第21話 「土地改良計画」

Asylum(アサイラム)ー亡命者たちの黙示録ー


第二十一話 「土地改良計画」



 西カロン地方を南北に貫くプリズンウォールマウンテンの西方にあるエグザール地方は、永らく続いた流刑地としての役目を終え、マナの存在しないただの不毛の地へとなりさがってしまった。

 そんな数百年に及ぶ流刑地の歴史よりも永い償いの時間を課せられた者が存在し、今もなお終わらない刑期を世代を超えて引き継ぐ血筋があることを、ほとんどの者は知らない。


 かつて存在したプラーハ王国とカント共和国を結ぶ街道の中継地点は道の駅、単に駅と呼ばれたその小さな居住区は、約400年の歴史に終止符を打ち管理者不在となり放棄された。

 捨てる神あれば拾う神ありではないが、その放棄された駅には一人の少女が住み着いている。


 その少女の名はミリセント。姓も名もないただのミリセントである。

 これは寿命よりも長い刑期を言い渡された罪人の子弟に付けられる名称の特徴で、そして彼女は紛れもなく大罪人の末裔なのである。

 しかし、そんな呪われた運命など気にもせず、いつもどおりの日々を過ごしている。なぜなら、本人は何も悪いことはしていないのだから……


「さてと、今日は何をしようかな……」


 短い間だったが、この駅の住人のみんなにはとても良くしてもらった。まともにお別れの挨拶ができたのはテッサンだけだった。各自に宛てたお礼の手紙をテッサンに届けてもらうことを約束して先日お別れを済ませた。


 駅の住人はいなくなってしまったが、だからといって人が全くこないわけではなく、白馬運輸商会のサダール・サガやライド・バンドを始めとしたハンターの連中が時々来たりするので、完全に世捨て人のような生活というわけではなかった。


 そんな駅では人間と入れ替わるように5頭の巨馬が住み着いてしまい、今はその『お馬さま』たちのお世話が生活の中心になってしまっている。


「あの馬どもの面倒もとりあえず終わったし、クマゴロー、何をしようか?」


 命を救ってから3か月ぶりにクマゴローと再会し、そこからさらにひと月が経過している。この1か月の間にもクマゴローは成長し、立ち上がると完全に自分の身長を越えてしまった。

 まだ甘えん坊の子熊が抜け切れていない若クマといった感じで、サダールさんやハンターの人とも仲良しで、完全に人に懐いてしまってもう家族同然である。

 クマゴローにとってミリセントの存在は、命の恩人或いは新しい母親的な感じなのだろう。身体の大きさは逆転してしまい、力も強くなって扱いが難しくなるとも思ったが、ちゃんと言うことはきくし、悪戯をして物を壊したりもしないとても良い子に育ってしまった。3か月留守の間、駅の住人にとてもかわいがってもらったおかげだろう。少し気になるところがあるとすれば、最近なんだか完全に野生を忘れている気がすることである。


 新参のお馬さまたちは勝手気ままに草を食み、気分が良ければ高価な馬糞を恵んでくださっている。

 この駅での序列は、馬>ミリセント>クマゴローで、馬が一番偉いのだ。

 午前中は馬に追いかけまわされたり、いじめられるだけの簡単なお仕事をこなし、午後からが自由時間となる。


 馬の世話以外で、この駅で仕事としてやらなければならないことは、サダールさんに頼まれている馬車の修復作業である。

 シカや、ゴブリンの駆除もしなければならないが、いずれも近近のものでもなく、クマゴローに巡回させておけば自然に追い払うことができる。


 馬車の修復に関しては、持ち込まれた廃材を利用して車体のほとんどは完成しているのだが、一部未知の素材があり、それが判明しないと完成にはならない。

 ただの荷馬車ではなく、王族が乗る偽装馬車なので、特に装飾品に使われる貴金属の調達が難しく、まずその金属の知識を得ないと先に進めない。サダールさんとの手紙のやりとりで、完璧な形で納品を希望されたので、足りない素材について調べてもらっている最中なので、今はこの作業は止まっている状態である。


 直接ものに触れて調査解析をすれば、構成する資源の知識を吸い出すことができ、それによって知識が積み重なっていく。

 無いものは調べられないし、それらの知識はどこで身に着けられるかといえば、これはもう街に行って図書館などで調べるしかないだろう。図書館は冒険者であれば無料で利用できるとのことなので、先に冒険者になる必要があるだろう。

 カーズの言葉が正しければ冒険者の素質は十分あるそうである。ただ問題はカルマで、この身に覚えのない穢れたカルマで街に行けば速攻で捕まる可能性があるとのことである。


「あとは、土地改良だな……」


 あとやるべきというかやりたいことは駅周辺の土地の改良である。

 ご先祖様が造ったあの人工の小山だけ豊かな緑を称えているが、どうもあの山の地下に水源があるようなのだ。

 そんなカラクリでもなければ、あの山だけ異様に緑豊かなのは不自然である。

 馬糞、つまり肥料だけでは豊かな土地を維持することはできない。生態系をつくるにはやはり命の源である水が必要なのだ。


 雨がほとんど降らず、その少ない雨水とサダールさんが定期的に運んでくる飲料水で駅はこれまで保たれてきた。

 別に飲まず食わずでも生きてゆけないわけではないが、何もせずこのままの状態であれば、せっかくの馬糞も有効利用できない。


 山の上の石畳の下が怪しいと踏んでいる。

 おそらくその下に貯水池のような水源や、井戸が掘られている可能性がある。

 この山を造った始祖ヴァイセント・ヴィールダーの力をもってすれば、そのくらい容易いことだろう。


「よし!そうと決まれば、山の調査だ!行くよ!クマゴロー!」


 クマゴローの母親と死闘を演じた思い出深い山をダッシュで登り、山頂の建物の基礎部分の跡と思われる石畳に立つ。瓦礫は全部資源にしてしまったので、ここには石畳と基礎跡以外なにもない。


「調査解析!からの構造解析!…………って、やっぱり、下が空洞になってるっぽいな」


 構造解析の能力を使うと、物体の形状を正確に掌握しレシピ化することができる。

 これによって、石畳の下が空洞になっていることが確認できた。


「地下室っぽいけど……出入口はないよね……」


 石畳の基礎部とその下に地下室と思しき空洞、そしてさらにその下に丸い筒状の穴が下に続いている。この井戸のような筒状の穴だけで約100メートルある。そしてその筒状の周囲に末広がりのすり鉢状の傾斜がついた石材がびっしりと地中に埋まっているのを確認する。

 ようするに、山の形をしたピラミッドのような構造物が、下に埋まっていたということである。


「それに土をかぶせたということか……」


 この構造を見ると、土地を改良したというより、大量の石材を使ってここに山の土台をつくり、予め別所で入手していた大量の腐葉土を配置したという感じである。これだけの腐葉土があれば落葉樹の森から発生する落ち葉や生物の死骸などで山の状態が保たれるのだ。

 中央の穴はやはり井戸だろうか?構造解析する限り水らしい資源は確認できない。枯れてしまったのか、井戸を掘ろうとして断念したのかのどちらかだろう。


「とりあえず、この基礎の下を見てみるか……」


 能力では取得した情報から状態を予測することしかできないので、いろいろ考えるより実際にこの目でたしかめるのが早いのでさっそく行動に起こす。

 こんなこともあろうかと、野外活動に便利な道具を多めに携行できるように、衣服の上から装着できるハーネスを新たに作成し、小さなランドセルのような形をしたバックパックを取り付けていた。そこからロープやゴブリン狩りで使った光虫の入った瓶、さらに六分儀を取り出して、それらをハーネスの留め具に繋いで固定し、いつでも使えるように準備する。

 探索の準備を整えると、一人分が通り抜けられる程度の穴を開けて、ロープをクマゴローの身体に巻いて固定し、するすると穴に降りていく。

 こういった身軽な作業をするのにこの少女の身体は適している。身体の重いおっさんではこんなことはできなかっただろう。


 真っ暗な穴に降りると、瓶を開け30匹ほどの光虫を放ち暗い室内を照らす。


「ふむふむ……なるほど……さっぱりわからん」


 建物の基礎にもなっている石畳を数本の支柱が支えている以外はただの空洞で、3メートルほど下の床面に電柱より一回り大きい穴が開いているだけである。何のための部屋なのか、この目で確かめればわかると思ったがさっぱりである。昔の蔵などには地下室があって、親の言うことを聞かないと閉じ込める――なんて話を父親から聞いたことがあったが、そんな目的で作った部屋でもないだろう。


 この穴を井戸だと想定したとして、この空間を貯水槽と考えるのが合理的だろうか?

 そのまま下まで降りて着地し、床や壁を触ってそこに水があった痕跡を探りつつ中央の穴を覗く。真っ暗で何も見えないので、光虫の瓶をもう1つとりだし、紐で縛ってそのまま下ろして穴の中を照らしてみる。

 構造解析をした限り穴の深さは100メートルを超えている。流石に底まで調べることはできないが、見える範囲で水の痕跡はやはり発見できなかった。


「井戸を掘ろうとしてあきらめたのか……でも、何であきらめたんだろう?」


 この小山は標高約50メートルくらいなので、100メートルの穴なので差し引いて地上から深さ50メートルが底になる。


「このくらい掘ったら普通岩盤に突き当たるかな?」


 流石の始祖ヴァイセント・ヴィールダーも岩盤を打ち砕くドリルのような硬い素材は持っていなかったのだろうか?

 スパルタンたちのブレードの素材はかなりの高密度高硬度である。岩盤を貫くのはわけないだろう。

 初代の果たせなかった事業を引き継ぐのは、子孫たるこのミリセントの役目だろう!


「よし!井戸を掘ってみるか!」


 巨大な岩盤に阻まれて水源に到達できなかったのだろうと判断し、初代が達成できなかった事業を引き継ぐ決心をする。


「とはいったものの……」


 この土木作業をどういったアプローチで進めればいいか少し迷う。

 能力を使えば穴を掘ることは簡単で、大断崖を降りた要領でエレベーターのように足元を掘り進めればいい。

 しかし、ここである問題に気づく。何故それを同じ力を持つヴァイセント・ヴィールダーがやらなかったのかという点である。


「酸素とか……いや、待てよ?もし水源に到達したら……」


 酸素欠乏も怖いが、もっと怖いのが堅い岩盤の下にもし水源があった場合、凄まじい水圧で吹き飛ばされることだ。


「…………」


 実際に岩盤の穴を押し下げていくイメージをしてみる。どの時点で岩盤を抜けるか想像もできない。そもそもこの岩盤の下に水源がある保証もないし、水が噴き出した場合や、その他不測の事態に咄嗟に対応できるかもわからない。

 能力は非常に有効だが過信し過ぎるのはよくない。防御行動が間に合わず、致命傷になるような怪我を負ってしまったらお終いである。


「自分の身体を安全な場所において作業をするとなると……掘削ドリルで……いやだめだ。ドリルを回転させる動力がないし……」


 リアルに存在する掘削装置はそれを動かすためのエネルギーが必要になり、魔法の源であるマナも含め、そんなものはこのエグザール地方には存在しない。

 テッサンやカーズの話を聞く限りでも、魔法という便利な動力源はあるが、ガソリンなど化石燃料を使ったエンジンや発電機はおろか蒸気機関すらなさそうである。

 まぁ、魔法という万能なエネルギーがあるのだから、そうした外燃機関は発明発展する余地がなかったのだろう。


「ドリルがダメとなると、杭を打ち込んで強引に岩盤を割る方法しかないな……」

 スパルタンブレードを楔として岩盤に刺し、上から超重量のハンマーで叩く。これがもっとも単純で簡単な方法だろう。

 問題は、ハンマーである。


「ん?」


 考え込んで静かになったせいかクマゴローが心配してロープを引っ張ってくる。

 ヒカリゴケを取り出し周囲に放った光虫を集めた後、クマゴローに引き揚げてもらう。

 顔をモフモフいじりまわしながらクマゴローにお礼をして、さらに毛皮に顔を押し付け猫吸いならぬ熊吸いをしながら思考の続きをする。


「うーむ……ハンマーはどうするかな……ふむふむ……よし、これならいけそうだな」


 頭の中でイメージを固めると石畳部分を全て分解収集し地下室を露出させる。

 次に今分解した資源化した石畳で地下室に降りる階段を作り下に降りる。


「クマゴロー!ここは危険だから麓まで一旦逃げておいて!」


 周囲に被害が出るようなことにはならない、しないつもりだが、万が一ということがある。

 地下室の縁に顔を出してこちらを見下ろしているクマゴローは、それを聞いてすぐに麓に向かって走り出す。生意気な馬どもと違ってとても素直ないい子である。


「よし!」


 地下室の中央の穴の前に立ち、岩盤に打ち込む杭の準備をする。

 巨大なマイナスドライバーをイメージすればいいのだろうか?細い先端で突き刺すというより、亀裂を入れる、或いは割るというイメージである。

 その上から巨大な岩を落として杭の柄尻にぶつけて岩盤に衝突させるというのが作戦プランである。

 刃先を高密度高硬度のスパルタンブレード、本体はスパルチウムという大きな杭を用意する。

 穴の周囲に杭を支える支柱を立てて、杭本体は地上に出したままにしておく。

 円筒状の井戸を大砲の砲身に見立て、弾丸にあたる杭を打ち込むという寸法である。


「こんなもんかな」


 杭の全長は約10メートルで、ちょうど3階建ての建物くらいの高さである。結構大きくて重いが、このくらいの質量がないと岩盤に跳ね返されるだけだろう。

 とりあえず、これで試してみてダメそうならまた別の手段を考えるだけである。


 問題は、杭を叩くハンマーの役目を果たす岩塊であり、杭の上に乗せるだけでは意味がなく、はるか上空から自由落下させる必要がある。

 能力の射程があるので、そんな上空に岩塊を出せないし、仮に出せたとしても杭に上手く衝突させれるか不明である。

 そこで考えたのが、杭の上に全長1000メートルの細い柱状の岩である『つっかえ棒』を置き、その上に逆ピラミッド型の巨大な岩塊を置く。そして、『つっかえ棒』だけ分解収集で消して、岩塊をダルマ落としの要領で正確に真下に落とす――というものである。


 1000メートル先に物体を自由に配置できれば、つっかえ棒など必要ないのだが、配置できる物体の射程距離は基本的に数メートル程度なので、1000メートル上空に何かを配置したいのであれば、間に1000メートルの中間オブジェクトを置く必要がある。このつっかえ棒は岩塊を支える柱ではなく、あくまで遠くに物を配置するための中継役ということである。


 この方法は、今立っているこの小山と同じくらいの体積の岩塊が1000メートル上空から降ってくることを意味し、そのまま落下してしまえば周囲はおろかこの山自体が崩壊してしまう。さらに、破片が周囲に飛散し、駅に甚大な被害がでるかもしれない。

 これを防ぐには岩塊と杭が衝突したタイミングで岩塊だけを分解収集することである。

 スパルタンアーマーを着込めば衝突時の衝撃波は防げるだろうし、能力発動時はスローモーション状態なので、より安全である。


「ふー、緊張してきた!」


 すべての準備は整いあとは実行に移すのみだが、流石にこれだけの規模の作戦となると緊張してくる。


「よし!いざ参る!」


 覚悟を決めて、段取り通り作戦を実行に移す。

 予めレシピ化していたつっかえ棒の支柱と逆ピラミッドの岩塊、これらを再構成の上位版である配置で、任意の場所に正確に配置する。


「配置!」


 配置で出現したそれらのオブジェクトは、出現した一瞬は静止状態だが、すぐに重力の影響を受ける。重力の影響を受けて位置が変化するとつっかえ棒を破壊してしまい、落下の軌道が変わってしまうので、迅速な行動が必須である。


「分解収集!」


 つっかえ棒が消え、頭上に現れた巨大な物体は、重力の影響を受けてそのまま自由落下してくる。頭でイメージしていた映像と実際の光景とでは、圧が違い過ぎて正直ビビッて失神してしまいそうだ。


「ひょえー!」


 横から見たらどんな光景なんだろうと、あとでクマゴローに感想を聞こうなどと現実逃避したくなるほどの恐怖の大魔王が目の前に迫ってくる。

 道端の蟻は人間に踏まれる時、こんな光景を見て、こんな感想を抱いていたのだろうと思い至ると、同情と同時にこれから先なるべく虫を踏みつぶさないようによく下を見て歩こうと思ってしまう。


「ゴクリ!」


 あまりにも巨大過ぎて距離感がつかみずらい。

 森中から鳥や獣の悲鳴が聞こえてくるが、こればっかりは申し訳ないと思っている。広域調査などの各種能力を使い、森の生き物たちが逃げていく様子を確認しながら、その一瞬を待つ。


「ガッ!」


 支柱に支えられた全長10メートルの杭の柄に、逆ピラミッドの頂点が衝突した瞬間、調査解析で時間の流れを相対的に遅くして、ゆっくりと流れる時間の中で、杭を真っすぐに立たせる役目を果たしている木材でできた支柱と岩塊を同時に分解収集する。


「ズドオオオォォォォーーーーン!」


 それらは最初からそこに存在していなかったかのように一瞬で掻き消えてしまったが、その代わりに地下に発射される杭から発せられた大砲のような大音響が周囲に木霊する。

 同時に衝撃波が周囲に拡散し、小さな身体は簡単に吹き飛ばされる。


「ふぎゃ!」


 スパルタンアーマーのおかげで無傷だが、今の衝撃波で飛んでいた鳥が少なからず吹き飛ばされただろう。それらの無事を祈りつつ、今夜は焼き鳥かなとも考えながらゆっくりと起き上がると、今度は穴の中から衝突音と空気の振動波が虚空に消えていった。

 この2回目の杭の衝突音は完全に油断していて、思わず耳を塞いでしまう。


「び、びっくりしたー」


 杭が無事岩盤に到達したようである。


「ふー」


 最初の轟音と次の衝突音が周囲の山に木霊して時間差で幾重にも戻ってくる。

 風神雷神が存在するというこのおかしな世界なら、山彦なんてのも存在していてもおかしくはない。もしいれば後で苦情がくるだろうが、その時はその時である。

 まー、それはともかく、クマゴローと馬どもをびっくりさせてしまったことはたしかだろう。馬には後でいじめられるかもしれない。


「どれどれ、水は出たかな?」


 いきなり水鉄砲のように吹き出す可能性もあるので、スパルタンアーマーはそのままで、穴の中をそーっと覗き込む。

 岩盤が割れてその下に水源があるなら、圧力で水が勢いよく吹き出すと思われるが、じわじわ滲み出る程度なら100メートルまで時間がかかるし、そもそも標高50メートルのここまで水が上がってくるとも思えない。

 何度か広域調査を使って杭と岩盤の状況を調べる限り、杭は岩盤に刺さっているが、割れてはいないと判断できた。


「よーし、杭の上に岩を落として打ち込んでいこう!」


 岩盤に杭が刺さっていればこっちのものである。あとはハンマーで叩くのと同じ要領で、穴に岩石を落として断続的に圧力をかけていけばいいだけである。

 穴に収まる円筒状の全長100メートルを超す岩塊を試しに1つ落とす。

 数センチ程度、杭が岩盤に打ちこまれているようである。この調子で岩塊を落としては消しを繰り返せば、いつかは岩盤を割ることができるだろう。


 森山の麓から見ると山の頂上に細長い岩の柱が現れては山中に何度も何度も吸い込まれ、そのたびにゴーンゴーンという大きな音が鳴り響く。

 麓にいる5頭の巨馬は、ビビっているクマゴローとはうらはらにまったく動じる様子もなく、むしろその光景に興奮して鼻息が荒くなっていた。


「もうそろそろかな?まだかな?」


 岩盤が割れる時は、何か手ごたえがあるにちがいない。

 それにしてもこんな大雑把な作業で、なんとかなりそうなのはある意味痛快である。

 この能力は精密な作業よりもこうした大雑把な作業のほうが適しているようだ。実際これだけの岩塊を人の手で動かそうとするなら、かなりの人員と労力と時間を要するだろう。

 ドリルを動かすために動力をどこからか調達をして――といったことを考える必要もなく、規模を大きくすればこんな原始的な方法で十二分に成果があげられるのだ。


 広域調査で地中の杭の状況を確かめる。

 と、その時、蹄が石畳を叩く音と荒い鼻息に気づく。顔を上げると馬の馬面が5つ横に並んで天上のない地下室を覗き込んでいた。

 音が気になって様子を見に来てしまったようである。


「あ、お、お馬さま!ここは危険ですよ!」


 馬の下僕モードになり、急いで地表面に上がって危険だから帰るように促そうとするが、そこでまた頭を噛まれる。


「ア、イデデデデデッ!!」


 最近噛み慣れて手加減してくれていたが、今回はそうではない。非常にご立腹の様子である。

 あまりの痛さにしばらくうずくまってしまう。立ち直るまでの間、容赦なく服や髪の毛をモグモグされるは、蹄で小突かれるはで大変である。

 この馬たちは、それなりに賢いので間近で作業を見せておけば、何をしているのかある程度理解して納得してくれるだろう。水が出れば彼らだって嬉しいはずだし。


「危険だから、危なくなったら逃げてね!」


 一応注意を促し、作業に戻るために地下室に飛び降りる。そして、作業を再開し細長い岩が穴の中に吸い込まれてはゴーンと大きな音を立てるを繰り返す。

 馬がこれを井戸掘りと認識しているかはともかく、この状況で平然と作業を眺めているのは正直驚いてしまう。


(馬というか草食動物って基本臆病なはずだけど……)


 競馬のサラブレッドたちが、競馬場の大歓声の中で驚かないのは、そう訓練されているからであり、この馬たちもそういう経験でもあったのだろうか?或いは雷の多い地域で轟音に対する耐性が備わっていたか。単に生まれつき凶暴なだけというのが正解かもしれない。


「ん?」


 何度目かの打ち込みのあと、音が変わり杭が一気に下がったのかハンマー替わりの岩の柱も一気に5メートル以上深く沈む。


「やったか?」


 次の打ち込みのために岩をすぐに消して次弾を準備をするところだが、状況が変わったので様子見をする。


「……お?おおおお?」


 広域調査をすると岩の詰まった井戸が何かで満たされていくのがわかった。これはどうみても液体で間違いない。


「むぅ?」


 栓の役目を果たしている岩が小刻みに振動を始めている。


「や、やばい!」


 下からすごい圧力がかかっているようで、このまま放置すると岩ごと一気に噴き出してしまいそうだ。


(ま、まずい!ほんとに出ちゃった!ど、どうしよう?)


 今まで水を出すことだけを考えて、出た後のことをまったく考えていなかった。

 しかも、本当に出るとは実は思っても見なかったのだ。

 今まで生きてきた中で、『こうなったらいいなー』と思ってやったことが、実際に現実になったという成功体験がまったくなかったので、この状況に戸惑う。


 ここで大量の水が噴き出し止まらなくなったら、その水はどこに流れていくのか?

 この山の豊富な腐葉土が周囲に大量に流出してしまい、山がなくなってしまうかもしれない。外に流れた水はある程度大地が吸収してくれるだろうが、保水力以上の水が溢れれば、一帯が水浸しになってしまう。さらに最悪なことに、駅は周囲よりも低い位置にあるので、完全に水没してしまう。

 能力を使って水を資源として収集してしまうという応急手段はあるにはあるが、付きっ切りで対応にあたらなければならないしで、もう絶望しかない。


「えーと、えーと、とりあず元栓を閉めるか!」


 丸い井戸とデコボコした岩との間に生じる隙間から既に水があふれ出している。

 スパルタンアーマーを着たまま水を手ですくって、調査解析を試みたが、30度くらいの温いお湯であることがわかった。


「これって温泉?」


 油断していた。水かと思ったら温泉だった。温泉といっても熱湯ではなく、お風呂としてはちょっと温過ぎるくらいの微妙な温度である。

 これも完全に想定外だった。ボーリングをすれば温泉が湧くというのは冷静に考えれば想定しておいてしかるべきだった。

 どうせなら石油でもでれば良かったのにと、半ばやけっぱちになりながら、井戸の穴から飛び出ている岩の上に巨大な重しの岩を置き、お湯が大量に噴出しないように、とりあえずの応急処置を施す。

 100メートルの岩の栓の僅かな隙間を縫って水があふれ出しているわけだが、これがろ過装置になっているのだろう、水は思いのほかキレイである。


「ふー!一先ずなんとかなったか……」


 いつの間にか膝下までお湯が溜まっていたが、元栓を塞いだことで湧き出る湯量を大幅に抑えることに成功した。

 一安心して水浸しの地下室から一旦上がろうとすると、その一部始終を見ていた馬たちが何やら興奮しているのに気づく。


「ん?入りたいの?」


 聞くまでもなく、そのまま今にも飛び込んできそうだったので、壁の一部を削って馬が歩いて降りれるような坂道を作ってやる。すると、馬が一列になって地下室に入って水というかぬるま湯をガブガブ飲み始める。馬たちもこんな大量の水を見たこともないし、飲んだこともないのだろう。


 地下室の床面から地上まで約2.5メートルあるのだが、馬の頭の高さとほぼ同じで、これを見るだけでもその大きさが桁違いだということがわかる。小さな少女にとっては広すぎる空間も、馬5頭で地下室はすし詰め状態である。


 スパルタンアーマーを解除していつもの姿に戻る。そしてハーネスとブーツ、靴下などを脱いで馬が使った坂道を通って地下室というかお風呂というかプールに戻る。

 足湯にしては少し温過ぎるお湯の上を馬の間をぬって歩きながら湯元に向かう。

 先ほどより水位が下がっているのは馬が大量に飲んでしまったせいだろう。

 途中馬に噛まれるが、噛むというより軽く挟む甘噛み程度で、これでだいたい馬の機嫌がわかる。大量の水を飲めて大満足のようである。あとは飲んだら出すだけなのだが、流石にここでは勘弁してほしい。


 岩石の隙間を100メートル遡ってきた間に温くなったのだろうか?一気に噴き出していたら熱湯で火傷をしていたかもしれない。

 必要な分だけ水を確保しようと思えば、一旦蓋をして蛇口というか元栓をつけてその都度開け閉めをすべきなのだろうが、水を汲みにいちいち山登りは面倒である。


 いっそ源泉かけ流しの要領で、一定量の水を川のように駅まで流すのもいいかもしれない。しかし、ここで問題なのが、その水が最終的にどこにいくかである。

 駅はなだらかな盆地の中央に存在しており、流れ込んだ水の逃げ場がない。このまま水を流し込めば完全に水没してしまう。

 能力を使えば駅の建物をレシピ化して他の場所に移動することもでき、駅のある場所を湖にしてしまうという選択肢もあるが、個人的に駅はそのままにしておきたい。


「下水道を作るか……」


 地面に穴を掘るのは得意である。地面を掘るのも地中に穴を掘るのも労力は同じで、大量の土砂を外に運搬して捨てる必要もなく、その場で資源として回収できる。

 岩石をきれいな立方体に切り出したものをレシピ化すれば、下水の壁や床、天井を石畳にできるし、一区画丸ごとレシピ化しておけば、掘るのと同時に舗装工事もすることができる。


「下水道かー……なんかダンジョンっぽくていいな」


 夢が広がるが、それなら下水だけではなく、上水道も整備できないだろうか?

 湧き出る水を川のように地面を這わせると、大切な土を流出させてしまう。そうならないように、地上に露出させた水道管で水を駅まで運び、貯水池に水をためてそれを下水に流すのはどうだろう?

 水源が高所にあるので、その重力を利用すれば蛇口をひねるだけでいつでも水が出る現代と同じ方式で水を利用できる。

 クマゴローやついでに馬も水浴びできる池も欲しい。地上を流れる用水路もあれば後々畑などを作る時水撒きに便利だろう。


「ふむふむ!」


 これらの工事を今現代の技術でやろうとするなら、かなり大規模な事業となり、時間もお金も人員も大量に必要になるだろうが、能力を使えば水の通り道を作るだけの簡単な作業である。

 ただ一つ問題になるのが資源の確保状況である。水道管の素材は腐食しない軽くて頑丈なスパルチウムが最適だが、全長約2キロに及ぶパイプをつくるためには手持ちの資源では足りない。

 下水を通すラインと地下の状況も調べておかなければならないだろう。


「よし!いっちょやったるか!」


 この山も駅も今は自分のものである。何をしても怒られない。フリーダムである。


 大勢の人たちで営まれる西カロン地方の反対側で、誰も知らないたった一人の物語が始まろうとしていた。

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