第28話 「ガードの本懐」

第二十八話 「ガードの本懐」



 ガードという職業は、魔法システムに守られた絶対的な力を有し、悪意を持って人々の平穏と安全を乱す輩を排する存在だと民衆から信じられてきた。

 しかし、最近になって無敵であるはずのガードの隙をぬって追跡を逃れる不届き者が現れ始め、静かにそして着実に、ガードが万能無敵ではないという噂が広まろうとしていた。

 その悪意を実行する輩は、派遣ガードシステムの隙を突き、内部に浸透して悪事の限りを尽くした。それに気づいた追跡者が悪意の痕跡に辿り着くころには、彼らは既に別の場所で悪事を行っているというイタチごっこが繰り広げられていた。

 彼らを追うのは、ガードを監視するガードインスペクターたちで、着実に包囲網は狭まっていた。

 2度追い詰めたが、その2度とも取り逃がしてしまい、その後パタリと犯行が止んだ。恐らくほとぼりがさめるまでどこかに潜伏しているのだろうと思われていた。

 冒険者ギルドやガードを置かない戦争中の中立都市部に潜伏していると思われていた彼らの情報が意外な場所から流れてきた。


 敵はナントにあり!


 急報を受けたガードインスペクターの1人、追跡班リーダーのリッカー・モンブランは単身ナント市街に赴き、当地のガードリーダーであるトゥール・サイトから2人の盗賊の情報とその捕縛の為の一計を聞かされた。

 それは変身魔法を得意とするモンブランがいなければ不可能な妙計だったのである。


 モンブランは、宿敵ともいえるカツィ・クゥバーシとコジー・ホーダの両盗賊の前ですぐにでも動きこの手で捕えたい衝動を必死に抑えながら、作戦通りトゥール・サイト衛士長を演じ続けてきた。そして、盗賊たちが必勝必殺の切り札を使い切り、そのまま外に飛び出す様子を見て勝利を確信し、念願叶ったと心の底から歓喜した。


「ストオォォォォーーップ!!!!」


 カツィ&コジーの2人の盗賊が今まさにガードポストの入口から飛び出そうとする瞬間、フィミオ、スィミーカとは別の轟雷のようなストップシャウトが爆発する。

 あまりの轟音に大気が振動しガードポストの建物がビリビリと軋む。

 シャウトは衝撃波となって2人の盗賊を吹き飛ばし、再びガードポスト内に押し戻し、フルプレートに身を包んだ2人の正規ガード、フィミオとスィミーカに激突させた。


「な、何だ?何があった?」


 一瞬何が起こったのかわからず唖然とするガード達は、すぐに被害状況の確認のため周囲を見渡す。ほとんどのガードはこの時、落雷か何かの自然現象ではないかと思い込んでしまったのである。

 そして、辺りが静まり返ると、何が起こったのかを理解できるようになった。


「ん?あれは……」


 入り口に誰かが立っている。それは、その場にいる全員が良く知っている人物だった。


「……え?衛士長?」


 そこ仁王立ちするのは、今そこの衛士長席に座っているはずのトゥール・サイト衛士長その人だった。

 フィミオとスィミーカは、自分たちの胸元に飛んできて目を回している罪人を抱え込んだまま呆気にとられていた。そして、席に着いている衛士長とを交互に見ながら、その後の言葉が出ず、池の鯉よろしく口をぱくぱくさせることしかできない。


「2人とも何をしているのですか?」


 穏やかに、だが毅然とした声で呆けている2人をたしなめる衛士長。

 ハッと気づいたフィミオとスィミーカは腕の中にいるのが盗賊だと気付いて慌てて拘束をはじめる。


「確保ぉぉーー!!」


 フィミオとスィミーカが同時に犯人確保を宣言する。すると、カツィとコジーは一瞬ビクっと脈打った後まるで麻痺したかのように動かなくなる。


「(おおっと!犯人確保!犯人確保!)」


 思わず実況の続きをしてしまうのは、今は牢屋の住人であり、土方の錬金術師を自称する私ことミリセントである。


「(なるほど、ガードはこうやって犯人を捕らえるのか……)」


 事の一部始終をしっかりと目に焼き付け、ちゃっかりガードについての諸々を後学のためにしっかりと観察する。

 自分の時は抵抗せず大人しく捕まったおかげで、強制的かつ暴力的に拘束されずにすんだ。しかし、そういえば、ストップシャウトの直撃を受けたはずだが、びっくりしただけで、カツィ&コジーらのように特に身体の自由が奪われたという記憶はない。なぜだろうか?たぶん、ガードに敵対行動をとったり、犯罪を犯してフラグを立てていなかったからだろう。あの2人の盗賊共は明らかに敵対行動をとっていた。その違いだろう。

 そんなことを考えているうちに、フィミオとスィミーカらによって盗賊たちは手際よく縄や拘束具等で完全に無力化されていく。流石正規ガードである。


「皆さん、ご苦労様でした」


 壮大な逮捕劇を目の当たりにして、周囲の派遣ガード達は唖然としたまま身動きができないでいる。結局彼らは最初から最後まで何ひとつまともにガードらしい行動はとれなかったのである。

 そんな派遣ガードたちを尻目に、席に着いて一部始終を静観していたもう一人の衛士長が立ち上がり、2人のシーフの前に歩み寄る。それと同時に、入り口にいたもう1人の衛士長が2人の正規ガードのもとに微笑みを浮かべながらあゆみ寄って、ホールの中央に主要なメンバーが参集した。


「え、衛士長が……」


「ふ、ふたり?」


 フィミオとスィミーカは、状況がよくつかめていない様子だが、入口から入ってきた衛士長の方に自然と歩み寄っていた。どちらが本物かすぐに気づいたようである。

 それにしてもあのシャウトの凄さといったら、至近距離に落雷があったのではないかと勘違いするほどである。普段大人しい人ほど怒った時は恐ろしいというが、全くもってその通りだと思う。仏の衛士長の堪忍袋の緒を切ろうなどとは思ってはいけないことだったのだ。


「衛士長、説明してもらえませんか?」


「それは私から説明しましょう」


 フィミオは最初から何も知らなかったが、スィミーカは半分事情を知っていただけに複雑な心境である。その表情を察したのか、偽衛士長がその件について説明と謝罪を始める。


「今朝がた会いましたね……確かスィミーカさんでしたね?騙すようで申し訳なかった。今回はかなり急を要していた案件だったので、説明する余裕がなかったのだ」


 衛士長の真似をしていた時は丁寧な口調だったが、素に戻ると途端に不愛想になる偽衛士長のモンブラン。


「敵を欺くにはまず味方から――といいますしね……と、言うのは半分冗談で、お二人は真面目で正直なものですから、事情を知っていると顔や態度に出て相手に悟られるかもしれません。知らなければウソはつけませんからね。かくいう私も顔に出てしまう方ですから、裏口からこっそり出て外で待機していたのですよ、ははは」


 衛士長が、偽衛士長の言を補足し、最後に照れるように頭を掻く。

 そのタイミングで偽衛士長が変装の術を解いたようで周囲にどよめきが起こる。

 しかし、牢屋から見える姿は最初から女性のままである。なぜ自分には彼女の変装が見えなかったのだろうか?ゲームで言う表示バグということだろうか?エフェクトも見えないし先ほどから何かがおかしい。


「自己紹介が遅れた。私はリッカー・モンブラン。ガードインスペクターだ。以後見知りおきを」


 ガードインスペクターと聞いて、主に派遣ガードたちに緊張が走り、急に周囲の空気がざわつく。

 ガードインスペクターというのは役職の名前で、ガードを取り締まるガード、つまり軍隊でいうところの憲兵みたいなものだろう。

 ここで取り締まるべきガードとは、全体の8割以上を占める非正規の派遣ガードのことで、彼らが何故緊張しはじめたのかは聞くまでもないだろう。


「派遣ガードシステムを悪用している輩がいるということで、追跡していたが逃してしまった。その後雲隠れしたのか尻尾を見せなくなって苦労していたのだ」


「悪用というのは?」


 ガードシステムの悪用という言葉に反応したフィミオが尋ねる。


「冒険者に簡単に盗めて儲かると偽情報を流し、そこに現れた哀れな小悪党を捕まえるという自作自演の明確な違反行為。容疑不十分のまま釈放しては捕まえ、これを何度も繰り返す――などだな。これまでは不正の疑いがあると報告がきて調べに入る頃には、こいつらは姿を消している――という流れだったのだ」


「なるほど」


「今回、逮捕と釈放を繰り返す手口が全く同じだったからな。間違いないと確信した」


「彼らで本当に間違いはなかったのですか?」


 本物の衛士長が尋ねる。この不正ガードの存在は表沙汰にはできない案件だったので、詳しい情報については知らされておらず、衛士長であるトゥール・サイトだけが注意喚起の報告だけ受けており、部下にも口外を禁じられていたのである。

 今回2人の盗賊を捕らえることに成功したが、これがモンブランの追っている者かどうかは、衛士長にとってもこの時点では不明だったのである。


「一度逃してしまったが、その際確かにこの目で見ているから間違いない。潜伏する際はガードに成りすますという手口も同じだ」


「クリプトの登録上と照合しましたが、こちらのリストと合致しませんでした。彼らは書類等を偽装する詐欺関係のスキルもあるようですね。もうこの時点で黒です」


 衛士長が補足するが、彼は2人の行動が非常に手際が良かったことに犯罪性を疑い、その日のうちにクリプトに照会手続きをしていたのである。

 この逮捕劇の最大の功労者は間違いなく衛士長だろう。


「トゥール・サイト衛士長殿におかれては、すぐに気づいて報告してくれたこと、改めて感謝申し上げる。これが1日でも遅れれば自体は変わっていたはずだ」


「あのぅ、この2人以外に仲間はいないのですか?」


 この問いに派遣ガードの連中がギクリとするが、スィミーカは職業柄純粋な気持ちで聞いただけで、この場にいる同僚たちを疑ったわけではない。


「基本的に主犯はこの2人。現地で仲間を調達し、逃げる際に彼らに罪を擦り付け捨て駒にする。これがなかなか厄介で、すっと捜査の妨げになっていたのだ」


 仲間になった者がいるかもしれない派遣ガードたちにニコリとほほ笑むリッカー・モンブラン。顔は笑っているが、目が笑っていない。この派遣ガードの中にカツィ&コジーの仮初の友人がいるかもしれないし、そうした裏切り者を見つけ出すのがガードインスペクターの本来の役目である。


「ガードがそのシステムを悪用したとあっては、魔法インフラシステムと併せて冒険者ギルド全体の信用にかかわる問題になる。だからガードセンターの威信をかけて調査にあたっていたのだ。お前たちには後で聞きたいことがあるからそのつもりでいてもらおう」


 派遣ガードたちに睨みを効かせた後、冷たい石畳み床に倒れて拘束されている無様なカツィ&コジーに対し、残忍な笑みで見下ろすモンブラン。


「この2人には、どんな罰がふさわしいか……ふふふ」


 リッカー・モンブラン。年齢は20代半ばくらいだろうか?いくら階級が下とはいえ、年上の衛士長に対しても皆と同じく目上の態度を崩さない。衛士長が無能な人間ならともかく、今回の件では間違いなくMVPだろう。そういう人物に対するこういった態度から、モンブランの人間性が垣間見えるというものである。


 そんな念願叶って気分良さそうなモンブランとは対照的に、1人消沈している男がいる。


「……くそ」


 フィミオが1人奥歯を噛みしめるように、苦々しくつぶやいたのを見た衛士長は、心配してどうしたのかと尋ねてくる。部下の気遣いができる衛士長ははやり人間ができている。


「どうしました?」


 労をねぎらうようにフィミオの肩にポンと手を乗せる衛士長。


「いえ、やつらに手玉にとられ不覚をとってしまいました。衛士長がいなければ逃げられていました……ガード失格です」


「気に病むことはありません。あの場面は普段は影の薄い私の唯一の見せ場ですからね。あそこでフィミオさんやスィミーカさんに手柄を取られてしまったら、私の立場がありませんよ」


 そう言った後ふふふとほほ笑み、乏しいユーモアを総動員させた冗談で、消沈する部下を慰める心優しい衛士長。牢屋からその光景を眺めええはなしや~と少しほっこりする。


「衛士長の言う通り。彼らはBランクの冒険者だから、このナントで彼らのスキルに対抗できるのはガードインスペクターの私や衛士長だけです」


「な、こ、こいつらはBランクなのですか?」


 Bランクがどの位置にあるのか詳しいことはよくわからないが、フィミオの反応からすると、かなり上位にあるのは間違いないだろう。一般的にはBランクといえば最上級のAの次に高いランクだと思われる。そして、それより上のかなりすごい伝説級がSランクと相場が決まっている。

 恐らくAランクまでは努力で上り詰めることができる限界で、その上のSは持って生まれた才能がなければ到達できない領域なのだろう。


「絶対回避がBランクの最終段階スキルだから間違いない。そのスキルを取得するために必要なスキルポイントをどうやって稼いだかは言わなくてもわかるだろう」


「あ!なるほど、そ、そういうことか……」


 彼らの高スキル高ランクの理由を、ガードインスペクターに言われてようやく気付くフィミオ。人を騙すことなどこれっぽっちも考えたことがないフィミオらしい反応である。

 ガード詐欺だけではなく、ありとあらゆる不正で冒険者ポイントを稼ぎ、これをスキルポイントに交換し高ランクのスキルを取得してBランクに上り詰めたのだろう。例え不正で身に着けたスキルだとしても、スキル自体に偽物も本物もない。Bランクスキルの絶対回避は歴とした本物である。

 普段お目にかかれないそんなすごいスキルを目撃できたことは、ある意味ラッキーだと思ったほうが建設的だ。再びこのスキルと相まみえる機会があれば、物理攻撃に意味がないとすぐに気づいて無駄な攻撃を控え、魔法系のアイテムを使うなどして対策を講じることができる。そして、その対抗手段をこれから多く身に着けることもできるのだ。悪人の手口を知ることで初めてその対抗手段が見えてくるのである。

 魔法系のスキルは好きではないとしても、背に腹は代えられない。フィミオはきっとそう考えているのだろう。その背中に何か決意のようなものを感じる。

 今回の敗北が次に生きることを牢屋の中から祈っておこう。


「(終わった……のかな?ってあれ?抜けない!)」


 周囲の雰囲気が終幕の気配を見せている。

 とりあえず一段落したので鉄格子の間に突っ込んだ首を戻そうとしたら、引っかかって抜けなくなってしまった。

 一難去ってまた一難とは正にこのことである。皆が後始末を始めるなか、自体が急展開を迎え一人必死にもがくしかなくなってしまった。こんな姿人には見せられない。皆に気付かれる前に早く頭を引っこ抜かなければ……


「(やばい!抜けない!)」


 首を突っ込む時はすんなりと入ったのに、抜こうとした途端引っかかって抜けない。思いっきり引き抜こうとすると、顔面の肉という肉が中心に寄って、目鼻口が一か所に集中してきそうだ。これを続けると顔がなくなってしまうか、首が抜けそうである。

 最初は何とかなるだろうと思っていたが、抜けない現実に直面しだんだん冷静になってきて、一生このままなのではないかと心配になって血の気が引いていく。


「(やばい!やばい!何も悪いことしてないのに、鉄格子にはまったままずっと牢屋で暮らすことになるなんて絶対にありえない!いや別に一生牢屋暮らしでも全然かまわないが、このままではあまりにも格好が悪すぎる!)」


 このままではガードポスト名物として一生さらし者になってしまう。そんなことになってしまったら、もういっそのこと死んだ方がマシである。


「何やってるんだ?」


 フィミオとスィミーカが含み笑いを我慢する顔で尋ねてくる。

 見られた以上は生かしてはおけない――ではなく、恥も外聞も捨てて首を抜くのを手伝ってもらえるよう懇願するしかない。


「フィミオ!スィミーカ!助けて!首が!」


 涙目になって訴えるが、その様子を見てついに爆笑される。ひどい!中身がおっさんだから平気だが、本物の少女なら心に大きな傷がついてしまうではないか!


「引いてダメなら押してみたら?」


「!」


 猫はどんなに狭い穴でも頭さえ通れば身体も通ると聞く。身体の大きなおっさんのイメージが未だに抜けきらないせいか、この隙間は絶対通らないと思い込んでいた。しかし、この少女のすとんとした華奢な身体なら意外と簡単にすり抜けることができるかもしれない。


「あ!抜けたわ!」


 いとも簡単に鉄格子をするりと抜けてしまった。拍子抜けである。このフラットなボディに感謝である。ワガママボディだったらこうはいかなかっただろう。

 心底安心してホッとため息をついたが、これがとんでもない重大な事件となってしまった。


「こ、これは……脱獄……だな?」


「ええぇぇーー!!」


 ガード立ち合いによる正規の手続きを踏んだ釈放ではなく、どうやら自分から牢屋を抜けた脱獄と判断されてしまったようである。ウウウゥーっというビブラートを効かしたサイレンの音がリピートされガードポストに木霊する。


「そ、そんなぁ~!」


「……まぁ、とりあえず牢屋に戻ってもらおうか……」


「……はい、またお世話になります」


 これは不可抗力だったので厳罰にされずにすんだ。

 一件落着だが、この様子をホールから見ていたガードインスペクターであるリッカー・モンブランと衛士長が何事か?と様子を見に牢屋の前にやって来る。

 衛士長や2人の正規ガードはこちらを見る目に悪意も恐怖も見えずむしろそれとは真逆の暖かさを感じた。しかし、こちらを見るリッカー・モンブランの瞳の奥には明らかな警戒心と何か異物を見るような、そんなほの暗い光があった。

 最初から感じてはいたが、彼女はレイシストのきらいがあるようだ。


「貴女が例のミリセントですね」


 相変わらず少しほほ笑んだ表情をしているのだが目が笑っていない。

 筋肉質でがっちりとした体育会系のスィミーカとは対照的に、長身ですらっとした線の細い体形で、力仕事よりも事務方といった印象が強い。

 ガードインスペクターとは、現場に赴いて汗を流す仕事はせず、基本的に自分の手を汚さず、人を遣う系の職ということだろうか。

 一つ言えることは、変身の技を使っていたようなので戦士系ではなく、魔法使い系なのは明らかだ。そういえば帯剣もしていないし恐らく間違いない。


 彼女のことは今朝初めて見たばかりで何も知らないし、第一印象だけで判断するのは良くないと思うのだが、正直良い印象が全くなくむしろ生理的に苦手としか言いようがない。そう感じるのはカルマ傾向による関係性ということだろうか?

 これまで、第一印象がここまで良くないと感じたのは彼女が初めてかもしれない。盗賊のあの2人に対してもそこまで悪くはなかったのだ。

 それにしても何故私にはカルマが見えないのだろう?やはり鬼籍本人手帳や冒険者証明書などがないとカルマオーラを見ることができないということだろうか?


「…………(例のミリセントってなんだよ!)」


 例のってなんやねん!と思わずエセ関西弁で悪態をつきたいところだが、不可抗力とはいえ脱獄で捕まった身なのでここは大人しくする。が、いちいち言動がムカつくので不機嫌を隠せない。

 明らかに自分が上位者でこちらを下賤な者として見ているようで、その余裕が口元の僅かな笑みとなってあらわれている。性格がにじみ出るというのはこういうことを言うのだろう。これはマンガやアニメでは性格の悪いキャラのテンプレートで、よく見るステレオタイプだ。こんな人が現実にいれば間違いなく周囲から敬遠されるだろう。


 しばらく見つめ合っていたが、リッカー・モンブランは小さく息を吐いて緊張を解いた。そしておもむろに目尻をこする仕草をする。この仕草は、カルマを可視化するためのフィルターの起動と停止を切り替えるスイッチで、冒険者システムやガードシステムと同時に組み込まれた魔法インフラの標準機能の一つである。

 カルマシステムは、相対的な善悪の判断、犯罪者のあぶり出し、パーティーを組む際の指標として広く利用されている。


 リッカー・モンブランが目尻をこする動作をした瞬間、この後のベタな展開を察知したその場にいた4人が同時に同じ音を発した。


「あっ!」


「あっ!」


「あっ!」


「あっ!」


「へ?きゃあああぁぁぁーーーーーっ!!!」


 凶悪なカルマオーラを至近距離で浴びたモンブランは、そのあまりの禍々しさに悲鳴を上げ、そのまま白目をむき泡を吹いて真後ろに倒れてしまった。

 これは何度も見た光景で、相手には申し訳ないのだがこれは噴飯ものである。

 そのまま石の床に倒れたら後頭部を強打し大怪我どころか打ちどころ次第では死んでしまうかもしれない。だが、床面に後頭部を激突させる直前でスィミーカと衛士長が支えて事なきを得たのは不幸中の幸いである。

 内心このまま死んでしまえとも思わなくもなかったが、脱獄で捕まっている最中に人殺しとか洒落にならないのでこれで良かった。


「わ、私のせいじゃないよね?」


「……ノーコメントだ」


 仕事ができるクールな女性のイメージが一変してしまった彼女としては、意外な一面と一部で爆上げしそうな好感度よりも、築き上げてきたイメージの崩落の方が恐らく重要だと思われる。

 人前でこのような無様な姿を晒すことは、彼女の積み上げてきたキャリアや、保っているキャラクター性が崩壊してしまうことにもなりかねない。幸いここは彼女の本拠地であるクリプトから最も遠いガードポストの一つであり、このことが外部に漏れ聞こえることはないだろう。誰かが言いふらさなければの話だが……

 ガードの監視者であるガードインスペクターの彼女の一存で、人事などどうにでもなりそうなので、余計なことをすれば本当に罪人に仕立て上げられるかもしれない。この件はここにいる4人の胸の内にしまっておくのが得策である。

 後のことは衛士長によろしくやってもらうということで、その場はひとまず収まった。


 夜になると再びモンブランと鉄格子を挟んで、衛士長立ち合いの元面会という名の取り調べが始まった。


「先日解体された流刑地エグザールから来たミリセント……推定12~14歳。その強烈なカルマから推察すると先祖はかなりの大罪人……まさか極悪人ヴィールダーの末裔なのか?」


 極悪人――などと大それた二つ名があったことは初耳であるが、ヴィールダーの子孫であることは間違いないので、はいと返事しようとした瞬間、それを遮るように衛士長のトゥール・サイトが否定的な意見を言う。


「それは恐らく違うでしょう」


「何故そう思う?」


「数万人の命を瞬時に奪ったとされる彼であれば殺人者特有のカルマを持っているはずです。その子孫であればその片鱗が必ず現れるでしょう」


 思わずあれ?っと驚いた。最初の取り調べの時に、私がヴァイセント・ヴィールダーの子孫であることは承知していたし、その時衛士長は、彼は救国の英雄であり、その子孫である私との出会いをとても喜んでいたはずだ。

 何故急に正反対の意見を言うのか瞬時にはその真意を測りかねたが、あの衛士長が意味のないウソをつくはずがない。ということは何か考えがあってのことだろう。ここは衛士長に話を合わせた方が得策だと考える。


「確かに、ミリセントのカルマは漆黒の輝きを持つ純粋なダークオーラだ……」


 ダークオーラとか中二病くさくてなんかいやだなと思ってしまう。


「物心ついたときから独りだったし、誰の子孫かとかさっぱりわからんです」


 敢えて、というか実際そうなのだが何も知らない田舎者&野生児であることを示すように教養のない態度で返答をしてみる。

 気位の高い人ほど相手が愚鈍とわかれば見下し、警戒心を解いたりするのだ。


「そうか……」


「カルマオーラで誰の子孫とかわかるものなの?」


 きょとんとした顔で尋ねてみるが、これは演技ではなくカルマについてほとんど知識がないための純粋な疑問である。


「カルマは基本的に親に似る傾向がありますから、わかりやすい特殊なカルマであればある程度は血統を推測できます。殺戮の限りをつくしたヴィールダーは、殺人者特有のカルマをもっているはずです。しかし、ミリセントさんにはその片鱗すら見えません」


「大量殺人者ともなればカルマは暗黒と深紅が混ざったような禍々しいオーラになるはずだ。確かに彼女のオーラには朱の欠けら一つも見えないな」


 これの意味するところは、自身も含め先祖代々殺人者が1人もいないということであり、殺人とは別の理由の罪を犯したということになる。


「しかし、ヤツの子孫ではないとしても、このむせ返るような強烈なオーラ……一体誰のオーラだというのだ?」


「人殺しでもないのにこれほどのオーラとなると、それなりに位の高い者、例えば旧プラーハ王国の貴族でしょうか?反乱に加担した有力な門閥貴族は大勢いたようですし……」


「なるほど、国賊、つまり政治犯か……それならこのカルマオーラに納得もできよう」


 ガードインスペクターであるリッカー・モンブランは、衛士長の意見に大きく頷き納得したようだ。

 それにしても、衛士長より年齢的に一回り以上年下だろうに、先ほどから偉そうで言動にいちいちイラっとくる。

 牢屋に閉じ込められた状態で、ただ2人のやりとりを間の抜けた顔でぼーっと眺めている――フリをしながら衛士長が何らかの思惑で、私がヴァイセント・ヴィールダーの子孫ではないことをモンブランに信じ込ませるために偽の情報を送り続けているようにみえる。


「(衛士長は私を守るためにウソをついている?)」


 何の疑いもなく自然にそう確信していた。

 モンブランはヴィールダーを殺戮者と呼ぶ。そして同じ人物を衛士長は救国の英雄と呼んだ。

 私をかばっているのだろうか?だとすれば、私がヴァイセント・ヴィールダーの子孫であることを知られるのが何か都合が悪いことに繋がるということだろうか?

 モンブランがヴィールダーを目の敵にしているのは、これまでの言動で理解できる。つまり、その敵意が子孫である私に及ばないように、衛士長が敢えてウソをついて守ってくれたと考えるべきだろう。


「何か身元が分かるものは持っていないか?」


 だんだん取り調べらしくなってきた。


「これだけですね……」


 牢屋に入れられた際に没収されていたバックパックをモンブランに差し出す衛士長。中身はここに来た時と同じで紙に包んだスティック状の保存食数本と縦長円筒状の水筒、まだ何も書かれていない帳面と筆記用具、そして様々な測量機能が凝縮された六分儀という形のアーティファクトである。


「これは?」


 当然のように六分儀に興味を示すモンブラン。

 六分儀は主に洋上航海に使う道具なのだが、東西のカロン地方では洋上航海の技術はもとより海洋文化そのものが皆無で、六分儀という道具そのものが存在しない。つまり、今のところ自分だけが持っている謎のアイテムということになる。

 衛士長などにも説明した内容をそのまま伝える。ただ、測距儀といってもだいたいのことは魔法で何とかなる世界なので、この世界の住人からすれば、非常に原始的な道具にしか思えず、つまるところただの骨董品、アンティークである。


「ほぅ、見たこともない道具だな……」


 手に取りいろいろな角度から観察し、テレスコープをのぞき込んだりかなりの興味を示しているモンブラン。


「これを譲ってもらうわけにはいかないだろうか?」


 なんとなくそう言われると思っていた。拒否すると変に怪しまれるし、この六分儀が何であるかは衛士長が知っているので、彼にフォローをお願いすることにして、ひとまず申し出を受けてみることにした。


「もともとお金にするつもりで持ってきたものだから構わないけど、いくらで買う?」


「そうだな……」


 タダでは譲れないと敢えて交渉を試みるが、意外なことに真顔で話に乗ってくる。もちろんこれはフェイクなので少し焦る。

 そして、期待通り衛士長がフォローしてくれた。


「これは恐らく値はつけられないでしょう」


「ん?それはどういう意味だ?」


「私も前に調べましたが、その道具どうやら先祖代々伝わるもので、かなりの年代物――と言えばわかりますかな?」


「アーティファクトか?」


 アーティファクトと知って急に態度がかわり、六分儀を衛士長に戻す。

 道具として何百年も形を保つものには命が宿ると言われ、持ち主とその血筋との間に固い絆が結ばれアーティファクトと化す。日本風に言えば付喪神のようなものと言えばわかりやすいだろうか?


「そのようなわけのわからない古い道具が伝わっていたので、ミリセントの先祖はどこぞの貴族なのではないかと思ったわけです」


「なるほどな」


「(衛士長ナイスフォロー!)これって売れないのかな?売ってお金にしようと思ったんだけど……」


 売る気は毛頭ないが、この道具に全くこだわりがないことをアピールする。


「それは無理だな。一度アーティファクト化した道具は、持ち主の手を離れると強力な呪いの道具となってしまう。昔はこれで小国がまるごと滅んだともいわれているのだ」


 先ほど慌てて六分儀を返したのはこれが理由である。他者の専用アイテムを手にとるのは、リスクの高い行為なのである。

 似た様な話は前にも聞いた。この六分儀も1度その呪いを発動したともいわれている。その時は眉唾かと思ったが、どうやら本当のことかもしれない。


「残念だがあきらめるか」


「ちぇ!高く買い取ってもらえそうだったのに……」


「あきらめてくれ、専用アイテム化したものはもう取引不可能だ。それよりも盗まれたりするなよ?盗品として市場に出回りでもしたら街ごと呪われるかもしれん」


「げぇ!マジで?」


 これは、演技ではなくナチュラルな驚きから出てしまった声である。


「魔法の紐で身体にしっかりと結んでおくんだな」


 彼女のこれまでの言動から察するに、魔法の道具や珍しいアイテムに目がなく、買取に応じようとするなど蒐集癖まであるようだ。


「さてと……ミリセントの取り調べはこの辺にしておこうか」


 カルマ以外怪しいところはないとして取り調べは終了した。

 この後、他の派遣ガードを事情聴取し、捕らえた盗賊2人と何か取引があったかを問いただすとのことだった。恐らく何人かしょっ引かれるだろう。

 私への用事はここで終わるが、衛士長は引き続き彼女の助手としての務めが残っているようで、大変ご苦労様だとしか言いようがない。後でお礼を言わなければならないだろう。


 夜が明けるとリッカー・モンブランは、捕らえた盗賊2人と取り調べで判明した協力者2人を連れてクリプトへ帰る準備を始めていた。

 この時期、カント共和国南部の輸送業を委託された警備会社『銀輪商隊警備』の定期便がタイミング良く滞在しており、それに便乗してクリプトに戻る段取りが組まれていた。


「ぷはぁー!娑婆の空気はうめーぜ!」


 狭い牢屋からやっと出ることができた。思い切り背伸びをして雲一つない快晴の空に届けといわんばかりに腕を真っすぐ伸ばす。

 ここ一週間のほとんどを牢屋の中で過ごしていおかげで、気分も体調もすこぶる絶好調でお肌も艶々である。普通逆ではないかと思うだろうが、流刑地生まれの流刑地育ちの完全無欠の流刑地っ子なので、牢屋などリラクゼーションルームと同じである。


「大げさだな」


 背後にいたフィミオから声をかけられる。一時落ち込んでいた彼だが決意新たにやる気を取り戻して今は元気だ。


「さて、何をするんだったかな……」


 何か目的があってこの街に来たと思ったのだが、昨日までのごたごたで予定がすっかり吹き飛んでしまっていた。


「ギルドに行って冒険者登録するんじゃなかったのか?」


 その件に関しては事情聴取したフィミオの方がよく覚えてくれていたようだ。


「それではフィミオさん、よろしくお願いしますね」


 ガードポスト前でフィミオと話していると、中から衛士長が声を掛けてくる。どうやら冒険者ギルドまでフィミオが付き添いでついてきてくれるらしい。

 この身体は犯罪フラグと似たカルマオーラを全開に放っている、歩く犯罪者予備軍らしいので、事情を知らないギルドの職員は驚いてガードを呼ぶに違いないので、だったら最初からついていった方が手間が省けるということである。こちらの了承を得る前にそういう流れになったというわけで、こちらとしてはそうしてもらった方がありがたかったので拒否する理由は全くなかった。


「よろしくフィミオ!」


 ギルドの位置は入り口から出てすぐ正面に見えるので道に迷うことはないのでさっそく向かう。

 これでようやく当初の目的が達成できる――と、この時は何の疑いもなく、そう確信していた。

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