第20話 「亡命者たちの選択」
第二十話 「亡命者たちの選択」
悪い夢を見た。地獄のような夢だ。夢で良かったと心の底からそう思えるような凄惨な夢だった。
狭い場所に閉じ込められたまま、崖の上から突き落とされ、一度に30人以上の仲間たちが肉や骨を砕かれながら血みどろに撹拌されたのち、地獄の業火で焼かれた――そんな、現実にはあり得ないような酷い夢だった。
あまりにも酷過ぎてかえって現実味がなく、夢だと直ぐに頭を切り替えることができたのは不幸中の幸いだった。
悪夢で無理やり目が覚めてしまったが、そこは見覚えのない場所だった。
長細い箱の中で目を覚まし、上半身を起こして周囲を見渡す。周囲に何十もの同じ箱が並べてあり、その中に見覚えのある顔が見える。
何人かは同じように上体を起こして、それぞれの寝起きの顔をしている。
1人立ち上がって手に持っている青い手帳のようなものを不思議そうに眺めている。その男の顔は憶えているのに咄嗟に名前が出てこない。そういえば自分の名前も思い出せないことに気づく。きっと寝起きで寝ぼけているのだろう。
立ち上がると1冊の青い手帳が足元に落ち、とりあえず拾う。
皆誰なのか知っているのに名前が何故か思い出せない。
半分以上目を覚まして、一様に不思議そうな顔をしている。おそらく自分も同じような顔をしているのだろう。
突然大声を上げて飛び起きた女子がいて皆注目する。悪夢でも見ていたのだろうか?
床も天井も石造りの大きな冷たい部屋で、小さな窓が所々開いていて、そこから陽が差し込んでいる。
長方形の寝床が整然と部屋に並んでいて、その光景に何か言葉が詰まる。
全員、真っ白なガウンのような寝間着姿で、箱のような寝床から起き出している。
その時、この部屋の唯一外へ通じると思われる両開きの木製ドアが開き、髭面の中年男性が中に入ってきた。全員に緊張が走って姿勢を正す。
「よーし!全員起きたな?」
顔もいかついが声もそれに輪をかけてしかも大声で、寝起きでぼーっとした頭がシャキッとする。この感覚、何か懐かしさを感じたが何故だろうか?
「今は自分が誰なのかわからないだろうが、まずは寝床の中にいっしょに入っていた手帳を見ろ!青い表紙の鬼籍本人手帳って書かれている手帳だ!」
この声で最後まで寝ていた女子1人が飛び起き皆に笑われる。そして、言われた通り各自手に持っている手帳を開く。
「あ……」
手帳を開き、自分の名前と思しき文字列を見た瞬間、バラバラになった記憶のピースが自動的にあるべき場所に配置されていくように、自分の名前や素性も全て思い出した。それと同時に周囲にいる全員の顔と名前も一致し、おぼつかないふにゃふにゃした心と身体に揺るぎない一本の背骨が通った気がして急に力が湧いてきた。
「まず初めに、その手帳はお前たちの身元を証明するとても重要な手帳だ。今後あらゆる手続きに必要なもので、失くしたり誰かに奪われたりすれば、お前たちはお前たち自身を失ったも同然になる。そこに書かれている自分の本当の名前は絶対に他者に教えてはならないぞ」
何気なく手帳を見ていたが、それを言われて皆緊張してこっそりと確認しはじめる。
オレの名前はハヤタだ。本当の名前は言えないが、通称ハヤタ・カシヤ・7127だ。
ハヤタがファーストネームで、カシヤが仲間たち共通のファミリーネーム、そして7127という数字は亡命者訓練所の入所者番号で、これもみな共通だ。
ここにいるオレを含め36人の仲間たちは、ファーストネームと入所番号が共通の言ってみれば家族のような存在で、これからこの訓練所で苦楽を共にする戦友たちということになる。
「詳しいことは後で説明するが、とりあえずその手帳はお前の命だということはしっかりと肝に銘じること!どうした返事は?」
「はい!」
条件反射的に大きな声で返事の声が出てしまったが、皆も同じで広くない部屋に割れんばかりの返事の声が響きわたる。
「うむ、いい返事だ!体も大きいし十分に鍛えられているようで基礎訓練は省略してもよさそうだな」
何故か褒められてしまい、なんだか少し照れ臭い。
そのあと、寝間着を脱いで自分の寝床の枕元にある支給品の衣服に着替えるように命じられその通りにする。
男女の比率は同じくらいだろうか?大部屋での一斉着替えに最初は戸惑ったが、何故戸惑ったのか一瞬わからず、気を取り直して着替え始める。
寝間着の下は簡素な下着で、支給される衣服は男女で色が違うだけでデザインは同じである。いつ採寸したのか不明だが、皆自分の体型にぴったりだった。
全員着替え終わると、訓練所の教官と名乗った中年の男性が話を続ける。
「お前らの住んでいた村が、ゴブリンの大群に襲われて、残念ながらお前たちの両親は帰らぬ人になってしまった」
ざわめきが起こる。当然だろう。しかし、その時の記憶がないので、両親を失ったという喪失感が全くないのでどこか他人事だ。実感が湧くのはもっと時間が経ってからだろう。
「辛い記憶を残したままだと、これから先の人生に大きな障害になると判断し、ここ亡命者訓練所では、魔法でその時の辛い記憶を消させてもらった」
それを聞いて、それぞれが周囲の者と私語を始め部屋の中のざわめきが大きくなり、それを教官が咳払いで制する。
「それは、何もお前たちだけじゃない。この西カロン地方の各地では、小都市同士の争いや、ゴブリンの襲撃に巻き込まれ、毎日のようにお前たちのような境遇の子供がここに連れてこられる」
私語をやめて話に聞き入る様子を見て満足するように一度うなずいた教官は、さらに話を続ける。
「それにしても、一度に36人とは、最近では珍しいな」
これほど大勢の人数が一度に訓練所にくるのは珍しいとのことである。
実際問題、子供1人につき両親2人だとすれば72人なる。爺さん婆さん、その他独身者も含めた何百人もの人が殺されたことになる。
ひとつの村が全滅するような大惨事が頻繁に起こっていいはずがない。珍しいのは当たり前なのだ。
「お前らのような孤児の救済と、今後路頭に迷わないように職業訓練を施す。これがクリプト亡命者訓練所であり、ここで訓練を受けてその適正や本人の希望に沿った進路をお前たちに提示するのが、我々の役目である!」
残された孤児たちを見捨てないと、声高に宣言して訓練所の存在意義を訴える髭の教官に皆心打たれ涙する者もいた。
「これからしばらく全員で運動や学問など基礎的な訓練を受けた後、適性検査を行う。次に適性を見ながら希望する職業に振り分けられ実践的な訓練を行う。ここまで質問は?」
「職業とはどういうものがあるのですか?」
36人の孤児たちは、年齢15、16歳くらい。男女比半々で体格もバラバラだが、極端に太っていたり痩せていたりする者はなく、皆引き締まった身体をしている。
その中でも背も高く体もがっちりとした、この中でも圧倒的な存在感を持つ男子が真っ先に手をあげた。
「うむ、前向きないい質問だ。まず、お前たちは家族の後ろ盾がない孤児というハンデを背負っている。親の後を継ぐとか、家族とともに過ごすという選択肢が失われてしまったわけだ」
それを聞いて何人かは下を向くが、教官はそのまま続ける。
「そんなお前たちには、そうした普通の家の子供たちと同じような人生を歩むことは難しい。だからこそ他の子供たちよりも早く一人前にならなければならない」
さらに下を向く者が増える。それでも教官はそのまま話を続ける。
「この訓練所の役割は、お前たちを早く一人前にして独り立ちさせることであり、お前たちから両親や生まれ故郷を奪った魔物を排除する冒険者を育てることである」
「ぼ、冒険者?」
「父さんや母さんの仇が討てるのか?」
うつむいていた顔が上がる。
「私たちに、そんなことができるの?」
女子の中には魔物と戦うことに恐れを感じる者もいるようだ。
「今のお前たちでは、魔物に対抗するのは無理だろう。しかし、この世界には魔法がある。この魔法の力でお前たちの能力は飛躍的に向上し、ゴブリンなどいとも簡単に倒せることができるようになるのだ」
「魔法?」
「魔法の恩恵を受けられるのは冒険者だけであるが、ここで訓練をし無事卒業した者は、冒険者の見習いである亡命者として、冒険者と同じく魔法の恩恵を受けられるようになる」
子供たちの目が輝き始め、どよめきが起こる。
「亡命者を卒業し、晴れて冒険者となれば、あとは稼ぎに応じて一人の大人として自由に生きることができる。で、職業の種類という最初の質問の答えになるが、戦士や魔法使い、さらに細かくわければ無数の専門職、その複合職が存在し、お前たちのなりたい者にだいたいはなれるのだ」
この世界には様々な職業が存在するが、冒険者ギルドのネットワークが全国的に広がっており、冒険者の需要は高い。そして様々な恩恵をギルドから受けられる。
おいしい話には裏があるのが定番のことだが、ここにいる子供たちは誰もそのことに思い至れるほど、自由な選択肢があるわけではなく、仮にあったとしても他に選べる道はないのである。
皆両親を失い孤児となった絶望から希望を見出し始める。
「何も敵と直接剣や魔法を交えるのが冒険者ではないぞ。冒険に関する装備や道具を作る生産職や、調査交渉といった戦いを主としない商業系の職業もある。仕事の種類が無数にあるからな。モンスター退治だけじゃなく、資源を集めたり、情報を集めてきたり、荷物の配達や手紙の代筆だって冒険者の仕事になるのだ」
子供たちから前向きな会話があちこちから聞こえはじめる。
「我々は責任をもってお前たちを立派な冒険者になれるように全力でサポートするから安心するがいい」
教官の力強い言葉に皆勇気づけられ希望を見出していたようだが、うまく言いくるめられたと思ってしまうところも無きにしもあらずで、同様に感じている者が数名いるようだ。
何か釈然としない。両親を失った記憶がないので、本当に今の話を全面的に信じていいのだろうかと思ってしまう。こう思ってしまうのは自分自身の性格が捻くれているからだろうか?
希望に満ちた前途洋々な仲間たちが眩しく見える。
周囲の明るい雰囲気についていけず何となく気持ちが沈む。
忘れてはいけないものを忘れてしまったかのような、そんな奥歯に何かが詰まったかのような不快感が、常に頭の片隅に居座り続けている。
慣れるしかないだろう。この感覚や、これからの生活にも……
そんなこんなであっという間にひと月が過ぎた。
浮ついた心と地に足がつかない身体が一つに馴染んで、ようやく一人の人間になった――そんな気がした。
仲間と苦楽を共にして得たたくさんの思い出のおかげで、頭の片隅にあった不快な何かは何時しか忘却の彼方へと追いやられ、不快と感じた記憶すらどこかに消し去ってしまった。
(そういえば、仲間はもう1人いたような……)
夢から覚めた時に濡れている頬に残る涙の痕で、何かが足りないことを思い出す。
その何かがわからない。物なのか人なのか。とにかく重要な何かが欠けていることに気づくのだ。
もう少し時間が経てば、その何かはなくなっていくのだろうか?
でも、その何かを失いたくはないのだ。
眠れない夜に寝床を抜け出し、中庭にでると必ず誰かがいて、顔ぶれはだいたい決まっていて、同じく寝付けないらしく、しばらく雑談して気を紛らわせていた。
「さて、明日も早いしそろそろ寝ようか」
こんな日常が当たり前のように過ぎていった。
36人の孤児たちは、亡命者としての新たな人生のスタートを切り、そして、日夜勉学と運動に明け暮れる慌ただしい日常が過ぎ、あっという間に3か月が経過していた。
3か月の訓練期間を経て各自適性試験と希望職種が決まり、あとはチームを組むだけである。
普通は卒業に半年以上かかるところだが、7127期は全員基礎運動能力や基礎学力も充分で、いわゆる飛び級という形で卒業が3か月前倒しになった。
この3か月で、訓練所にはたくさんの後輩ができたが、これは各地で同じような孤児が常に発生してしまっているという、厳しい現実が背景にあるからだろう。
彼らは7127期の36人に比べると、だいぶ幼く体格差が大人と子供ほど違う。この体格差だけ見ても訓練期間が短縮された理由が十分理解できる。
性格やカルマの傾向、そして選考によって36名の中に仲の良い集団が自然に発生し、退所前にはほとんどチーム編成は決まっていた。
しかし、退所直前のタイミングで1人このチーム編成に不満を持っている者がいた。
「納得できないよ!なんで私がこいつらと一緒にならなければならないのよ!」
「そうは言っても、他に入れるところがないだろ?」
文句を言っているのはアン、それをなだめているのが7127期首席のケージである。今朝からずっとこの調子で、退所準備もそっちのけで言い争っている。
ちなみに、アンの言う『こいつら』といのはハヤタ、アヤ、ショーター、メープル、ユウイの余り者5人のことであり、余り者の中には当事者のアンも含まれていて、皆からは『余り者6人衆』と呼ばれていた。
「何でケージたちいつのまにチームになってるのよ!私に相談もなしで!」
アンは、初期の能力検査で女子でありながら身体能力総合第1位を獲得し、戦闘職としての適性も優良とされていた。
言動を見ればわかる通り、自信家で独断専行が強く協調性もないので仲間の輪からははみ出た存在だった。
相手をするケージは最初は身体能力総合第2位だったが、退所時はアンを抜いて第1位に。さらに座学も含めた総合成績で首席にまで成長していた。
仲間内では絵に描いたようなリーダータイプで人望もあり、余り者6人衆以外はケージの取り巻きのようになって彼らの間でチーム分けが自然に出来ていた。
さらに、東方遠征ギルド連合――いわゆる攻略組と呼ばれる強者たちの一人『ソージ・オーキタ』が訓練所に赴いて、将来有望な7127期を直々にスカウトしにきたのである。
亡命者の街クリプトでは、若き新星剣豪ソージの名を知らない者はいない。そのソージに声を掛けられたケージは退所したら必ず攻略組にはせ参じると約束し、それを意識して仲間と共に訓練に励んでいたのである。
アンはそのことを知っていたにも関わらず、集団行動が苦手な上にケージとはライバル関係だったために、その輪に入らず独自に将来の方向性を決めていた。
いくら同じ街出身の幼馴染同士とはいえ、36人全員が同じ方向を向くわけもなく、アンを含めた6名が、ケージたちの作る輪に入らず離れて独自の判断で職業や専攻を選んでいた。
「俺たちがソージさんと合流することは知っていただろ?誘っても断ったくせに今更何言ってんだ?」
「う、で、でもさ、だからってなんであんな余り者のチームに入らなきゃならないのよ!」
なぜこんなにもややこしい状況になっているかというと、各自の性格やカルマ傾向にも当然原因はあったが、何より初期段階で決める『専攻』というシステムで、将来の方向性が定まってしまったからである。
まず、冒険者――見習いである亡命者も含めて――は、本人の身体能力、知力や感性を数値化した能力を判定の魔法によって算出し、その能力に適合した職業を選択する。
例えば、腕力、体力などの能力値に秀でていれば戦士系の職業の適性を判定され、本人が望めば晴れてその職業に就くことができる。
戦士系にも様々な種類がある。例えば、重装備で身を固める打たれ強い純戦士、蝶のように舞い蜂のように刺す軽戦士などで、さらに好みの戦法に応じて細分化され、単純に戦士といっても何十種類にも系統が存在するわけである。
そして、それらの職を特徴づけるのがスキルで、普通の人が着れば身動きができなくなるような重いフルプレートの鎧を着こなすスキル、重い武器を自在に振るうことができるスキルなど、取得するスキルによって戦闘スタイルがかわる。
職業選択は能力値で決まるが、いくつかの候補から職を決定するのは、自分に合ったスキルが使える職かどうかが重要になってくる。
最初から生産職にも就けなくもないが、『才能』や『天賦の才』でもなければ、この訓練所では無理に選択する必要はないとのことだ。なぜなら、生産系の職業は、熟練に時間と資金がかかるためで、通常生産職は親が子に能力を引き継がせて成立する職のため、孤児にはハードルが高いというわけである。
スキルから職、或いは職からスキルを決定するかは人それぞれだが、これが決まると今度は問題の『専攻』となる。
この専攻とは、訓練所で学ぶ亡命者だけの特権的な制度で、最初に修得したスキル枠のカテゴリ、例えば戦闘用のスキルを修得すると、専攻が『戦闘』になり、以後戦闘に関わる成長が通常の倍になるというかなりお得な亡命者救済制度である。
ケージたちは初期の頃から攻略組に参加するという目標を持って、仲間内で専攻を『戦闘』にすると決めていた。一方、余り者6人衆は各自好きな専攻を取得して、それが見事に戦闘以外にわかれてしまったのである。
つまり36人の7127期は、戦闘を専攻する30名とそれ以外の6名と完全に二分されてしまったのである。
「組みたくなければ組まなくてもいいんじゃないの?指導員になって後輩とチームを組む選択肢もあるって教官も言っていたでしょう?」
アンとケージの間に優等生のアヤが仲裁に割って入る。
アヤは初期に7127期をまとめる役割を教官に頼まれていた知力トップの成績優等者で、ケージがリーダーシップをとるまで実質トップの位置にあった。
規律に厳しく小言が多かったので仲間内での評判は良くなかったが、教官から面倒な雑務を押し付けられても文句も言わず、黙々と仕事をこなす真面目な性格の持ち主である。
「うるさいな!知力1位のイインチョーだってこんな連中と一緒になりたくないでしょ?」
イインチョーというのはアヤのあだ名である。
「私は別に構わないわ。亡命者としての仕事は仲良しごっこじゃないんだし」
「え?アヤたちもいつの間にかチーム組んでたの?」
アヤの言動は、既に自分の所属が決まっているような言い方だったので、孤独なアンは焦る。
「別に組んではいないわよ。私がいいたいのは、どんなチームでもそれが決まりなら従うってことよ」
「優等生の言いそうな台詞ね!」
言い争いの相手がアヤに移ったことでケージは一歩下がって取り巻きたちの元へ戻って観戦する。
「ハカセはどうなの?知識トップ、魔力3位でしょ?」
「ボクはそういう順位は気にしません。興味があるのはデータベースです」
「ったく!みんな変わり者なんだから!これだから余り者になるのよ!」
ハカセというのはショーターのあだ名である。脳みそ筋肉系が多い仲間内では唯一知識と理論を優先する知能派で、座学トップの博識である。知識は豊富だが想定外の状況での対応力に欠け、知識はあるが知力はアヤに遠く及ばない。ようするに典型的な頭でっかちである。
「よく言うよ」
いちいち順位を気にするアンに辟易するハヤタは、独りよがりで余り者の代表のようなアンの言動に思わず口をわざと滑らせる。いつものことだ。
「ジミー、何ボソボソ言ってるのよ!はっきり言いなさいよ!この陰湿ステルス男め!」
ジミーというのはハヤタのことで、なぜジミーになったかは、アンの言ったステルス男に関係する。
ハヤタはこの36人の7127期の中で唯一『天賦の才』の持ち主で、その才能とはズバリ『地味』であり、地味だからジミーになったというわけである。
この地味の天賦は、気配を消し他者の関心に乗らないという、普通に生活する上ではあまり自慢になりずらく、むしろ損することが多い微妙な才能だが、冒険者としてはシーフやスカウト、さらに上位職のアサシンなどが天職になる。
この才がなければ全体的に平均以下の目立たない男子のままだっただろうが、唯一の天賦持ちとして、自己中のアンなどには内心羨ましいのか、何かにつけて彼女から嫌がらせを受け続けていて犬猿の仲になってしまっていた。
そういった背景があったので、つい苦言を言いたくなってわざと口を滑らせたわけである。
「まーまー、みんな喧嘩はよくないよ!仲良くだよ!」
おっとりタイプのメープルが仲裁にはいる。彼女も余り者6人衆の1人で、女子の中では1番の怪力という特徴があり、男女総合でも腕力5位の男子顔負けの力持ちである。もちろん女子ではダントツ1位だ。
ヒーラーだが、その怪力を利用してフルプレートに身を包むというスキル構成である。肝心のヒーラーとしての適性が低いのではぶられてしまい余り者6人衆にノミネートされてしまったというわけである。
「余り者同士仲良くしようよー」
もう1人、最後の余り者であるユウイが、堂々と余り者と認めた発言をする。彼女は頭の中には独自の世界観があるのか時々変な言葉を口にする。
アヤをイインチョーと言ったり、ショーターをハカセと言ったり、彼らのあだ名の名付け親がこの不思議ちゃんである。
イインチョーやハカセなど、彼女の口にする聞きなれない言葉も最初はどこかで聞いたことがあるような気がして、後からそれどういう意味だっけ?と皆で頭をひねることが多い。
こうした知らない言葉をつい口走ってしまうことは、ユウイ以外にも稀によくあるのだが、教官に言わせると辛い記憶を消したものの全て消えずに一部が残って、無意識に口に出てくるのだというのだが、本当なのだろうか?
「実際問題どうする?私たち余り者同士でとりあえずチームを組む?」
アヤが余り者6人衆でチームを組むかどうかを伺うが、状況的にこの提案を拒む理由はないだろう。そもそもこの流れで話がすすもうとしていたところに、アンが頑なな態度を取り続けて話がややこしくなったというのが今のこの状況である。
「あ、あんたらと組むくらいならソロでいいわ!」
明らかに強がっている風なので、ハヤタは日ごろの恨みもあって、敢えて意地悪をしてみる。
「わかった、じゃーこの最後のチームはこの5人でいいんだな?」
「んにゃ!……ふ、ふん!勝手にすれば!私はジミーのいるチームになんて入ってなんてやらないんだから!だいたいジミーのそのご自慢の天賦の才があれば独りでもやっていけるでしょ?むしろボッチがお似合いよ」
『そんなこと言わないで、いっしょに組もうよ!』というセリフを待っていたアンだが、完全に当てが外れて立場がなくなり、あろうことかハヤタに責任をなすりつけてくる。これにはハヤタも流石にカチンとくる。
「わかったよ!じゃーオレが抜けるよ!能力的にオレは独りの方が動きやすいからな……」
売り言葉に買い言葉で、つい思ってもいないことを口走ってしまったことを後悔するハヤタだが後の祭りだった。
「そ、そんなのダメだよ!みんな仲良くだよ!」
「ここで無理にチームを組まなくても、ボク的には問題ないと思いますよ」
「組まなくてもいいなら、組んでも同じだってことだよー、組むか組まないかは50%だよー」
メープル、ショーター、ユウイが思い思いの考えを口にする。ここにいる余り者たちは、基本的に自分のスタイルを曲げない、よく言えば自立している、悪く言えば協調性がない者たちである。
カルマ傾向が6人ともバラバラで、専攻もバラバラ、性格もバラバラで、何一つかみ合う部分がない。普通に考えてチームとしてまとまるのは絶望的である。
冒険者未満の亡命者は、見習いとして冒険者ギルドやギルド加盟店から特別待遇を受けられる立場で、その優遇措置を受けるためには亡命者側にも一定の決まりを受け入れなければならない。
亡命者でいる間は、訓練所か冒険者ギルドが提供する宿泊施設を格安で利用できるが、1部屋単位で料金が計算されるので、割り勘のほうが1人あたりの支払は減るし、格安で借りる側としては収容人数最大で利用するのがマナーである。
このような理由があるので、部屋の最大収容人数6名を1チームとするのが、亡命者の慣例となっているというわけである。
もちろん正式な冒険者となればそうした制限はなくなるので、チームの編成は自由である。
36名とちょうど6人で割れる数だったので、当然6部屋を7127期で配分するわけで、チーム編成で議論する余地など最初からなかったわけである。
それはアンも分かっていたのに駄々をこねて皆を困らせ、最終的にハヤタがその損を被ったことになる。
天賦の才を持つハヤタであれば、見習いの亡命者でも将来性を買われどこかのギルドで拾ってくれる可能性があり、ハヤタのソロ活動は決して非現実的な話ではない。しかし、特に秀でた能力もないアンのソロ活動は絶対にあり得ないのだ。
「寝泊りだけ6人で、あとは各自好きに行動すればいいわ」
アヤが最悪のケースにならないように調整する。この場を収めるにはもうこれしかないだろう。アヤのこういう強引なやりかたを皆嫌っていたのだが、揉め事の時は非常に役に立つので、今はそれが唯一の救いだった。
「それにしてもお前らは皆カルマの色もバラバラでカラフルでいいな」
ようやく話がついたところで、元々の当事者の1人だったケージが場を和ます冗談を言う。実際、こわばった空気が少し和らいだ。
ケージ他取り巻きの30人の5チームは、カルマ傾向をなるべく揃え、チーム内の職業バランスをよく考えた、現時点では最高の編成といえる。この中にアンのようなワンマンプレーヤーがいればチームの輪が乱れるし、ケージを中心にまとまっている指揮系統も乱れてしまう。
「みんな、明日から訓練生ではなく亡命者として仕事が始まるわ。はやく荷物をまとめて宿舎に移動するのよ!」
教官直々に全体の生活指導をまかされているアヤが、パンパンと手を叩いて退所準備中の7127期全員の速やかな行動を促す。
「お前らとは今日でお別れだな」
アヤの発言を受けて、ケージが余り者6人衆の前で別れの挨拶をする。彼らは、訓練所を退所して攻略組の管理するギルドハウスに引っ越するらしい。
「もう、攻略組に合流するのか……すごいな」
ハヤタはケージに素直に感嘆する。
「別にすごくはないさ。訓練所ではそこそこだろうが、実戦では完全に素人だ。これから地獄の特訓が待っていると思うと憂鬱だよ」
悲観的な台詞とは裏腹に表情は希望に満ちた輝いた顔をしている。
「せいぜいがんばりなさいよ」
アンが上から目線でケージたちの健闘を称える。
メープルはおいおいと泣きながら大げさに別れを惜しんで見せたが、ショーターやユウイは、『またね』という感じで軽く手を振る。寝泊りする場所が違うだけで、活動場所は同じクリプトなのだから街を歩いていれば普通に出会えるだろう。
クリプト亡命者訓練所第7127期36名は、全ての訓練課程を終え無事退所となった。
ケージ率いる30名は、攻略組に合流すべく彼らのギルドハウスに、余り者6人衆は、訓練所の寮を出て亡命者向けに用意された宿舎に引っ越すことになった。
「どんどん差が広がるわね」
アヤが悔しそうな顔はせずに悔しがる台詞を言う。
「俺たちが道を切り開くから、後から追いついてくれ。その時はおそらく俺たちがお前らを頼る時だ」
様々な専攻を取得している余り者6人衆は、歩みは遅くても成長すれば頼りになる晩成型のチーム編成である。早期に結果が出せるケージたちのチームとは歩みの速さが違うだけで、目標に到達する時間は同じで、ずっと仲間だと言いたいわけなのだろう。
ケージのその態度は上から目線ともいえなくもないが、6人とも素直にそれを受け入れ、最後は固い握手をしてわかれた。
そして、今日もまた新しい孤児が訓練所に連れてこられ、鍛えられて亡命者となっていく終わらない日常が、これからもずっとずっと続いていくのである。
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