第19話 「旅の土産」

第十九話 「旅の土産」



 紆余曲折あって、今はあの世でゲームのようでそうではないおかしな世界の住人になっている。

 こんなデタラメな世界にもなんとかかんとか対応できているのは、アニメやマンガなどの作品に触れたり、ゲームに熱中した経験のおかげだと、今は胸を張って言うことができる。


 ありがとうゲーム!ありがとうゲームクリエーターさんたち!


 そんなわけで、今もここで冒険をしている。

 中身はおっさんだがアバターは美少女という、向こうの世界とかわらないことをあの世でもしているわけだからホントにどうしようもない。

 可愛い子には旅をさせよ――ではなく、可愛い子だと旅がはかどる――というもので、3か月弱の冒険の旅は、実に実り多いものだった。


 宇宙人と出会い、そして戦い、さらに進化して、何故か相棒となった。

 諸々の事情でここに連れてこれないのが残念だが、近いうちにまた会いに行こうと思う。


 宇宙人――スパルタンたちと交友を深め、スパルチウムという放射線を通さない彼らの外骨格を形成する特殊な金属装甲を改造して、防護服ならぬ防護アーマーを作った。

 それで身を護りながら、ブルーの滅びた故郷『ターミネス』の跡地にある、スパルタンの母船と古代文明の残した巨大戦艦を探索した。

 能力を使えば放射性物質は可視化できるので、これをスパルチウムの中に封じ込めれば無害化することができる。そうなればこの地域を汚染している放射性物質をきれいに除去できるかもしれない。しかし、ブルーの身体はこの汚染された土地で安定化するように変質してしまっているため、これを浄化してしまえばブルーと僅かに残された仲間の身に悪影響がでるかもしれない。

 さらに言えば、高い放射線量が外部からこの土地を守るという役目も果たしているともいえるので、ここはそのままにしておくのがいいだろう。


 古代文明の戦艦は、戦艦とうより自動迎撃システムとして設置されたようにも見え、そのまま何千年も使用されずに、忘れ去られたものだったのかもしれない。

 そう判断する根拠は、形状が海に浮かぶ人間が作った既知の船ではなく、船体そのものが主砲のような、完全なSF世界の兵器の形状をしていたからである。

 戦艦でも砲台でも別にどちらでも構わないのだが、その古代文明の兵器にスパルタンの母艦が突き刺さっているという光景は、言葉では言い尽くせない壮絶な何かが確かにここで起こったということを物語っている。


 恐らく何万という国民が一瞬で消え去ったのだ。高密度なエネルギーの放出で大地ごとえぐりとられてしまったのだろう。消えたビーチに大量の海水が流れ込み、自然の造形ではありえないクレーターのような綺麗な円形の入り江になっている。こうなる前は美しい真っすぐな海岸線が続いていたのだろう。

 その入り江にかなりデカい一隻の捕鯨船のような船があるが、船体は人間の技術で建造され、推進装置やロープ付きの銛を撃ち出す捕鯨砲などは宇宙人の技術が用いられているものと思われる。

 こんな船があるのは、おそらく海側も汚染されて海龍のような化け物がいるからで、聞くところによると、ホントかウソか全長1000メートルを超える島のような化け物がいるらしい。


 相棒は結局スパルタンの一員として認めてもらえず、あくまでミリセントの道具扱いで、彼の身柄はとりあえずブルーにあずけることにした。

 狩りの戦利品は自分の物になるので、雑魚宇宙人であるミニオン狩りをさせて、その死骸を集めてもらい、あとでそれを回収するために戻ってくると約束して、相棒とはここで一旦別れることにした。


 スパルタンたちと別れたあと大断崖の岩壁に沿って北進し、駅から降下した場所から一旦崖上に上がり、そのまま崖沿いに北進した。

 この時点で、駅を出てから2か月経ってしまっていた。旅の日程的に3か月を目途にしていたので、帰路にかかる時間を考えるとあまり遠出もできないだろうし、景色にほとんど変化がなければ探索は途中で切り上げるべきだろう。

 しかし、北部探検は意外に早い段階で景色に変化が見えた。


「おや?」


 5日ほど走り続けると、ほんの少し鼻腔を通り抜ける大気の中の水分量が増えたような気がした。

 真っすぐ北に延びていた崖は、次第に西よりに曲がりはじめ緩やかな曲線を描いている。崖下の風景は相変わらずだが、崖上の方は少し湿度があり、さらに北側に遠く山並みが見え始める。

 周囲を見ると枯れていた大地のところどころに下草が見え始め、駅周辺に似た風景になってきた。こうなると、何か生き物の存在を探したくなる。


「駅の近場の風景に似て来たな……野生生物とかももしかしたらいるかもしれない……」


 今日はお天道様が出ていなかったが、周囲の明るさから察するに、すでに日没の時間だろう。

 群青色の空からオレンジ色の山の端の美しいグラデーションが淡い逆光となって、前に立つ人の顔を不確かにする誰彼時。歩幅を縮めながら走るペースを落としていくと、北西に何か人影を見たような気がして思わず足を止めた。

 自動広域調査は発動しない。何かが急速に接近してくるわけではないようだ。


「人?いや……あれは……」


 広域調査で反応するギリギリのところに何か4本脚の動物がいる。それも1体ではなく5体。


「馬?」


 日が完全に落ちると、星々が瞬きはじめ、星明りで周囲はぼやっとした光に照らされはじめ、その光にさらされるモノは輪郭がはっきりと確認できるようになる。

 闇に目が慣れていない夕刻よりも、完全に陽が沈んだ夜の星明りのほうが明るく見える。これに満月でもあれば、と思っていたら西から月が昇り始め、まるで照明弾に照らされたかのように周囲が一気に明るくなる。

 こちらの世界では太陽や月の運行は人間の世界とは全く違うし、必ずしも太陽は昇らないし、方角も決まっていないのだ。

 全くもってデタラメな世界ではあるが、六分儀を手に入れてからというもの、方角や時刻などを周囲の状況から想像する必要がなくなりだいぶ行動がしやすくなった。


 5つのシルエットが、星明りと月明りに照らされて黒く輝き、吐く息が白くはっきりと見える。

 100メートルほど離れた先に、横一列に綺麗に並ぶ5つの影。そして、そのはるか後方にたくさんの群れが身を寄せ合って黒い一つの塊となっているのが見える。

 野生の馬の群れだろうか?

 あの5つのシルエットはまるでこちらと群れの間に立って仲間を守ろうとしているようにも見えなくもないが、馬にそんな習性があったのだろうか?競馬のサラブレットについて人並みの知識はあると思うが、そういえば野生の馬について全く知識がないことをこの状況になって初めて知る。


 社員旅行で北海道に行ったことがあるが、その時恐らく人生最初で最後の乗馬体験をしたことがある。乗馬といっても大人しいポニーの背に揺られてその辺をぐるっと一回りする――みたいなものをイメージするかもしれないが、その時は競走馬――おそらく引退した馬を使った結構本格的な乗馬体験だった。

 急に当時のことを思い出した。そういえばあの時分確か全国的に競馬が流行っていて、ジョッキーやサラブレットがCMやメディアにも頻繁に登場し、さらにその流行に乗って競馬を扱ったゲームもたくさん発売されていた。その流れで、北海道旅行の際に馬に乗ってみたいと思って、牧場に着いた瞬間体験コーナーに申し込みに走ったものである。ようするに当時はミーハーな競馬ゲームオタクだったのである。

 会社の中で積極的に行動した態度を見せたことがなかったので、この行動に皆が驚いていたのを思い出すのと同時に、オタクの行動力は馬鹿にはできないのだと、若かりし頃の今とは違う自分を思い出し懐かしくなった。


 犬派か猫派かと問われれば間違いなく猫派で、ウマ派かクマ派かといえば、クマゴローには申し訳ないが、どちらかというとウマ派である。

 そのためか、あれが馬だと分かった時は少しだけ嬉しいと思ってしまったのだ。そう、この時は嬉しかったのだ。この時までは……


「お?」


 やがて5つのシルエットがこちらに近づいてくる。

 警戒心の強い草食動物である馬が、見知らぬ人間――もしかしたら人間というのを初めて見るのかもしれない生き物にわざわざ近づいてくるのだろうかと少し不安になる。

 野生馬と思っていたがもしかしたら飼われている馬で、人間を知っているのかもしれない。


「こ、こんにちは……」


 2メートル手前で停止した5頭の馬に半包囲された状態で、愛想よく挨拶をしてみる。相手が草食動物である馬だけに、まさか喰い殺されたりはしないだろう。


「……って、なんか普通の馬よりデカくない?」


 夜だからよく見えなくて大きさを誤認しているというわけではないだろう。大人の背丈なら馬のき甲部(背)よりも頭は上になるだろうが、小さな少女の背丈分を差し引いても、両手を目いっぱい伸ばした状態でもき甲部に届かないほど全体的にサイズが大きいのである。

 重機のない時代、馬が農耕用として重宝されていた時代は、品種改良でかなり巨大化していたと聞くが、そうした記録に残るような巨大馬よりもさらに一回り大きいのではないだろうか?


「あ、あのー?」


 話が通じるとは思わなかったが、クマとピューマと大ワシと何となく対話できたような気がしたので普通に話しかけてみたが、こちらをじーっと見つめるだけで、他に何もアクションを起こさない。ただ、緊張感だけはヒシヒシと伝わってくる。


 5頭ともほぼ同じ大きさだが、よく見れば体つきや色合いが微妙に違うようだ。

 値踏みするように見つめてくる馬たちはやがて、緊張感がほぐれ尻尾が揺れ出す。それを見て思わずこちらもホッとしたが、その隙をつくようにいきなりガブリと頭をかじられる。


「アイダダダダダダ!」


 叫ぶとすぐに噛むのをやめたが、5頭の馬の態度が明らかにこちらを下に見ているような態度に変わったのに気づく。

 こんな小さなガキに警戒して損したといった雰囲気である。


「ぐぬぬ!」


 前頭部と後頭部を万力で締め付けられるように噛まれ、うずくまって痛みに耐える。この大きさの馬の噛む力なら、こんな少女の頭などいとも簡単に噛み砕いてしまえるかもしれないが、痛いと叫んで離すあたり、しっかりと手加減しているのは理解できる。それだけにこちらを見下して馬鹿にしていることがよくわかった。


「い、痛いでしょ!」


 隊列を乱した馬たちがリラックスしたように自由に動き回り、後ろから服を噛んできたり、腕を噛んできたりと好き放題になってきた。

 野生の馬は既に絶滅したといわれ、今野生馬などと言われる馬も一度家畜になったものが野生化したものらしい。

 この世界の馬と人間界の馬が同じかどうかはわからないが、これだけの大きさになるということは、一度農耕馬や軍馬として品種改良された馬が、野生化してここで群れを形成していたと考えるのが合理的である。

 ということは、この馬の存在はこの一帯にかつて人がいたという証拠にはならないだろうか?


「いたたたた!」


 甘噛みのつもりだろうがものすごく痛い。たまらず回れ右をして元来た道を引き返す。

 武装すれば痛くないだろうが、そうするとおそらく味を占めてどんどん悪戯がエスカレートするはずである。とりあえず、野生化した家畜がこの地域一帯にいるという情報だけで今は充分である。逃げるが勝ちだ。


「うわっ!追いかけてきたあああああぁぁーー!」


 しかし、彼らは逃がしてはくれなかった。さっきの5頭がそのまま追いかけてくる。このまま逃げていればいずれ群れに戻るだろうと高をくくっていたが、いつまでたっても引き返していかない。


「君たち群れに帰らないのか?」


 一旦止まって、半包囲する馬に説得を試みるが、こっちを見たあと、白々しく知らん顔をする馬たち。

 そのまま、また回れ右をして走らず歩き出す。走るから釣られてついてくるのだろう。

 しかし、馬たちはこちらの歩みに合わせてパカパカあとをついてくる。


「何でついてくるの?」


 馬というと競馬のサラブレットのように速く走るのに適したスマートな体型を思い浮かべるだろうが、脚が異常に太く、足首あたりは最近あまり見かけなくなった女子高生のルーズソックスのような形をしている。全体的に骨太で速く走るよりも重い荷物を運ぶのに適した体だ。

 その馬たちが、群れを離れついてくるのを辞めないし、辞める気配がまったくしないのだ。まるで、道案内しろとでも言うように、こちらが止まると早く進めと催促してくる。


「んーーー」


 調査解析で馬の情報を見てみる。

 グラムレッグ・フリージアン。フリージアンという品種の亜種らしい。群れの中でこの5つの個体だけが特別だったのだろう。もしかしたら、突然変異体なのかもしれないが、他のフリージアンとは馬が合わないのかもしれない。馬だけに!


「あいた!」


 またガブリとかじられる。どうも頭に噛みつくのは5頭の中で同じヤツだけのようだ。


「まったく……」


 輪っかの帽子をハチマキのように深くかぶっていたので、痛みは緩和できたが、締め付ける圧力がすさまじく、痛いのにはかわりがない。


「どうしたもんか……」


 しばらく馬について考察をしながら小首を傾げていると、早く歩けとせっついてくる。

 まー、そのうち飽きて帰っていくだろうと思い、走りながら来た道を戻っていく。


(馬の先導しながら走るのって、なんか本末転倒のような……)


 馬という生き物は最初から人を乗せるために生まれてきたわけではないが、人間によって家畜化されなかった野生の馬は淘汰され絶滅してしまった。そのことを考えれば、家畜化されたことで生き残った馬は、人間のためにあるようなものと捉えても間違いではないと思うのは傲慢だろうか?

 であるならば、馬を横目に自分の足で走り続ける必要はあるのだろうか?という単純な疑問にぶちあたる。

 走る少女の後ろにバカデカい馬が5匹、のんびりついていくシチュエーションはとてもシュールである。


「ちょっと!君たち!馬なんだから乗せてよ!」


 立ち止まって馬たちに向き直って直談判をしてみる。

 一番危険な噛むヤツを真正面にして身構えて対応を待つ。すると、後ろにいた馬が襟首をくわえてそのまま軽々と持ち上げると、そのまま上に放り投げられる。


「うわあああぁぁ!!」


 顔の大きさだけで、こちらの背丈ほどあるようなバカデカい馬にとっては、こんな芸当朝飯前なのだろう。

 空中に放り投げられたまま、放物線を描いて別の馬の背中に着地成功する。


「お!乗せてくれるの?」


 と、期待した瞬間、無理やり乗せられた馬は嫌がってロデオマシーンのように暴れ、またしても空中に放り出される。そして別の馬の背中に着地するかと思った瞬間、その馬がスっと横に避けてそのまま地面に顔から落ちる。


「ぎゃふっ!」


 さらに追撃とばかりに背中を踏まれる。


「ふぎゃああぁぁ!!」


 踏むのを辞めたと思ったら別の馬に踏まれる。


「ちょっ!許して!かんべんして!何でもするから許して!」


 ようやく馬たちの攻撃というかいたずらが終わる。


「わかったよ……もう頼まねーよ!ばーか!ばーか!」


 悪態をついて近所の悪ガキのようにダッシュで逃げる。今度は全力である。しかし、いくら人間が全速力で走っても馬に勝てるわけがない。もっと速く走れないのかと背中を小突かれバカにされる。


「この小賢しい馬どもめ!こっちには無限の体力があるんだぞ!」


 今は小突かれているが、このまま数日全力で走り続ければ、さすがの馬もいずれ音を上げるだろう。

 しかし、それを嘲笑うように、馬たちは全力で追い抜いていき一気に距離をとる。そしてこちらが追い付くまでのんびりと下草を食んだり、寝転んでくつろぎはじめる。

 何というか中に人間が入っているかのような態度である。あれは馬の形をした何か別の生き物なのだろう。


 馬のコンディションは、気分は良さそうだし、怒っている様子もない。敵対もしていないしどちらかといえば友好的だ。

 しかし、友好的なのになぜこんな態度をとるのだろうか?いわゆるツンデレというやつだろうか?

 恐らくはカルマの影響だろう。彼らは上流階級の馬の血筋で、つまり高貴な馬なのだ。だから下賤なカルマをもつ自分に対して常に尊大な態度をとるのだろう。ようはこっちを世話係とかオモチャにしか見ていないということである。


 結局、最後までコケにされながら、数日間の屈辱的な全力マラソンを経て、懐かしの駅に到着してしまったのである。


 肥沃ではないが乾いた大地、不自然に緑の多い生家のあった小山、回らない風車。たった3か月のことだが何もかもが懐かしく見える。

 人の気配がしたのか駅まで残り1キロメートルの地点で馬たちは追うのをやめて警戒待機モードに入ったようだ。

 ようやく解放されたと思って、馬たちを尻目にそのまま駅に向かう。


「お!あのハゲ頭は!」


 懐かしいテッサンのつるつる頭に光が反射しているのが見えた。

 そして、その横に1頭の馬と見慣れない人の姿があった。


「おーい!」


 小走りに駅に向かうと、建物の陰から黒い大きな塊がぬっとあらわれ、こちらに向かって突進してくる。


「な?何事?」


 よく見るとクマだった。しかも結構デカい!


「ま、まさか……クマゴロー?」


 3か月前はまだ10数キログラムしかなかった小さな子熊が、体長は1メートルを優に超え、身体も丸々と肉厚になっている。

 約10メートル手前で調査解析をしてみると、やはりクマゴローで間違いなかった。


「うはっ!クマゴロー!久しぶりー!」


 嬉しそうなクマゴローに覆いかぶされて顔をペロペロとなめられる。このペロペロ感は、間違いなくクマゴローだ。


「大きくなったねー!」


 母グマに比べれば半分にも満たないが、あの小さな身体が3か月でこんなにも大きくなるものかと感心する。しかし、これでもまだ赤ちゃんからようやく小学生になったくらいのレベルの子熊なのである。

 しかし、そんな子熊も後ろにいる5頭の馬を見て警戒心をみせる。


「あれは、気にしなくていいよ。さぁ駅に戻ろう!」


 馬乗りならぬ熊乗りから解放されて立ち上がると、クマゴローを引き連れてテッサンの方に歩き出す。

 見知らぬ人が見えたが、テッサンとは知り合いのようだし、こちらの事情は説明してくれているだろう。


「おう!おかえりミリー!」


「おっちゃんただいま!」


「おかえりミリー」


 テッサンと再会の挨拶をした後、年齢はテッサンくらいと思われる狩人風の恰好をした男性に愛称で呼ばれる。中田 中(あたる)としては初対面だが、ミリセントとしては駅の住人と同じレベルで仲の良い人なのだろう。


「ただいま……えーと」


 チラっとテッサンを見て、気まずそうに挨拶を返す。


「ハゲから事情は聞いてるよ。改めて自己紹介しておくか、オレはハンターのライド・バンドだ」


「あ、ハンターって、国境警備の?」


 ハゲってひどいなと思いながら、そこにあえて触れない。


「元流刑地の監視者で、今は国境の警備と狩りをしている」


「ハンターってどのくらいいるの?」


「今は30人ってところかな?それよりこんな時期に覚醒してしまうとはな……災難というか何というか……」


 こんな時期というのは、駅が解体されエグザール地方は流刑地としての役目を終えるということを指している。

 永らくヴァイセント・ヴィールダーの血が現れなかったため、監視対象無しとして駅が解体される直前にミリセントがその血を覚醒してしまったのである。

 これについては冒険で留守の間、ピュオ・プラーハに問い合わせをし、協議の結果予定通り駅は解体されるとのことである。

 カーズが既に任務を終えてプラーハに報告を兼ねて帰国したそうで、テッサン以外もカント要塞に引き揚げているそうである。


「そっか、みんなと挨拶しておきたかったな……」


「オレは駅長代理としてあと3か月くらいはここで引き継ぎをすることになった」


「これから私どうすればいいの?」


「ミリーはもう自由の身だ。好きにしていいぞ」


「え?マジで?」


「自由といっても、罪人の血と刑期は消えて無くならないがな……」


 ライドが残念そうにテッサンに付け加える。


「それは別にいいんだけど、ここはライドさん――」


「いつも通りライドでいいぞ」


「ライドたちが引き継ぐの?」


「いや、ここはもう閉鎖する。ミリーがここに住みたいってんなら駅の権利は譲渡するぞ?」


「え?おっちゃんマジで?」


「誰がウソなんてつくか!」


 テッサンに怒られる。この世界の住人はウソつき以外は悪意のあるウソはつかない。カルマや自己設定に基づいた行動や言動をとるというわけである。

 向こうの世界では、他人を疑ってかかるのがある意味当たり前のことになっているが、知り合いの間で冗談話の時はともかく、真面目な話の時に疑うのは失礼になるのだ。


「ごめん、なんかちょっと信じられなくて……」


「カーズが言っていたが、ミリーは冒険者の資質が十分あるようだから、この機に外に出てみるのもいいし、なんならハンターになるのもいいかもしれんぞ」


 ライドが進路についていろいろ提案をしてくる。

 クマゴローがうろうろしながらテッサンやライドにかまってほしそうにしているので、それを相手にしながら話を続ける。

 ライドの乗ってきたと思われる馬がクマゴローに特に怯えた様子も見せないので、すでに何度か往来して身体の小さい頃から顔見知りになっているのだろう。


「ここをどうするかは後で考えて、とりあえずこの駅は貰っちまえ!減るもんでもないしな」


 それはそれとして、今後のことを考えた時ある人物の顔が浮かんだ。


「あ、そういえば、サダールさんは?」


 サダールとは、白馬運輸商会のサダール・サガのことで、物資の輸送を請け負う運輸会社の社長であり、プラーハ王家の偽装馬車と思われる壊れた馬車の修復を頼まれている。


「オレの仕事場の横に商会が運んできた廃材が積んである。一応オレの名義で受け取っておいたから、後で受け渡しの書類書いてくれ」


 ミリセントの能力の中には他人の所有物に行使すると、犯罪扱いになるものが多く、必ず書類による譲渡契約をしなければならないのである。


「りょーかい!」


「なぁ、ミリー?」


 テッサンとのやりとりが終わったタイミングを見て、戻ってからずっと気になっていたことをライドが尋ねる。


「ん?」


「さっきから気になっているんだが、あの馬――馬だよな?あれはなんだ?」


「ああ、あれ?帰りに大断崖の北側に行ったら、野生の馬の群れっぽいのがいて、その中であの5頭が勝手についてきちゃったんだよね……私も困ってるんだけど」


「見事な馬だな……ミリーの馬か?近づいても大丈夫か?」


「やめたほうがいいよ!あいつら噛んだり蹴ったり凶暴なんだから!はっきり言って肉食獣より危険!」


「ははは、まさか……」


 そう言って漆黒の馬5頭のほうに歩き出す。

 ライドはハンターで常に馬と共に狩りをしているのだろう。乗馬の達人だろうし、きっと馬マニアに違いない。

 何度注意しても聞く耳をもたないので、何かあると危険なのでクマゴローとテッサンといっしょにライドの後ろを渋々ついていく。


 テッサンとクマゴローを少し下がらせて、ライドと2人でこちらを伺う馬たちの前に出る。


「おーよしよし、立派な馬だ!実に美しい!よしよし」


 馬の扱いになれているライドが、怖がらせないように声を掛けながらゆっくりと近づき、いとも簡単に頭や顔に触れる。


「大人しい馬じゃないか」


「ええ!!何でそうなるの!私には乱暴に扱うのに!」


 悔しいのでライドの横に行って馬を触ろうとする。


「イダダダダダダダ!!!」


 やっぱり思い切り噛まれた。明らかにライドと比べ塩対応過ぎる。

 後ろでテッサンが大笑いしている。


「うわーん、クマゴロー!」


 クマゴローにぺろぺろ慰めてもらう。

 しかし、あの馬たちはクマゴローを見ても恐れるどころか、むしろ威圧してくる。まだ幼さの残るクマゴローはすこしビビっているようである。


「やっぱ馬が好きなヤツをちゃんと見分けてるんだな」


 ライドの馬好きをよく知るテッサンの評価はもっともだと思う。しかし、自分だって馬は好きだし、最初は友好的に振舞ったはずである。この扱いの差は理不尽としかいいようがない。


「この馬は気位が高いんだろうな。或いは王家や貴族の所有する高貴な馬の末裔なのかもしれない。あと、やっぱ大人と子供をしっかりと見分けているんだろう」


「あとはやっぱカルマじゃないか?ライドも見ただろう?ミリーのカルマ」


「ああ、それも大きいだろうな」


「くそー!いいとこの馬なのか……でも、あの辺って王国とか貴族とかあるの?私の見た限りだと何もなさそうだったけど」


「太古の昔に向こうにも国があったのか、こちらに元々いたのが向こうに流れたのか、それはオレにもわからん」


 ライドもテッサンもこの黒い馬たちのルーツについてはわからないようである。


「あーでも、西の国の2人の英雄王を題材にしたなんちゃらっていうおとぎ話があったな」


「あれはただの子供向けの創作物語だろ?」


 気になる情報である。あとで詳しく聞いてみよう。


「あの馬がいたあたりは、この駅と似た様な気候だったかな……もっと探索範囲を広げれば、何かの痕跡が見つかるかもしれない」


 と、ここまで言って重要なことを思い出した。大断崖の南にいた宇宙人たちのことである。


「南方の蛮族の話は結構有名な話だな。西カロン地方の最南端にあるカント要塞って、元々は南方の蛮族に備えた砦なんだよ」


 宇宙人が何であるか彼らはさっぱりわからないようだが、南方に移民した一族が興した国が一夜にして蛮族に滅ぼされ、救援調査に向かった軍隊が返り討ちにあって全滅したという歴史的事実が西カロン地方に存在しているらしい。その故事がカント要塞がつくられた理由なのだそうだ。

 言われてみれば、南方に何もなければこんな辺境に砦おく必要はない。


「今は、そんな話もおとぎ話になっているがな……」


「いや、オレはそんな話初めて聞いたぞ」


 何百年も昔からハンターをしている一族の末裔であるライドはともかく、10年くらい前に他所から駅に派遣されてきたテッサンにとっては知らなくても仕方がない話である。


(これ以上は言及しないでおくか……)


 ブルーのことや古代遺跡、スパルタンについては詳しく話しても理解してもらえないだろうと思い、それ以上は言わないことにする。彼らはあの場所から離れられないし、ただのおとぎ話としてそっとしておいたほうがいいだろう。

 実際問題として、宇宙人とか宇宙船とか放射能とか、テッサンたちにどう説明していいのかわからないし、めんどくさい。


 それにしてもムカつくのがあの馬たちである。

 下々の者に尊大な態度をとるなど、人間でも許しがたいのに、馬がそんな態度をとるとはなんたる屈辱。


「ぐぬぬぬぬ……今にみてろぉ~」


 これが完全に負け犬の遠吠えだと分かっているが、これまでの数々の狼藉を許すわけにはいかないわけである。

 そんな思いを無視するかのように、5頭のうち1頭がおもむろに歩み寄ってきた。


(ん?この子はたしか……)


 5頭は見た目ほとんど同じに見えるが、こちらを攻撃する手段にそれぞれ個性があった。頭に噛みつくヤツ、踏みつけるヤツ、投げ飛ばすヤツ、振り落とすヤツ、そしてスッと避ける無関心なヤツだ。この中で最後の無関心なヤツはこちらに一度も攻撃行動をとっていなかった。5頭の中で一番気性が大人しそうないいヤツである。

 しかし、その一番大人しかった馬が、目の前で突然回れ右をして尻をこちらに向け、あろうことかそこで脱糞をしはじめたのである。


「うわっ!きったね!」


 思わず飛びのいたが、そこで2人のおっさんが突然大声を上げる。


「うおおおおおおおぉぉぉぉ!!馬糞だあああああああぁぁ!!」


「おわっ!びっくりした!」


 2人のオヤジは叫びながら地面にこんもりと積もった馬糞の山の前で跪き、さもありがたいものでも見るように、感動して雄たけびを上げている。

 この世界にきて何度も驚いてきて、もう驚かないと決めていたが、今回ばかりは本当に度肝を抜かれた。


「え?どういうこと?」


 頬のあたりが引きつってピクピクしているのが、自分でもはっきりとわかるくらいに、この状況に脳がまったく対応できていない。


(ミリセント!ここは冷静に考えろ!彼らは決してふざけているわけではない!これには何か意味があるんだ!)


 お天道様が一定して登らないとか、子供はコウノトリが運んでくるとか、必要がなければ食事をしなくても寝なくてもよいのがこの世界である。

 ここは冥界、つまり死後の世界なので、生命活動に必要な一切合切がいらない世界なのである。

 馬の糞がありがたいというのは、排泄の概念がない世界においては、とても珍しいアイテムだからで、つまりガチャでいうならSSR、スペシャルスーパーレアというやつである。


「お、おっちゃん?馬糞って超すごいアイテムなの?」


「当たり前だろ!これで、大農場が一つまるごと経営できるレベルだぞ!」


「そ、そんなに!」


「これ単品で200万円はくだらない。これで肥料を作れば収量と品質共に大幅アップ間違いなしだ。農家にとっては収入が単純に10倍以上になるな」


 サラッと重要な情報が出たが、西カロン地方の通貨は円らしい。しかし、それにしてもこんな馬糞1つでそこまですごいのかとにわかに信じられない。もしかしたら、この世界の200万円って200円くらいの価値で、実はたいしたことないのかもしれない。


「えーと、200万円ってどのくらいの価値なの?」


「200万円あれば中古の古い家くらいは余裕で買えるな」


「マジで?」


「誰がウソをつくか!」


 さっきもこの流れがあったが、どうしても信じられない。


「ちなみに罪人の子弟であるミリーの所持金の上限は30円だぞ?」


「え?ええええええええええええ!!マジでえええええええええ!!」


 ライドが追い打ちをかける。というか今それを言う必要があるのだろうか?しかも30円ってなんだ?どういうことだ?子供の小遣いじゃないんだぞ?何かの間違いではないのか?


「さ、30円って何が買えるの?」


「まー、飴玉くらいかな?」


 40年ほど昔の田中 中(あたる)の幼少期でも、駄菓子屋でくじ付きの瓶ジュースが50円、アイスもだいたい50円、安いのだと30円だった。食べると口の中の水分が一気に奪われる棒状のスナック菓子が1本10円、酸っぱいイカが30円くらいだったと記憶する。

 全財産上限30円って、いくらなんでもひどすぎる!あんまりである!

 そして、その絶望に瀕している目の前で、馬糞を落としていった馬が振り向き、勝ち誇ったような視線で見下してくる。


(うわっ!こいつが一番性格ワル!)


 この世界のカルマ格差は残酷である。自分が馬以下であることを見せつけられ、ガクッと膝が落ちる。

 それぞれの想いは違うものの3人が馬糞の前でひれ伏している構図はなんともシュールな光景である。


(いや、だが待てよ!)


 農作物の収量を大幅に上げることができる土壌改良効果を持つこの馬糞を使えば、この枯れたエグザール地方を豊かにできるかもしれない。

 この馬たちは高貴なカルマを持つというプライドを最も重視する性質を持っており、上位者としての証明のためにどうしても下位の存在が必要で、だからこそ、他の群れを捨てて、奴隷として使えるこの最低カルマを持つ自分についてきたのだ。

 ならば、馬たちのおもちゃとなって道化を演じ、気持ちよく馬糞を恵んでもらおう。そう馬糞のために人としての――30円の値打ちしかないこのミリセントの尊厳を捨てるのだ!

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