第23話 「土方の錬金術師」

Asylum(アサイラム)ー亡命者たちの黙示録ー


第二十三話 「土方の錬金術師」



 異世界召喚――厳密には違うのだが、それによく似た現象に見舞われてしまい、紆余曲折を経て、見知らぬ土地での有無を言わせず始まった異世界生活も、早いもので4か月を過ぎ、5か月目に差し掛かろうとしていた。

 異世界ということで、オーソドックスな剣と魔法の世界かと思いきや、ほとんど人のいない僻地に召喚してしまい、物語に出てくるような中世ヨーロッパの街並みも、血湧き胸躍るドラゴンとの戦いもない、何にもない世界にぽつんと取り残されてしまった。

 スタート地点を任意に選べるゲームであれば、過疎なサーバーや不人気種族を選んでしまって完全にスタートダッシュを間違えたという状態であり、これが本物のゲームであれば、速攻でやり直しを考慮しなければならない案件である。


 異世界転生というのは、転生という言葉どおり生まれ変わることであり、現世で亡くなった後の物語と定義できる。その際、亡くなった時の状態で転生される場合と、全く別の誰かに乗り移るように転生してしまう場合など、いくつかのバリエーションがある。

 それとは別に異世界召喚というものもあるが、これは本人は生きたまま別の世界に強制的に移動させられてしまうことを言う。

 この2つは似て非なるもので、では、中田 中(あたる)の場合はそのどちらに該当するのかといえば、ギリギリ後者ということになる。ギリギリという前置きが必要になる理由は、本人がそのまま召喚されたわけではなく、別人となってしかも性別まで入れ替わって召喚されてしまったからである。

 非常にややこしい状況で、簡潔にわかりやすく説明するとすれば『やばい!』の一言である。当の本人がこの状況を良くわかっていないのをやばい!以外にどう表現すればいいのだろうか?

 中学二年生くらいの微妙な時期に選ばれた少年少女が患うという中二病という病気に感染していれば、何か気の利いた文字列でこの状況を感動的かつ劇的に他者に伝えることができたのかもしれない。

 しかし、如何せん中二病なる症状が認知されるはるか以前のおっさん世代には、これは荷が重いというものである。


 この状況を単純かつ例えを上げて説明するならば、それは『オープンワールド・サンドボックス・MMORPG』のような世界に召喚されてしまった――ということになる。

 日本語でOKという方のために言い換えるなら、『仮想現実世界の中でルールの遵守を強制されない大規模多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム』ということになる。つまり、人殺しでもなんでもありのゲームということである。


 ロールプレイングゲームという言葉自体は既に広く認知されている言葉で、簡単に言えば『想像上のある役柄を演じるゲーム』という意味になり、役を演じないのであればロールプレイングという単語は省略しておいたほうがいいだろう。

 この世界で自分、中田 中(あたる)は、ミリセントという女性アバターを演じなければならないし、他の参加者も同様に役を演じているので、この世界は文字通りロールプレイングゲームに該当することになる。


 自分が今いる地域とその周辺の名前は確認できたが、圧倒的情報不足で現時点では世界の全容が全く分かっていない。まぁ、それを探すというのがゲームの目的なら別にそれはそれで構わないのだが、そういったことも含めて現状雲をつかむような状況で、なんとも地に足がつかないのは不安でしかない。


 一応、過去に体験した似たシステムを持つゲームにちなんで『アサイラム』と勝手に呼ばせてもらっている。

 この世界はどう考えてもゲーム的な要素が強く、ゲームと切り離して考えることは不可能だ。そしてそれが本当にゲームだとするならば、自分自身であるミリセントというアバターは、かなり特別で強力な力、バランスブレーカー的な存在だと判断できる。

 何でもできるが、それをやってしまえば大きなペナルティーがある――的な、強い抑止力が働いていることは理解できるし、バランスを考えれば当然である。

 所有者の決まっている土地で、地形に干渉するような行動をとれば、たちまち永久犯罪者となって追われる立場になるのは間違いない。

 敢えてそんな悪党を演じるという選択肢もあるが、これは性格的に絶対無理だろう。世界を敵に回して悪役を演じるなど、この小心者のおっさんには不可能だ。だいたいそういうことが平気でできる性格なら、人生はだいぶ変わっていて、今このような状況にはなっていないと断言できる。

 実行可能かということと実際に実行するのとでは天と地の差があり、中田 中(あたる)というおっさんは、リアルに直接影響しないゲームのシナリオ上の善悪の選択肢でさえ、自然に善を選ぶ典型的な偽善者なのである。

 こんなおっさんが、どうして悪人プレーができるというのだろうか?


 なぜ急にこんなことを考え始めたかというと、この世界をゲームとしてとらえた時に、この特別なアバターの強大な力をどう扱えばいいのかと、少し持て余し始めたことである。

 それはとても些細なことかもしれないし、もっと他に考えなければならないことが山積しているようにも思えるのだが、自分が何者か?何をしていけばいいのか?何をしたらダメなのか?何をしたら褒められるのか?そして、最終的に何を目指していけばいいのか?という基本的かつ重要な部分か定まっていないのは非常に居心地が悪い。


 自由度の高いゲームなどでよく陥る問題として、序盤に考え無しに敵味方関係なくいろいろな立場の人の頼みを全部聞いてしまい、収集がつかなくなるという状態になってしまう。

 クエストで赴いた街で新たなクエストが発生し、気づけば未解決のクエストがネズミ算式に増えていき、それらをこなしているうちに、最初に掲げた目標を完全に忘れていきあたりばったりなことをしている。これは典型的な『オープンワールドタイプゲームあるある』であり、このままだと同じ轍を踏む可能性が高い。


 今後、おそらくやるべきこと、やらなくていいことが無作為に訪れることだろう。その際に、何を選択するかという一つの指標がほしいのだ。

 ミリセントというアバターには恐らくバックグランドが存在していたはずだ。しかし、鬼籍本人手帳を紛失してしまったことで、自分を客観的に判断する基準が失われてしまった。

 これまでなんとなく過ごしていた日々もゲームと考えるのなら、一つ一つがイベントでクエストのようなものを気づかずにこなしていたことになる。

 あのゴブリン狩りもクマゴローを助けたことも、全てイベントということになる。そして、クマゴローを助けたことで、動物と仲良くなれるという『クマゴロールート』に偏りはじめ、ピューマや大鷲、そして宇宙人やミュータント、さらに5頭の馬といった人間以外との関りが強化され始めているような印象を覚えるのだ。


 何やら気づかないうちに、人外ルートに進んでいて最終的に飼育員エンドが待っていそうな気がしないでもない。


 はっきり言って、それは望むところである!


 動物は大好きなので動物と一緒に暮らすのは全然OKである。ただ問題があるとすれば、長期間駅を留守にしたときに、彼らがずっと待っていてくれるだろうか?ということである。

 2か月弱の旅から戻った時、クマゴローはクマゴローのままだったが、半年、1年と会わずにいれば、野生に戻ったり近くのハンターに懐いてオーナーが代わってしまうかもしれない。


 それは嫌だ!断固拒否である!


 長期間留守にするとしても3か月以内にしておくのがいいだろう。


「とりあえず、今やらなければならないのは……」


 今は、白馬運輸商会のサダール・サガのおじさんから頼まれている、王家の偽装馬車と思われる壊れた馬車の復元というクエストを達成させなければならない。

 あとは、自分で決めた目標みたいなものだが、荒れ地の改良とそれに伴って、上下水道工事もやるつもりである。


 日課のミリセント苛めと水飲みを終えた馬たちの様子を遠くに見つつ、クマゴローをモフりながら今後のことを考える。


 動物ルート、土木作業員ルート、冒険者ルート、宇宙人ルート、行ったきり戻ってこない西方遠征ルートと、選択肢は複数存在する。必ずしもどれか一つを選ばなければならないわけではないだろうし、全てを選んでもいいだろう。

 クマゴローとははなれたくないので、この駅を基点に3か月で行って帰ってこれる範囲で各ルートを攻略していくのがいいだろう。


「だんだん、ゲームらしく考えられるようになってきたな……」


 今までほとんど行き当たりばったりだったが、ここから先は駅を中心に計画的に行動するように努めなければならない。これまでのお気楽生活とはおさらばして頭を切り替える必要がある。


「ゲームなら、まず職業だな……うーん、私は一体何なんだろう?」


 動物とたわむれる人?穴を掘るのが得意な人?足場を作るのが上手い人?資源を回収する人?

 一応構造を解析したり物を作ったりもできるが、総合的に見れば土木作業の比重が大きいだろうか?そうなると職業は土木技師、シビルエンジニアになる。

 廃品回収業者を意味するスカベンジャーも捨てがたい。

 調教師というのは何か違う気がするし、どっちかといえば飼育員の方が近いだろう。


「ただ、この能力は具体的にどんな職種用のスキルなんだろう?」


 職業(ジョブ)があって、技能(スキル)があるのが一般的なゲームだろうが、これまで使いこなしてきたミリセントのスキルをして、そのジョブは何かと問われると答えに窮してしまう。


 おさらいしてみよう。


 〇調査解析(スキャン)

 〇広域調査(センサー)

 〇自動広域調査(モーションセンサー)

 〇分解収集(コレクト)

 〇構造解析(アナライズ)

 〇設計図抽出(レシピ)

 〇再構成(リビルド)

 〇修理(リペア)

 〇修復(リフレッシュ)

 〇改良・改修(カスタマイズ)

 〇配置(セッティング)


 これらの能力(スキル)自体は、ヴァイセント・ヴィールダーの残した古文書で、既にネタバレはされているが、ここに動物関係のスキルは全くない。

 今のところ動物と仲良くなれているが、これらのスキルは、ご先祖様から受け継いだ能力とは完全に無関係のようだ。

 動物関係の職業と言えば『獣使い』『ビーストテイマー』で、もし自分がこの職業であるなら、それ関係のスキルが身についているはずである。

 個人的には、アサイラム時代の職業であるテイマーがいいのだが、どうも使用できるスキルから、自分はテイマー系ではないことは間違いないだろう。


「職質されたら、何て答えればいいんだろう?ご先祖様は、自分をどう名乗っていたのかな……」


 得体のしれない技を使うという意味で錬金術師という便利な職業があるが、カーズが教えてくれたように、既に錬金術師という職業は存在している。

 頭になんとかとつけて『〇〇の錬金術師』と名乗るのが一番しっくりきそうである。では、〇〇の中に何と入れればいいだろうか?


「土木作業……土方?土方の錬金術師……かな?」


 読み方は『ひじかた』ではなく土木作業員を示す『どかた』である。


「ふむふむ!土方の錬金術師!いいかも!」


 語呂が良く、声に出した時に思いのほか響きが良かったので、すぐに気に入ってしまった。


 名前:ミリセント

 性別:女性

 年齢:12~14歳?

 職業:土方の錬金術師(土木作業員)

 特技:穴掘り・足場作り

 特徴:永久犯罪者の先祖の無期刑期を引き継ぐ

    史上最低のカルマ持ち

    見るに堪えない穢れたカルマオーラ

    疲れ知らずの野生児


 消してしまった鬼籍本人手帳に記載するならこんな感じになるだろうから、職務質問された時は、このように答えればいいだろう。


「これでよし!と……」


 溜まった宿題を終わらせたような解放感でスッキリとする。やはり、何かを始めるにしても体裁を整えておくのは重要である。

 これから先、西カロン地方に行く用事もできるかもしれない。そしてそこは言うなれば外国であり、当然入国の手続きもあるだろう。この世界はゲームみたいなものだが、他のゲームのように誰でも自由に国や街を行き来できる保証はないのだ。

 少し考え過ぎかもしれないが、頭の固い古い考え方のおっさんとしては、自分が何者かという肩書は、地に足をつけて生活する上でとても重要だと思うわけである。


「よし!せっかく土木作業員になったことだし、さっそく工事を始めるか……」


 飼育員ではなく土木作業員、つまり土方というのがミリセントのジョブである。であるならば、土方らしく土木作業に従事すべきである。

 無人となった駅はもう自分の所有物となり、好きにしてかまわない。そして、土木作業員としてのスキルを身に着けている。この2つが揃えば、やることはただ一つしかない。


 ただし、そうなってくると一つ深刻な問題に直面していることに気づく。


「資源が足りない!圧倒的に鉄が足りない!」


 建築要素のあるゲームで、建築に凝ってしまうと必ずといっていいほど資材不足に陥り、それらを収集するために時間と手間がかかってしまうものである。今が正にそれだった。


 資源の有無はひとまず置いておくとして、水を掘り当てた段階で思いついた水道事業の大まかな概要は、まず、先日掘った井戸の水を駅まで引き、その水で動物たちのための池のような水場を作る――というものである。もちろん土壌改良もやるつもりだ。

 水を引くにあたっては、地面に溝を掘って水路を作る方法も考えたが、森丘に住む動物が落ちて流されたり、落ち葉やそのたゴミが流されて途中で詰るかもしれない。飲料水として利用することも考えると、これでは非衛生的で使えない。

 衛生的に水を運ぶことを考えれば、水道管を敷いて外気に触れない給水方法をとるしかないし、その材質はやはり長持ちする鉄製、或いはスパルチウム製にしたほうが絶対に良いだろう。


 水源の上に貯水タンクを作って、一旦そこでお湯を冷まし、駅までの全長約2キロメートル、山頂からの落差50メートルの水道管を敷設して一気に水を流すというのが、今頭の中で描いている上水道事業計画である。

 高さ50メートルは、だいたい17階前後ほどのビルの高さと同じであり、それくらいのマンションと同等の水圧を得られるだろう。つまり、ポンプで水を汲みあげるといった近代的な設備がなくても、蛇口をひねれば水が出る現代と同じ重力給水方式の上水道を構築することが可能なのだ。


 これでいつでもきれいな水にありつけて、クマゴローも喜ぶし、お馬さんたちもご機嫌になって馬糞を量産してくれるに違いない。

 さらに、温水用の水道管を別途水源から直接引けば、お風呂も頂くことができ一石二鳥である。夢が広がるというものである。


「それにしても、まさかホントに水が出るとはなー」


 最初はただ土壌改良のための水が欲しかったというだけの理由で、地面のボーリング調査をしてみたのだが、そこで思いがけず大量の水ならぬお湯が湧き出してしまった。

 お湯と言っても火山性の温泉ではないようで、岩盤の下で圧縮された地熱による非火山性温泉なのだろう。

 お湯は冷ませば水になるし、有毒な成分もない。むしろミネラル豊富で『エグザールの美味しい水』として売りに出せば一儲けできそうなとても上質な水である。


「水を出すのは簡単なんだけど……どこに排水するかだよなー」


 もう一つ重大な問題があった。

 排水を考えず湧き出るままに放置していたら、盆地にある駅周辺は丸ごと大きな湖の底に消えてしまうことになる。大地はカラカラに枯れているので、ある程度は吸収してくれるだろうが、上水道をちゃんと作っておきながら、下水は垂れ流しというのは土方の錬金術師としてクールではない。

 ここは下水道も完備してこその水道事業であり、それを実行するのが土方の本懐なのである。


「とりあえず、今は元栓は止めてるけど……さて、困ったな」


 今は湯元の穴を塞いで湧水を防いでいるが、栓を抜けば10メートル以上の水柱を上げるほどの大量のお湯が湧き出してしまう。

 自分に温泉に入る趣味でもあれば、この地を温泉地とする!と宣言して、嬉々として温泉宿でも作ってしまうだろう。しかし、昔から烏の行水で、温泉に対する特別な思いは全くと言っていいほどなかったりするのだ。


「土壌改良といっても、別に農家がしたいわけでもないしなー」


 馬糞をゲットしたことがきっかけで土壌改良を思いつき、その流れで水が必要だということになり、水道事業を始めようとしたわけだが、この土壌改良も別に農業がしたいからというわけではなく、草すらあまり生えないこの乾いた土地を『普通の土地』にしたいだけだった。

 強いて言うなら何も手入れしなくても勝手に実がなる柿とかそういった果物のなる果樹があればいいかな?と思う程度である。

 正直なところ、手のかからない水田稲作はともかく、人手のかかる畑作などまっぴらごめんである。

 これからもちょくちょく旅に出て長期間留守にする予定なので、とにかく手のかかる畑はNGである。

 そもそも現状食うに困っていないので食料増産のための農業などする意味がまったくない。ハンターたちが畑の面倒を見るというのならやぶさかではないが、現状で農業をするメリットがまったくないのだ。それなら、花でも植えて目の保養をしたほうがはるかにマシというものである。


「えーと、水の流れをどんな風にすればいいかな」


 ピタゴラスイッチではないが、一度発動したギミックが途中で途切れることなく連続して動作するのが好ましく、流した水がどこかにちゃんと流れて、どこかにきちんと消えて溢れないようにしなければならない。


「水道管は埋没させないほうがいいな……風車を壊して水車にしてしまおうか……高所貯水タンクはどこに作るかな……あっそうだ!広いプールのような池を作って魚を飼うのはどうかな?家に池があるのって子供の頃は憧れてたよなー」


 いろいろと妄想が膨らんでくる。いや、どれも実現可能なのでこれは妄想ではない。

 駅のある場所は緩やかなすり鉢状の盆地の中央なので、排水するなら地面を削るなどして排水用の水路を作らなければならないだろう。そして、その排水した水が最終的にどこに行くのかも重要な問題である。


「そうだな……大断崖の方に流しちゃおうか?向こうも土地は枯れてるし……」


 排水と考えるから戸惑うのだ。これを枯れた西の大地を潤す壮大な用水路と考えれば何も悩むことはないのではないか?それにあそこなら垂れ流しても問題ないだろう。


「そうと決まれば!」


 丘森の頂上に受水槽を作りお湯を溜めて冷ます。

 駅側にも高所給水タンクを一つ作っておき、その2つの水槽を一本の給水管で繋ぐ。

 かなりの水圧があるので、重力を使わなくても給水は十分可能で高所にタンクを置かなくても良いのだが、馬に蹴られて破壊されかねないので、重要施設は高所に配置しておいたほうがいいだろう。

 駅に設置したタンクからあふれた水をプールのような広い池に流し、ここを馬やクマゴローが利用する。この池は池というより川のような役目を果たし、その川を経由して下水に水が落ちるという仕組みにする。この場合滝のように水を地下に落下させるのではなく、ゆるやかな坂道を下って地下に流れていくというのがいいだろう。

 下水道は地面を削って地上を這わせるのではなく、完全に地下に流す。下水となるトンネルもただの洞穴ではなく、人が歩ける地下ダンジョンのような構造にする。

 名目上は下水だが、現状で大量の汚物が流れる状況にはならないので、これは実質的に用水路ということになる。


「ふむふむ」


 測量に使える六分儀の形をしたアーティファクトと、それに連動した自身のスキルを使い、脳内に展開した周辺の地図に、妄想の中にあるそれら上下水道の施設を都市経営シミュレーションのように仮配置していく。

 通常、スキルは手の届く範囲でしか使用できないが、六分儀を使うと広域にわたってスキル効果範囲が拡張されることが、土地改良計画を発案した当初に判明した。

 これによって、大規模な土木工事を移動せずその場で行えるようになったわけである。


「とりあえず仮配置してみたけど、水道管の資源がやっぱり足りないな……」


 岩石をブロック状に形成して、それを積んだり敷いたりすればダンジョンのような人が歩ける下水道を構築できる。

 そうした施設は、匠の技で一つ一つ丁寧に手作りする必要はない。ほんの一部の区画を作ってしまえば、あとはコピーペーストの要領で資源の許す限り無限に拡張できる。

 下水道を敷く距離は500キロメートル以上と長大だが、真っすぐ一本道なので、いざ作業を開始すれば1秒で全て完成させることができる。

 材料となる岩石は西に行けば腐るほど採取できるし、地下用水路については問題は全てクリアになった。


 問題は水道管と貯水タンクの資材である。

 今のところ鉄を大量に採取できる目処が全くない。廃品回収で得られる鉄の量などたかが知れているので、大量の鉄を得るには鉄鉱石の取れる鉱山でも探さなければならない。

 既存の鉱山から盗むという手もあるが、それだと犯罪になってカルマを穢して永久犯罪者にもなりかねないのでNGである。


 鉄鉱石はもともと海の中にある鉄分が酸化してできたもので、かつて海だった場所が隆起し、長い時間をかけて浸食を受けて地表近くに露出して、ようやく人の手で掘れるようになった地下鉱物資源である。

 と、これは現世の話なので、この世界でその理が通用するか疑問である。

 恐らく学術的な根拠もなく地下資源を産出する鉱山は適当に分布しているだろう。この世界であれば、もしかしたらダイヤモンドとルビーが同じ鉱山から出るかもしれない。


 このエグザール地方は利用価値無しとしてピュオ・プラーハから事実上切り離されている。これはつまりこの地に有望な地下資源が見つからなかったということを意味しているだろうし、つまりこの地域で大量に鉄を確保することは不可能だということが理解できる。


「鉄はオワコン!やっぱ、これからの時代スパルチウム一択だよなー」


 宇宙人との邂逅で獲得した軽くて丈夫な金属スパルチウムなら、100人どころか1000人乗っても壊れそうにない構造物を作ることが可能である。しかし、現状確保できている量では明らかに足りない。せいぜい貯水タンク1個つくるのが精いっぱいであり、もう1つのタンクと全長2キロメートルの水道管分のスパルチウムを得るには、ミニオンをあと200体は倒さなければならないだろう。

 スパルチウムに関しては、どれだけあっても困ることはない夢の資材だ。


「相棒、元気にやってるかなー」


 互いに死闘を演じて友達になった相棒のスパルタンを思い出し少し寂しくなってしまう。そういえば正式な名前を教えられていなかった。どうも彼らには固有の名前があるのか疑問だ。今度会ったら適当に名前を付けてやろう。


「名前といえば、あのお馬さまたちにも名前があったほうがいいかな?」


 外見はほとんど同じように見えて微妙に違うし、性格に至っては全員超攻撃的なドSだが、責め方にそれぞれに特徴があって面白い。

 そして、そうした馬の攻撃パターンから勝手に名前を付けて、心の中で呼んでいたりする。


 常に先陣を切って前に出てきては、リンゴでもかじるように頭に噛みついてくるのが『イキリ噛み太郎』である。

 その『イキリ噛み太郎』の噛みつきの後に、決まって前脚で小突いてうつ伏せにコケた背中を容赦なく踏みつけてくる脚癖の悪い馬が『ダッ踏んダー』で、そのまま体重をかけられたら、口から内臓が飛び出すのは必至である。どの馬も一応手加減はしているようなのだが、それでもこの小さな少女の身体には酷である。

 そして、その『ダッ踏んダー』に踏まれて動けずジタバタしているところにやってきて、襟首をくわえて無理やり上に放り投げる乱暴な馬が『エリック上田』である。こいつは直接身体を噛まないかわりに服を噛む癖がある。

 放り投げられた後は『暴れん坊ロデオ』が、背中でキャッチしてくれるわけだが、その後思い切り暴れて文字通りロデオマシーンと化する。振り落とすなら、最初からキャッチしなければいいと思うのだが、こいつらはとにかく力が有り余っているようで、常に暴れる理由を探しているのだ。

 そして、10秒と持たず振り落とされて地面に落ちるわけだが、その場所に『置きうんこ』をしかけてくるのが、5頭の中で一番性格が悪い『うん小太郎』である。こいつはとんでもないヤツで、人を馬糞まみれにしようと常に画策している策士である。


 この一連のコンボがすっかり日課となって定着してしまったわけだが、最後に『うん小太郎』から必ず馬糞をゲットできるので、大変でも我慢しているところである。


「さてと……」


 手探りだった異世界生活もようやく明確な目標ができて、これからの具体的なスケジュールが固まってきた。


「チュートリアルもこれで終了かな?」


 死神から依頼された任務は完了したが、これを報告するつもりは今のところない。と、いうよりも現状、報告のしようがないので、出来る限り長くこの世界に居座るために、現状維持を貫いて長生きしようと思っている。


 クマゴローとのんびり暮らすのも悪くないが、こんな面白いおもちゃを手に入れて楽しまないのはゲーマー失格である。

 ここからが、本当のゲームのスタートである。

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