第27話 「冒険者の光と闇」

第二十七話 「冒険者の光と闇」



 ナント市街唯一の冒険者ギルド兼酒場で、駆け出しの冒険者と思しき6人の男女混合の若者たちが遅い昼食のテーブルを囲んでいた。


「ん?なんか聞こえない?」


「何だろう?喧嘩かな?」


「俺ら以外にも冒険者がいるのかな?」


「喧嘩と冒険者には何の因果関係もありませんよ」


「鍛冶屋と喧嘩は冒険者の華ともいう」


「そんなの初めて聞いたわ」


「私たちだけしかこの街に冒険者はいないって言ってたのにねー」


 遠くから何か口論の声と思しき音が遠くから聞こえてくる。

 小さな街で周囲を城壁で囲まれているせいか、音が反響しやすくその発生源を特定するのは困難である。

 気にしなければどうということはない雑音程度の音なのだが、喧嘩のようにも聞こえるので、巻き込まれる可能性を考慮すると気にしないわけにはいかないのだ。

 冒険者たるもの、そうした周囲の僅かな変化に敏感でなければならない――という訓練所の教えに従い若いパーティーもそれにならって警戒する態度をとってみたわけである。


 声といっても具体的に何を言っているのか聞き取れるレベルではない。聴覚強化の魔法やスキル、或いは聴覚系の才能を持っていれば聞き取れるかもしれないが、この若い駆け出しのパーティーに、それを取得している者はまだいないようだ。

 これが大勢の人で溢れかえる自由都市クリプトのような大きな街であれば、喧騒にかき消され気づくことすら不可能だったことだろう。それでも聴覚に優れた者は、喧騒の中でも特定の誰かの会話をピンポイントで盗み聞きすることも可能なのだから油断も隙もない。今の彼らにとっては、まずは盗み聞きされる程度に実力や知名度を上げるのが先で、そのレベルになれば盗聴を阻害するアンチスキルや魔法を修得できる頃だろう。

 今の彼らの実力は、所詮は注意しているポーズをとるだけで、何か具体的な行動をとるものではなかった。


 かつてカント要塞と呼ばれていた小さな城塞都市は、南西部穀倉地帯の治安を維持する小規模方面軍団以外にまとまった組織的集団はおらず、経済活動といえばその軍人たちのための飲食関連と他に鍛冶や皮革関係が主である。

 隣接するエグザール地方から獲れるシカ、シシ、クマなどの良質な肉と毛皮を皮革食肉業者が直接買い付けにくるので、活発ではないが決して隊商の脚が止まることはない――という程度には賑わいのある街だった。

 だったという過去形になってしまうのは、南西にあるカント要塞とは逆の東部の海岸線にオーク軍の揚陸艇が頻繁に漂着しているということで、カント要塞の駐留軍もその対応に駆り出されてしまい、軍人相手の商売ができなくなって街の活気がなくなってしまったからである。

 彼ら駐留軍の役目は農場や穀物倉庫、それらを結ぶ街道の警備が主で、本来であれば昼夜問わず巡回の騎馬小隊が街を頻繁に出入りしてそれなりに騒々しいのだ。その状況を知っている街の住民からすれば、今の街はまるで死んだようだと揶揄し、あの五月蠅かった兵たちを懐かしんでいることだろう。


 カント要塞には冒険者ギルドも一応あるが、本当に一応というレベルで、施設は酒場など飲食店として利用され、軍人たちに事実上占拠されている状態である。

 酒を飲むくらいしか楽しみがない田舎の街なのでこの流れは自然で、彼らの落とすお金がナント冒険者支部の収入源の大部分を占めていた。

 昔冒険者をしていて、膝に受けた矢傷が元で引退に追い込まれてたとうそぶく老兵が、昔の冒険談を自慢しにギルドの酒場に訪れるらしいが、流石に昼間から酒場に入り浸りはしないだろう。


「ガードポストの方かな?珍しいこともあるものね、あ、でも……」


 ギルドの受付嬢が給仕係になって飲み物のサービスを持ってくる。冒険者の駆け出し、亡命者たちはギルドでは過保護ともいえる好待遇を受けるが、ここナント支部も同様である。

 ガードポストは冒険者ギルド本部の下部組織にあたり、各街の冒険者ギルドとは完全に身内関係で、当然ガードたちも余暇にはギルドの酒場を利用する。受付嬢も衛士長の温厚な人柄は知っているし、彼の部下たちも2人を除いて問題を起こすような者はいなかったと記憶していた。

 だから、遠く聞こえてくる論争と思しき声を聞いた時、その例の2人に起因する問題だろうと目ざとく察知していた。ギルドの受付嬢たるもの、冒険者よりもそうした変化や噂に敏感でなければならないのだ。

 実際問題、ここ数日ガードポストの方が何か騒がしかったので、近いうちに何かありそうな予感はしていたのである。


「まぁ君たちはあまり関わらないことね」


 触らぬ神に祟りなしというが、ガードのお世話にならないことは、冒険者の常識であり基本中の基本なのだ。



 一方、その噂のガードポストでは――


「(えー、現場のミリセントです!たった今始まりました!トゥール・サイト衛士長とカツィ&コジーのバトルが始まりました!)」


 昼過ぎから始まったトゥール・サイト衛士長とカツィ・クゥバーシとコジー・ホーダの2人組の論争の火ぶたが切って落とされていた。

 思わず実況を初めてしまったが、ただ単にこういうのを一度やってみたかっただけで特に深い意味はない。


 朝方からお昼にかけていつも通りのリスキルをされまくっていたわけだが、昼を過ぎた頃に突然衛士長が、例の2人を呼びつけ唐突に解任と厳罰を言い渡したのである。

 こうなることは初めから分かっていたが、本当に唐突に始まったのでそこに居合わせた他のガードも面食らってしばし茫然としていたのは見ていて面白かった。


「(バトルとは言ってみたものの、こりゃー一方的な死刑宣告だな。見どころはあの2人がどこまで食い下がるか――だけどね)」


 この場に居合わせている者はスィミーカも含め、衛士長が変装したガードセンターの監査官だということを知らない。

 皆はよくわかっていないだろうが、これはいわば結果が既に決まっている茶番劇でもあり、だからこそネタバレを知っているこちらとしては余裕かまして実況ごっこをしながら牢屋からの高み――いや低みの見物としゃれ込めるわけである。


「ちょっと待ってくださいよ!クビになるのはまぁーいいですよ?ですが、全ポイント剥奪ってそりゃないっすよ」


 もう30分ほど無駄な抵抗を続けているカツィ&コジー。自由な冒険者稼業が自営業とするなら、ガードはお役所や或いは会社等の社員であり、派遣ガードといえばもはや派遣社員のそれと同じである。

 社員は名目上簡単にクビは切れないが、派遣は簡単に切って捨てられてしまう。これはどちらの世界も一緒らしい。

 そして、何を言っても聞く耳を持たない衛士長――の中の人の頑固さに根負けしたのか、とうとう本音がポロっと出てしまう。その重大なミスに気付けないほど精神的に追い込まれているのが理解できる。彼らにとってなによりポイントが大事らしいのだ。


「(おいおいクビはいいって、それ言っちゃっていいんか?)」


 派遣ガードという立場に全く未練がないという本音と共に、ポイントにしか興味がないことを吐露するカツィ。


 ガードポストのホールの中央奥にある衛士長の机に両手をつき身体を乗り出して抗議する2人――という姿が容易に想像できる。想像しかできないのは、牢屋の中からだと衛士長の席が死角になって見えないからである。

 鉄格子の隙間がけっこう開いているので頭を突っ込んで首だけ出して、かろうじて2人の背中が少し見える程度で非常にもどかしい。

 会話のやりとりを聞く限りたった今ガードをクビになって2人は一介の冒険者に戻ってしまったようだ。さらに、派遣ガードとして不正に稼いだ冒険者ポイントは全て没収である。正直ざまあみろという感じで、飯が美味くなることこの上ない。ここまでぐっと耐え忍んできた甲斐があったというものである。


「例え衛士長といえど、冒険者ポイントまで口を出すのは、いくらなんでも越権行為だし職権の乱用じゃないですか?」


「(何言ってんだ!職権は乱用してなんぼだろ!を地で行っていたのはどこのどいつだ?盗人猛々しいとはこのことだ!)」


 ムキー!っとなって地団駄を踏むが声には出さない。ここで余計なことを言うとそれだけでこっちが悪いことにされてしまう。ここは我慢だと自分に言い聞かせて何とかこらえる。

 それにしても、ガード権限を最大限行使してリスキルを繰り返した連中の言うセリフではない。正直今の言葉でほんの少しだけあった同情の念がどこかに消し飛んでしまった。


 トゥール・サイト衛士長は、その反論に対し目を閉じ少し下を向いて静かに聞いている――と、たぶん普段どおりこんな感じだろう。中の人がどこまで衛士長に似せているかわからないが、見たところ特徴的な癖があるわけでもないので、普通にしていればばれることはないだろう。付き合いの長いフィミオとスィミーカの2人の正規ガードであれば、もしかしたら気づくかもしれない。


 衛士長の机を中心とした3人の攻防戦を後ろで見守っている2人の正規ガード、フィミオ・ティシガーラとスィミーカ・アリィにしてみれば、この判断は当然のことだと喜んでいるだろう。

 しかし、それ以外の派遣ガードの面々からすれば、この状況は針の筵状態に違いない。なぜなら彼らはカツィ&コジーと一緒にリスキル行為を繰り返し、その後フィミオに言われて態度を改めたという経緯があるからだ。

 今回の件はあの2人だけだが、下手をすれば自分たちも処分の対象になっていたかもしれないのだ。こんなことでこれまで冒険者として積み上げてきたキャリアを棒に振ることになれば目も当てられないだろう。派遣ガードという仕事の失敗はともかく、契約違反的なペナルティが生じれば経歴に傷がつく。冒険者のランクや修得するスキル、或いは受けられる仕事の条件に前科がないことが明記されているものもあるらしい。

 今はこちらに飛び火してこないように後ろの方で目立たないように事の成り行きを見守るしかないのだ。

 

 他の派遣ガードはともかく、当事者のカツィ&コジーの2人にとっては嵐が過ぎ去るのを悠長に待ってはいられない。衛士長の解任通達に納得いかず、執拗に食い下がって反論ともとれない言い訳と説得?を試みている。ポイントだけは勘弁してくださいというのが2人の本音で、そこだけは死守したいのだろう。


「(さぁ、衛士長――の中の人はどう畳み込む?)」


 2人の解任の理由はガードとしての資質と素行の2つの問題で、衛士長からの上申を受けて、ガードセンターがその言い分を丸ごと了承し、解任と同時に不当に手に入れた冒険者ポイントの剥奪が言い渡された――という流れだろう。2人の言い分を全く聞かず、関係者の事情聴取もなしなので横暴にも見えるが、懲戒処分などどの世界でもそんなものだろう。先任のフィミオから再三にわたって注意を受けていたので衛士長側には全く問題はないはずだ。


「これはガードセンターの長であるアイーナ・シフォンの命令です。当然冒険者ギルド長であるケーヘン・ノッケルンの承認印もあります」


 怒りで興奮状態のカツィ&コジーとは対照的に、あくまで冷静に応じる衛士長の中の人は、そう言って関係書類を見せる。


「(こりゃ、完全に死刑宣告だな。これ出されたら詰みだろう)」


 全ガードを統括するクリプトにあるガードセンターのトップと、その最上位組織である冒険者ギルドのトップの連名の書類とかもう完全に詰んでる。これまで何も言わず黙ってカツィ&コジーの行動を黙認しているように見えた衛士長だが、実は裏でこんな根回しをしていたのだ。有能と言わざるを得ないだろう。見えないところでちゃんと働いている、こんな上司の下で働きたいものだ。


「こ、これは、衛士長の主観による一方的な意見だけを聞いて判断されたものだ。私的な告発で公平じゃない!」


「そうだ!これは不当な告発だ!俺たちは何も悪いことはしていない!」


「(よく言うよ!これまでの悪行の数々絶対に許さないぞ!絶対に、だ!)」


「あんなカルマを放置する方が危険だ!悪党を逮捕するのはガードの正当な権利、いや義務だ!」


 この言を聞いた衛士長の様子が変わったのか、潮目の変化を見て2人が一気に攻勢で出た感じである。


「治安維持のための行動だ!褒められさえすれ非難される筋合いはない!」


「(私を悪党だと決めつけるのなら釈放するなよ!ずっと閉じ込めておけよ!ちゃんと取り調べろよ!)」


 2人の言い訳にも熱が入るが、こっちも頭に血が上る。

 衛士長は何も言わず黙って聞いているが、これが反論に窮していると思い込んで、ここぞとばかりに畳みかけてくる。


「だいたいこういうものは先ずは警告や業務改善命令を出すのが順序ってもんでしょう?」


「いくら何でも何の警告もなくいきなりクビというのは横暴だ!」


 2人は交互にそれぞれの言い分をぶつける。よく舌が回るものだと感心する。

 現場にいないので確かなことは言えないが、このやり取りに一種の慣れのようなものを感じる。2人はこうした責任の所在を擦り付け合うようなギリギリの交渉をしてきた経験がある舌戦の猛者かもしれない。世界が違えば犯罪者を無罪にするようなすごい弁護士になれただろう。


「(まさかと思うけど、ここで言い負けないよね?)」


 少し心配になってくるが、ここから衛士長の中の人の反撃が始まった。


「先任から再三にわたる改善命令を無視していましたね」


「先任にそんな権限はないでしょう?」


「先任の指示に従うのは組織の常識です」


「(そんな一般常識論で納得するかな?)」


「派遣ガードといっても、所詮は冒険者ですよ?俺たち冒険者はそんな常識は知りませんよ」


「冒険者には組織的な上下関係が存在しないというのですか?」


 例外もあるだろうが、普通はどの場面においても先達が立場上優位になる。冒険者グループ、或いはパーティにおいても必ずリーダーを置くことが義務付けられている。冒険者に組織的な指示系統がないと言い切るのは少し乱暴である。


「(やっちゃった?)」


「い、いや、それは――」


 簡単な言葉選びにしくじったカツィは一瞬詰まる。


「俺たちはずっと2人で行動してきたんです。そういう組織的な行動には慣れていないんですよ」


「(お?上手くフォローしたな)」


 カツィが劣勢になると、すかさずコジーがフォローに入る。この見事なコンビネーションを見ると、2人が常に行動を共にしてきたというのはウソではないだろう。


「今回がいわゆる初犯なわけでしょう?今後改めますんで、ここはひとつ穏便にどうか……」


「(なるほど、押して押して、ここで引くのか……さて、衛士長――の中の人はどう出るかな?)」


 カツィとコジーの落としどころとしては、経歴に傷が付こうが派遣ガードはクビでもポイントは満額頂きたいといったところだろう。


「なるほど、それは確かに一理ありますね」


「(おいおい!ここで腰砕けか!)」


「でしょ?なら今回は……」


「ですが、それは初犯の場合だけですね。前科がある場合はどう判断すればいいでしょう?」


「(おや?流れが変わった?)」


「ぜ、前科?」


 前科と聞いて急に声色がかわったコジー。恐らく声だけではなく顔色もかわっているはずだ。


「(ま、まさか、この衛士長俺たちのこと知っているのか?)」


「(いや、そんなはずないだろ?ずっとナントに引きこもってる衛士長だぞ?)」


「どうしました?私の質問に答えてください」


 後ろでこのやり取りを聞いていたフィミオとスィミーカは思わず顔を見合わせた。

 急に仏の衛士長の言葉が鋭くなった。普段は穏やかな衛士長から、こんな相手を追い詰めるような厳しい言葉が出てくるとは思わなかったようである。

 牢屋からも2人の正規ガードの様子はよく見えた。スィミーカは監査官の女性がガードポストにきていることは知っているが、奥の部屋でこのやりとりを聞いていると思い込んでいる。だから目の前にいるのが本物の衛士長であることについて何も疑っている様子はない。

 フィミオは後から来たのでそうした事情はしらないだろう。

 いずれにしてもこの2人は、目の前にいる衛士長の中身が入れ替わっているなどと想像もしていない。だからこそ、鋭く冷たい衛士長の詰問の仕方が信じられなかったようだ。


「そ、それは……」


「な、なぜ急に……そんなことを聞くんです?」


「初犯だから――と言い出したのはあなたですよ?」


 周囲がざわつき始めた。この2人の反応はあからさまに自分たちは前科者だと教えているようなものである。


「(お?なんか面白くなってきたぞ)」


 目に見えないが明らかな周囲のざわめきが感覚的に見える。


「(ま、まずい……どうする?)ぜ、前科があると言っても内容によるでしょう?」


「と、言いますと?」


「例えば、窃盗とか傷害の前科と今回のこととは別というか……」


「なるほど、確かにそれとこれとは別かもしれませんね。ですが、前科持ちはそもそも正規非正規にかかわらずガードになることすらできません」


「そ、そうですよ。前科がないから……が、ガードの審査に通ったんですよ、オレたちは……」


 思わず誘導されるカツィ。


「わかりました。あなたたちに前科はない――と、確かに聞きました」


 そこでフィミオをスィミーカの正規ガードが首を縦に振ったので、衛士長から何か合図を受けたのだろうと推察する。


「え?ええ、は、はい……」


 ここまで念を押されたらこう答えるしかないだろう。そして、もしこれがウソだとすれば、虚偽報告したことでこれだけで罪にできる。


「(これで完全に言質はとられたな)」


 衛士長の中の人は、カツィ&コジーを知っているのだろうか?口ぶりを見るとどうもそんな感じである。

 派遣ガードは現役の冒険者と聞いているが、2人組の冒険者がこれまでどんな活動をしてきたのかはわからない。

 考えてみれば冒険者というのは正義の味方とは限らない。そもそもの問題として、街の治安を維持するためのガードが配置されているということは、治安を乱す者がいるからであり、つまりはそういうことである。

 街の治安を乱す存在がいるからこそ、その抑止力と実力行使の力を兼ね備えたガードが必要になって、さらに言えば人手不足になるほどの状況でもあるというわけである。

 そして今、現実としてガードの派遣システムの根幹を揺るがすような、不正が発覚しようとしているのだ。

 今回、私がそのやり玉にあがってしまったが、例えば派遣ガードと悪人が裏で繋がった自作自演で、ポイントの荒稼ぎができたとすればどうなるだろうか?


「(いや、待てよ?もしかして既にそれがどこかで行われた?)」


 そう考えたほうが合理的かもしれない。カント要塞にきてまだ6日である。移動するだけで何日もかかるこの地理関係において、クリプトから人がこんなに早く派遣されるだろうか?既に犯行が行われ、その対処の準備がなされていないとこんなに早く動けないはずだ。

 西カロン地方の地理はまだ全く把握できていないが、地図は見ているので距離から時間は容易に割り出せる。どんぶり勘定でも馬車で数日かかるはずである。


 いくつかの情報から何となく事件の全容が見えてきた。


 敢えて偏見を恐れずに断言してしまうなら、カツィ&コジーの2人はダンジョンに潜ってお宝をゲットしたり、地道にクエストをこなすような真っ当で純粋な冒険者ではない。恐らく盗賊とか詐欺とかそういう裏稼業専門の冒険者ではないだろうか。


「(こいつら、元から脛に傷があったのか……いや、まだ予想の域だ)」


 ガードシステムの隙をついた冒険者ポイント荒稼ぎ詐欺、言うなればポイントマシマシ詐欺の常習犯ということで指名手配でもされているのだろうか?いや、まだ疑いのレベルの域を出ず、単なる調査段階かもしれない。そして、ようやくその尻尾を掴んだということだろうか?

 この身の犯罪的カルマを利用して、短時間でしかも安全に大量のポイントを稼いでしまったことで、感覚が麻痺してしまった。ノーリスク過ぎたことでさらに味を占め思わず調子にのってしまった――ということだろう。

 いずれにしても、単なる不正を罰するだけの話で終わりそうにない案件になっているようである。


「(やばい、心臓がバクバクしてきた――って、この世界じゃ心臓は動いてないんだっけ)」


 動悸はないが、その感覚を覚えているので身体が勝手にそういう反応をしてしまう。こんなところで変な発作が起きないことを今は誰かに祈ろう。


「他に何か言い残す――いえ、言いたいことはありますか?」


 この少し陰湿ないい方は、中の人の性格がつい出てしまったものだろう。衛士長はこんなことは言わないはずである。

 恐らくだが、カツィ&コジーもカント要塞の派遣ガードになって日が浅く、衛士長の人となりを十分理解していないのだろう。後ろにいる付き合いの長いと思われる2人の正規ガードは何かに気付いたようで、異様な緊張感を漂わせている。そして、追い込まれているカツィらは、背後に迫るガードの鋭い視線に気付いていない。


「待ってください!あんな悪党を捕らえるのに、何の問題があるのですか?」


「そうだ!これはガードに与えられた職務だ!悪党を捕らえる、つまりこれは善行だ!」


「(とうとう自分たちを善人と言い出したか……ってか悪党悪党って五月蠅いよ!)」


 どうやら最後の抵抗のようだ。焦りすぎて語彙力が失われている。こっちもさっきからずっと悪党呼ばわりでいい加減心が折れそうである。

 それにしても、2人の心はまだ完全には折られていない。ここは明確な違反行為を例に挙げないと2人は納得しないだろう。仮に納得させる必要はないとしても、何か明確な証拠のような決定打は欲しいところである。


「職務といいましたか?それを言うならあなたたちは明確な職務違反をしています」


「え?そ、それは?」


「一体何が悪かったのですか?」


「あなたたちは彼女を悪党と断じて投獄しましたが、それは確かに正当なガードとしての職務です。間違いではありません。しかし、その悪党を何の取り調べもせず、すぐに釈放しました。これはつまり悪党と知っていて意図的に逃がして危険人物を世に放ったという、ガードにあるまじき重大な違反行為です。カント共和国の法に従ってもこれは犯罪行為です」


「そ、それは……」


 ぐぅの音も出ないとはこのことを言うのだろう。

 釈放するにしても取り調べが必要であり、初日は捕まるごとにいちいち取り調べを受けていた。拘束期間は最大3日で、その間に容疑を追求し、罪を証明して正式な逮捕となる。もし、嫌疑が晴れれば無罪放免となるし、嫌疑不十分でも3日を超えて拘束することはできないので、これも釈放となる。

 初日は、フィミオに捕まった後、衛士長直々に取り調べを受けすぐに釈放されたが、犯罪フラグによく似たカルマオーラを持っていたために、街を巡回する事情を知らない他のガードに何度も捕まってしまった。

 ここまでは特に何の問題もないガードとしての正当な行為だった。

 しかし、問題は悪人という嫌疑をかけてそれを有耶無耶にして、手続きなしで釈放する行為である。これは、悪人を世に放つという、単純にガードだけの問題に収まらず、カント共和国全体としても違法であり、街の治安を守るはずのガードが率先してそれを行うというのは忌々しき事態――ということになる。


 ガードシステムは魔法インフラとセットで冒険者ギルドが西カロン地方に普及させたシステムで、民衆の安全と安心を担保することを約束し導入されたものである。その信頼と信用に大きな影を落とす今回のポイント不正取得詐欺は、ギルドとしては絶対に看過できない案件だったのだ。


「反論があれば申してください」


 冒険者ポイントの荒稼ぎの件には一切触れず、純粋に彼らの違反行為だけを指摘している。仮に悪人という決めつけを撤回するとしても、では悪人ではない者を執拗に逮捕したという別の問題が発生してしまう。これはもう言い逃れはできないだろう。


「くっ……」


「(お?)」


 うろたえて衛士長の前から後ずさりした2人の姿が、今まで死角になっていた牢屋からも見えるようになった。相当追い込まれている様子がはっきりと見て取れる。

 とっととごめんなさいをして派遣ガードの立場と冒険者ポイントの双方を返上していればここまでにはならなかっただろうか?いや、衛士長の中の人は確実に仕留めにきているようなので、恐らくこれはもう完全に詰みだろう。ご愁傷様である。


「く、くそっ!」


 今まで取り繕っていた態度が一転して、反抗的な態度にかわる。大人しく捕まる気はないということだろうか?


「おい!無駄な抵抗は止めろ!」


 カツィ&ロジーが身構えたの受けて静止を促すフィミオ。ガードはガードポストを中心とした一定エリア内では無敵と呼べるほどの強さを誇るという。無駄な抵抗だということは、解任されたとはいえ先ほどまでガードをしていた2人なら十分理解しているはずである。大人しくしていれば心証も良くなるだろうに、それでもなお、反抗的な態度をとるのはこの場から逃れる術を隠し持っているということだろうか?


「スモーク!」


 カツィが魔法なのかスキルなのか分からないが、恐らく煙幕を意味するスキルを発動する。もう逃げる気満々だ。

 しかし、こちらから見る限り何も起こっていないように見えるが、周囲のガードの一部が目を守る動作をしたり、咳き込み始める者も出る。


「(どうなってるんだ?何も起こってないぞ?)」


 射程距離があるスキルか何かだろうか?少し離れている牢屋の方からは何も煙らしきものは全く見えない。

 逃走のためのスモークが周囲に悪影響を与えたと判断されたのだろう、犯罪フラグが立ちこれでガードの治安維持能力の発動が自動承認される。


「ストォォォーーップ!!!」


 フィミオが叫ぶ。

 ゲームやアニメであれば、何かエフェクトが出てこの状況を視覚的に分かりやすく理解できそうなところだが、こちらから見える光景は、無編集の映画のメイキングシーンのようで端から見ると少し滑稽だ。


「スモーク!」


 間髪入れず同じスキルを今度はコジーが叫ぶ。事前に何か打ち合わせした様子もなく、まるでこうなることを予測していた――と思しきタイミングだ。


 なぜ2回同じスキルを使うのだろうか?

 エフェクトが見えないので何ともいえないが、スモークが消されてもう1度かけなおしたか、重ね掛けして効果を倍増させたかだろう。ただ、フィミオのストップという叫び声に対するカウンター気味に見えたので、前者の消されたスキルの掛け直しのほうではないだろうか? と、いうことは、フィミオのあのストップという言葉は、ただの決め台詞的なものではなく、魔法やスキルの効果を打ち消す効果のある、ガード固有の特殊能力なのかもしれない。


 自己強化や相手の効果を打ち消すといったやりとりは、ゲームでは当たり前に見る光景で、複数のパーティーが合同して戦うような大規模なコンテンツにおいては必須ともいえるものだ。

 対人戦闘をメインとしたゲームにおいては、強化と弱体など戦闘前の準備段階は同じく必須事項だ。

 一撃必殺の強力な魔法はリフレクトで跳ね返されるので、最弱魔法のマジックアローを1発当てて反射効果を消すといった地味な応酬がある。パラライズ、つまり麻痺で強制的に動きを止められた場合、威力極小ダメージ1のトラップボックスの自爆で硬直を解いたり、ポイズンによる毒状態でライフ回復を阻害したりもする。眠らないように敢えて服毒するなんてこともやるのだ。

 拠点の防衛線ともなれば、防衛ラインに毒のフィールドを出して面で制圧したり、そうさせないように防御障壁を予めはってポイズンフィールドをかけられないようにする――などだ。

 常に相手に先んじて対策をとり、その都度対処していく。敵を倒す時は合図とともに1人に攻撃を集中して瞬殺するのだ。

 こんなことを土日丸ごとつぶして最長で50時間近くぶっ通しで戦い続けたことがあった。若気の至りというか、昔は睡眠時間を削って命がけでゲームをしていたことを思い出す。今にして思うとよくもあんな無茶な生活をしていたなと自嘲してしまう。

 あの頃は2、3日の徹夜など余裕だったというのに、おっさんになるともう徹夜でゲームは不可能で、あの頃に戻りたいとつくづく思うのだ。


 このように今目の前で起こっていることが、かつてゲームで経験した対人戦闘の小技の応酬と重なり目が離せなくなった。


「ストォォーーップ!!」


 今度はフィミオの隣にいたスィミーカが叫ぶ。それはただの叫び声ではなくもはや怒号だ。そして、フィミオをスィミーカも烈火の如く怒りをあらわにしている。最初に捕まった時も同じだが、ガードは治安維持行動をとると、極度の怒り状態になって肉体が超絶強化されるらしい。

 恐らくストップというシャウトには動きを止める効果や、強化魔法やスキルを引き剥がす効果があるのだろう。そして、対策をしないまままともにシャウトを喰らってしまうと、そのまま動きを止められてしまうのだと思われる。

 あの2人が使ったスモークは、逃げるために必要な視界を遮る煙幕としてではなく、シャウトに直撃されないための空蝉のような役目で使用したのだ。

 これをゲームの常識に当てはめると、同じスキルを連続で使うことはできないはずで、スモークもそうだがストップのシャウトも次に使えるまでに少し時間がかかるはずだ。

 2人の使ったスモークが、ストップシャウトを無駄に消費させるためのダミーだとすれば、2人の正規ガードよりもカツィ&コジーのほうが明らかに上手で、つまりこれは非常にまずい展開だ。恐らく次の手をすぐに打ってくるはずである。


「パーフェクトドッヂ!(絶対回避)」


 スィミーカのカウンターを受けた後、2人は同時に同じセリフを叫ぶと同時に鎧をパージする。言葉通りならあらゆる攻撃を回避するスキルで、恐らくシーフなどの素早さに依存する職業の上位スキルではないだろうか?つまり2人は元はシーフ系の冒険者ということであり、この手を使って何度もガードから逃げてきた経験があるに違いない。


「(まずい!これはまんまと逃げられる!)」


 2人の表情は見えなかったが、その醸し出す雰囲気に余裕が見えた。逃げ切れると確信したのだろう。

 ガードポストの構造は簡単で、ほぼ真四角のホールに入り口は常に開け放たれている。そのホールの入口から向かって右横に通路が伸びてその通路沿いに牢屋や休憩室や倉庫などがある。今私のいる牢屋は通路に一番近い位置にあるのだが、ここからは入り口の方は見えるが、入口正面にある衛士長席は死角になって見えない。

 カツィ&コジーと入り口の間には正規ガードのフィミオとスィミーカしかいない。他の派遣ガードはその横に並ぶようにその様子を茫然と眺めているだけである。

 絶対回避というくらいだから、全ての攻撃を回避できるのだろう。だとすれば、どんなに強化されてもガードの攻撃はかわされるだろうし、シャウトが使えなければただの強いだけの脳筋戦士である。こうなると逃げに徹したシーフを捕らえることは不可能だろう。

 もはや2人の盗賊がガードポストから逃げることなど簡単となった。そこにさらに足を速くするようなスキルを併用すれば、一気に街を抜け出すこともできる。

 ガードがガードとしての恩恵を受けられるのはガードポストを中心とした一定の範囲内なので、そのガード圏内から出てしまえばガードは無力である。


「おい!派遣ガード!何やってんの!」


 今まで黙って見ていたが、我慢できず大声で棒立ちの派遣ガードを叱咤してしまう。これもガードに対する反抗という扱いになって処罰の対象になるかもしれないが、そんなことは今は言っていられない。

 この一連のやりとりを遠巻きに見ていた他の派遣ガードは、茫然として何もできないでいる。これはある意味どうしようもないことだろう。ガードといっても所詮は派遣で、本質は元の冒険者のままである。

 モンスターなどを相手にする戦闘に慣れ切った冒険者では、とっさの状況に対処するなど不可能だし、対人戦となると能力より実戦経験がものをいうのだ。

 ゲームでも戦争の初陣の時は予め考えていた作戦や戦法が何ひとつ実行できず、心臓がバクバクして手がブルブルと震えていた。ゲームでもこうなのだから、実戦なら言わずがものである。

 だから派遣ガードがこの状況で無力であることを責められないし、期待するのも無駄だったのだ。


 派遣ガードがこちらの声にハッとなって気づいた時にはすでに遅きに失していた。2人の盗賊はフィミオとスィミーカの攻撃を余裕を持ってひらりひらりとかわし、あっという間に無人の入り口を目指す。


「し、しまった!逃すな!」


「くっ!だ、ダメだ!シャウトが間に合わない!」


 パワーだけではない、脚力や敏捷性など全ての能力が大幅に上昇し、攻撃に至っては必中であるはずなのに絶対回避の前には全くの無力だった。当たらなければどうということはない――が、完全に再現されている。


「馬鹿め!正規ガードごときがオレ達を捕まえられるものか!」


「場数が違うんだよ!お前らとはな!」


 カツィとコジーは、果敢に挑むが全く相手にならないフィミオとスィミーカを嘲笑う。

 そんな2人だが、勝ち誇っているものの、彼らは決して勝者ではない。ただ、敗北しかけたが、辛うじて引き分けに持ち込んだというだけである。しかし、これは勝ちに等しい引き分けであり、ガードにとっては大敗北である。


「あばよ!」


 ニヤニヤしながら去ろうとするカツィ&コジー。

 失態と言わざるを得ない現実がガードたちに付きつけられる。ガードの敗北は魔法インフラに支えられた冒険者ギルドとガードシステムの安全神話の崩壊を意味する。


 終わった――と、誰もがそう思った。そして、そこにいるガードたちは自分たちの無力と不運を呪った。

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