第42話 「再会は、別人で」

第四十二話 「再会は、別人で」



 捕まるのには慣れたが、罵声を浴びるのは中々慣れないものである。慣れたら慣れたでそれは問題かもしれないが……

 口にする言葉という目に見えない音は、拳と同じでそこに悪意がこもっていれば暴力と同じである。

 肉体的な苦痛は意外と我慢できるのに、精神を直接えぐりとる言葉の痛撃に対する我慢は容易ではない。まるで脳天を鈍器で砕かれたかのような衝撃を覚えて眩暈が起こる。

 殴られたらすぐに殴り返せるのに、心無い言葉の殴打には暴力による反撃は許されず、一方的にそして簡単に精神が砕かれてしまうのだ。


 少女の姿はしているが中身はおっさんである。おっさんならそんな言葉の暴力など屁でもないだろうと思うかもしれないが、それは誤解だ。精神の防御力は筋トレでは鍛えることはできないし、人生経験が育んでくれるわけでもないのだ。

 会社を辞めるきっかけも、言葉の暴力だった。どんなつらい仕事でも耐えられるのに、心無い言葉の一撃で簡単に心は折れた。

 一度は持ち直したが、二度目は耐えられなかった。継ぎ接ぎだらけの心の枝には、もはや添え木できるほどの太い幹がもうなかったのだ。


 悪党とか犯罪者とか、不適合者とか好き勝手言ってくれる。

 いっそ本物の悪党になってやろうかと思ってしまうが、これはゲームに例えるなら途中からイージーモードに切り替える行為と同じである。どんなゲームでも最初はノーマル以上で始める。そして、最後まで同じ難易度でクリアする。これはゲーマーの一種のプライドのようなものだろう。

 彼らを倒すのは簡単だ。能力を使えば例え相手がガードであっても余裕で勝利できる。なんなら全員まとめて殺して地中深く埋めて、殺人の証拠を隠蔽することも容易である。ただ、それは簡単すぎて面白くない。

 多少困難でも、犯罪者予備軍というレッテルを背負って生きていくと決めた以上、最後までこれでつき通すしかないのだ。

 これはあくまでゲームだ! ゲームとして考えろ! そうすれば耐えられる!


 ゲーマーのプライドなどと笑うかもしれない。

 しかし、そのちっぽけなゲーマーのプライドが、このつらい異世界を生き抜く力になっているのは事実だ。リアルでは社交的になれない自分でも、ゲームだから人と気楽に会話出来ているのだ。実際過去にプレーしたゲームも、ゲームの中の自分は意外とフレンドリーに話せるし、大勢のプレーヤーのリーダー的立場になったこともあるのだ。

 この世界に来た初日、クマと戦った最初のチュートリアルでも、勝手に名付けた『土方の力』を自力で開発してしまった。これはゲームやアニメの想像力から得たインスピレーションのおかげである。頭が良く、現実的な思考を持つ人なら、絶対クリアできなかったと確信がもてる。

 1000人の優秀な人間にはクリアできないチュートリアルが、未婚で、ブサイクで、ゲーム好きの小汚いおっさんだけがクリアできたのだ。オタクなおっさん万歳である。




 ガードと呼ばれる大男たちに囲まれ連行される少女がいた。

 少女の名前はミリセント。ただのミリセントであってそれ以上でもそれ以下でもない名前だけのただのミリセントである。しかし、中身はおっさんである。


 逃亡生活をしているゴブリンたちと別れた後、しばらく街道と並行して山林を北上した。数日歩いた頃にクリプトと思しき城壁が見えたので、街道に合流して予定通り巡回のロードガードと呼ばれる騎兵に捕まった。

 荷物を全て没収され、芋虫の様に全身を縛られ、まるで荷物のように城門まで馬で運ばれてしまう。歩く手間が省けたので良しとしよう。

 ナントの街では、城門に入るまで誰にも気付かれなかったが、ここでは街道に入った瞬間から衛兵が殺到してきて少しびっくりした。

 抵抗すれば殺されるかもしれないと、ナントのフィミオやギルドの職員、途中同行したマカトに忠告されていたのを思い出して、多少乱暴されても無抵抗を貫き通した。

 この無抵抗主義が功を奏したのか、発見当初に比べて街に着くころには扱いが多少マシになった。


 城門の前で、豊穣門と呼ばれる城塞専属のガードに身柄が引き渡された。

 豊穣門のガードは、街の外にいたガードたちとは少し様子が違っていた。

 隊長と思しきガードは、どことなくナントの衛士長に雰囲気が似ていて、怒りをあらわにしていた騎兵たちとは別の人種に見えた。


 ふと、城門の上の方から、誰かの叫び声が聞こえた。この悲鳴には既視感がある。こちらのカルマオーラを見てしまった者が発する声だ。立ち止まって斜めに振り向いて城壁塔に頭を向けてみたが、流石に下からは見えない。


「あいた!」


 歩みを止めることを許されず、ガードが持つ鋼鉄のタワーシールドで小突かれてしまった。

 はいはいわかりました――と、心の中でぶつくさつぶやきながら、再び列の歩調に合わせて歩みを進めていく。

 隊長は良い人っぽいが、部下のガード達は街道を巡回している騎兵ガード同様、恐怖に顔が引きつっている。正規ガードに備わっている恐怖耐性によって何とか持ち堪えているといった様子だ。

 城壁の上で悲鳴を上げた見張りは、恐らく派遣のガードだろう。彼らには恐怖耐性がないので、みっともなく悲鳴を上げてしまうのだ。


「ここがクリプトかぁ~、思ったより小さい街なのねー」


 向こうに見える門まで真っすぐ道が続いており、左右に大きな倉庫のような建物が見える。その両サイドの四角い建物は梁で繋がっており、そこにクレーンが吊り下げられている。

 大きな荷馬車から荷物を吊り上げて屋根の方から建物の中に下ろしている。これが、通りのずっと先まで続いているようだ。

 今歩いている大通りを中心に、碁盤の目のように路地が縦横に通っているようで、通りを1本中に入ればお店が軒を連ねているのだろう。

 一つ言えることは、ナントの街とは違って、とても活気に満ちているということである。


「……ここは、まだクリプトじゃないですよ?」


「え? そうなの?」


「ここは、豊穣門といって、クリプトとカント共和国を結ぶ国境という扱いですよ」


「へー」


 誰に言うわけでもなかった独り言に律義に回答をくれたこのガードは、先ほど城門の中で合流したリーダーらしき人物で、同じく合流した他のガードとは明らかに態度が違っていた。こんな自分でも丁寧に応じてくれる。この態度にどこか既視感があった。


「(この人、カント共和国出身の人かなー?)」


 初対面の時はこちらのカルマを見てかなり驚いていたが、すぐに慣れたようで表情も他のガードと違って穏やかである。この対応の変化はナントの街の正規ガードであるフィミオ・ティシガーラの時と同じである。

 出身国によって対応が変わるのは、400年前の独立戦争に原因がある。

 ご先祖様であるヴァイセント・ヴィールダーは、プラーハ王国にとっては英雄、中央部の独立都市国家群からは悪魔と恐れられている。

 カント共和国を建国した貴族たちは、プラーハ王家に忠誠を尽くし最後まで反乱勢力と戦い敗れる寸前まできていた。この窮地を救ったのが、我がご先祖、ヴァイセント・ヴィールダーなのである。そうした歴史的背景があるので、彼の子孫である私ことミリセントは、カント共和国の住人とはとても相性が良いのである。


「(んーと、どこかで会ったかなー?)」


 このガードリーダーにはどこか既視感を覚える。


「私の顔に何かついてますか?」


「え? いや、何ていうか、知り合いと似ているような気がして……」


「ふふ、噂通りの人ですね」


「え? やっぱり私の事知ってるの?」


「ええ、知ってますよ。ミリセントさんですよね? 従弟のトゥール・サイトから話は聞いてます」


「おお! 衛士長さんの従弟! どうりで雰囲気が似てると思った!」


 周囲を固めるガード達が顔を見合わせて、仲良く会話する2人を注意深く観察している。心なしか彼らの肩から力が抜け、表情も和らいだ気がする。


「私は、マーシャル・サイト。うちの家系はみなガード適性が高いようで、親も兄妹も皆どこかの街でガードをしてますよ」


「私はミリセント。ただのミリセントよ。よろしく」


 ぐるぐる巻きの縄は解かれているが、その代わり手枷がはめられているため、握手は出来ず軽く両手を上げて見せる。


「ガードの家系かー、なんか分かる気がするなー」


 トンビが鷹を生むことは稀だが、カエルの子はだいたいカエルで落ち着くものである。


「隊長、この娘が何者かご存じなのですか?」


「彼女とは初対面ですが、従弟のナント衛士長からとんでもないカルマを持った娘が、もしかしたらこっちにくるかもしれないと、事前に知らされていたんですよ」


「な、なるほど、そうなんですね……」


 マーシャルの部下と思われるガードの1人が、だいぶ落ち着いたのか話しかけてきた。

 この一連のやりとりで他のガードもだいぶ落ち着きを取り戻してきたようである。彼らもカント共和国出身かもしれない。


 豊穣門に所属するガードの一団が、クリプト市街地に向かって歩いていく。

 流通の大動脈ともいえる大通りは、大型の荷馬車が余裕を持って4台並ぶ程度に道幅が確保されている。

 荷物の揚げ降ろしをする通路が1本、通り抜ける通路の1本、これらがクリプト方面とカント方面にそれぞれあって計4本の通路に別れている。

 全面石畳で舗装されているにもかかわらず、馬車が頻繁に通る場所には浅く轍が刻まれてしまっている。大量の馬車が行き来している証拠だろう。

 一団は、その中央を堂々と歩いているが、ここは所謂中央分離帯で、クリプトに所属するガード専用通路になっている。早馬などはここを高速で走り抜けていくことになる。


 豊穣門の広さはナントの街とほぼ同じだろうか? 閑散としたナントの街とは違い、人も物も密集して視界が狭く感じる。街の容積で考えれば規模は10倍では済まないだろう。

 頭の上にもそこかしこに天上クレーンが動いている。

 ふと、白馬運輸商会のサダール・サガを思い出す。彼がはるばるエグザール地方に足を運んでくる際に、ここを通って来たのだろうか?

 サガのおっちゃんに頼まれた馬車の修理に必要な部品の資料を得るために、ここに来たことを改めて思い出す。

 これで旅の行程は半分に近づいたことになるのだろうか? 長い旅だったが、ようやく目的に近づいてきた実感が湧いて少し感慨深い。


「(ここで、能力を使うのはしんどそうだなー)」


 調査解析や広域調査といった調査系の能力は、対象が多ければ多いほど負担が大きくなる。どんどん使い込んで熟練していけば、負担も軽減できるのだろうか? こればかりは試してみないと分からないだろう。

 気を付けなければならないのは、構造解析や分解収集である。これらの能力は誰かの所有物に対して行使すると窃盗扱いになってしまうのだ。

 カルマの穢れを恐れず能力を使いまくれば、街の中のありとあらゆるものを奪いとることが出来る。だが、これはゲームで言えばイージーモードだ。ミリセントの中身はおっさんなので、イージーモードが許される年齢はとっくに過ぎているのである。

 とりあえず、能力の使用は最小限、というか基本的に使わないことにする。


「(ん?)」


 しばらく歩いて遠く見えていた正面の門が目の前に近づいてくる。その時、ふと、誰かに見られているような気がして頭を上げた。


「(気のせいか……)」


 何となく知っている顔が見えた気がしたが、この街に知人はいないはずである。気を取り直して正面を向くと、ガードたちに誘導されるままに城門内の通路に入る。


「ここがクリプトのガードポストかぁー」


「いえ、ここはあくまで豊穣門のガードポストです」


「え? それって何が違うの?」


「先ほども言いましたが、豊穣門はカント共和国領という扱いなんですよ」


「国境……だっけ?」


「ええ。ですから、ここではカント共和国の値段で物が買えます」


「なるほど! 同じ品物でもこっちのほうが安くなるのかー」


 所謂、免税エリアということだろう。

 例えば、原価100の商品をカント共和国からクリプトに卸すと卸値は150で小売価格は200になる。この品物を今度は北のピュオ・プラーハに出荷する場合は、卸値の150が原価になるので、市場に出回る額は250となる。

 カント共和国から直接ピュオ・プラーハに卸せば当然それより安くなるが、クリプトはその間に立って、仲介料という名の利ザヤを稼いでいるというわけである。

 阿漕な商売かもしれないが、交易とは本来そういうものなのだ。


「ここは元々都市など存在しない、ゴブリンの巣窟という危険地帯でした。昔はカント共和国とピュオ・プラーハ間の交易は、ダーヌ川を利用した水運によるものでしたが、いくつもの都市をまたぐので、商品が目的地に着く頃には3倍から5倍に価格が跳ね上がっていたんです」


「ということは、クリプトのおかげで2つの大国はだいぶ助かった?」


「そういうことになりますね」


 ついつい話し込んでいると、いつの間にか目的の場所に到着していた。


 小さな城塞都市の規模を誇る豊穣門と呼ばれる城塞門には2つの門がある。一つはカント共和国に出る外門で、もう一つはクリプト側に隣接した内門である。

 内門はクリプトの正面玄関のようなもので、外門に比べると大きく立派である。その城門を形成する大規模な構造物の中に、豊穣門内の治安維持を担当するガードポストが設置されている。

 この城塞門を受け持つガードをゲートガードと呼んで、クリプト市街を受け持つガードとは区別されているのだ。


 城門の構造は、2つの円筒形の塔に挟まれる城門塔を持ち、内部に居住空間が存在するいわゆるゲートハウスと呼ばれる構造体となっている。過度な装飾はないが、極限まで機能美を追求した建築物といえる。

 巨大なゲートハウスの割に門口部は小さなアーチ型で天井もあまり高くはなく、、一度に通れる物量を制限しているようだ。城壁の3倍の厚みがあるので、門の内部は長いトンネルとなっている。門の両端を上下に動く2枚の鎧戸が交互に開閉する仕組みなので城門は常にどちらかが閉じている状態である。入ったところの鎧戸が上に上がっているので、当然向こう側は閉じてその先は見えない。

 ガードポストは、2つの城門塔にそれぞれ一つずつ配置され、外から見て右側が豊穣門側、左がクリプト側に割り振られている。

 各ガードポストの入口は門の内部の両壁にあって向かい合っている。

 クリプトの街はかなり広いので、いくつかの区画に区切って、それぞれにガードポストを置いている。大きな街に交番が複数あるのと同じようなものだろう。


「クリプト側のガードポストで、ある方がお待ちかねですよ」


 豊穣門担当のゲートガードリーダーであるマーシャル・サイトは、そう言って自身の勤務する入り口とは反対側のガードポストに案内する。


「?」


 言っている意味がよく分からず、正面の閉ざされたクリプト側の鎧戸を尻目に向かって左側のガードポストに入る。ナントの街でもそうだったが、ガードポストの入り口には扉がなく、入る前から中の様子が確認できた。そして、そこから見える待機中のガードたちの強張った表情から、そこが完全にアウェー、つまり敵地であることがはっきり理解できた。


「うぅ、入りずらぁ……って、あれ?」


 凶悪犯でも見るかのようなガードたちの不機嫌さを隠さないあからさまな視線に、思わず尻込みして入口で立ち止まってしまう。

 が、そこである意外な人物と目が合って思わず指をさしてしまった。


「リッカー・モンブラン!」


 周囲がザワっとし、ガードたちは思わず目をむいた。

 彼らの驚きは理解できる。ガードインスペクターは、軍隊でいうところのMP(ミリタリーポリス)、つまり憲兵である。その憲兵を呼び捨てにした揚げ句、指さして騒ぎ立てるものだから驚くのも無理はない。

 MPとかかれたヘルメットや腕章を付けた憲兵が、兵士たちが規則を破らないように監視したり、騒ぎをおこせば鎮圧するシーンは戦争映画などでよく見かけるだろうが、リッカー・モンブランは正にそれらを仕事とする特殊なガードである。

 ガードとガードインスペクターは、同じガードでも水と油のような相容れない関係で、彼女は本来ガードポストにいるべきではない存在である。それが、堂々とガードリーダーの席に偉そうに座っているのだから、他のガードはさぞ気分が悪いことだろう。

 最初に感じた彼らの不機嫌そうな表情の半分は、このモンブランのせいではないだろうか?

 そして、もう一つ気付いたことがあった。モンブランの座る席の両斜め後ろに、どこか見覚えのある顔が2つ並んでいたのである。

 女ボスに男の子分が2人の計3人組というシチュエーションは、昔のアニメで見たことがある気がする。

 モンブランの背後の2人は、片方がやせ型、もう片方が骨太で背が低い。ここに、お仕置きをする真の黒幕がいれば完璧ではないか?


「久しぶりだな……いや、そんなに日は経っていないか?10日ぶりくらいか」


「ど、どどどど、どうして、ここに?」


 彼女との再会は正直びっくりした。モンブランの存在が完全に頭から抜け落ちていたのだ。


「ガードたちの対応に問題がなかったか確認ついでに、会いに来てやったというわけだ」


「インスペクターって暇なの?」


「ガードたちに問題がなければな」


「問題でもあったの?」


「それを今調べているのだ」


「なるほど」


 ここで、話が一旦途切れたタイミングで、後ろの見覚えのあるやせ型の男が話しかけてくる。


「よう、久しぶりだなミリセント。相変わらずのやべーカルマだな」


「えーと、誰だっけ?」


「おいおい! もう忘れたのかよ!」


「散々捕まえて牢屋にぶち込んでやったってのに!」


「あ? ああ! 思い出しだ! カチコチ!」


「ちげーよ! カツィとコジーだ!」


「そう! カツィ&コジー! 何であんたらがここにいるのよ!」


 あの変態のおかげで、それ以前の記憶が完全に吹っ飛んでいたが、憎たらしい2人の顔を見た瞬間記憶が鮮明に蘇ってしまう。

 嫌な記憶だが、アクィラという最悪があるので、モンブランらとの再会はだいぶマシと思えてしまうのだから不思議である。


「俺たちのように優れた人材は上が放っておかないのさ」


「へぇえー、それはすごいねー(棒読み)」


 どういった経緯でこうなってしまったのか多少興味があるが、どうせ司法取引とかそんなろくでもない話だろう。いずれにしてもガードインスペクターとやらが盗人と同レベルのゴミくずというのがはっきりと理解できたのは収穫である。


「今の俺たちの身分は、ガードカウンセラーなんだ」


「カウンセラー?」


「そう、インスペクターのアドバイザーみたいなもんだ」


「で、俺たちが相手にするのはガードだけさ」


「だから、一般人や冒険者は対象外ってわけだな」


「それって、私も対象外ってこと?」


「そういうことだ」


「んじゃ、あんたら何しにここにいるの?」


「閣下と俺らがここにいる理由は、あくまでガードの対応に問題が無かったかの調査さ」


 カツィとコジーはまるで台本を見てしゃべっているかのように、一息ずつ交互に説明する。相変わらず息の合ったコンビで憎たらしい。


「再会の挨拶は済んだか? では、仕事に戻ろう。ミリセント、街道で拘束されたと聞いたが、ガードらに何か問題行動はなかったか?」


「問題?」


「例えば暴力を振るわれたとか」


「暴力? そうねー(チラッ)」


 暴力と聞かれガードポスト内で整列させられているガードたちをチラ見する。

 街道で馬上のガードに囲まれた際、無抵抗だったにもかかわらず槍の石突で思い切り押さえつけられ数人がかりで身柄を拘束されてしまったのを思い出した。かなり痛かった記憶があるので、あれを暴力とすることはできそうである。

 マーシャル・サイトら豊穣門ガードに関してはタワーシールドで小突かれたくらいで、これは暴力と呼ぶには大げさだろう。勝手に止まって後ろが詰まったのが原因で、別に乱暴しようとしての行動ではないはずだ。

 正直なところ、街道で捕まった時の拘束は、『そりゃないだろ?』と、憤慨し、その時の記憶が蘇って気分が悪くなった。


「(まーでも、そもそもこっちのカルマがおかしいんだし、連中も悪気があったわけじゃないだろうしねー……そういえば、フィミオも最初はあんな感じだったし)」


 値踏みするような半目の少女を見てヤバイと思ったのか、心当たりのあるガードたちの表情がサーっと音を立てるように見る見る青くなっていく。


「正直に言えよ? ウソをつけばお前が悪いことにされちまうぞ?」


 その時の状況をありのまま伝えれば、ここにいる何人かのガードは何かしらのペナルティを受けるだろう。しかし、こんなことでモンブランらの手柄になるのは面白くない。こいつらに手柄をやるくらいならウソをついて誤魔化したほうがマシである。

 それに、こちらは魔法やスキルが効かないのだからウソを見抜けるわけがない。だいたい、牢屋に入ることに何の抵抗もないどころか、むしろこちらからお願いしてでも入りたいくらいなので、やれるもんならやってみろ! の心境である。

 流刑地生まれの流刑地育ち、バリバリの流刑地っ子としては、牢屋は実家の安らぎを与えてくれる癒し空間なのだ。何れ全国各地の牢屋に入って牢屋レビューをまとめてみたいという野望すらあるくらいだ。


「別に暴力なんて受けなかったけど?(すっとぼけ)」


「本当か?」


 今まで黙っていたモンブランが確認する。


「こんないたいけな少女に暴力を振るうガードなんて、この世にいるわけないじゃない?」


 別にガードらをかばうつもりはなかったので皮肉たっぷりで言い放って見せる。これを聞けば立たされガードたちもカチンときただろう。ザマミロである。

 これを受けたモンブランは、一瞬真顔で睨んできたが、すぐにニヤリと口元に笑みを浮かべて席を立った。


「そうか……まぁ、そういうことにしておこうか。今回は再会を祝しての大サービスということでいいだろう。では、邪魔したな。カツィ、コジー、行くぞ」


「へいへい」


「じゃあなミリセント」


 2人の元盗賊を引き連れたモンブランは入り口のホールの奥へと消える。

 城門の内部にあるガードポストの出入り口は、今入ってきた門の中と、クリプト市街地の城壁内の直接通じる通用口と2箇所存在する。そのうち、モンブランらが使う通用口はインスペクターなど上級の立場にある者しか利用できない特別な通路で、正規ガードやガードリーダーでも利用することはできないのだ。


「(それにしても、まさかこうなるとはね……)」


 親の仇のように追っていた盗賊を僕にするとか、どんなラノベの超展開だと思いながら、別人のように見えたモンブランの態度を思い返す。

 彼女と別れたのは10日ほど前ではなかったか? この間に何があったのだろうか? 記憶の中のモンブランは、融通の利かない態度だけはデカい働き者の無能といった印象である。今は、何か『仕事の出来る女』的オーラを醸し出していて何かムカつく。


「…………(ま、いっか)」


 ガードポスト内が重苦しい空気に覆われている。誰も何も言わず、まるで追跡者から息を潜めてやり過ごそうとするホラー映画のやられ役たちのようである。

 しばらくそうしていると、奥の方から門の開閉音が聞こえ、これがモンブランたちがガードポストから消えたという合図になった。


「ふー」


 今までずっと息を止めていたかのように、この場に居合わせたガードたちが一気に息を吐き、それが一つに重なって安堵のハーモニーを奏でた。

 空気が一瞬で換わったガードポスト内では、各自、汗を拭いたりリラックスの為に体を軽く動かしたり、とにかく一安心といった様子である。




 場所は変わってクリプト市街地城壁内通路。


「いいんですかい?」


 ガードポストから城壁内通路に入ったリッカー・モンブラン、カツィ・クゥバーシ、コジー・ホーダの3人は、そのまま城壁の中を西へと移動しながら、ガードポストでの話の続きをする。


「何がだ?」


「絶対あいつら不当な扱いしたでしょう?」


「本人が否定しているからな」


「ミリセントがどう感じたかじゃなく、ガードがどんな行動をとったか――でしょう?」


「行動記録を見れば一目瞭然ですよ」


「まぁ、今回は警告のようなものだ。今日着任したばかりのお前らとの顔合わせもかねてな」


「そりゃ、お気遣いどうも」


 カツィ&コジーがカウンセラーとして着任してすぐにミリセントを発見し、上司のモンブランに報告したのが、つい30分ほど前の出来事である。お互いの立場をはっきりさせるにはいい機会だったといえる。


「ま、ミリセントのことは俺らも経験済みだから、他人のことをとやかく言えませんがね」


「このまま放っておけばナントの街の再現だな」


「しかも、規模は10倍」


「警告はしたし、連中もバカではないだろう。だが、必ずバカは出てくる」


 モンブランの口にするバカとは、この2人の元盗賊も含まれていたが、当人たちは気付いていない。


「せいぜい、手柄にさせてもらいますよ」


「意図的に情報流しますかい?」


「どんな情報をだ?」


「ミリセントを捕まえると、冒険者ポイントが10倍貰えるってね」


「その10倍ってのは本当なのか?」


 ガードの不正を取り締まるのがガードインスペクターで、モンブラン自身はミリセントを捕まえても評価はされない。彼女の評価は、ガードの不正に限ってのことで、つまり、ポイント10倍は関係のないことなのだ。

 評価については難易度が高ければ当然高評価にあり、ミリセントのカルマは大罪人のそれに等しいので評価が爆上がりするのである。普通なら抵抗されて逮捕は難しいはずなのだが、ミリセントは無抵抗で捕まってくれるので、捕まえる側からすればイージーモードでアルティメットクラスの報酬を得られるボーナスキャラということになる。今風に言えば、無料ガチャでSSR確定――みたいなものである。

 このカラクリを事前に知っているかどうかで、ガードたち、或いは冒険者たちの行動に一定のベクトルが働くことになるのは間違いないだろう。

 実際問題、慎重なカツィ&コジィがやりすぎてしまう程度には、魅力的なボーナスが道を歩いているのだ。鴨がネギをしょってくるとは正にこのことを言うのだろう。


「マジですよ。本気と書いてマジ」


「そうなのか……」


 ちょっと羨ましい気がするモンブラン。


「この俺たちですら、思わず魔が差したくらいです」


 なるほど、確かにポイント10倍は魔が差すには十分な理由である。


「よし、とりあえずここで解散だ。私はオフィスに戻る。お前らは好きにしろ」


「了解ですボス!」




 私の名前はミリセント。ただのミリセントであって、それ以上でもそれ以下でもない、ただの名前だけのミリセントである。

 何故名前だけしかないのか? それは罪人の子孫であるのと同時に、ご先祖様の長すぎる刑期を引き継ぎ、それが未だに満了していないからである。


「名前しかないのは、そういうことか……」


 先ほどモンブランから取り調べを受けていたガードたちが、今度はこちらを取り調べる番である。

 意図していたわけではなかったが、モンブランらの追及をすっとぼけたことが、結果的にここにいるガード達を救ったようだ。そのためか、本来厳しく追及されるはずの取り調べのトーンがだいぶ落ち着いているように思えた。

 ガードというのは正義感が強く公明正大な者でなければなれない職業である。特に正規ガードになるものは、そうした性質を持ち天職としてガードの職に自ら就いている者が多い。

 豊穣門のガードリーダーであるマーシャル・サイトは、ここでは部外者になるが参考人として同席を認められていた。

 マーシャルを含めた複数のガードたちに囲まれ、聞かれるがまま氏名や年齢、出身など身分に関わる様々な情報を申告していく。これは、身分を証明する鬼籍本人手帳を所持していなかったためで、本来ならそれを見せればそれだけで済む問題だった。


 必要最低限の情報を確認し、次は所持品の検査である。こうした手順はナントの街と同じだった。

 牢屋というか留置所というか、壁側にそうした小部屋が複数並んでいる通路の様な細長い部屋の両端が鉄格子で仕切られている。ここが取調室となる場所で、その真ん中に置かれた机を挟んで尋問担当のガードと向かい合うことになる。これもナントの街で経験済みで、もう慣れっこである。ただ、ナントの街と違うのは監視する人数がかなり多い事である。

 この状況は、向こうの世界なら机の上にライトとカツ丼がおかれているに違いないが、こちらの世界ではそういう習慣はないようである。


「携帯食? これ食える物なのか?」


 尋問のガードが紙で包まれた太い文鎮のような『何か』を机の上に置いて尋ねてくる。

 主に栄養価の高そうな植物を土方の力で分解してペースト状にし、それを食べやすい太さと長さの型に流し込み、軽く乾燥させた後に固く焼しめる。これを携帯食として一応持ち歩いている。味は最悪で、麦藁帽子を食べるようなものだった。ちなみに麦藁帽子を食べたことはない。


「一応食べられるけど、とっても不味いよ?」


 サクサクする触感は良いのだが、味付けは何もしていないので雑草をそのまま食べるのと同じである。はっきり言ってクソがつくほど不味い。


「不味いのか?」


「人間より馬とかのほうが口に合いそうだけど……試しに味見してみます?」


 包装した紙から中身を取り出して見せる。一見するとスコーンに見えなくもないが、包装紙に封印されていた青臭い草の香りが周囲に広がり一気に食欲を減衰させる。ちなみに、ウリ坊たちは美味しそうに食べた。


「いや、遠慮しておこう……」


 数名のガードたちで、バックパックの中身を1つずつ取り出し確認していく。大した数ではないのですぐに検査は終わるだろう。

 水筒はアクィラという名の変態に盗られてしまったので、バックパックの中には雑紙に包んだスティック状の携帯食とメモに使う帳面と筆記用具、ナントの街の衛士長に書いて貰った冒険者になるための推薦状と、一応ギルドからもスキャナーが作動しないなど、トラブルを記した報告書兼冒険者登録代行の依頼書、そして六分儀の形をしたアーティファクトだけである。

 愛用の血塗れバットは何かと誤解される危険性があったので、街道に出る時に資源として収納済みである。


「で、これは何だ? どうやらアーティファクトのようだが……」


 取り調べをするガードは、アイテム鑑定のスキルを修得している者が多く。他に、尋問に有効な会話系のスキルなども修得率が高い。


「それは六分儀」


「六分儀? 何に使う道具なんだ?」


「さぁー? 先祖代々伝わってるもので、私にも良く分からない」


 本当は全部わかっているが、知らないふりをする。

 ウソをついても魔法もスキルもこちらには効かないのでバレることはない。


「なるほど、それでアーティファクト化しているのか……」


 アーティファクトの意味を知っている尋問官は、この説明だけで理解してくれたようである。


 大切にされた道具には命が宿ると謂われ、所有者の正当な継承によって時代を経ると強力なパワーを秘めるようになる。これがアーティファクトである。

 アーティファクトは必ずしも強いというわけではなく、珍しいとか美しいとか、価値の基準は様々である。

 基本的に所有者本人専用アイテムで、血縁者はともかく他者に譲る場合は、きちんとした継承の手続きをする必要がある。

 そうした手続きをせずに他者の手に渡った場合は、呪いが発動してアーティファクトの用途に添った災いが発生する。これは言い伝えレベルの眉唾話の類ではなく、実際に様々な被害を生み出してきた過去がある。

 この六分儀の呪いは、主に天候に関するものらしく、かつては天候不順による食糧危機が発生した歴史的事実があった。もちろん、このことについては、身元がバレる可能性があるので尋問官には話していない。

 これがアクセサリーの類であれば、盗みなど不当な手段で所有権を奪った者に対し、美の反対である醜の呪いが発動することになるだろう。この呪いは、あくまで個人に対するものなので、仮に発動しても被害は大したことにならないが、天候など自然にまつわる物は、広範囲に影響を及ぼしてしまうことになるだろう。

 大多数に直接的に悪影響を与えるものとしては、武器を始めとする攻撃系のマジックアイテムが挙げられるだろう。魔剣となって資格無き所有者を惑わし殺戮を繰り返し、果ては国を亡ぼすといったことにもなりかねないのだ。

 歴史的に残る事件の中には、アーティファクトがらみのものが大半を占めている事実からしても扱いには細心の注意が必要である。


「そういう貴重な品は、肌身離さず持っているか個人用の金庫に保管しておくべきだろうな」


 所有者とアーティファクトとの結びつきが強いものになると、一寸他者が触れるだけでも大怪我になることもあるらしく、その知識があった担当のガードは、手にとって確かめるようなことはしなかった。

 そういえば、モンブランもこの六分儀を欲しがったがアーティファクトと聞いて手の平を返すようにあっさりと諦めていたのを思い出した。


「これで持ち物は全部か?」


「あ、この袋も……」


「何だ? まだあったのか」


 豊穣門所属のマーシャル・サイトの部下の1人がトートバッグのような形の革製の袋を2つ、取り調べのテーブルに置く。


「あっ! 忘れてた! イベちゃんとリコちゃん!」


「イベちゃん?」


「リコちゃん? 何だそれは?」


 イベちゃんとリコちゃんというのは、スワンプボアの赤ちゃんの2匹のウリ坊の名前である。

 2匹合わせてイベリコになるが、その意味を知る者はこの世界にはいないだろう。他の名前の候補としてはチャーとシューというのもあったが、脳内会議の多数決で僅差でイベ・リコになった。


「フヒ!」


「おわっ! 何だ! 動いたぞ!」


 袋の中で気持ち良くお昼寝していた2匹のウリ坊は、呼ばれた名前に反応して飛び起きてジタバタ暴れ出す。飼い主が捕まって酷い目に遭っている最中にもぐっすりと寝ていたのだから将来大物になるに違いない。

 しかし、事情を知らないガードたちとしてはたまったものではない。急にもぞもぞと蠢く袋から身の危険を感じて反射的に後ろに跳んだ。思わず『良い反応だ』と上から目線で大げさな彼らの行動に苦笑する。

 筋骨隆々の肢体の表面に更に頑丈な鋼鉄の衣装を重ね着した大の男たちが、動物の赤ちゃんに恐れおののくのは見ていて滑稽で噴飯ものである。しかし、ここは必死に堪えて平静を装った。


「おーよしよし、いっぱい寝たねー」


 真っ暗な袋の中で不安なのか、ぴーぴー鳴いて何かを訴えるウリ坊たち。

 声を掛けながら袋から1匹づつ取り出し机の上に並べる。そして2匹のウリ坊を同時に両手で抱え、ビビる大男たちに見せつけた。


「かわいいでしょ?」


「な、何だその生き物は? 新種のモンスターか?」


「え? この子たちはイノシシの赤ちゃんだよ?」


「イノシシ? あのイノシシか?」


「どのイノシシを言ってるのかわからないけど、たぶんそのイノシシ」


 もしかしたら西カロン地方ではイノシシとは哺乳類ではなく鳥類の一種かもしれない――と、勘違いしそうな彼らの反応である。

 この状況でわかるのは、彼らがイノシシの赤ちゃんを見たことがないということである。


「も、モンスターじゃないのか?」


 ガードポストがざわつく。


「獣は家畜化したもの以外、中に入れるのは禁止なんですよ?」


 マーシャルがクリプト及び城塞門の規則を教えてくれる。

 モンスターを街の中に入れるのはNG――というのは、考えてみれば当たり前かもしれない。実家のエグザール地方には、ガード圏内という概念が無かったので、そのあたりの感覚が麻痺していたようだ。


「なるほど、確かにそのとおりだ」


 一般的に飼われている犬や猫、テイマーが飼いならした野生動物や魔獣などは、全てペット・家畜というカテゴリーになる。それ以外はモンスター扱いになり、これらが街に入れば当然討伐対象になってしまう。

 イベとリコはスワンプボアという種族で、元々は野生動物である。生息域が被っているレア種のスワンプゴブリン達に飼い慣らされた結果、家畜となって種が定着したというわけである。


「(あれ? どうしたんだろう? みんな……)」


 ガード達が身じろぎもせず2匹のウリ坊を半包囲状態で見つめている。これは、危険視しているというより、初めて見るかわいいウリ坊に目が釘付けになっているようにしか見えなかった。


「あっ、そういえば、うちにテイマーがいますので、彼に鑑定させましょうか?」


 他のガード同様、イベとリコの魅力に取りつかれていたマーシャルだが、何かを思い出して提案をする。


「あ? ああ、獣医のゴーダーだったか? 是非そうしてもらえるか?」


 クリプトのガードリーダーも正気に戻って、マーシャルの提案を快く受け入れる。


「わかりました。すぐに連れてきます」

 

 提案を受け入れてもらえたマーシャルは、一旦その場を離れてすぐ向かいのゲートポストに向かう。

 間もなく、鎧を装備していない制服姿の若い男性を伴って戻ってきた。


「ゴーダーさんは主に外から運ばれてくる家畜の検疫担当の獣医(テイマー)です。もし、このおチビさんたちがモンスターなら、ここでゴーダーにテイムしてもらいましょう」


「そうだな、それがいい」


 つぶらな瞳で人懐っこそうにこちらを見てくるウリ坊たちを処分するのは気が引けるのだろう。尋問官や他のガードたちもマーシャルの提案に諸手を上げた。


「(まー、イベリコたちは家畜だから何も問題ないけどね)」


 このウリ坊たちが家畜であることは既に確認済みなので不要な気遣いだったが、ここで鑑定してもらえば箔が付くというものである。


「おーよしよし、いい子だ」


 動物を看るのが好きなのだろう、何だか嬉しそうに近づいてくるゴーダー。

 ゴーダーというのは、名前だろうか苗字だろうかと考えながら、抱えている2匹をテーブルの上に乗せて彼に委ねる。


「おお? これは何て動物なんだろう?」


「それを調べるのがお前の仕事だろう?」


 ゴーダーの独り言に空気を読まない鋭いツッコミを入れる無粋な尋問官。


「あはは、そうでした……どれどれ……スワンプボア、沼地のイノシシですね」


 よしよしとウリ坊をやさしくさするゴーダー。すると、スワンプボアの赤ん坊たちは、嬉しそうにその場にコテっと横になって気持ちよさそうに寝転ぶ。警戒心ゼロのその様子を見れば、完全に野生を忘れて人慣れしているのがよくわかる。

 あまりの人懐っこさと可愛さで、ゴーダー以外の強面のガードたちまで顔がほころんでいる。人が見ていなければ『かわいいでちゅねー』とか赤ちゃん言葉で話しかけそうで恐ろしい。


「自分は初めて見ますが、データベースに同種と思われる野生生物が登録されています。ですが、この子は野生動物ではなく、完全に家畜化されていますね。既に名前も付いてますからもうペット扱いです。これなら街に入っても問題ないでしょう」


「さ、触ってもいいか?」


 先ほどから触りたそうにしていたテーブルの対面に座る尋問担当のガードが微妙に頬を赤らめながら尋ねてくる。


「いいよー、でも、やさしくねー まだ赤ちゃんなんだから」


 快諾してやると、他のガードたちも『俺も俺も』と殺到してくる。


「(こ、これは使える!)」


 可愛いは正義! これは異世界だろうがあの世だろうが同じなのだ。

 この先、クリプトにいる間は何かとガードのお世話になる機会が多いと思われる。このイベ&リコの可愛い盾で対抗すれば、ガードの対応も緩くなるに違いない。

 実際問題、これ以後の取り調べはイベ&リコのおかげで、一晩で釈放されてしまったのである。最低3日は覚悟していただけに、何だか拍子抜けである。




 翌朝、ガードポストを出る前に入国の手続きをすることになった。

 ナントの衛士長の推薦状が非常に役に立ち、通行証を発行してもらえることになった。職質を受けた場合、これを見せれば逮捕されずに済みそうである。


「これが、クリプトの通行証だ。利用期限は1週間」


「え? たったそれだけ?」


「それ以上滞在するつもりなら、その都度ガードポストで更新をするんだ。規則を守らないと最悪暗殺ギルドの世話になるぞ」


 暗殺ギルドの存在はナントの街で聞いている。当面の害悪となりそうな存在だが、法を犯さない限りなんとかなるだろうし、ヤバイときはガードポストに逃げ込めばいいだろう。


「期限は延ばせないの?」


「お前は冒険者になるためにクリプトに来たのだろう? 冒険者になれば、入国審査は免除されるぞ」


「なるほど! 冒険者免許証が通行許可証としても使えるのね!」


 ゲームやアニメの世界では、どこの街や村に行ってもだいたい自由に出入りできてしまう。門に衛兵が立っていても誰何されず素通りできるが、これは普通に考えてありえない。

 今現在、クリプトとカント共和国は友好関係にあり、魔法インフラの提携によって入国手続きは簡略化されている。

 一方、北部のピュオ・プラーハへの入国に関しては、国境となる『王国門』で厳しく審査される。武装している冒険者や傭兵は、王国での活動許可を認められた者以外、入国すら不可能とのことである。

 ピュオ・プラーハ国内で手に負えない事件が発生した場合に、クリプトの冒険者ギルドに事件の解決を依頼することがあり、この時ギルドで必要な人材を選抜してピュオ・プラーハに派遣する。冒険者としてピュオ・プラーハに入れるのはそうした優秀な者だけに限られているのだ。


 西のガスビン鉱山を含むヴァスカヴィル旧領は、所属としてはピュオ・プラーハの直轄領なのだが、今現在は実行支配されておらずゴブリンやコボルト、或いは無法者が闊歩する危険地帯になっている。そのため、それら危険分子を排除する冒険者の入国に関しては黙認状態である。

 今回は、冒険を目的とした旅ではないので、他国への移動は今は考えなくていいだろう。用事を済ませたらすぐにエグザール地方の実家に帰るつもりである。


「さて、と!」


「気を付けて行くんだぞ? まぁ、でも、すぐに再会しそうだがな」


「大丈夫、大丈夫! そんなへましないってば!」


 入国の手続きをしてくれたガードは、ある確信を以て再会を約束して見送ってくれた。


「いってらっしゃいミリセントさん、どうかご無事で」


 向かいの豊穣門ゲートガードポストからマーシャル・サイトが手を振って見送ってくれる。

 尊敬するナントの衛士長の従弟にお礼と別れの挨拶をして、イベちゃんとリコちゃんの入ったバッグを両肩に提げると、クリプトへ向かう門の通路を歩き出す。

 門の中の通路は狭くまるでダンジョンである。エグザールの実家周辺に作った下水道のような圧迫感だ。

 広さは1度に1台の馬車が通り抜けられる程度で、今は馬車も人も通っていない。正面の鎧戸は落ちて閉ざされたままである。

 物資の流通は一旦豊穣門で集積され、その後天上クレーンを使って直接クリプトの物資集積所に搬入される仕組みだ。そして、それらの荷物はクリプト市街の宅配業者によって各方面に配送される。

 そういった流通システムが構築されているため、荷馬車が荷を乗せたままクリプト内に入ることはほとんどない。

 ほとんど、と条件がつくのは、極一部の業者が荷馬車の通り抜けを許されているからで、その一部の中にサダール・サガのおっちゃんの白馬運輸商会があるのだ。

 初代白馬運輸商会の会長は、高額で二国間の直通通行許可証を手に入れ、それを使って亡命ビジネスを始めたそうである。

 現在の会長であるサダール・サガ氏の依頼で、馬車の修理を引き受けたのがきっかけで、はるばるクリプトまで来たというのがこの旅のスタートである。


 誰もいない通路を進んでいくと、背後の豊穣門側の鎧戸が落ちて、一瞬閉じ込められたと焦る。しかし、それも束の間、前方のクリプト側の鎧戸が引き揚げられる。


「おお! 街が見えた!」


 居ても立ってもいられず足が勝手に走り出してしまう。

 トンネルの中は魔法の照明の灯りだけで、まるでダンジョンである。

 街が見えたと言っても、暗がりから見る外の光は眩しく、しかも視界が限られているので実は白い光しか見えていない。

 光に引き寄せられる夏の羽虫のように、自分の意思とは違う別の力が働いたかのようにトンネルの向こうの白い景色に吸い込まれた!――と、思ったその時だった。


「ストォォォーーップ!!」


「おわぁ!」


 白い光を背後にまとった何かが入口に立ちはだかった。


「薄汚い犯罪者め!大人しく降伏しろ!」


 同時に鎧戸がガンっと勢いよく音を立てて落ち、クリプトの景色が闇に消える。


「えええぇぇー! そんなああぁぁーー!!」


 それは、クリプト側の内門を警護するガードだった。

 結局、出口で止められ振出しに戻されるを繰り返すことになり、豊穣門から自由交易都市クリプトに入るのに、実に4日という時間を費やすことになった。


 果たして、冒険者ギルドに辿り着けるのだろうか?

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