第24話 「虹ノ義勇団」

第二十四話 「虹ノ義勇団」



 カント共和国の南東に位置するコンコードの街は、政治の中枢を担う首都グラーツに隣接した商業を中心とした大都市で、北のピュオ・プラーハの首都ブルノー、中央の自由独立都市クリプトと並んで、西カロン地方の3大都市のひとつに数えられている。

 大穀倉地帯を要するカント共和国は、西カロン地方の食糧庫の役目を担う重要な立場にあり、全ての都市に対して安定した食糧供給を約束するかわりに、不可侵の協定を各勢力との間で結んでいる。

 その歴史的背景からピュオ・プラーハの属国のような立場にあるカント共和国は、他の中立都市国家の反発を避けるために、独立国家としての体裁をとって宗主国と一応の距離をおいている状況である。


 コンコードからは西のアリアド港湾都市、北西の共同農地集積都市プラナト、北のクリプトに繋がる大きな街道があり、その街道に沿って市街地が広がっている。

 一つの都市というより3つの街でコンコードは形成されているといった方が適切だろう。

 そんな大都市コンコードには、冒険者ギルドのコンコード支部以外に街道ごとに出張所を置いており、ほとんどの冒険者はそうした出張所を兼ねた酒場を中心に活動している。


 そんなギルドの出張所を兼ねた酒場で、若者4人が退屈そうにたむろしていた。


「おっせーなー、ジミーたち……」


 昼間の酒場は仕事探しや情報交換、そして昼食をとるために集まる冒険者たちでそれなりに込み合ってはいるが、夜の酒場のような喧騒はない。


「他の酒場に情報収集に行ってるんだから、仕方がないでしょう?」


「だからって、もう集合時間過ぎてるだろ?時間にルーズ過ぎるだろ」


「ふっ、一番時間にルーズなアンがそれを言うかな?」


「まーまー、喧嘩はダメだよー、仲良くだよー」


「ったく、この街デカすぎなんだよな」


「無計画に広がった街ですからね、城壁どころかまともに区画の整備もされてないんですよ」


「っと、噂をすれば……」


 広い酒場の一番奥の席は昼間でも薄暗く、明るい外に目が慣れた者には見えずらいのだろう。アンたちが噂をしていた人物は、仲間を見つけられずキョロキョロとしている。


「ジミー!こっち!こっち!」


 ジミーと呼ばれた若い男は、ホッとした表情を浮かべて4人の座る奥の席に歩み寄る。


「あっ!ユウイ!こっちよ!」


 ジミーと呼ばれた男が入店した直後にもう一人の仲間であるユウイと呼ばれた若い女性も続いて席についた。


「これで6人揃ったな」


 最大8人座れる一番隅っこの薄暗い席に、仲間だと思われる男女6人の若者が揃った。

 この6人は数か月前にクリプトの亡命者訓練所の第7127期卒業の若き冒険者見習いたちである。

 彼らのような見習いは、亡命者用の宿舎が用意されているなど優遇されているが、情報収集は自力で行わなければならず、冒険者と同じように足しげくギルドに通わなければ仕事にありつけない。


「あ、すみませーん!オーダーを」


 冒険者ギルドといっても一応酒場も兼ねているので、席につくなら何か注文するのがマナーである。


「はいはーい、おやぁ?君たちルーキーだね?珍しいねー」


 メイドの格好をした若い女給がオーダーを取りに来る。若く見えるがその話しぶりからすると、冒険者事情に精通しているようである。


「このへんだと私たちみたいな亡命者は珍しいんですか?」


 ルーキーと亡命者は必ずしも同義ではないが、ベテラン冒険者やギルド構成員にとっては同じようなものである。


「ここは護衛の仕事ばっかりだし、ルーキーはだいたい最初は鉱山にいくんじゃない?ここにはルーキーな子たちはほとんどこないのよね」


 鉱山というのはクリプトの西にあるガスビン鉱山のことで、その周辺にある廃墟に巣くうゴブリンを狩るのがルーキーの定番となっており、そこから離れたここコンコードの街でもそうした事情は周知されている。


「ルーキーたちの門出を祝って、ここはお姉さんがおごってあげよう!適当に持ってくるから待っててねー」


 そう言って、手をひらひらさせながらカウンターに戻る女給の背中に、若者らしく元気な声で礼をする6人。意外な返礼に驚いて目を丸くするのは女給だけではなく、その場に居合わせた冒険者たちも同じだった。

 冒険者の見習いである亡命者、特に駆け出しのルーキーに対して、ギルドは特別な便宜を図るという明確な規則が存在する。この便宜の中に飯を奢るという項目までは流石にないのだが、それでもこうして良い扱いを受けやすく、これが俗にいう亡命者特権である。


 この若き亡命者たちの名前は――


 アヤ:タンクヒーラー リーダー(女)

 しっかり者だが、歯に衣着せずはっきりとものを言うちょっとキツイ性格。

 積極的に前に出て戦うタンクヒーラー

 あだ名は『イインチョー』


 ショーター:メイジ(男)

 知識欲が強い自称データベース。記憶力はいいが柔軟な発想は苦手。

 あだ名は『ハカセ』


 メープル:ヒーラー(女)

 おっとりした性格で少しどんくさく、6人の中では一番の巨漢。

 ヒーラーとしての能力は低いが怪力の持ち主。


 アン:マジックフェンサー(女)

 魔法と剣技を併用した素早い攻撃が得意な軽戦士。

 普段言い争いの絶えないアヤとコンビを組んで前線で戦うことが多い。

 男勝りで口が悪く、天賦持ちのハヤタに嫉妬して何かとつっかかる。


 ハヤタ:シーフ(ジミー)(男)(ステルスの天賦持ち)

 存在感を消す『地味』の天賦を持ち、バックスタブが得意な超絶アタッカー。

 その天賦の性質故に過小評価され続ける。

 ジミーのあだ名の由来はもちろん『地味』からきている。


 ユウイ:ハンター(女)

 意外性に満ち溢れた不思議ちゃん。時々わけのわからない言葉を口にする。

 アヤとショーターにあだ名をつけた張本人。

 動物が好きで、将来的にはテイマーに転職したいと思っている。



 ――で、いずれも第7127期訓練所卒業でカシヤという同じ姓を持っている。


 ジミーと呼ばれていたシーフは、本名はハヤタなのだが、目立たない『地味』という天賦の才を持っており、そのおかげでジミーというあだ名をつけられてしまったという経緯を持つ。

 他に、リーダーのアヤが何故か『イインチョー』で、魔法使いのショーターが『ハカセ』と呼ばれている。


「席の音消しするか?」


 アンが顔を寄せて小声で言う『席の音消し』とは、会話を周囲に聞かれないようにするための席に防音障壁を作る魔法のサービスのことで、冒険者でも亡命者でも誰でも無料で利用できる。

 これによって重要な商談や情報交換も、気軽に酒場で行うことができる。ただし、相手の唇の動きを読んで会話の内容を知る読唇術のスキルを持つ者には防音魔法は通用しないので注意が必要である。


「別に必要ないでしょ」


 こういう小賢しいことはルーキーには不要だとアヤは拒否し、他も賛同する。

 騒々しい夜の酒場などで、時々席の音を遮断して何やら小声で相談しているベテラン冒険者を目撃するたびに、それがちょっとカッコイイと思っていたアンは、試しに自分たちもやってみたかったが見事に拒否されてがっかりする。


「そんなことすると、生意気だって思われるだろ?」


「んなこと分かってるわよ!言ってみただけよ!」


 ジミーに言われて渋々納得するアン。


「むしろ僕たちの会話を聞いてもらって、アドバイスをもらったほうが得ですよ」


 ハカセが冷静に終わった話に意見をかぶせてくるが、そんな会話すら耳のよい酒場の給仕や周囲の冒険者に聞こえて、実にルーキーらしいと微笑ましく見られていることに気づかない6人である。


「で、ジミーとユウイは何かおいしい情報見つかった?」


 最初に2人が同席していなかったのは、他の街道にある冒険者ギルドの出張所兼酒場に情報収集に出ていたためである。


 この『南岸防波亭』酒場は、クリプトへ繋がる道沿いの一等地にある冒険者ギルドが経営する酒場で、店の名前が示す通りカロン海河南岸の防波堤近くに店を構え、3つの街道沿いのギルド出張所兼酒場の中では一番規模が大きい冒険者酒場である。

 クリプトからやってきた6人がとりあえず立ち寄ったお店で、その後情報収集のために各街道のギルド出張所に2人を派遣していたということである。


「港方面の酒場はほとんど冒険者がいなかったよ、貼り出されてるのはアリアド港やナントまでの隊商護衛ばっかだった」


「おなじく」


 ジミーが赴いた先は、アリアド港湾都市への街道沿いにある『月光亭』で、南岸防波亭からは一番遠い場所にある。

 ユウイの方も収穫無しらしい。


「カントの正規軍が駐留しているところだから、討伐系の仕事は最初からなさそうだけど……」


「ダンジョンらしきものもないみたいだねー」


 ダンジョンなどの狭い場所が苦手なメープルは、事前に勉強してカント共和国にダンジョンがないことにホッとしているようだ。


「カント共和国には未知のエリアがほとんどないからな。あるとすれば南の蛮族の話とか、マナのないエグザール地方とか……」


「あとは、プリズンウォールマウンテンか……」


 エグザール地方を隔てる南北に連なる監獄防壁と呼ばれる山脈の麓に広がる大森林は、木材の供給地として林業が盛んである。

 山脈の北部を源流とする『ダーヌ川』は、西カロン地方北部のピュオ・プラーハから、中部の中立都市国家群、南部のカント共和国と大きく蛇行しながら複数の都市を経由して、クリプト周辺から沿岸沿いに南下して、最終的にコンコードからカロン海河に流れる長大な河川である。

 ダーヌ川から枝葉のように伸びる運河で各都市が繋がっており、生活用水はもちろん、物流にも盛んに利用されている。


 このプリズンウォールマウンテンから西側はマナの枯渇地帯として有名で、マナによる魔法インフラで成り立っている現在の西カロン地方の住民にとっては忌む場所とされ、特にマナの力で成り立っている冒険者は、ギルドから立ち入り禁止を命令されている危険地帯である。


「マナがないって、魔法が使えないってことですよね?そんな世界がすぐ近くにあるなんて信じられませんね」


 他のメンバーに比べて体力面に自信がない魔法使いのハカセにとっては、マナの存在は直接命に係わる問題なので、マナの枯渇は特に興味深い案件である。


「クリプトとコンコードの間の沿岸にオークが大量に上陸しているらしくて、カントの正規兵がかなりの人数そっちに向かってるらしいんだ」


「オークが多く……」


「ユウノは黙ってて!」


 西カロン地方南部の穀倉地帯を有するカント共和国は、ほとんど開拓しつくされており、ゴブリンなどの魔物も組織だった活動がなくなって久しいのだが、最近その情勢がかわりつつある。

 カロン海河の向こうにあるとされる東カロン地方の南側にはオーク帝国が存在し、海河の流れを利用した揚陸作戦が頻繁に行われているらしく、そうした船団からはぐれて遭難したオークの船が、西カロン地方沿岸に極稀に漂着するという事例があった。しかし、これがここ最近になってその頻度が高くなり、ただの遭難ではなくオークの魔の手がここ西カロン地方にも伸びているのではないかという懸念が出てきたのである。そのため、カント各地に駐留する正規兵が沿岸警備のために移動しているとのことなのだ。


 その結果、クリプトとコンコードを結ぶ沿岸付近を通る街道が危険だとされ、隊商護衛にベテランの冒険者も駆り出されるようになったのである。

 そして、そのしわ寄せとして、アリアド港や共同農地集積都市プラナトの隊商護衛に不足が発生しているらしいのだ。


 ジミーとユウイがもたらす情報もアヤたちと同じで、この人手不足は考えようによってはチャンスともいえる。

 と、そんな内容のことを周囲に聞こえるように話していると、一人のベテラン冒険者が老婆心からアドバイスをしにやってくる。


「見立ては間違いじゃないが、手薄になった分ゴブリンどもの出現頻度も上がってる。油断した隊商が1チームしか護衛につけずに、ゴブリンの群れに損害を出したなんて恥ずかしい事件が実際に起きてるんだ」


「そ、それは本当ですか?」


「ああ、本当だ。1チームしか募集してないとこは、ベテランを雇う前提のところか、護衛代を安く済ませたい貧乏隊商だから注意したほうがいいぞ」


「先輩の皆さん、助言ありがとうございます!」


 リーダーのアヤが代表でお礼を言う。


「ハハ、その先輩からのアドバイスだが、国が正式に委託している護衛業者にぶら下がるのが最も安全だ。報酬はその分減るけどな」


「報酬が減るなら、移動経路上にある個別の配達の仕事を受けて、効率よくクエストをまわせばいい」


 助言をしにきた冒険者の仲間の一人が席に座ったまま、さらに助言の追加をしてくれる。


「なるほど!勉強になります!」


 先輩に対して礼儀正しい6人。こういった態度はベテラン冒険者にとっては初々しく見え、つい先輩風を吹かせたくなるらしい。それほど多くいるわけでもない他の冒険者の席からもアドバイスの声が次々聞こえてくる。


「月光亭と黄金の落穂亭でクエストを拾えばいい。あと、カウンターで直接聞くのもいいな。貼り出す前の掘り出し物があったり、ルーキー相手なら経路も含めてタイムテーブルまでセットになってる美味しい仕事も紹介してるかもな」


「いや、流石にそれは……あはは」


 そんな美味しい話はないと思っているルーキー6人だが、クリプトのように仕事にあふれている街であれば、複数の護衛、配達の仕事をセットにしたクエストは実際に存在している。


「まぁ、ここは小さな出張所だからな。本部や支部クラスなら結構あるぜ」


「あ、あるんですか……」


 運ばれてくる食事と飲み物に舌鼓を打ちながら、積極的に会話をして情報を集める6人。交渉スキルを磨いたり、交友関係を広げたり、ルーキーにとっての酒場などで行われるロビー活動は、全て血肉となって身について成長していくのだ。

 これは何もルーキーたちだけに利がある話ではない、初心者の面倒を見ることは、亡命者を優遇するギルドの方針と一致するので、サポートする行動は冒険者としての評価に好影響を及ぼす。

 これらは鬼籍本人手帳に書かれている各自の経歴の内容によって変わってくるが、他者と友好的に交わることを是とするタイプの人には、得だけでマイナスになる要素は一切ない。

 世話を焼く行為は、一般の冒険者にとっても重要なロビー活動の一つというわけであり、双方に利があるので片方が一方的に恐縮する必要はない。しかし、初心者の中には当たり前に受けられるこうした特権を当然の権利として受け取り、無礼に振舞う者も少なからずいて、サポートする側も相手を慎重に選ぶ傾向があった。


「んじゃ、がんばれよ!」


 素直そうなルーキーを見てアドバイスをしにきたベテラン冒険者は、最後にエールを送って元の席に戻っていった。


「あ、ありがとうございました!」


 声を揃えてお礼を言う6人。


「ふふ、最近珍しい元気で素直な子たちね……」


 若い女性給仕は、今日一日気分よく仕事ができそうだと、ルーキーたちに食事と飲み物をおごったことに満足していた。


「で、どうする?」


 そんな周囲の温かい目に気付かない6人は、今後の方針についてアドバイスを参考に相談を始める。


 彼らはクリプトの亡命者訓練所を卒業した後、定番通りに近隣のガスビン鉱山や、海底トンネル入り口付近で修業をして実力と自信をつけながら地道に活動していた。

 最初は連携がうまくとれずにいがみ合って喧嘩ばかりしていたが、アンの魔法の誤射でジミーが負傷してしまったことがきっかけになって、お互い腹を割って話し合い、戦闘時の命令系統などを戦術面をしっかりと訓練するようになった。その結果、目覚ましい戦果を挙げられるようになり、金銭的な余裕ができてクリプト以外の場所に行ってみようということになって現在に至っているというわけである。


 普通の冒険者チームは、高い防御力を誇るタンクと呼ばれる戦士系のジョブが敵の攻撃を引き受け、他が攻撃やサポートに専念するという基本戦術がある。

 もちろん、これはあくまで基本なので、そうしなければならないという絶対的なルールはない。ただし、あまりに変な構成にすると、ほとんどの場合上手くチームが機能しない。


 この6人は、ヒーラー2人、軽戦士1人、ハンター1人、魔法使い1人、シーフ1人という、普通に考えて初心者のする構成ではない。

 軽戦士のアンが戦士になるか、ヒーラーのアヤかメープルが戦士をすれば、テンプレートな構成になる。

 しかし、訓練所を卒業する経緯からしても普通ではなく、周囲とのバランスを考えずに好き勝手にジョブを選んで、はぶられた余り者たちが無理やりチームを組んだ結果、こうなってしまったというのが彼らのスタート地点だった。

 これではうまくいくはずもなく、最初は散々だった。


 その後、あくまで自分のやりたいジョブで行くという方針は変えず、戦術を試行錯誤して今の形に到達したわけである。

 彼らの戦術の主な形は、軽戦士のアンとタンクヒーラーのアヤが前衛に立ち、後衛をヒーラーのメープル、魔法使いのショーター、ハンターのユウナをセットにし、ハヤタは位置を固定しない遊撃手として自由に動いてもらうというものである。

 相手にすることが多いゴブリンは、弱いものを先に狙う傾向が強く真っ先に後衛、特にヒーラーが集中的に狙われやすい。この習性を逆手にとって、前衛の二人が抑えられず後衛に向かう敵をハヤタのバックスタブで瞬殺していくという戦術にすると、面白いようにゴブリンを狩れるようになった。

 身体が大きく力持ちのメープルは、攻撃されてもひるまない重装備に身を包み、被弾覚悟で自己回復しながら戦う不沈艦スタイルのおかげで後衛も安定し、2ヒーラー体制はうまく機能しているといえる。


「さて、さっそく月光亭に行ってみましょうか?」


 お世話になった酒場の先輩方にお礼をして、アドバイスどおりに月光亭に移動することを提案するリーダーのアヤ。


「賛成!」


 というわけで、お昼の食事代も浮いたので足取り軽く月光亭に向かうことになった。


 コンコードの街は、元は首都のグラーツの近隣に自然発生した村から始まって、急速な人口増加で無秩序に拡大してしまったという経緯を持ち、西カロン地方では珍しい城壁のない都市となっている。その為、城壁で周囲を囲まれた狭苦しい圧迫感がなくとても開放的である。

 西カロン地方の都市は、全てプラーハ王国時代の貴族の城塞都市で、現在の中央の都市国家群も、政治体制まで王国時代と全く変わっていない。


 プラーハ王国時代、農地と農民は国全体の所有物として、完全に国営化しており、統治体制が代わり勢力図が変わってもこの農業文化は継承され、やむを得ず戦争となる場合は、兵隊確保の兼ね合いもあって、穀物の刈り入れが終わった時期に始めるのが暗黙の了解となっている。

 戦争にもルールがあり、魔法インフラと同時に輸入された衛兵制度で、市街地や砦などでの戦闘行為が事実上禁止された結果、指定された戦場で勝ち負けを決めて、捕虜の身代金や賠償金などお金で解決する方向に変化している。

 賠償金の支払いができない場合、保有する利権を手放して補填することになり、その為、負けた方は領内の工場や商業施設から税金を徴収できず、経済的な打撃を受けることになる。

 この時代の戦争のスタイルは、血みどろの殺し合いではなく、経済的優位性を競う競技性の強い形に完全に変わってしまったのだ。


 西カロン地方中部の独立都市国家間で、そうした利権争いのための戦争が絶えず、対人戦闘メインの傭兵が大勢集まっており、冒険者の中には傭兵に鞍替えするものも多く、傭兵から身を立てて経済力で借金まみれの領主を追い落として下克上を成功させたものもいるのだ。


 カント共和国は、そうした戦争とは無縁の平和な国で、城壁のないコンコードの街はその象徴ともいえる場所である。

 しかし、無計画に広がった街であるため、計画的な区画整備がされておらず、初めてここを訪れたものは、必ずと言っていいほど迷ってしまう。

 ジミーやユウイの合流が遅れたのもそのことに起因していたわけだが、一度迷った経路なので、二度目は迷わずに目的の場所に到着することができた。


「ここが、月光亭か」


 南岸防波亭のあった沿岸区画と比べて、月光亭のある区画は牧歌的な平屋の家が多く、これは土地が余っているおかげで建物を階層建てにする必要がなかったおかげだろう。

 城塞都市は狭い土地を有効的に利用するため、高層の建物が多く区画も建物もきっちりとしている。6人の出身であるクリプトも同じ城塞都市なので、基本的に同じような構造だが、数回区画の拡張を行って城壁が複雑に絡みあって、区画によってだいぶ雰囲気がかわっている。ひと区画まるごと緑地公園になっている場所もあるのだ。


「クリプトに比べると、すっごく田舎に見えるけど……」


 アヤが素直な感想を口にする。別に田舎だからダメだと言っているわけではないのだが、その意見にすぐに別の反応がかえってくる。


「オレはこっちのほうが好きだな~」


「私も~」


 ジミーの意見に賛同するメープル。


「私はどっちでもいい」


「僕はクリプトのほうが好きですね」


 ユウナとハカセもそれぞれの意見を口にする。この6人はほとんど好みがバラバラで、満場一致で同じ意見になったためしがない。

 パーティーを組んだ当初は、言い争いの種になるのであまり自分の意見を言わなかった時期があったが、今はそれが自分たちの良いところだと逆に開き直って好き勝手言い放題にしている。


 月光亭は、コンコードに3箇所ある出張所の中では少し異色で、ギルドの窓口以外に、食堂、酒場、宿屋、さらに雑貨屋なども同時に経営している総合施設になっている。冒険者以外に周辺の住人も気軽に利用している、地元の馴染みのお店になっているのだ。

 平屋の多い区画で唯一3階層の建物で、1階が一般住民に開放されている食堂と雑貨屋があり、2階がギルドの窓口兼酒場、3階が宿屋である。


 一度ここを訪れているジミーは、最初に来た時にギルドの受付に説明された月光亭の特徴を、他の仲間に教えながら窓口のある2階にあがる。


「あ、さっきの子ね。お仲間連れてきてくれたのね?お昼まだならおごるけど、どう?」


「あ、ありがとうございます。でも、私たち南岸防波亭でご馳走になってしまって……」


 リーダーのアヤが恐縮しながらありがたい申し出を丁重に断る。

 それにしても、カントのギルドは飯をおごる決まりでもあるのだろうか?


「なんだー、もう既にツバつけられてたのかー……ま、クリプトから来るならまず、あそこ行くものね」


 ギルドの関係者がやたら親切なのは、ギルド本部からご褒美がもらえるからであり、純粋な親切心ではないことは6人も承知しているが、元来の性格が良い人なのだろうとは思うわけである。

 この世界ではカルマの色形を表すカルマオーラで、その人の性質がだいたいわかるので、印象と中身はだいたい同じだと考えてよいのだ。

 詐欺師など特別なスキルでカルマオーラを偽装することは可能だが、ギルドに所属する者がそうであるわけがないだろう。


「で、ルーキーさんたち今日はどんな御用かな?」


「もちろん仕事を探しに……」


「それはとってもありがたいけど、しかしなんでまたこんな辺鄙な場所に?ははぁーん、さては防波亭で何か入れ知恵されたのね?」


 出張所の受付というのは酒場の給仕と兼任しているのだろう、南岸防波亭のメイド姿の女給とノリがいっしょで好感が持てる。

 クリプトの受付嬢と同じ制服を着ているので、今は受付業務中なのだろうが、話し方が完全に酒場の女給のノリだ。クリプトのお堅い受付嬢とは大違いで、これがお国柄というものなのだろうか。


「ええ、いろいろアドバイスもらいまして……あはは」


「それじゃーお姉さんがイイ感じに見繕ってあげよう!どうせ暇だしね!」


「すみません、ありがとうございます!」


「いいの、いいの!で、隊商はもう決まったの?これを先に決めておかないと話にならないからねー」


 各隊商ごとに決まったルートがあるので、予め立ち寄る街を把握していないと荷物が行方不明になってしまう。


「カント共和国が輸送を委託してる護衛業者があると聞いたんですが――」


「ああ、銀輪隊商警備さんだね。あそこなら何も問題ないね」


 銀輪隊商警備は、カント共和国から正式に輸送業務を委託されている少数精鋭の護衛団で、儲け優先の民間業者が手を出さない過疎ルートの巡回警護も兼ねて周回しており、準軍事組織といっても言い過ぎではない装備を保有している。

 月給制の明らかに他の民間業者とは毛色が違う組織で、ギルドの受付嬢としても、安心してルーキーたちを預けられるところといえる。


「えーと、銀輪さんたちの予定は――と、ここからまず港に行って、その後プラナト行って、また港に戻って、最後にカント要塞かなー」


「カント要塞?」


「ん?あー、ナントのことね。ジモティー(地元民のこと)はみんな旧名で呼んでるのよね」


 今はナントと呼ばれている南西部にある古い要塞は、かつてはカント要塞と呼ばれ、400年前のプラーハ王国で起こったクーデターで負けて敗走した貴族連合が最後まで徹底抗戦した砦であり、カント共和国の国名の由来にもなったシンボル的な場所である。

 国名と同じで紛らわしいということで改名したものの、400年経っても新しい名称が浸透していないのである。


 亡命者は訓練所ではナントという正式名称で学んでいるため、地元民との間に認識の差が出てしまうというわけである。

 百聞は一見に如かずとはよく言ったもので、学問として身に着ける知識と、現地の実情には差異があり、狩場の情報をいくら知識として頭に入れていても、現地では事前の作戦通りにいったためしがないのと一緒である。


「これと、これと、あっ、これも大丈夫そうね……」


 受付のお姉さんが掲示板に貼られているいくつかの依頼を手に取って束ねて受付カウンターに戻る。

 下の食堂や雑貨屋には人がいたが、2階のギルドロビーにも酒場にもルーキー6人以外の冒険者は1人もいないので仕事の依頼は受け放題である。


「えーと、まずは――」


 最初に銀輪隊商警備と護衛協力の契約をするわけだが、彼らは彼らで国から直接依頼されている貨物や人員の輸送を行うので、それに便乗するかたちで冒険者ギルドの依頼をこなしていくという流れになる。

 銀輪隊商警備の予定ルートは、コンコード南部の物資集積所からアリアド港湾都市を経由して協同農地集積都市であるプラナトに向かい、そして来た道を戻って再びアリアドへ戻り、今度はそこからナント、旧カント要塞に向かい、アリアドを経由してプラナトに戻って、次はコンコードではなく一旦クリプトを折り返してコンコードに戻るというスケージュールである。


「とりあえず、カント……いえ、ナントまでの経路でこなせる配達の仕事をお願いするわね」


「け、結構ありますね」


「大丈夫よ。全部ギルドの窓口に届けるだけだから。あと、それぞれのギルドに寄ったら行き先に配達の仕事がないか確認することね。以上!何か質問は?」


「えーと、アリアド、プラナト、アリアド、ナント、アリアド、プラナト、クリプト、コンコードっと」


 聞きなれない都市名ばかりで頭がこんがらがるアン。


「ナントまでの護衛契約になってたからそうしておいたけど、戻りも便乗するなら直談判してね。契約が切れた後も隊商についていくなら別途運賃が発生するから気を付けてね」


「あ、なるほど、そういうことか」


 契約が切れたあとはただのお客さんとして隊商の馬車に乗ることになるというわけである。


「ちなみにお客様として馬車に乗る場合は、魔物に襲われても戦わなくていいからね。なにせお客様なんだから」


「戦っちゃダメなんですか?」


「お客様に怪我させたら問題でしょ?彼らの仕事を奪うことにもなるから基本的におとなしく見てることね。だだ、戦闘があった場合は強力して戦う、その代わり運賃半額っていう冒険者向けの運賃プランがあるわよ?」


「へー、そんなのあるんだー」


「まーたぶん、そのまま帰りも再契約の流れになると思うけどね」


 ルーキーの6人は初めて知ることばかりで、先ほどから感心の声ばかり上げている。

 そういえば、クリプトからコンコードに来るときは普通に旅客車両に乗ってしまったが、そのプランで乗れば運賃はだいぶ節約できたはずで、損をした気分になる。


「あはは、ギルドと違って運送業者は結構アコギな商売だからねー」


 冒険者ギルドは、東西カロン地方の魔法的接続と、南方海洋進出という大きな目的をもって西カロン地方に莫大な投資をして冒険者を優遇しているのだが、商人などはその限りではなく、特に中部の独立都市国家群は戦争を継続するために、資金集めに躍起である。そうした都市国家の後ろ盾を持つ商人は、当然ながら必死に金策の為に動き、時にはあくどい商売に手を染めることもあるのだ。


 最近ではギルドを介さない個人間の取引も多くなり、騙されたことをギルドのせいにして苦情を言ってくる輩もいるらしく、平和なカント共和国はともかくクリプトのギルド員は対応に苦慮しているとのことである。


 良い仕事を紹介してもらったそのお礼ではないが、そんな受付嬢の愚痴を暫く我慢して聞かされていた6人は、他のギルド員の助け舟もあってようやく建物の外に出ることができた。


「知らないことをたくさん知ることができて、実に有意義な時間でしたね」


「そうかー?」


 データベースを自称するハカセの感想に他の5人はお互い顔を見合わせて苦笑する。

 おしゃべりなほうではないジミーやメープル、ユウイあたりは、相槌は打つものの、会話は他の3人に任せてずっと黙って話を聞いていただけだったので、ハカセのその感想に同時にため息をついてしまう。


「さて、では――」


「あ、ちょっと待って!肝心なこと聞いてなかったあぁ!」


 気を取り直して、これから物資集積所にいると思われる銀輪隊商警備に会いに行こうとした矢先、先ほどの受付嬢が追いかけてきた。


「あなたたちのパーティー名聞いてなかったわ」


「パーティー名?」


「あれ?その反応、あなたたちってパーティーじゃなかったの?」


 パーティーとは冒険者の集団単位の一つで、長く旅を共にするメンバー同士の集団をパーティーと呼び、同じ目的のために一時的に徒党を組むことをチームと呼んで、その2つを使い分けている。

 クリプトのような大きな街では、単独あるいはコンビで冒険者活動している者も多く、クエストごとに即席のチームが作られることのほうが多かったりするのだ。


 同期の亡命者はずっと行動を共にするパーティーを組んでいることが多いので、このルーキーたちもてっきりそう思っていた受付嬢である。


「あ、一応パーティーは組んでますけど……」


「そういえば、名前なんて付けてなかったなー」


「報告書に全員分の名前を書くのめんどくさいからねー。パーティーなら、そのパーティー名とリーダーの名前だけで済むからさ――というわけで、名前決めちゃって!」


「そ、そんなこと急に言われても……みんな何かある?」


 無茶振りにリーダーのアヤが困り顔で皆の意見を聞いてみる。


「ジミー、何かないの?」


「アンこそ!」


「パーティー名という大事なものは、これから先ずっと使うものだから、皆と議論を重ね時間をかけて導きだすものではないのですか?」


「ええー!そんなに重要なことなのー?」


 ハカセの極端な意見にメープルもびっくりである。


「ねーねー、ギルドのお姉さんはどんなのがいいと思う?」


 ユウイが逆に聞き返す。無茶ぶりにもほどがあるだろう。


「え?えーとねー……と、ちょっと失礼……ふむふむ、なるほど……」


 最初困っていた受付嬢だが、一言ことわりを入れてから目尻をこすり、6人のカルマを見て何か閃いた。


「見事なまでにバラバラなカルマの色ねー、まるで虹みたいね」


「虹?」


「よし!こういうのはどう?虹ノ義勇団」


「虹ノ義勇団?」


 6人は顔を見合わせた。


「悪くないと思います」


 先ほど議論を重ねてどーのこーのと言っていたハカセが真っ先に気に入って推し始める。


「さっきと言ってることちげーだろ!」


 男勝りのアンが乱暴な口調で突っ込みを入れるが、これに臆することなくハカセが真顔で反論する。


「異論があるなら代案を提示してください」


「うっ!じ、ジミーはどうなんだよ!」


「え?オレ?いや、おれは別にこれでいいと思うよ。みんな違ってるのに綺麗に見えるなんて――」


「うんうん!ジミーの言う通りだよー!みんな違ってていいんだよー!」


 カルマ傾向を合わせてパーティーを組んで、早々に攻略組に合流してしまった第7127期の仲間たちに対して多少の反発心も込めて、メープルは珍しく自分の意見として強く主張する。

 いつもみんなの意見に追随するだけのメープルが強く推した時点で、結果はもう決まったようなものだった。


「それじゃーみんな、これでいいわね?」


「異議なーし!」


 一同が声を揃えて賛成する。


「あはは、んじゃ虹ノ義勇団、リーダーはアヤさんで登録しておくわね。亡命者番号は第7127期で姓はカシヤ――と、これでギルドに登録しておくわね」


 適当に言った案が通るとは思っていなかった――とは、口が裂けても言えない受付嬢は思わず苦笑いだったが、気に入ってもらえてホッと胸をなでおろす。


「でも、なんていうか、自分からそう名乗るのってちょっと恥ずかしいよな」


「確かに!じゃー、パーティー名は『天翔ける6ツ星の煌めき』にしよう!」


「あ、やっぱり虹ノ義勇団でお願いします」


 ユウナが代案を出すが、もちろん却下される。


「それじゃー、虹ノ義勇団出発ね!」


「おー!」


 ここに虹ノ義勇団が誕生した。


 まだまだひよっこの集団でしかないこの6人のパーティーは、どこにでもあるありふれたパーティーのうちのひとつでしかない。

 しかし、誰でも最初は無名な存在であり、たくさんの困難を乗り越えた経験が、記録として残り、誰かの記憶に刻まれる。


「(みんなは、がんばってね……)」


 以前クリプトのギルドで働いていた受付嬢は、亡命者の成功率の低さを知っている。その失敗と絶望を目の当たりにし、耐えきれずここカントに異動、いや逃げてきたのだ。

 たくさんの亡命者を送り出してきたギルドの受付嬢は、彼らの未来が決して順風満帆ではないことを知っている。

 だからこそ、彼らの行く末が明るいものであるように、全力で力になりたいと思うわけである。

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