第22話 「魂の居場所」
第二十二話 「魂の居場所」
平 伴達磨(たいらのばんだるま)主催の第3回アサイラム対策会議は、大食漢の彼らしいバイキング形式の食べ放題のお店で盛大に開催された。
この会議においては特に大きな決定事項はなく、36名の子供たちが予定通りにアサイラム入りしたことを確認し、彼らに早めにツバをつけることを決めただけで、あとはほとんど飲み食いで終わる。
その10日後の第4回目のアサイラム対策会議は、源 菖蒲丸(みなもとのあやめまる)主催で、行きつけの居酒屋で開催された。
ここでは、医事を司る菖蒲丸が兼ねてより調査していた植物状態にある人間の魂の、アサイラムとの関連についての中間報告が行われた。
藤原壇重朗(ふじわらのだんじゅうろう)が見つけて確保し、元メインアバターとコンビを組ませていたレアアバターの身元についてほぼ断定することができたという報告が今回の主な議題となる。
「アクィラ・フォレスロッタ、人間としての名前は鷹森 晶(たかもりあきら)。24歳女性。植物状態になったのが23歳ですでに1年経過しているわね」
「中田 中(あたる)とのタイムラグは?」
「この年齢は、彼がアサイラム入りした大晦日を基準にしてるわ。これからは、この時間を基準に話をすすめるわね」
橘 頼蔵(たちばならいぞう)の質問に答える菖蒲丸。時代の最先端にいる頼蔵と他の死神との人間界における時間には常にズレが生じている。そもそも冥界と人間界の時間の流れが全く違い、この会議の5人のメンバーは比較的同時代内にいるが、時代に取り残された一部の死神は、未だ数百年前にいたりするのだ。
「時間の単位はその大晦日に合わせたほうが今後も話はしやすそうだな」
安倍浄妙(あべのじょうみょう)の提案に一同賛成して、以後その通りにすることが決まる。
「どんな経緯で確証が持てた?」
「まず、性別と年齢ね。子供たちのように能力パラメーターで体型が変化しなかったという壇の情報から、彼女は子供ではなく見た目通りの年齢だと推測できるし、そこから各病院で該当者をピックアップして、体格や容姿、さらに経歴を調べて、おそらく間違いないだろうと……」
浄妙の簡潔な問いに詳細に答える菖蒲丸。
この段階ではまだ確定ではないので、アクィラを知る壇から聞き取りをはじめようとするが、いつものように話が逸れ始める。
「植物人間なんてそういないだろうしね。たぶん間違いないんじゃないかな?」
「アバターの名前に元の名前の痕跡があるしな」
「名前が北のプラーハ系だな」
「なんか有能な野良アバターって北に多いよね」
「そうなの?」
「気のせいじゃないのか?」
「いや、間違いないってば!」
皆が口々に意見を言うが、浄妙と菖蒲丸はアサイラム初心者なのでその辺の事情がわからない。
そんな顔をしていると、頼んでもいないのに嬉々として説明を始める男3人。
「亡命者の街クリプトのある冒険者ギルド連合本部が南のカント寄りの組織で、北のピュオ・プラーハは王国アカデミーを要して、冒険者ギルトに似た独自の組織がある」
「ピュオ・プラーハ――めんどくさいからプラーハって呼ぶけど、あそこは軍部が複数の派閥に分かれて、その下部組織、つまり軍人の育成学校が王国アカデミーってわけで、そうした学生が冒険者的な仕事をしているんだよ」
「国民総兵力だからプラーハには冒険者ギルドは必要ないってわけだな」
頼蔵、壇、伴が順番にオタク特有の早口で説明する。
「逆にカントは独自の組織はなく冒険者ギルドにそのまま乗っかっている――と?」
「そういうこと。さらにつけ足すと、中立勢力も基本的に冒険者ギルド連合に加盟してるよ」
「基本的というと違うところも?」
「違うというか両方に加盟している感じかな?中立勢力の中にはプラーハと同盟関係にあるところも多少あるから、そういうところは両方に加盟しているんだよね」
「アカデミーとギルドは対立関係とかになってないの?」
「対立というか、冒険者ギルド連合のほうがはるかに大きな組織で、西カロン地方全域をカバーしてるんだけど、プラーハ内に関してはギルドの業務を丸ごとアカデミーに委託しているような感じかな」
「基本な冒険者システムは全域で同じなのね」
「そうだね」
「なぜギルドは西カロン地方にこんな投資を?」
「ギルドの目的は、活動エリアを広げるためだろうと思うんだけど、西カロン地方を経由して海に出たがっているようなんだ」
「海?カロン海河があるんじゃない?」
わざわざこちらにこなくても直接海に出れるのではという、初心者らしい疑問をぶつける菖蒲丸。
「チッチッチ!分かってないなー菖蒲ちゃん!あそこは海というより大きな川で、南から北に濁流のような潮の流れがあって、船で渡れないし、北に流されるから南海にも進出できないんだ」
壇の言う東カロン地方の情報に関しては、冒険者ギルドは最小限のことしか公表していないので、どうしても予測が含まれてしまうが、現状を鑑みると間違ったことは言っていないだろう。
今現在の東西のカロン地方とその周辺の状況は、西からエグザール地方、プリズンウォールマウンテン、西カロン地方、カロン海河、東カロン地方と大雑把にいうとこのように並んでいる。
西カロン地方はかつてその全土を治めていたプラーハ王国を前身にもつ『ピュオ・プラーハ』を北に、南はそのプラーハ王国から分離した『カント共和国』の2つの大国が存在し、中央部には独立都市が乱立している。
中央部東の沿岸にある『亡命者の街クリプト』もその独立都市のひとつで、湾岸要塞から発展した巨大な都市である。
ここには東西を地下で結ぶ巨大な地下トンネルの入り口が存在し、『攻略組』と呼ばれる『東カロン地方遠征ギルド連合』、略して『東征連合』がダンジョン攻略の拠点としている。
この海底トンネルは非常に危険で、海河中央にそびえる『竜の巣』と呼ばれる巨大な筒状の塔とトンネルが煙突のように繋がっており、海底トンネルとはつまり竜の住処というわけであり、これが東西のカロンを繋ぐ障壁となっているわけである。
竜によって空も地下も支配されているため、対岸が見える程度に近いにもかかわらず、東西のカロンの行き来は事実上不可能となっているのだ。
そんな危険な場所からなんとかたどりついた少数のエルフが、このクリプトに冒険者ギルドの西カロン支部を作り今に至っている。
そして、このエルフらが西カロン地方に東の魔法技術を伝え、今現在の魔法インフラが構築されたというわけである。
西カロン地方中央部に位置する独立都市群は、内乱の混乱に乗じてプラーハ王国から分離独立した貴族を母体にした都市国家群で、不透明な国境線を巡って対立が絶えない。全体的に治安が悪く、ピュオ・プラーハとカント共和国は、それら独立都市とは直接の国交を持たず、両大国の交易はクリプトを経由して行われている。
北部一帯を治めているピュオ・プラーハは、隣接する独立都市群と戦争状態にあり、戦時体制の軍事国家を形成している。
北部には凍土が広がっており、エグザール地方も含め、広大な国土を保有している割に、その7割は未開の土地である。
戦時体制下で入国の制限が厳しく、中立地帯との国境は一部の同盟都市以外、事実上封鎖されている。入国する際は、一旦カント共和国に入り、クリプトを経由することになる。
錬金術が盛んで、古式錬金術と化学錬金術の二系統が存在し、それぞれに養成学校が存在する。また、錬金術だけではなく、兵士や騎士、魔法使いといった軍事方面や商業関連にも同様の学校が存在し、子供のころから国士を養成する王国アカデミー制度が国の運営に大きな影響を与えている。
ピュオ・プラーハでは王国アカデミーの生徒が冒険者の役割を果たし、各地の問題を解決するために派遣され、それが学校の成績にダイレクトに影響する。優秀な成績を収めて卒業した者は、所属組織においてそれに見合った地位が当然与えられる。
各学校の校長が議員となって国家の運営に携わり、優秀な人材をより多く輩出した学校長に大きな発言権が与えられるため、各学校は後進の育成にしのぎを削っているという状態で、これがピュオ・プラーハの軍事的経済的強さの秘密である。
首都『ブルノー』は中央やや南にあり、各主要都市へのアクセスが良く、精鋭が常に周辺の中立都市に対し目を光らせている。
かつてプラーハ王国に対し反旗を翻した『ヴァスカヴィル領』が、クリプトの西の中立地帯の中に、プラーハ領としてポツンと飛び地のように取り残されている。
ヴァスカヴィル帝国の財源ともなっていた『ガスビン鉱山』及び鉱山都市は、100年以上前に突如謎の事故で大勢が行方不明になり閉鎖になっている。
かつて奴隷として強制労働させられていた『ケーブ・コボルト』が今は坑道を支配しており、廃墟となった市街地にはゴブリンが住み着き、この2つの種族は犬猿の仲のためガスビンの支配権を巡って常に縄張り争いをしている状態である。
クリプトや他の独立都市とも隣接している地理条件から、ガスビン鉱山都市は冒険者たちの格好の狩場になっているのだ。
カント共和国は西カロン地方の南部に位置し、首都『グラーツ』は海に面した首都機能だけを凝縮させたような比較的小さな都市である。
元々この地方にあったプラーハ王国に属する地方貴族を母体にした小国の集まりで、ピュオ・プラーハとは同盟関係にある。
山がちな北部に比べ平坦な南部には穀倉地帯が広がっており、カロン共和国は西カロン地方の食糧庫の役割を担っている。
最近、中央の独立勢力の浸透を防ぎきれずじわじわと領地が侵食されており、カント共和国の影響力が薄れた地域にはゴブリンが闊歩し始めている。そのため南西部の端に位置するカント要塞とのアクセスが一部不安定になっており、物資や人員の輸送には護衛が必要になってしまっている。
そして西カロン地方唯一の港『アリアド港湾都市』がカント要塞と首都グラーツの間に位置し、大量の穀物を南方の島国に輸出している。ちなみにこの港は西カロン地方の住人が開いた港ではなく、遭難してこの地に漂着した南方の商人たちが自力で開いた比較的新しい港である。
これはつまり、南方に見知らぬ土地や人がいるということであり、この事実が東カロン地方の冒険者ギルドに伝わり、冒険者ギルドは最終的にこの港を利用して冒険者を外洋に送り出し、勢力の拡大を目論んでいるというわけである。
さらにこの商人たちは、首都グラーツの南部に位置する『キシリア半島』の南端に銀山があることを発見した。しかし、半島を形成する山が険しく陸の孤島になって容易に近づけず、アリアド港から陸伝いに小型の船で半島の南端に近づき、そこに小さな港を建設し採れた銀をアリアド港に運んで流通させた。
今は銀はほぼ掘り尽くされてしまい銀山の役目をはたしていないが、船でしか行き来できない地形を利用して現在はカント共和国の刑務所になっている。
東カロン地方の情報はほとんど開示されていないが、人間種がほぼ100%の西カロン地方とは違い、東カロン地方は面積も広く、たくさんの種族や国、そして魔物が生息しているとのことである。
北部は人間やエルフ、ドワーフなどの人型の種族を中心とした都市国家が乱立し、それ以外の南部はオークを中心とした亜人族が支配するオーク帝国と、大きくわけて2つの勢力に分かれているらしい。
東西のカロン地方の間を南北に貫いて流れるカロン海河は、南部ほど河口部が広く潮の流れが遅い。
東カロン地方南部のオーク帝国は北部の人間勢力の領土に対して、潮の流れを利用して海側から船で侵攻しているらしく、そうした作戦の中で遭難した船が時々西カロン地方の海岸に漂着する。最近そうした事例が多く、オーク帝国は西カロン地方にも目をつけているのではないかという疑惑が発生し、カント共和国では沿岸警備に人員を割かなければならない状況になってしまった。その為、領土の西側の警備が手薄になり、他の勢力の浸透を許してしまっている状況である。
亡命者の街クリプトはピュオ・プラーハとカント共和国の中間の沿岸部に位置し、オークの侵攻を警戒した東出身のエルフたちによって護岸のため海側を高い城壁にした城塞都市に改修した独立都市である。
地理的に東カロン地方からの漂着物が大量に打ち上がる場所で、特にオーク帝国の物資が大量に流れ着く。
この地に流れてきた冒険者ギルドのエルフたちは、地方貴族の治める小都市を莫大な資金力で買収し、高賃金で周辺国から大量の人員を集めて短時間に発展した経緯を持つ。
治安維持活動に際して圧倒的な力を発揮する『衛兵』という職業を冒険者ギルドシステムとセットで各都市に輸出し、東カロン地方のシステムをそのまま短時間で西カロン全域に浸透させた。
現在当たり前に存在する魔法インフラは東西のカロンで共通だが、竜の巣によって物理的にも魔法的にも分断されている状態であり、ギルドは一刻もはやい両カロン地方の魔法的接続を目指している。
この魔法的接続が達成できれば、テレポートや転送の魔法で人的物的な流通が一気に加速するだろう。
「えーと、何の話してたんだっけ?」
オタク3人に世界の現状について早口でレクチャーされる菖蒲丸は、話に聞き入ってしまい、当初の目的を忘れてしまう。
「あーごめんごめん!あのレアアバターのことだったよね」
レアアバターとはアクィラ・フォレスロッタのことである。
壇のメインアバターだった栗林の指揮能力を生かすための固定砲台として、遠くに矢を放つ能力だけに特化させてしまったアバターである。
壇はアサイラムが正式に開始する以前は、対人戦闘、つまり戦争をメインに活動していた。指揮能力の高い栗林の観測射撃指示スキルを使い、索敵能力や隠蔽見破り能力の効果範囲外から狙撃するという戦術を開発し、これに対応できない敵側は一方的にやられるという展開が長期間続き、壇は一時期文字通り無双状態にあった。
この観測射撃指示は通常城壁などの拠点に配置した弓兵や防御兵器を統率するスキルで、これを野戦に利用したわけなのだが、野砲となるアバターは完全にそれに特化したスキル構成にしなければならず、そうなるとそれ以外の運用が難しくなってしまう。
この問題をMMORPGなどのゲームで例えるなら、さまざまなクエストで、いろいろな場所で冒険をするといった遊び方が一切できなくなり、同じ場所でずっと見えない敵に対し、指揮官の指示通りに弓を撃つだけの単純な作業を延々と繰り返すことになる。しかも、手柄は射手ではなくほとんど指揮官に入るため、普通に考えてこんな仕事を引き受ける者はいないはずだった。
「その子は、新規隊員を募集していた時に応募してきた子でね。特に希望職種もなく、それどころか、ボクたちが戦争ギルドともしらずにたまたま募集していたところに遭遇してそのまま応募してきたっていう、わけのわからない子だったんだ」
「それまで無職だったのか?しっかし、よくそんなアバター見つけられたものだな」
「彼女は『慧眼』の天賦持ちでね。ボクの元メインアバター栗林さんが凄い人だということを見抜いて、彼についていこうと決めたみたいなんだ。ようするに、見つけたんじゃなく、向こうから勝手に近づいてきたのさ」
「ふん!運のいいヤツだ……って、栗林はもう死んでるんだったな、ざまぁ!」
「ホント惜しい人を亡くしたよ」
亡くなったといってもアサイラムの世界から退場しただけで、眷属としては健在である。
「他にも特徴的な才能があった?性格とかはどう?」
弓道経験者の晶とアクィラに共通点は認められるが、あともう少し確定情報が欲しいところである。
「そうだなー……自発的に動くタイプじゃなく、度が過ぎるほど従順ってかんじかな。仲間想いというよりも仲間の為なら死をいとわない的なちょっと極端な考え方かも」
「なるほど……」
「護衛につかせた補給部隊が襲撃に遭って、指揮官が逃走したにもかかわらず持ち場を離れず防戦して、援軍到着まで持ちこたえたことがあったんだ」
「弓兵だろ?しかもたった1人でそんなことありえるのか?」
「彼女は長距離射撃用の剛弓スキルの反動を抑制させるために重装備で身体を身動きができないほど重くしてたんだよね」
「なるほど、重装備でなんとか持ちこたえられたのか」
「その戦いで『不動』の固有スキルを獲得して、無反動で剛弓が撃てるようになったんだよ」
「それが固定砲台の異名の所以というわけか」
「どう?菖蒲ちゃん。参考になった?」
「ええ、恐らく確定ね」
「よかった!でも、そうなるとその晶って子がどんな生い立ちなのか少し気になるかな」
アクィラ・フォレスロッタ、前世の名前は鷹森 晶(たかもり あきら)
祖父母も両親も親戚も教師という教師一族の生まれ。
一つ上の年子の姉(誠・まこと)は小さい時から才女と評判で、晶は自慢の姉と敬愛していた。当の晶本人は全く勉強ができなかったかわりに運動は大の得意で、運動音痴の家系の中で唯一体育会系として育った。
運動方面で好成績を収めても試験の成績を重視する家族親戚からは認められず肩身が狭かったが、本人はそれを受け入れ開き直っていた。
相変わらず運動方面で活躍する晶とは対照的に、姉の誠は成績が伸び悩み始める。これは誠自身の能力の限界だったが、それを認めたくない本人とその事実を認めない家族は、その責任を勉強を放棄して運動方面に脳天気に打ち込む妹晶に転嫁するようになった。
そんな家族の想いを察した晶は、大学受験を控えた姉の視界に入らないように実家を出て、寮生活の出来る高校に入学し、そこで弓道を始める。
その後晶はスポーツ特待生で大学に進学、一方姉は滑り止めの大学にかろうじて合格していたが、本命の有名大学に合格するために浪人していた。
姉の自殺の報を聞いたのが、大学を卒業して社会人2年目の時。姉は結局本命の大学に合格することが出来なかった。
姉が辛い時に何もしてあげられなかった晶は落ち込んで、自分を責めるようになった。家族も自分たちの責任を棚に上げ、姉の死を晶に責任転嫁した。
姉を失った喪失感と家族との疎外感、自責の念にかられた孤独な晶は自殺をはかるが失敗し一命をとりとめてしまう。
世間体を重視する家族は2人の子供が自殺するという不名誉を払拭したい一心で彼女の延命治療を行い、晶は植物状態のまま心臓だけが動き続けている。
「――と、まー、こんな感じね」
「人間ってのはつくづく愚かだな」
頼蔵が鼻で嗤う。
「弓道をやっていたのと――」
「不当な扱いに反発せず家庭の事情に合わせる性格を見ると、確定とみて間違いなさそうだな」
菖蒲丸の言葉に続いて浄妙が続けるが、その様子はまるで事件を解決する探偵のようである。
「ガキどものようにキャラメイクはせず、前世のまま記憶だけ書き換えられてるのか?」
「おそらく……」
アサイラムが閉ざされる以前、いろいろなものが流入していた時代においても、『親より先に亡くなった子供』が主人公という基本的な軸は変わりはなく、彼らはゲームの様に様々な設問に答えて新たな世界の自分を、自分自身で作り上げていく。
もちろん、そこで本来の自分とは違う自分になりたいという願望があって、実際にそうする子供たちもいただろうが、そのほとんどは落伍者となる。
アクィラの様な成人女性の場合、精神的にも肉体的にもある程度成熟しているので、子供たちのようにこの世界で成長し挫折するというストーリーは課せられておらず、自身の裁量だけで生きていくことになる。
彼女の場合、『慧眼』という物事の本質や裏面を見抜く、すぐれた眼力が備わっていたため、栗林という英雄を見抜き、元々備わっていた従順な性質によって彼に従う道を選んだのだろうと思われる。
恐らくアクィラの前世である晶も、そういった眼力を持っており、それがかえってあきらめの心を生んでしまったのだろう。なぜなら、慧眼によって人を審美する目はあっても、自身の生まれや家族を選べることはできないのだから……
もし彼女に慧眼が無ければ、姉や家族の事情を考えず自分勝手に人生を選べたかもしれない。
「運がなかったよね~」
路頭に迷わせた張本人の壇が、他人事のようにアクィラの前世と来世の不運を嘆いてみせる。
「前世はともかくアサイラムでの人生はまだわからないでしょう?」
一応フォローを入れる菖蒲丸。
「いやいや、あのステ振りじゃーもう詰んでるって」
「ステの振り直しは、ガキどもと俺らのエージェントくらいしかできないだろうしな」
亡命者である間は、金さえ払えばステータスやスキルを振りなおすことができる。一人前の冒険者になってしまうと、他の冒険者と同じで二度と亡命者特典を受けることはできないのだ。
「カルマブレイクって方法もあるが、コイツのように周囲の顔色見てるような雑魚は、自ら生き方を変えるような器用な真似は不可能だろうな」
「それができたら、こんな死に方しないだろうしね……」
「ありのまま受け入れて適当な仕事をしながら、今頃どこかで人生細々と楽しんでるかもね」
今現在、植物状態でかろうじて生きていることにされている鷹森 晶だが、その中身は既に現世にはなく、三途の川のほとりを彷徨い続け、同じく三途の川のほとりにある賽の河原に辿り着いてしまった。
その賽の河原は、死神たちの――いや、地獄の裁判所の事情で別の世界アサイラムに改修されてしまっており、晶のような彷徨える亡霊は、意図せずアサイラムに紛れ込んでしまったというわけである。
この事実から、現世で植物状態の人間は、アサイラムに侵入できる可能性が出てきたのだ。
第2回の対策会議で、亡命者以外の来訪者を『亡徊者』と呼んで区別すると決めたが、鷹森 晶はその亡徊者の中でも、アサイラムが閉じる前にやってきた者である。
この閉鎖前の時代は、比較的誰でも入れる状態で、主に人間以外の『何か』が大勢入り込んでいた。
それを踏まえた上で、菖蒲丸が知りたいのは、既に閉ざされているアサイラムにも任意に呼び込めるかということである。
今は『親より先に亡くなった子供』だけが、自動的にアサイラムに入ることができる。これがいわゆる『正規ルート』であり、もしかしたら『裏ルート』でアサイラムに入れないだろうか?という対策会議のメンバーの願望も、この検証を後押ししている状況である。
これらは医事を司る菖蒲丸の単純な興味でしかなかったが、仮にそれが事実だとすれば、アサイラム攻略は大きく進展するだろう。
欲しい能力を持つ人間を植物状態にしてアサイラムに召致することが可能であれば、正規ルートでやってくる子供たちの成長に期待する必要がなくなるのである。いろいろな意味で効率がいいのだ。
今回分かりやすいサンプルとしてアクィラを検証対象に選んだが、アサイラム対策会議に必要なのは、用済みになったアクィラではなく、欲しい能力を持った人材である。
次の検証としては、アサイラムに召致した際に分かりやすいように、特徴的な容姿や能力を持つものを任意に植物状態にすることである。
現状の閉ざされたアサイラムにそのサンプルが現れれば、菖蒲丸の仮説は立証される。
アクィラのような『慧眼』持ちはともかく、そうした能力がなければ、当然『メインキー』と同じような捜索が必要になってくる。広大な西カロン地方で1人を探すなど雲を掴むような話だが、アクィラの出身地を調べれば、ある程度地域を絞り込めるかもしれない。少なくとも何のヒントもないメインキーの捜索よりもずっと楽なのは間違いないだろう。
それと、アクィラ・フォレスロッタというアバター名と現世の鷹森 晶(たかもりあきら)という名前の改変傾向から、西カロン地方北部、ピュオ・プラーハ領の出身ではないかと予測ができる。
アサイラムの住人はAIで動くNPCではなく、冥界の住人などが転生した姿である。当然ながら、日本人である前世の本名に準じた名前に改変され、一定の傾向が生じる。
これは亡命者も同じで、姓やナンバー以外の名前は本名に準じている。
一方、強い個体を排出すると噂される北部には、フォレスロッタなど、どう見ても日本人名に改変できない姓名が一定数存在するのである。
しかし完全に意味不明というわけではなく、例えば鷹森の森が、英語でいうところの森林を意味するフォレストにも連想できなくもなく、何かしらの方向性が見える。
「伴たちの言う通り、確かに名前に傾向があるようね……」
「それらを調べていけば、亡徊者の出現する地区を特定できる可能性もあるな」
「亡命者がクリプトにしか現れないのと同じで、もしかしたらもしかするかも!」
「どこから来たかで、出現する地域が決まるとするなら、やはり外国からくる連中は、東カロンに集結しているんだろうな」
浄妙がポツリとつぶやく。
「出身と出現場所か……ということはメインキーの中田 中(あたる)は日本人だから西カロン側にいると考えるのが自然か……」
「頼蔵、決めつけは良くないよ!今のところ、すごい力を持ったアバターが出現したって噂は全くないからね」
「メインキーは亡命者扱いなのか、亡徊者扱いなのか……それとも全く別枠か……」
「別枠と考えた方が自然だろうが、亡徊者の可能性もあるから調査の折、気を付けてみようか」
「植物人間が本当に今の閉ざされたアサイラムに来るのかを調べる方が先だな。まずはそこからだ」
自然な流れで浄妙が締めにはいる。彼女のおかげで会議の迷走を回避できているのが現状で、この会議にはなくてはならない存在である。
「メインキーの中田 中(あたる)は、アサイラムでは性別が代わっているのだろう?容姿、年齢、性格、能力による判別は不可能ということか……」
「チッ!つくづく厄介なヤツだ……やっぱり殺すか」
「頼蔵、殺しちゃダメだからね!」
ほとんど食べて飲んでで終わった第3回アサイラム対策会議とは打って変わり、第4回目の会議は、各自がこれまで得た情報を持ち寄り精査に暮れて、飲食を楽しむどころではなかった。
これが本来の会議の姿なのだろうが、もし仮に菖蒲丸の仮説が正しければ、必要な人材を逐次投入する流れに向かうのは間違いなく、そうなれば現世で優れた人材の不審死が相次ぐだろう。
生きている者、死んでいる者、そのどちらにもなれず彷徨う者。
それらの魂はばらばらで別のモノにも思えるが、いずれも分け隔てなく同じひとつの魂であり、違いはそれがどこにあるか――というだけである。
死神にとって、死とは魂をどこに置くかの違いでしかないのだ。
そのことが理解できていたならば、人間としての一生は全体の半分が終わっただけであると悟ることができるだろうし、そうすればつらい現世も肩の力を抜いて生きていけたのかもしれない。
現生の死は、来世の始まりなのだから……
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