第6.5話

 そうだ。そうだった。そうして私たちは旅に出たのだ。私は暗い部屋の中、旅の始まりに想いを馳せる。

 夜闇に包まれた魔王城で、ふと私は窓の外に眼を向けた。未だ太陽は東の海にその身を隠し、夜明けを渋っているかのように顔を見せずにいる。

 村を出たあの日。まだそれほど過去の話ではないというのに、まるで何年も、何十年も昔の事のように思える。もはや遠い遠い別世界の事のようにさえ感じられてしまう。それ程に今の私たちとは結び付かない、明るい過去だった。

 私たちの旅路の始まりは、けして悲劇を予感させるものではなかった。幾ばくかの憂いは有ったかもしれないが、それでも彼らの心には未来への期待があった。彼らの過去が幸福なものであったから、これからもそうに違いないと信じていた。その期待は残酷に裏切られる事になってしまったが。

 眼を向けると彼は少しだけ頭を持ち上げ、虚ろな瞳で手に持っている何かを眺めていた。あれは・・・リネットの薬入れだ。彼女の母が旅立ちに際し彼女に持たせた傷薬の入れ物だ。既に中身は空になっているが、扱いが丁寧だったのだろう入れ物自体はほぼほぼあの日の姿を保っている。あれは確か、あの二人と別れる際にカイルが譲り受けたのだったか。

 彼は何も言わずただただ虚ろに薬入れを見つめている。彼はあの日、私たちが初めて言葉を交わしたあの日に言ったのだ。この世界が好きだ、と。だからこの世界を救いたいのだと。そう言ってのけた彼の笑顔を思い出し、言い知れぬ感情が私の中で渦を巻く。

 今の彼は世界に絶望し自ら命を絶った、前世の"彼”にこそ重なって見えた。

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大嫌いなこの世界に中指一つ立てまして、 ナリタ @naritaku0192

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