第3話

 その日は狩りから帰っても、宴の準備に大忙しだった。もちろん聖霊であり誰からも認知されない私が忙しかったはずもないが、村中の人々が甲斐甲斐かいがいしく働いている姿を見るとその様子を眺めていただけの私まで仕事をしたような気になってくる。村の広場に並べられた椅子とテーブル。その周囲には夜に灯す松明たいまつと、到底飲みきれないであろう程多くのブドウ酒の酒樽。テーブルの上には木の実や野草のサラダ、鶏や魚の丸焼きや香ばしい焼きたてのパンなんかが所狭しと並べられている。今朝カイル達が狩ったカウベアも今はシチューや焼串、ステーキなどに姿を変えて食欲をそそる香りを立ち上らせている。果たして20人ほどしかいない村人たちでこれほどの量のご馳走を食べきれるのだろうかといぶかってしまう程の光景だ。

 あの後カイルは、リネットを送り戻ってきたロムと共に大量のカウベアの肉を持って村に戻った。狩りの直後は落ち込んでいたリネットも好きな料理に没頭できたためか、二人が戻ってきた時にはすっかりいつもの調子を取り戻していた。帰ってきた直後のカイルとロムに容赦なく、食卓の準備や荷物運びなんかの雑務を指示してくるほどだった。

「こりゃあ結婚したら尻に敷かれちまいそうだな、ロム。」

「いや、結婚するまでもなく尻に敷かれているような気がするが・・・。」

 準備の合間に談笑する二人にリネットの声が飛んできた。

「二人共~!暇ならそこにサンドイッチ置いといたから!」

「へいへい。美味そうなベーコンエッグサンドだなぁ。何処に持ってきゃいいんだ?」

 カイルの質問にリネットが首を傾げた。

「?・・・二人のお昼だけど?」

 不意の気遣いにキョトンとするカイルに、ロムはフッと笑った。

「尻に敷かれるのも悪くないかもな。」

 ベーコンエッグサンドで腹を満たした二人は、その後もリネットや厨房の女性たちの手足のように働いた。当然他の村人もチーコの誕生日のために協力し合い、そして今ようやくまる一日かけて準備した宴席が始まるのだ。

 日も暮れてきた中、村人全員が各自の席で姿勢よく村長の話を待つ。一人として無駄話をする人はいない。静寂の中村長がゆっくりと立ち上がり、低く落ち着いた声で語り始める。

みな、今日はわしの孫娘であるチーコのために、よくこれほどの宴の席を用意してくれた。村長として嬉しく思うとともに、チーコの祖父として感謝を伝えたい。ありがとう。」

 村長が感謝の言葉とともに頭を下げると、村人たちもそれに続き黙ったまま頭を下げる。

「そしてここに並んだ森の恵みをお与え頂いたこと、チーコが今日こんにちまで健やかに成長できたこと。皆で主に感謝しよう。」

 村長の言葉で、村人全員が胸の前で手を組み黙ってうつむく。

『よく聞くこのって多分私のことですよねぇ?なんだか照れちゃいますぅ。』

 何をしたわけでもない女神様が勝手に照れている。この人は一回村人たちに謝るべきな気がする。

 村人たちが祈りを終え、再び村長に向き直る。

「では、後はチーコにお願いしても良いかな?」

 村長の問い掛けに、テーブル端の主賓席に座っていたチーコはこくんと頷き立ち上がる。真っ直ぐに立ち胸を張り正面を見つめるチーコに村人の視線が注がれる。こういった場では乾杯を行うのが通例だが、チーコの誕生日はそうではない。チーコが力強くパチンと胸の前で手を合わせると、村人たちもそれに続き手を合わせる。そしてチーコが小さな体から目一杯の声で宣言する。

「いただきますッ!!」

「「「「「「頂きますッッ!!」」」」」」

 一瞬前の静寂が嘘のよう。まるでときの声のごとき大声を皮切りに、村人たちが猛然と食事に食らいつく。

「あッ!それ、俺が狙ってた肉!」

「すっとろい自分を恨みな!」

 まるで戦場のように殺気立つ食卓を、数メートル離れた場所で私は白い目で見ていた。

『何度見てもこの村の宴は・・・。』

『迫力ですねぇ。食欲は生きる活力です。村全体が生き生きしている証拠ですねぇ。素晴らしいですぅ。』

 この村の食事はチーコと村長をはじめとするご老人数名を除き、早い者勝ちの奪い合いなのだ。野蛮にしか見えないこの光景を、私は女神様のように肯定する気にはなれない。

 数十秒後、カイルは大皿に四人前はあろう量の食べ物を盛り付けて、戦場、もとい中央の食卓から姿を現した。すでに少し離れた場所で幾ばくかの料理を確保して食べていたロムとリネットに合流する。

「戦果は上々ってところかな。ほら、二人も食っていいぞ。」

「ああ、ありがとう。」

 ロムがカイルの大皿からパンを手に取り、頬張る。

「ほら、リネットも。準備、お疲れさん。」

 カイルがリネットにもパンを手渡そうとするが、リネットは首を横に振った。

「アタシはいいや。お腹空いてない。」

「あんだけ働いたのにか?」

 カイルの問いにリネットは一瞬目を泳がせる。

「アタシはほら、味見したし。」

「・・・ふーん、そっか。」

 行き場のなくなったパンをカイルが自分で頬張る。そのまま三人とも黙ってしまった。周囲の賑やかな喧騒と違い、この場は何やら気まずい空気だ。宴の支度中は気にならなかったのだろうが、やはり今朝の仔熊のことが気掛かりなのであろう。特にリネットはあの仔熊を仕留められなかったことに責任を感じているように見える。

 そんな彼女の様子を知ってか知らずか、カイルがおもむろにカウベアのシチューに口をつける。

「これ、リネットが作ったやつか?やっぱ美味いな。俺じゃあとても無理だ。」

「俺じゃあって・・・。カイル、料理なんてしないじゃん。」

「確かにそうだな。いきなり上手くやろうなんて無茶な話か。、な。」

 若干鼻につく言い方だが狩りに不慣れなリネットを思いやっての言葉だろう。カイルは言いたいことは言ってやったというように鼻歌交じりに食事を再開する。リネットは一瞬カイルを睨んだ後、視線を外し腕を組んだまま何やら考えているようだ。黙って見ていたロムがリンゴを一つ取り、ナプキンで拭いた後リネットにほら、と手渡す。

「好物だろ?・・・チーコの誕生日にそう難しい顔をするな。」

 リネットはロムの顔とリンゴを順に眺めた後、ため息を一つ吐きリンゴを受け取った。

「そうだね、ごめん。ありがとう。」

 リネットは少しはにかんでそう言うと、リンゴをかじりその美味しさに舌鼓したつづみを打つ。その後は気まずい空気も薄れ普段の三人組に戻って仲良く談笑していた。

 そんな様子を見ているとふと思うことがある。カイルとその前世である”彼”は同じ魂の人間であるはずなのに、とてもそうは思えないほど双方の人格が乖離かいりしているように感じるのだ。カイルは多少クセはあるもののそこそこに勇敢で思いやりもある、一般的に好ましいとされる人格の持ち主のように思える。それにひきかえ前世の”彼”は典型的敗北者であり、私が”彼”の記憶をざっと覗いた際に感じた人格は卑屈ひくつ陰険いんけんなものだった。肉体の違いが精神に影響を及ぼしているのか、はたまた成育環境の違いでこれだけの差が生まれたのだろうか。前世の”彼”も環境次第では強く優しい人格を持ち、自死を選ぶことのない幸福な人生を歩むことも出来たのかもしれない。

 まぁ想像でものを言っても仕方がない。今はカイルの人格が十八年前の私の想定と比べ幾分勇者と呼ぶにふさわしいものとなっていることを素直に喜べば良いのだろう。

 思索しさくに区切りを付けふと目をやると、三人のもとに小さな人影が近づいて来た。今夜の主役、チーコだ。

「よう、チーコ。やっとじいさん連中から解放されたか。」

「うん。」

 チーコは短く返事を返しながら手に持っていた木のジョッキをカイルに差し出す。

「木いちごのジュース。カイルにあげる。」

「?何でだ?大好きだったろ?」

「うん。おいしいからカイルにもあげる。」

 そう言ってチーコは屈託のない笑顔を見せる。

「愛されてるじゃないか。」

 ニヤリと笑いながらロムが言った。カイルは頬をかきながら少し気恥ずかしそうにジョッキを受け取る。その様子を横目で見ていたリネットがプッと吹き出した。

「カイル、照れすぎ!チーコの優しさに、もうメロメロじゃん!」

 肘でカイルの横腹を小突く。

「やめろよ、小突くな!コラッ!・・・あ~、チーコ、ありがとな。本来なら誕生日のお前に俺が何か贈るべきなんだが・・・。」

 目を泳がせながら言葉を濁すカイルを、チーコは真っ直ぐに見つめている。

「カイルのとってくれたお肉、とってもおいしかったよ!」

 チーコがまた満面の笑みを浮かべる。リネットがそれを見て感嘆の息を漏らした。

「チーコってホンット優しいし可愛いし・・・。カイルにはもったいないなぁ。っていうかカイル、レディーの誕生日にプレゼント用意してないとか本気?」

「レディーの扱いとか分かんねぇんだよなぁ。残念なことにチーコ以外には身近にレディーが一人もいなかったもんで。」

「おいこら。」

 カイルとリネットがにらみ合う横でロムがクックと笑いながら立ち上がる。

「さて、俺は男を下げる前にプレゼントを取ってくるとするか。すまんチーコ。少し待っていてくれ。」

「あッ!アタシもチーコのためにケーキ焼いたんだった!ちょっと取ってくる!」

 二人がチーコへの贈り物を取りにその場を離れ、チーコとカイルの二人だけが残された。カイルがフゥと息を吐き頭を掻く。

「・・・お肉、おいしかったよ?」

 チーコは笑顔で繰り返す。カイルよ、五歳児に気を使われているぞ。それでいいのか。私が半ば呆れながら眺めていると、カイルがなにか諦めたように口を開く。

「・・・いや、プレゼントはある。用意はしたんだ。」

「えッ!?」

 チーコが目を輝かせる。素直な反応だ。

「でも渡そうかどうしようか、迷ってたんだ。チーコが喜ぶものか自信無かったし、あんまり上手に作れなかったし・・・。でもプレゼント無しってのはやっぱ無いよな。」

 何やら言い訳がましいことをブツブツと言いながらカイルは懐から何か取り出した。

「はい、誕生日おめでとう。」

「わぁあ・・・!」

 チーコが受け取ったものを私はひょいと覗き見る。首飾りだ。しっかりした革紐のネックレスであり、大きなカウベアの爪が取り付けられている。なるほど五歳の女の子であるチーコにはいささか無骨すぎる代物ではあるが、作りとしては素朴ながら丁寧で出来が悪いことはないように見える。大きさから察するにこの爪は今朝のカウベアのものだろう。解体作業の途中で作ったということか。女神様と川魚の観察に勤しんでいた私の背後でそんなことをやっていたとは、全く気付かなかった。

「カウベアは強く優しい生き物だから、街ではその爪をお守りにするんだとさ。だからその首飾りがチーコを守ってくれるはずだ。・・・まぁ、身につけるのが気に入らなければ家の戸棚にでもしまっといてくれ。それでも効果あるだろ、多分。」

「つけて!つけて!」

 自信なさげなカイルを尻目にチーコは大はしゃぎである。その様子にカイルも安心したのか笑顔を見せてネックレスの革紐を結んでやる。

「これでよし。あ、リネットには俺に貰ったって言うなよ。何言われるか分かったもんじゃないしな。」

 カイルがそんな事を言っていると向こうから、ケーキの乗ったお皿と共にリネットがやってきた。

「ケーキお待たせ~。あれ?チーコ素敵な首飾り着けてるね!誰に貰ったの?」

「カイル!カイルにもらったの!」

 カイルは右手で目を覆いうなだれた。


 リネットは少し茶化しながらもカイルがプレゼントを用意していたことを褒めて、チーコと共にプレゼントの自慢をしに村の女性陣の中へ交じっていった。ロムはチーコに丁寧な装飾の入った木彫りのカップをプレゼントした後、酔っぱらいのオヤジ達にリネットとの結婚をいつするのかと絡まれ酒宴が行われているテーブルへと引きずられていった。結果一人取り残されたカイルだったが、木いちごのジュースを飲みながら何やら考え事をしている。その表情は先程までとは打ってかわって暗く深刻で、宴の場には似つかわしくない。

 カイルには時々こういうことがある。悩み事や考え事を誰にも相談せず周りから隠し、自分ひとりになると険しい表情で考え込むのだ。この性質は周りに迷惑をかけまいとする優しさや責任感の表れと言えるが、自分自身にかかる負担が大きいし何より問題解決の方法としては実に非効率だ。この状態のカイルには誰かが少し踏み込んで話を聞いてあげる必要がある。その役回りはロムやリネットが果たすこともあるが、その二人よりよほどカイルの悩みを敏感に察知し相談に乗ってくれる人物が居る。どうやら今回も例に漏れず、カイルの悩みは彼が聞いてくれそうだ。カイルのそばにゆったりとした足取りで歩み寄ってきた。

「やあ、カイル。しっかり食べているかい?」

「あぁ、父さんか。」

 カイルの父親は温厚で柔和にゅうわな人柄であるが、同時に優秀な狩人でもある。カイルの剣の師は他にいるのだが狩人としての知識や心得を教えてくれたのは彼なのだ。

「随分と大きなカウベアを獲ったじゃあないか。もう私などよりよほど優秀な狩人になれたようだなぁ。」

「ロムとリネットが手伝ってくれたからさ。俺一人じゃとても無理だったよ。」

 カイルは首を横に振って答えた。カイルの父はその横にゆったりと腰を下ろす。

「確かに、一人では無理だったかもしれない。しかし二人が手伝ってくれたのはお前がお前だったからさ。お前だからこそ狩れた獲物だということに違いはない。」

 父の言葉にカイルは自嘲気味に笑った。

「だとしても俺はやっぱりダメだよ。やっちゃならない失敗をした。」

「・・・仔熊のことか。」

 カイルは無言で肯定する。今朝逃した仔熊のことをカイルも気に病んでいたようだ。リネットには気にするなと、さも大したことでは無いかのような態度を取っていながら実はカイル自身大いに気にしていたわけだ。たかだか仔熊一匹のことに執心しすぎているように思えなくもないが、カイルやリネットがこれほど憂慮ゆうりょするには理由がある。十年前、今回のように人間に恨みを持ったカウベアによって人が殺された。犠牲者は一人に留めることができたが、その一人が当時山菜採りをしていたカイルの母親だったのだ。あの時は女神様も三日は落ち込んでいた。

「確かに、母さんのことがあるからな。お前が気に病んでしまうのもわかる。しかし親熊を亡くした仔熊はそうそう生きてはいけない。十年前のような事態は、まず起こらないさ。」

 カイルは無言のままだ。少しの沈黙の後、再びカイルの父が口を開く。

「十年前に母さんの死について、私が言った言葉を憶えているかい?」

 カイルは顔を上げ、横目で父の顔を見る。

「誰が悪いわけでもない、母さんの死は運命だった・・・。」

「そうだ。母さんを襲ったカウベアは生きる事に必死だっただけで、生きる意志は誰にも否定することはできない。カウベアの親を殺し子を見逃した旅人の無知と慈悲の心も罪とは言えない。」

 カイルの父は小さめのカップに入ったブドウ酒を少し口に含んだ。一拍置き、ふうと息を吐いて言葉を続ける。

「今回もそうだ。仔熊を射殺すことを躊躇ちゅうちょしたリネットの優しさは罪ではないし、一人でカウベアの巣穴に近づくという危険を避けたロムの慎重さも罪ではない。二人から聞いた話ではお前の行動にも非はない。ならばつまり仔熊を逃がしてしまうのは運命だったんだ。仕方のないことだった、そういう事だ。」

 カイルは再び地面に視線を落とす。

「今の私たちがすべきことはどうにもならない過去を後悔するより、逃げたカウベアが人を襲うことのないよう務めることだ。母さんの時のように人の死にまで運命が繋がることのないように、出来ることをする。それだけだ。」

 ぐいっとカップのブドウ酒をあおるとカイルの父はそのまま空を仰ぎ見る。しばらくの沈黙の後、口を開いたのはカイルだった。

「父さんは、母さんの死を割り切れているんだな。仕方のないこと、運命だったって。」

 カイルの言葉に父は首を振る。

「そんなことはないさ。運命どうこうの話は私自身に言い聞かせているふしもある。十年経った今でも悲しく辛い事実であることは変わらないんだ。・・・しかしな。」

 カイルは顔を上げ父親の顔を見やる。父は空を見つめたままだ。

「死はとても多くのものを奪い去るが、奪えないものもある。過去の思い出、というやつだ。母さんの死を割り切ることはできなくとも、母さんとの思い出を胸に、乗り切らなくてはならないんだよ。」

 夜空を見つめるカイルの父親の瞳は、夜空の星よりも遥かに遠いものを見つめているように思えた。


 宴は終わり村人たちのほとんどは家に戻って寝息を立てている頃、カイルは一人松明のそばで剣を研ぎ直していた。狩人であるカイルには食肉の確保の他に、村を動物たちから守る仕事もあるのだ。夜通し見張りに立つわけでもないが、寝るのはだいたい一番最後になる。カイルが朝寝起きが悪いのは主にこの仕事のせいだ。

 カイルが真面目に見張りをしている間私は例のごとく暇を持て余しているわけだが、今日は少し考え事をしてみることにした。カイルの父が話していた運命というやつについてだ。

 そもそも運命とはなんなのだ?人は人生における抗いようのない筋書きのようなものを運命と呼んでいるように思える。例えるなら、人という木の葉を運ぶ川の流れのようなものだろうか。しかし人は自らの意思で行動する生き物であり、川に流されるだけの木の葉ではない。ならば私には抗いようのない運命なんてものは存在しないように思えるのだが。

 そういえば運命とは神の意志だと誰かが言っていたような気がする。ならば神に訊いてみるのが最も素直な解の導き方だろう。私は思い立つと同時に女神様に思念を飛ばした。

『女神様。運命とはなんなのでしょうか?』

『ふぁ?うんめい?ですかぁ?』

 どうやら女神様は寝る寸前だったようだ。女神様の寝坊助は夜なべしているカイルとは違い、真性の寝坊助だといえるだろう。

 私は自分の考えを述べ、女神様の意見を尋ねた。

『運命ですかぁ。運命がかみの意志という意味ならば、カイル君が勇者となって魔王を討ち果たし私を助けてくれるというのは運命になるのかもしれませんけど・・・。それは私の望みであって絶対その通りになると保証できるものでもないですからねぇ。なんだか少し違う気もしますぅ。』

 女神様のアクビ混じりの思念が飛んでくる。カイルは真面目に働いているというのに、怠惰な女神様だ。もっとも私も女神様を責められる立場ではないが。

『私にはあずかり知らぬ領域で確かに運命というものは働いているという可能性もありますが・・・まぁ、あなたの言うとおり絶対に抗えない運命なんてものは無いのかもしれません。ただ、人の力には限りがありますからねぇ。必ずしも自らの望んだ方へ進めるとは限りませんしぃ、そうだとしたらそれはその人にとっての運命と呼ぶことができるのかもしれませんよ?』

 つまり絶対的な運命が存在するかは分からないけれど、各人にとっての抗えない運命というやつは存在すると言えるのではないか、ということか。フワッとしているがまあ妥当な答えであるように思える。眠たい中女神様なりに考えて答えてくれたのだ。とりあえず納得しておこう。

 私がひとまずの解を得て自分を納得させていると、眠気たっぷりだった女神様の思念が突然ピリついた緊張感を孕んだものに変わった。

『・・・これも一つの運命、でしょうか。抗えぬ運命なのか、抗うことこそが運命なのか、どちらなのでしょうね。』

 とらえどころのない言葉に私は首を傾げる。

『女神様・・・?』

『西です。あなたにも感じ取れるはず。』

 女神様に言われた通り、西の方角に意識を集中する。するとすぐにそれを感じ取ることができた。純粋な破壊衝動だ。生物が抱き得るそれとは明らかに異質な、うすら寒さを覚える殺戮の意志。その塊がこちらに向かっている。

『女神様、これは・・・!』

『間違いありません。魂持たぬ徘徊者。他の殺戮のみを目的とする、命の天敵。通常の生物をはるかに凌駕する力を持った、魔王の放った死の尖兵・・・。』

 ―――魔物が、この村に迫っている!

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