットは月の化身のようなものなのかもしれない。


 この作品を読んで、ポルノグラフィティの『月飼い』という曲を思い出した。

 水槽に水を張ってそこに月を映し、月を飼うという内容である。

 なんとなくイメージが重なる。



『包囲』


 駅のホームで背中を押される。ところが、犯人は人から頼まれたのだという。その人物を辿っていくが……というなんとも奇妙な話。


「おっ、一人称だ!」と思って読み進めたら、なんとも物騒な話だった。

 特に最後の一文にぞっとさせられる。

 奇妙で、真相が明かされないまま終わる。それが不気味さを増幅させている。


 個人的には、万年筆を使った拷問がイタタタタ……。

 (((・Д・;)))

 殴る蹴ると比べれば可愛らしいが、地味に痛そう。咄嗟にこういうことができるから他人の恨みを買うのではないかな……。


 フォロワーの流々さんの『交換殺人って難しい』を思い出した。

 他人に殺人を頼むという、業の深さよ……。



『ツキ計画』

 人類を宇宙へ進出させるため、人間に様々な動物を憑かせる実験をしている研究所と、取材にきた記者の話。


 人間を動物化させるという、いかにも人道的にヤバそうな話だが、科学の進化と道徳とは得てして相反するものなのかもしれない。

 この作品を読むと、人間を人間たらしめる条件について考えざるを得ない。そのひとつに「知性」が挙げられるのではないかと感じた。あるいは「自我」だろうか。


 最後のオチがよくわからなくてネットで調べたら、なるほどそういう……。

(ビール=尿、キツネ=人を騙す ということらしい。)



『暑さ』


 暑い夏の日。交番に一人の男がやってきて自分を捕まえてほしいと言う。巡査が話を聞いても、彼はまだ何も事件を起こしてはいない様子だが……。


 うだるような真夏の空気がよく表現されている作品。

 ここまで暑いと相手の話を聞き流したくなる気持ちもわかるが、巡査さん、お願いだからもうちょっと真面目に話を聞いてあげて。

 そうでないと死人が出るぞ(;´Д`)


 ラスト一行が最高に怖い。

 ゾクッとする終わり方に「暑さ」も吹き飛ぶ話。タイトルがうまい。

 表紙の隅っこにカブトムシっぽいイラストがあるのだが、もしかしてこれ……。

 (((・Д・;)))


 ところで、「サルを殺したって自主するには及ばない」という趣旨のセリフがあるが、今の時代だと動物愛護法に抵触するんじゃないかな。時代を感じる。



『約束』


 宇宙人と子どもたちが出会う話。子どもたちは宇宙人に地球の花を渡し、宇宙人はそのお礼に子どもたちの願いを叶えると約束するが……。


 皮肉が効いており、くすっと笑える短い話。

 本音と建て前を使い分けるのが、きっと大人になるということ。

(;´∀`)


 宇宙人と子どもたちの交流は微笑ましかったのになぁw

 でも、大人になった子どもたちの気持ちはめっちゃわかるw



『猫と鼠』


 殺人を目撃した男が、それをネタに金をゆする話。


 二人の駆け引きにハラハラさせられ、まるでドラマを見ているようだった。

 どんどん展開してゆく様子が面白い。

 用意周到に策を巡らせるものの、予想の斜め上の展開に。

 ところが、さらにどんでん返しが。


 最後の一行にくすっと笑わされた。まあ、悪いことはしないに限る。



『不眠症』


 おっ、またケイ氏が登場した!

 不眠症になってしまったケイ氏の話。


 眠れないときって不安になるよね。わかる。

 でも、そこからまさかの逆転の発想。昼も夜も働いているのに疲れない。眠らなくていいし、お金は稼げるし、家も必要ないとあれば、まさに夢のようだ。


 そこからさらに「眠りに憧れる」という逆転の発想へ。

 それだけ人間にとって睡眠というのは快楽のひとつということなのだろう。


 そして、まさかの結末。

 今までの疑問が氷解する瞬間が楽しい。

 読んでいて「ん?」と感じる部分が伏線になっていて、うまいなあと思う。

 最後の一行がまたピタリと綺麗に収まっていて、好きだ。



『生活維持省』


※ネタバレ多め注意


 生活維持省で働く役人の話である。


 主人公が朝その日の仕事を受け取り、同僚と仕事場へ向かう様子が淡々と描かれており、「どのような意味があってこのような淡々とした描写を続けているのだろう?」と思いながら読み進めた。

 だが、結末を知るとひとつひとつの描写に意味があったことを思い知らされる。

 なんともやるせない作品である。


 実をいうと、私もだいぶ前に似たような設定の話を考えたことがある。政府(のようなもの)が人間を間引いている、という設定だった。それに、よそでも似たような話は見かけるから、たぶん発想自体はありふれたものなのだろう。

 しかし、この『ボッコちゃん』という本は1971年(つまり今からちょうど50年前)に発行された本だ。そんな当時にこの話が書かれたのかと思うと、やっぱりすごいなあと感じる。


 とても悲しい話なのに、最後が爽やかに終わっててズルい。

 そして冒頭を読み返して「うっ(´Д⊂グスン」となった……。

 彼に午後なんて来なかったんだ……。


 ひとつだけ気になったのは、彼が知っていたのか、それとも知らなかったのかということ。同僚に行きも帰りも運転を押し付けるような人物だとは思えないので、おそらく知らなかったのではないだろうか。

 人生はいつ終わりが来るかわからない。そんなメッセージも感じる。



『悲しむべきこと』


 エヌ氏の家にサンタクロースが現れ、金を出せと要求してくる話。


 ふたたびのエヌ氏登場にテンションが上がる。

 唐突にファンタジックな話がきた! と思ったが、よく考えたら第一話の悪魔もファンタジックといえばファンタジックか。


 まさかサンタクロースがここまでして子どもたちにプレゼントを配ってくれていたとは。彼の功績を思えば、たしかに彼が置かれた状況は「悲しむべきこと」なのかもしれない。

 そこでエヌ氏が良い知恵を授ける。ラストでその真意が明かされ、ニヤリとしてしまう。

 だが、ネットで他の方の感想を拝見したところ「次に狙われるのはエヌ氏」という意見があり、なるほどなあと唸った。



『年賀の客』


 ホラーである(たぶん)。

 実業家の男は、若い頃から金と事業のことばかり考え、他人に施しをすることはなかった。しかし、あることをきっかけに変わった。

 ネタバレになってしまうが、落語に『もう半分』という怪談噺があり、なんとなく内容が似ている。


 初見は、正直に言うとオチがよくわからなかった。

 作者はミスリードを狙いたかったのかな、とも思った。

 実業家の孫が成長してゆく未来を想像するとかなりのホラーだなとは思う。


 自分なりに考えた解釈としては、下記の通り。

 ・孫は「友人」の生まれ変わり

 ・客人(「三十歳ぐらいの男」)が実業家にお金の相談をしているのを見て、他人に資産を取られてなるものかと実業家に金をねだり始めた

 ・実業家は「生まれ変わり」に気付き、資産を渡してなるものかと客人にお金を渡してしまうことにした

 つまり、実業家と「友人」の攻防が今でも続いているのではないかということである。


 もうひとつ、かなり深読みした解釈も書き加えておく。

 「友人」は、こう考えた。この実業家もいずれは結婚し、子どもや孫ができるだろう。子どもや孫は小遣いをねだるものだ。

 そこで「生まれ変わり」という言葉を出してやれば、実業家は「友人」が生まれ変わったと錯覚して自分の子や孫を恐れるようになるのではないか。実業家の前で、いかにも子どもがしそうな仕草を真似て印象付けた。

 実業家が「もしや……」と思えば成功である。

 つまり、これは友人による復讐なのだ。


 いずれにせよ、薄気味の悪い作品といえよう。



『ねらわれた星』


 宇宙人にさらわれた地球人が、激しい抵抗もむなしく、生きたまま皮をはがれてしまう。しかも宇宙人は、皮を溶かすビールス(ウイルス)を作り、それを地球にばらまいた。

 ……という、非常に残忍で恐ろしげな話である。


 最初はよくわからなかったが、読み返して「なるほど!」と理解した。そりゃ皮を剥かれた人も抵抗するわw

 そのあとの地球の「惨状」を想像すると滑稽で笑ってしまうw

 思い出すたびにふふっと笑ってしまう作品。



『冬の蝶』


 隅から隅まで技術が発達した未来の話。

 空調が効き、タバコを吸おうとすれば自動的に火がつけられ、ボタンを押せばコーヒーが注がれ、ゴミを床に落としても自動的に片付けられる。

 あまりにも便利な生活の中で、そのトラブルは起きた。


 とても美しく、恐ろしい物語だった。

 「死のとばり」という言葉がとても印象的だ。


 そして、「モン」の行動に唖然とする。

 技術を発達させ過ぎた人間をあざわらうかのようだ。


 ロチ・タバコという言葉が出てきたが、「ローチタバコ」のことだろうか。

(どちらにしろ詳しくないのでよくわからないが。)



『デラックスな金庫』


 金をつぎ込んで大きな金庫を作った男の話。

 これだけ立派な金庫を作るということは、さぞかし中にすごいものが入っているのだろう。そう思った強盗がやってくる。強盗にとっては災難だが、この結末に笑わずにはいられない。


 『不眠症』のあたりから「滑稽な話」と「重い話」が交互にやってくるようだ。

 なので、この『デラックスな金庫』のような作品があると少しほっとする。

 作中に登場する『金と銀』という曲は本当にそういうタイトルの曲があるようだ。主人公のセンスがユニークで、思わず「ふふっ」となる。



『鏡』


 鏡の中から現れた悪魔を虐待する夫婦の話。


 なんとも心が痛くなる話だった。

 鏡というキーワードには、いろいろな意味が込められているように思う。

 悪魔が潜んでいた「鏡」。

 「鏡」写しのように似た者同士の夫婦。

 そして、悪い行いは「鏡」のように自分自身に跳ね返ってくるということ。

 もし悪魔に出会わなければ夫婦は死なずに済んだのだろうか、とやるせない気持ちになる。



『誘拐』


エストレラ博士の子どもが誘拐された。犯人からの電話に、博士は息子の声を聞かせてほしいと懇願する。


なんとも過激な話である。

発想の転換で悪を懲らしめるところに『デラックスな金庫』を思い出す。


「エストレラ」とはポルトガル語で「星」という意味らしいが、作者名「星新一」から取った一種のシャレだろうか。


 作中に登場する「受話器の奥の漆黒」という言葉が詩的で痺れる。これは黒電話ならではの感覚で、スマホではそんな感じはしないかもしれない。



『親善キッス』


 地球とそっくりの文明を持つチル星にはるばるやって来た、地球の親善使節団。

「たくさんの女の子と自由にキスがしたい」という下心から、「地球では挨拶のときにキスをする」と嘘を教えるが……。


 意味が分かると膝から崩れ落ちそうになる話である。

 悪いことを考えた報いとはいえ、えげつない結末に苦笑いするしかない。

 (;´Д`)

 しかも「ここまで地球と似てることなんてある?」という疑問を軽やかに回収してくれるのだから憎い。


 文中では「キス」と書かれているのにタイトルは「キッス」となっているところに一種のこだわりを感じる。

「チル」という言葉について調べてみたら、「chill」という英単語があり、「冷たさ、肌寒さ」を意味するらしい。あるいは「悪寒、寒気」などの言葉も。なるほど、たしかに「悪寒」のする結末だ。



『マネー・エイジ』


 何をするにも硬貨が必要な世界の話。

 約束を反故にするとき、行儀が悪くて叱られそうなとき、いじめっ子に道を通してもらうとき、バスの座席を譲ってもらうとき、学校で先生に指名されて答えられなかったとき、あるいは他の子にこっそり答えを教えてもらうとき、テストの点数をこっそり上げてもらうとき。なんでも金貨、銀貨などで解決する。


 なんとも不思議な世界観である。「電気鶏」や「電気フクロウ」なるものが登場するので、なんとなく未来の話かなと思う。


 ざっくり読むと「なんでもお金で解決する皮肉な世界」に見える。そう聞くと悲観的なイメージだが、この作品からはそのような雰囲気を感じない(主人公がたくましいキャラだからそう感じるのかもしれないが)。

 作中に「ワイロ」という言葉も出てくるが、座席を譲ってもらうときにも硬貨のやり取りが発生しているので、実際の賄賂ともまた違う感じがする。


 ということは、この作品に登場する金貨や銀貨は現実世界のお金とは違う概念のものなのかもしれない。面倒なことをすべて硬貨で解決できるところを見ると、硬貨が一種の潤滑油のような役割をしているようにも見える。 


 ただ、ひとつ気になる点がある。

 それは、大人と子どもが同じ土俵に立ってやり取りをしているという点である。たとえば、行儀が悪くて叱られそうなときや、テストの点数をこっそり上げてもらうときに金貨を支払っている。

 金貨を支払うことでこれらを「解決」できてしまうのは、子どもの学習の機会を奪うことになると思う。また、失敗を「無償で」やり直せるのが、子どもの特権でもあると思う。いちいち大人相手に金貨を支払っていてはたまらない。


 まあ、世の中に100%完璧なシステムはない、ということなのかもしれない。



『雄大な計画』


 競合他社にスパイとして潜入した男の話。


 三郎の壮大なサクセスストーリーである。

 まるで池井戸潤の小説でも読んでいるかのような読み応えがあった。


 かなり好きな作品だ。読んでいてちょっとずつ雲行きが変わってゆくのが面白い。

「もっとも重役の娘はちょっとした美人で……」のあたりがとても好き。

 最後の一文もとても好き。


 単純に「こうなるだろうな」という終わり方だけど、ちょっとひねっていい感じにしてあるところが素晴らしい。



『人類愛』


 宇宙救助隊の隊員がSOSを受けて救助に向かう(?)話。


 これもかなり好きな作品。

 途中までは壮大な映画を見ているようだった。

 必死に声をかけ続けるシーンが感動を高めてくれる。


 そしてラスト! 私の感動を返せ!!!!!

 ((´∀`*))ゲラゲラ

 途中までの壮大さとオチのラストの落差が見事。


『雄大な計画』『人類愛』とも、最初から主人公の目的がはっきりしていてストーリーが単純明快なところがいい。やっぱりそういう話のほうが「わかりやすい面白さ」があるし、だからこそラストのオチが生きているように感じる。 



『ゆきとどいた生活』


 全自動の機械によってテール氏の朝の身支度が進んでゆく、という話。


 読んでいて一部「アレクサじゃん!」と思った。

 50年前に発行された本にこれが書かれていたのだから、すごい。

 残念ながらオチは早めにわかってしまった。


 私は朝ギリギリまで寝ていたいタイプなので、実際にこんな生活ができたら少し憧れる。ただ、ここまで機械が進化しているなら、そろそろ人間は働かなくてよいのでは、と思うのだが、いかが?

 


『闇の眼』


 その夫婦のあいだに生まれた子どもは、暗闇でも周囲の様子がわかるという。

 人類の「進化」の過程にあるという不思議な子どもの話。


 うーん、ちょっとホラーっぽさを感じてしまった。

 星新一が「もしかしたらこんな未来があるかもしれない」と想像して描いた作品なのかもしれない。


 いろいろ考えさせられる話である。

 もしかしたらこの進化はすでに目に見えない形で(あるいは見える形で)既に始まっているのかもしれない。もしそういった人類が現れたとき、私はどうするだろう。

 あるいは、知らない間に自分が「そちら側」になっている可能性もある。


 現代であるからこそ「多様性」というキーワードが思い浮かぶ。



『気前のいい家』


 エヌ氏の家に強盗が入る話。

 強盗はエヌ氏のコレクションの金貨をありったけ持って行こうとするが……。


 またまたエヌ氏の登場である。

 これまでにエヌ氏の登場した話は、『殺し屋ですのよ』と『悲しむべきこと』。

 もしかしてエヌ氏は滑稽担当なのか?


 家に強盗が入るというのは金ばかりでなく命さえも失う可能性がある危機的シチュエーションだが、星新一にかかれば滑稽さが滲み出る。

 独特のテンポと少しずれたようなやり取りが面白い。


 物語の傾向としては『デラックスな金庫』や『誘拐』を思い出す。

 工夫して悪を懲らしめる、というところに物語としての愛嬌を感じる。



『追い越し』


 車も女も新しいほうがいいと豪語する男の話。

 元恋人は、謎めいた言葉を残して自殺した。ところが、男は彼女そっくりの姿を見かける。


 なんとも恐ろしい話である。

 ふと『年賀の客』を思い出した。言葉には人の心を支配する力があるように思える。それはときに良い方へ働き、あるときには悪い方へ働く。

 この物語の主人公も、元恋人の言葉などさっさと忘れてしまえば、このような結末にはならなかったはずだ。もっとも、このような男は遅かれ早かれ女に刺されて死んでいたかもしれないが。


 物語に「ドンファン」という言葉が出てくるので調べてみた。

 Wikipediaによれば、ドン・ファンとは、17世紀スペインの伝説上人物。好色放蕩な美男であり、女たらしの代名詞としても使われるとのこと。


Wikipedia『ドン・ファン』

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3



『妖精』


 十九歳の少女ケイは、同い年の少女アイをライバル視していた。

 そんなケイのもとに妖精が現れ、なんでも願いを叶えてくれるという。


 思いっきりファンタジックな話がきた。こころなしか文章も詩的である。

 だが、キラキラしているだけの物語ではない。叶った願いの二倍のものがライバルにもたらされるという、なんともエグい設定である。ここまで読んできて、そういう設定がいかにもこの作者だなと感じた。


 誰しもライバルより抜きん出たいという欲はある。それ自体は悪いことではない。

 だが、それを「妖精」という他者の力に頼ろうとしたところがまずかったのだろう。

 なんともやるせない結末に、言いようのない寂しさを覚えた。ケイもアイもアルファベットだが、並び順は決まっているのだから、ケイはどう頑張ってもアイより前に行くことはできないのだ。


 最後の一文に、何とも言えない味わいがある。

 こう思えるということは、ケイは本当はそんなに悪い子ではないのかもしれない。



『波状攻撃』


 またもやエヌ氏の登場である。

 と思ったら、何やら事態は深刻である。

 不良在庫を抱えるエヌ氏の元へ、保険金詐欺を持ち掛ける男が現れる。


 結末はよくある「悪いことをしようとすると酷い目に遭う」というものだが、ひとつ前の『妖精』にしろ、「なんとかしたい」と困っている人に甘い言葉をかけてくる存在というのは、警戒すべきなのかもしれない。


 ちなみに「星新一 エヌ氏」で検索したところ、どうも星新一作品にはのべ107人ものエヌ氏が登場するらしい。この詐欺に引っかかってるエヌ氏もそのうちの一人なのかと思うと、ちょっと感慨深い(?)。



『ある研究』


 ある男が、熱心に研究をしている話。


 意味がわかると面白い。

 本文の大部分が実はミスリードであるという造りも面白い。「いったい彼をそこまで駆り立てる研究とは何なんだ!?」と思わせてこのオチである。


 どうやら自分は研究者という人種に対して興味を抱いており、また寛容でもあるらしい。この作品の主人公のような人たちがいたからこそ人類はここまで発展できたのだし、自動車や洗濯機や電子レンジのようなめちゃ便利な道具を使って楽をすることもできるし、ちょっとした怪我や病気なんかは治療や薬で簡単に治すこともできる。

 そういった恩恵をありがたく思う一方で、なにかに熱心になっている人間を応援したくなる気持ちもある。


 残念ながらこの物語はやるせない結末を迎える。「研究というものの価値を理解しないとこのように大きな損失がありますよ」という警告にも受け取れる。

「研究費を削れ」だの「すぐに役立つのか」だの「その研究は金になるのか」だの言う人たちにぜひ読んでほしい。

 個人的にはオチの説明がちょっと親切すぎる気もするが、そういった人たちに「わかりやすく」示すにはこれくらいでいいのかもしれない。



『プレゼント』


 ラール星人が地球に恐ろしい怪物を送り込む話。


 星先生、たいへん申し訳ございません。

 共通の敵が現れても、人類は共闘するどころか、自国の責任を隠蔽し、互いの足を引っ張り合い、人命よりも金を優先し、他国を見下すような発言をし、責任逃れをし、あるいは責任をなすりつけ、弱者を切り捨てるという、醜い結果になりました。

 もし先生が生きていらっしゃったら、コロナが蔓延してゆく世界の様子を見てさぞかし落胆されたことと思います。


 さて、気を取り直して。

 この作品を読んで「自分の萌えは他人の萎え」という言葉を思い出した。

 地球人はネコチャンが好きな人が多いけれど、もしかしたらあれも異星人にとっては気持ちの悪い生き物に見えるのかもしれない。



『肩の上の秘書』


 肩の上に乗せたインコ型ロボットが、持ち主のかわりに言葉を選んで喋ってくれるという話。


 ビジネスで使われる言い回しならある程度パターン化はできるのだろうけど、それでもどんだけ優秀なAIを使ってるんだ、と思った。これだけ持ち主の思いを汲み取って自動的にいい感じに言葉を構成してくれるシステムがあるなら、小説だって「ここで主人公が派手に戦う」「ヒロインといい雰囲気になる」などと言っておけばあっという間に書けてしまうはずである!


 それにしてもまあ、主人公の口の悪さには呆れる。

 これで営業職が務まるのだからすごい時代である。こんな機械に任せていてはさぞ語彙が衰えるだろうと思うが、実際登場人物たちは極めて短い言葉しか発していない。

 私自身はどちらかというと口下手だけど、自分で話す言葉くらいは他人任せにせず自分できちんと考えて話したいと感じた。


 作中には「インコ」と書かれているのだが、挿絵はオウムに見える。気になったのでついでに調べてみた。ざっくり言うと、インコは冠羽がなく、オウムは冠羽があるそうだ。イラストにはバッチリ冠羽が描かれているのでやはりオウム。

 なお、オカメインコは名前に「インコ」がつくが、分類上はオウムらしい。



『被害』


 エル氏の家に強盗が入る話。ところが金庫の中には思わぬものが……。


 あれ、少し前にエヌ氏が強盗に入られていなかったっけ?(『気前のいい家』)

 なんだか治安の悪い短編集だなぁ。でも、今までのパターンからすると人死にはないような気がするので、安心して読める。


 またもや金庫ネタだけど、星新一は金庫が好きだったのかもしれない。

 それにしても、とんだものが入っていてびっくり。強盗にとっては踏んだり蹴ったり。これもまた「悪いことはしないほうがいい」という教訓なのだろうか。



『なぞめいた女』


 記憶喪失だという女性が警察に保護される話。


 ストーリーとしては極めて単純だが、やはりミステリアスな女性は気になるもの。

 欲しい物を手に入れるために手段を選ばない彼女のたくましさに拍手。ここまで周囲を巻き込み、最後は演出家まで騙したのだからたいしたものだ。

 彼女は無事に主役の座を勝ち取ることができたのだろうか。



『キツツキ計画』


 町を混乱に陥れ、騒ぎに乗じて盗みを働こうと計画する「悪人団」。

 その手始めとして、キツツキにボタンを押す訓練をさせる。


 なんとも突拍子もない、そして気の遠くなるような犯罪計画である。

 計画的犯行とは真逆を行く雰囲気がある。むしろ可愛らしささえ感じてしまう。

 そして「悪人団」というパワーワード。


 残念ながら、動物好きとしては少し心の痛む展開になってしまった。



『診断』


 とある病院に入院している青年が、院長に会わせてほしいと頼む話。


 今の時代だとクレームが来そうな内容。

 かつてはこれを「オチ」として使うことが許される時代だったということ。誰が書いたかは関係なく、正直あまり気分のいい終わり方ではない。



『意気投合』


 地球から来た宇宙船が、とある星に着いた。

 住民たちはとても歓迎してくれている様子だが……という話。


 読み返すと「あっ」と思う作品。意外なところに伏線が散りばめられている。

 住民たちが歓迎したのは、きっと宇宙船の船員たちではない。そして、「刃物を持っていない」のは「敵意がない」のではなく、別の理由によるもの。


 このあと隊員たちがどうなったかを考えると、切なくなる。



『程度の問題』


 スパイになったエヌ氏の話。


 またもやエヌ氏の登場である。

 しかし、活躍する様子はない。むしろ困ったちゃんである。

 彼の行動は職業柄しかたないのかもしれないが、公園の少年たちにボールをぶつけられてる姿がなんとも不憫。


 それにしても「紅茶に睡眠薬」というのがなんとも不思議な組み合わせ。

 紅茶を飲んだら目がさえてしまうと思うのだが。


 そして、エヌ氏が不憫な話かと思いきや、ラスト三行で唖然とする。

 やっぱり「程度」は大事だ。

 ところで「程度」といえば、エヌ氏の登場はちょっと多すぎやしないかな?



『愛用の時計』


※ネタバレ多めかも注意


 大切にされていた時計の話。


 いやあ、これは泣く……。

 わずか3ページのとても短い作品だが、この本の中で一番印象に残った。

「一方的に愛情をかけていると思っていたら、相手も自分のことを思ってくれていた」とか「忠義」とか、そういうのに弱い……。

 あと、やっぱり「人」と「そうでないもの」との交流に弱い。

 とにかく私のツボをつく作品だった。


 追記。

 読み返してみると「忠義」ではなく「愛情」かなと思う。

 それはそれでロマンチック。



『特許の品』


 ゲレ星人が開発した「ひとをダメにする装置」とそれにまつわる特許の話。


 これも印象的だった。

「もっとやらせて下さい」というセリフに「なにか麻薬的なヤバいものなのだろうか」とハラハラしながら読み進めたが、実は意外な真相が。

 見方によってはヤバい装置ともとれるし、素晴らしい装置だとも思える。

 結局は使い方の問題か。


 それにしても、ここまで読んできた中では地球人が愚かに描かれている作品が多かったが、この作品はその真逆でほのぼのする。

 だけど、最後に真相を知ってちょっとぞわっとする。たとえるなら、人を殺す道具だとは知らずに拳銃をオモチャにして遊んでいたような感じ。



『おみやげ』


 かな~り前にTwitterのフォロワー様が話題に出していて気になった作品。

 これを読むためにこの本を買った。


 まだ文明が生まれていない頃の地球に立ち寄ったフロル星人たち。

 地球人のために素晴らしい知識を残してくれる、という話。


【簡単に宇宙を飛びまわれるロケットの設計図。あらゆる病気をなおし、若がえることのできる薬の作り方。みなが平和に暮すには、どうしたらいいかを書いた本。】

(本文より抜粋)


 とても夢のある話だ。そんなものが本当にあるなら、どれほど素晴らしいことか。

 地球のどこかに埋まっていたかもしれない「銀色のたまご」に想いを馳せる。

 いや、もしかしたら同じようなものがすでに地球のどこかに隠されているのかもしれない。



『欲望の城』


 いつもバスで見かける気になる人。

 話しかけてみると、夢の中で欲しい物を次々と手に入れているという。

 そんな少し不思議な話。


 最初は楽しそうだと思い読んでいたが、どんどん雲行きが怪しくなってくる。

 己の欲望というのはコントロールしにくいものなのかもしれない。


 面白いのは、夢を見ている本人の視点ではなく、バスの中で知り合った「赤の他人」の視点で描いているところ。ラストのオチを考えるとたしかにこの方がスムーズ。


 ところで、もし私が彼と同じような夢を見ることがあれば、あっというまに部屋が埋め尽くされること請け合いである。



『盗んだ書類』


 薬を開発したエフ博士の研究所に、泥棒が忍び込むという話。


 まったく治安の悪い本である(;´∀`)

 そして、この泥棒も例に漏れずうまくいかないわけだが、他の作品と比べるとオチは生易しいように思える。


 スズランの香りと書かれていてドキッとしたが、さいわい毒薬ではなかったようでよかった(スズランには毒がある)。しかし、いくら効能を知るためとはいえ、得体の知れない薬を飲むとは。泥棒も体張ってるよなあ。

(;´Д`)



『よごれている本』


 エヌ氏が古本屋で魔法の本を買ったという話。


 とても気になるタイトル。

 怪しげな古書には浪漫がある。


 気になったのは、この作品だけ他の作品と構成が異なるという点。

 他の作品はだいたい物事が起こった順に書かれているが、この『よごれていう本』だけは読者の気を引くような奇異の描写から始まり経緯の説明に移っている。作家が実験的に書いたという雰囲気を感じた。


 さて、この作品にも他のいくつかの作品と同じように悪魔が登場するのだが、作品によって悪魔の容姿の描写が少しずつ異なっている気がする。そこが面白い。


 ラストはちょっとホラーチック。

 ただ、この本(『ボッコちゃん』)の中からエヌ氏が消えたのかというとそうではなく、少し後の作品に「エヌ博士」が登場するので安心した。(消えたら消えたで面白かったのだが。)



『白い記憶』


 記憶を失った男女が病院に運ばれてくる。

 注射を打つと二人は徐々に記憶を取り戻してゆくが……という話。


 今度はQ博士が登場する。

 タイトルから北海道銘菓「白い恋人」を連想したが、調べてみるとこのお菓子が発売されたのは今から45年ほど前なので、お菓子のほうが後ということになる。


 日射病という言葉に時代を感じた。

 かつては「日射病」「熱射病」などと言ったものだが、現在は「熱中症」という言葉がよく使われている。調べたところ、「日射病」「熱射病」などの症状を総称して「熱中症」と呼ぶらしい。なるほど。


 注射で記憶喪失が治る話があり、「そんなバカな」と思って調べてみたが、やはりそういったことは(今のところ)ないようだ。ただし、意外なことに記憶障害を誘発する注射の話はあった。恐ろしい。


 途中まではいい雰囲気だったのに、真相がわかってからオチまでの流れには苦笑いするしかない。

 その後Q博士がふたたび二人に注射をしたのかどうかはわからないが、奥さんだけに注射すれば丸く収まりそうな気もする。

 (´艸` )



『冬きたりなば』


 よその星へ御社の商品を売り込みます。そんなふれこみで宇宙船を作る費用を集めたエヌ博士。たどり着いた星の住民たちに商品を宣伝し売りつけようと試みるが、彼らは今から冬眠に入るのだと言う。


 エヌ氏ならぬエヌ博士が登場。

 あの(?)エヌ氏もずいぶん出世したものだとしみじみ。「あ、無理にとは申しません」という一言に、キャラクターの、作品の、そして作者の愛嬌を感じる。


 挿絵がまたとてつもなくオシャレ。ちょっと宇宙に出てみたくなる。

 広告がベタベタ貼られるロケットは、モータースポーツの斜体に広告がいろいろくっついているのを連想する。


 いかにもSFらしくスケールの大きな結末である。

 タイトルを見たときは「またずいぶん古めかしい言い回しの風流なタイトルだな」と思ったが、「冬来りなば」は本来とある詩の一節で、そのあとに続く言葉は「春遠からじ」。

 読み終えてみれば、なんとも皮肉めいたタイトルであることに気付く。

 そんなところもまた愛嬌か。



『なぞの青年』


 困っている人々のところに一人の青年が現れ、お金を出して次々と解決してゆく話。


 もし本当にこんな青年がいたら、どうだろうか?

 作中の人々には感謝され評価されている青年だが、残念ながら私はこの青年のことを評価することはできない。困っている人を助けるのはまことに結構だが、彼のしていることは平等さに欠けると思う。


 個人の目に留まった人しか助けないなら、それは到底公で行われた仕事とはいえないし、それなら公金を使ってはいけない。喜んでいる人のいる陰で、お金が行き届かない人もいる。配分のバランスがおかしくなる。


 また、この青年は誰にも相談せず、誰の許可も得ずに自分の判断だけで事を行った。そこがかなりマズイと思う。どうしたら「自分の考えが100%正しい」と確信を持てるのだろうか。「独善的」という言葉が浮かんだ。


 公平に、より困っている人のところに。

 たったそれだけのことが実はすごく難しいのだと気付いた。

 作者は政治批判をするつもりでこの作品を書いたのかもしれないが、私は逆に政治というものの難しさを強く感じた。 



『最後の地球人』


 人口が増え、地球に人があふれたその後、一組の夫婦から一人の子どもしか生まれなくなった未来の話。


 前作『なぞの青年』には「キリスト」という言葉が出てくるが、こちらの作品『最後の地球人』は旧約聖書を思わせる内容だ。

 女は死んで骨となり、男の肋骨へ返った。そして男は土へ戻った。

 とすれば、最後に生まれた子どもは何者なのか。「光あれ」もまた旧約聖書に出てくる言葉である。


 一冊の本の最後を飾るにふさわしい壮大な話だと感じたが、残念ながら壮大過ぎて物語の意味するところは正直よくわからなかった。

 生命は発展と滅亡を繰り返す、ということだろうか。


 「最後の地球人」には「つがい」がいないので、繁殖ができない。

 とすれば、最初にこの子がやるべきことは、地球のどこかしらに残った生命を探すことではないだろうか。

 『旧約聖書』に登場する神が生命を作ったように。



すべて読んでみて、個人的に印象に残った作品は

『悪魔』『ボッコちゃん』『おーい でてこーい』『ねらわれた星』

『冬の蝶』『親善キッス』『雄大な計画』『人類愛』『意気投合』

『愛用の時計』『おみやげ』『冬きたりなば』でした。


最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

゚*。☆ヾ(´∀`)(´∀`)ノ☆。*゚

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