第18話 「死神の御死事(おしごと)」

第十八話 「死神の御死事(おしごと)」



「えー、第二回アサイラム対策会議をはじめたいと思います」


 冥界の一画にある地獄に隣接した繁華街にある高級焼き肉店で、死神、藤原 壇重朗(ふじわらのだんじゅうろう)の主催による、第二回アサイラム対策会議が盛大に開催された。


「よ!壇重朗!」


 肉大好きの平 伴達磨(たいらのばんだるま)がテンション高く、高級焼き肉店を会場に選定した壇の英断を称賛するが、もちろん他の死神もこのお店のチョイスに喝采をあげている。


 死神が直接プレーヤーとしてアバターに介入出来なくなり、10日ごとに命令書を発行できるタイミングで、現状報告と今後の方針の決定について話し合う機会を設けることを取り決めた前回に続いてのその第二回目ということである。


「食べながらでいいんで、各自報告をお願いします。んじゃ頼蔵からどうぞ」


 主催の壇が議長となって会議を進行する。


「うむ、まずアバターの育成については、メインはアウトロー系として着実に成長している。既に運用していた2名をサポートとして合流させた」


 何事も1番が好きな橘 頼蔵(たちばな らいぞう)は、最初に指名されてご機嫌であるが、こういう分かりやすい性格なのを知っていて壇は敢えて最初に指名したわけである。頼蔵は機嫌がいいと口が軽くなり、情報を引き出しやすくなるし、誰もやりたがらない一番手を自ら引き受けてくれるので会議の進行上たいへん都合が良い。


「2人とのカルマの相性は大丈夫なのかい?」


 アバターが共同作業をする際はカルマの傾向が重要で、正反対のカルマを持つアバター同士は命令書で合同を指示しても上手くいく保証がなく、たいていの場合上手くいかない。

 壇はそれを心配して聞いてみたのである。


「問題ない、もともと低カルマ帯だったからな」


「……」


「何だ?菖蒲丸。何か言いたそうだな」


「別にぃ」


 メインをアウトローに育てるなどと、さもこのアバターだけ特別といったニュアンスだったが、結局他の2名のアバターもそっち系で、ようするに頼蔵はどっちに転んでもアウトロー系にしかならないのだと思ったわけである。目は口ほどに物を言うのか、その思考が表情に現れていたようである。


「頼蔵ってばちなみにどの眷属を使っているの?」


「言う必要はない」


「何故?」


「口の端にのせるのもはばかれる連中ばかりだからな」


「うわー」


「何故非難される必要がある?目的に必要だから起用したんだ。別にオレの趣味で選んだわけではないぞ」


「そういうのを好んで眷属にしてるってだけで引くわね」


 源 菖蒲丸(みなもとのあやめまる)は汚物を見るような目で頼蔵を軽蔑する。浄妙も同意しているようだ。

 言霊の世界においては、口に出してはいけない言葉や名前があり、頼蔵ですらはばかるのだから相当やばいやつなのだろう。


「ちっ!次誰か報告しろ!」


 菖蒲丸にとことん嫌われている頼蔵は、何故嫌われているのかまったく自覚がないほどに自分をポジティブに見ている超のつく自信家なのである。


「んじゃ次ボクね。メインは栗林さんから若杉さんにチェンジ――あ、若杉さんって諜報員の人で、友達の死神から貸してもらったんだけど――で、商売しながら各地の情報収集のネットワークを順調に構築中」


「商売に特化してなくて平気なの?」


「サブ2人の10年分の財産があるからね、それを資本に運輸業者を買収したから平気」


「なるほどな。チビにしては上出来だ。オレのメインの支援をすることを許してやるぞ。ありがたく思うんだな」


「やぶさかではないけど、間にワンクッション欲しいね」


「と、いうと?」


「悪党と直接取引は信用上できないでしょう?間にダミー会社を挟まないと」


「ふむ……では……ん?何で皆そっぽ向くんだ?これは全員の利益になる問題だぞ!」


 頼蔵の人望がこういうところであらわれる。


「あれから眷属増やしたけど、商売関係の人材はいないわ」


「臓器の密売でもしている悪徳医者とかはいないのか?いなければスカウトすればいい」


「例えいたとしても、そんなもの眷属にするわけないでしょう!」


 菖蒲丸が人材不足を理由に拒否権を発動する。


「では、私がやろう」


 安倍 浄妙(あべのじょうみょう)が少し不満そうに手を上げるが、この態度は彼女の普段通りの姿であり、別に不満があるわけではない。


「人材はいるか?商売関係で死刑になるやつはあんまりいないだろ?」


 口いっぱいの肉をまるで飲み物のように豪快に吸い込んだ後、伴が必要な人材の有無を確かめる。各自司る分野があり、眷属にする人材は自分の管轄からスカウトしなければならない。たた、壇のように他の死神と同意の上でのトレードやレンタルなら問題はない。


「こっちも知り合いに詐欺を取り扱っているヤツがいる。そいつにあたってみよう。能力的なリクエストがあるなら後で知らせてくれ」


 相変わらず不愛想で男勝りな浄妙である。

 司法を――特に死刑につながる重罪を管轄する浄妙には、他の軽犯罪を扱う死神との間に独自のネットワークがあるのだ。


「んじゃ、次伴ね」


「ああ、オレか……えーと、実は少し困ったことがある」


「どんな?」


「東カロン地方を目指す攻略組だが、全体的に人材不足なんだ」


「伴のギルドけっこう強くない?」


「ああ、戦闘に関しては問題ないんだが、海底トンネル攻略はそれなりに長期間になるだろう?途中でどうしても休息が必要で、それも野営とかのレベルじゃなく、どうしても拠点の設営が必要になるんだ」


「なるほど、戦闘員ばかりのギルドではちょっとつらいのか」


「冒険者系と生産者系は距離をおくからな」


 初期の基本スキル群を、戦闘系を先に取得するか生産系をとるかで、アバターの成長傾向が決まり、獲得するスキルポイントにボーナスが発生する。

 そのため、戦闘系と生産系は基本的に別々にわかれて活動することが、絶対にそうしなければならないという決まりもないのに、いつの間にか暗黙の了解のようになってしまったのである。

 この傾向は戦闘系が偉いと勝手に思い込む、アサイラム初期に現れた一部の脳筋が、安全な街に引きこもる生産系をディスってしまったために起こった悲劇で、それが未だに続いていて伝統のようになってしまったのである。


「具体的にどうすればいいの?」


「まず、拠点の設営が可能な建築関係の人材と、衣食住関係、あとは物資の輸送とその護衛だ。比率でいうと戦闘1生産2くらいの割合になるだろうな」


「兵站が重要なことくらいわからないのか?この脳筋め!」


 頼蔵の口の悪さはいつもどおりなので、伴や壇は華麗にスルーする。


「あと、こっちが重要なんだが、途中にPKギルドの拠点があってな、あいつらがのさばっているうちは、生産者ギルドの協力を取り付けるのは無理なんだよ……」


 戦闘力のない生産者をダンジョンに同行させるにあたって、最低限の安全を確保していなければならない。自前のギルドですべてまかなえるのなら何も問題はないが、戦闘系と生産系が別行動になる伝統のせいでそれは無理筋なのである。

 これから双方の和解があるかもしれないが、それが実現するまでに、おそらく多くの月日を費やすことになるだろう。


「PKギルド?頼蔵なんで伴の邪魔するの?」


 菖蒲丸が頼蔵に苦情を言う。互いに協力すると言っておきながら、言っていることとやっていることが違うのではないか――と。


「お、オレ様は関係ないぞ!そもそもまだPKにもなっていないしな」


 これは流石に菖蒲丸の早とちりである。


「迂回ルートもないことはないが、やっぱPKを何とかしないことには、いつ背後を襲われるかわかったもんじゃないからな」


「PKKギルドとは協力できないのか?」


 PKとはプレーヤーキラーの略でつまり人殺しである。そして、PKKとはプレーヤーキラーキラーの略で、ようするにPKを倒す人のことである。


「PKKってのは正義感はあるんだが、まー腕はいまいちでな……正直戦力外だ」


 PKが容認されているMMOでは、PKギルドメンバーの高い能力や団結力に比べ、PKKは正義の味方的な高いモチベーションはあるものの、能力が追い付いていない場合が多く、単独PKならともかく、集団化したPK軍団にはPKKではなす術がない。

 また、対人戦と対モンスター戦では、職業やスキルに大きな得手不得手があり、対モンスター戦に特化した一般的な冒険者の人員構成は、対人戦にはほとんど役にたたないのである。

 これはアサイラムも同じで、対PK用に構成した編成では肝心のダンジョン攻略がままならなくなるというジレンマに陥るのである。


「そこで、相談なんだがアサイラムにもっとガキ共を送り込みたいんだが、各自数名ずつでいいから、良さそうなのを見繕ってくれないか?」


「そんなに少ないか?」


「使える――のはな」


「なるほど、確かに落ちこぼれた連中が街中にたむろしてるな……」


「菖蒲ちゃんが、ある程度そいつらを救済しているよね?」


「ええ、でもカルマ帯がプラスに偏ってるからすべての救済は不可能ね」


 菖蒲丸のメインアバターは、駆逐艦の軍医で天寿を全うしたのちにスカウトして眷属とした人物で、バトルヒーラーとして有能だったが、無謀な挑戦を嫌う性格が災いして、冒険好きの冒険者とは反りが合わず、今は落ちこぼれたちの救済にあたっていた。

 さらに、カルマが善に偏っているので、落ちこぼれて悪事に手を染めた者たちは守備範囲外なのだ。


「アサイラムが閉じる以前の連中は既に大規模ギルドを編成して、各都市を根城にしてそこを中心に活動しているからな……」


「攻略に熱心というわけではないのか」


 最近アサイラムに参加したばかりの浄妙はゲーム内の事情に明るくない。


「中立地帯は激戦区だからな、自分とこで手一杯なんだ」


「そーなると、やっぱ新しい子供たちが必要だね」


「子供の段階で有益な人材を判断するのは難しいわね。将来有望な優秀な子をスカウトしすぎると、人間界もひっ迫するし……」


 菖蒲丸が食事の手を休め考え込む。人間を殺して部下にするスカウトは、死神に与えられた権利であるが、例え死神であっても無差別殺人などすればその身が穢れて化け物となってしまう。


 このアサイラムは、死神にとっては一種の遊びであり業務というわけではないので、こちらの都合で人を――子供たちを殺す行為は本来ならしてはならない行為である。

 しかし、死神には人間界の時間で1年の間に殺せる人数――ノルマが決まっており、それ以内であれば業務として認められる。そして、それを超過するとカルマに悪影響がでる。

 その傾いたカルマを回復させる『カルマ落とし』の為に、人間界に善行でもって貢献しなければならないが、ほとんどの死神は人間界に貢献できる能力を持つ者はいない。

 暴力を司る伴や外地を管轄する壇などは、主に過去に何度も繰り返された戦争関係で、カルマを良好に保ってきたが、アサイラムにはまりすぎてだいぶ穢れてしまっている。

 新興を司る頼蔵などは、貢献度は高いものの、それ以上に殺しが趣味になりすぎてカルマは常に危険水準である。


 一方、医事を司る菖蒲丸の場合、人を救うこともできるため、カルマは常に良好で、穢れる恐れが全くない。さらに頼蔵のように殺しを楽しむ性格でもないので、これまでほとんど無駄な殺しはしてこなかった。ただ、あまり善行が過ぎると死神ではなく、善良な別の神様になってしまうので、ある程度は人間を殺さなければならないという別のジレンマもある。

 そうした特殊な背景を持つ菖蒲丸の元には、カルマの低い死神――例えば頼蔵などから残りのノルマをシェアしたり、これ以上超過できない場合に殺しの肩代わりをすることが多く、それを以て『逆カルマ落とし』をしているというわけである。

 頼蔵、伴、壇などが菖蒲丸を仲間に引き入れたがっていたのは、使わない割引券を譲ってもらえる的な小賢しい裏事情もあったりする。

 彼らの仲は、最新技術、外交、武力、医術という戦争、特に太平洋戦争にまつわる諸々で繋がっていたので、それが今も続いているということである。浄妙については、東京裁判など戦後に交流が生まれている。


「なぁ、ここで一つ提案なんだが……」


「何だ?脳筋!」


「1回1回ガチャ引くより、一気に30連ガチャとかできないか?」


「大量殺人か!それは面白そうだな!」


「いいね!ソレ!やろうよ!」


 ここでいうガチャというのは、『子供を殺す』という意味である。殺された子供は『親より先に亡くなった子供』としてアサイラムにやってくるわけで、これをガチャを引くと表現しているのだ。

 伴の30連ガチャもひどい話だが、それに大喜びする頼蔵や壇も相当頭がおかしいと、菖蒲丸は思わずダメだこりゃと首を振る。


「それはどういう意図なんだ?」


 よくわかってない浄妙が伴らの意図を問う。


「人間界で死んだ子供は、個別にクリプトにやってきて職業訓練を受けるんだが……」


「そこで、自分の名前と死因、そして何期生みたいな番号が付けられるんだよ」


「例えば、『ダーン・ジシ・3027』みたいにな。ダーンは壇っていう名前、ジシは自殺、3027番目に職業訓練所に入所ってな感じにな」


「で、そうした子供たちは、亡命者という扱いで名前を見ると誰でもすぐに見分けることができるんだよ」


「亡命者は、亡命者である間は冒険者ギルドなどから優遇される」


 仲良し3人組が目を輝かせながら浄妙に順番に、オタク特有の早口で説明していく。女性2人はそれを受けて当然引く。


「亡命者である間っていうことは……」


「名前が囚人番号みたいでアレだから、亡命者はある程度成長すると独立して普通の冒険者になるんだよ」


「その際、死因と番号は消され、名前を自分で新たに付けることができる」


「で、そうなると一人前の冒険者となって亡命者優遇がはく奪される」


「その冒険者になった元亡命者は、調子に乗ってPKにやられてしまう」


「亡命者優遇で格安で復活できた権利を返上してしまった一部の新米冒険者は、獲得した能力やスキルを担保に復活する」


「そして、これまで使えた能力もスキルもないまま、冒険を繰り返しドツボにはまると……」


「なるほど、菖蒲丸のアバターがそいつらを救済しているってことか」


「そういうこと」


 菖蒲丸は自分のアバターを通してその実態を知っていたが、落ちこぼれが生まれるその仕組みのすべてを知らなかった浄妙としては、ここでようやく合点がいった。その上で次に出てきた疑問をぶつける。


「で、その30連ガチャというのは、どういうメリットがある?」


「1人ずつ訓練所を卒業して個別に亡命者ライフをスタートさせるより、例えば30人同時に訓練所で学んで卒業する方が、まとまりがあるだろ?」


「そいつらを上手く丸め込んで配下にしてしまえば、効率もいいだろう」


「連帯感は段違いなのは間違いないだろうね」


「実際、兄弟とか友人とか同じタイミングで死んで亡命者になると、こっちの世界でも強い絆は引き継がれるからな」


「30人兄弟は無理だとしても、学校とか1クラス分まるごとなら……可能といえば可能よね」


 菖蒲丸がポツリとつぶやく。


「菖蒲ちゃん頼める?」


「修学旅行のバスの運転手を殺せばいけるんじゃないか?それなら1人で済む」


 真顔でさらっと恐ろしいことを言う浄妙。死神というのは基本そういうもので、人間寄りに思考する菖蒲丸がどちらかというと特殊なタイプといえる。


「おお!ナイスアイデア!この方法なら飛行機とか地下鉄とかでも使えるね!」


「確かにそうだな!どんどんやれ!菖蒲丸!」


「……私、アサイラム引退しようかしら……」


「わー!うそうそ!菖蒲ちゃん辞めないで!」


「菖蒲丸がやらないなら、私がやってもかまわないぞ」


 浄妙が助け船を出すが、自分が適任者だと自覚する菖蒲丸は前言を撤回する。

 それに逆カルマ落としをそろそろしなければならない時期でもあるので、いいタイミングかもしれない。


「アサイラム開始時が、大晦日か……誰か6月頃の持ってる人いる?」


「最先端を行くオレ様ならどの時間にも移動ができるぞ」


 冥界と人間界は時間の概念が根本的に違う。

 仏教の時間単位である1劫が40億年以上に相当するので、そんな宇宙規模の時間を現実の世界に持ち込むことは当然ながら不可能である。

 2つの異なる時間的概念においては、人間界の時間の流れに合わせて冥界の時間が圧縮されている。そのため冥界の10年が、人間界ではコンマ1秒にも満たなかったりするのである。


 地獄の刑期は百年と千年などの単位ではなく1万年とか1億年、さらには1兆とかそういうレベルである。当然そんな時間を過ぎれば人間の世界どころか地球や銀河系が寿命を迎えてしまう。その時間の流れの整合を保つために、双方の時間にアクセスし繋ぎとめる死神のような存在が絶対的に必要というわけである。

 そういうわけなので、特に新興を司る頼蔵の役割は大きく、常に時代の最先端に身を置き、他の死神の体感的な時間のずれを補正する目安になっている。だから、頼蔵は死神の中で最も重要で、優れたナンバーワンの死神だと自負しているのだ。


 菖蒲丸などの普通の死神の場合、自分が観測する時間にタグをつけておかないと、人間界で1日過ごすと冥界で100年進んでいたりするので、時差ボケならぬ時代ボケに陥ることになる。

 冥界は基本的にのんびり時間が流れているので、100年程度で大きく変わることはないのだが、ちょっと人間界に顔を出す度に、数十年の月日が流れるので会話がずれてしまうのだ。

 菖蒲丸の場合、常にそばに置いている助手などは、人間界に常駐させ、本人は人間の医者としての地位を得て活動して、2つのい世界の住み分けをしている。


 時代の進歩に伴って失われ、捨て去られた古い概念を司る死神は、力を失って世捨て人のようになってしまうわけだが、そんな彼らは時代の最先端をリードし、我が物顔で振舞う無礼な頼蔵とは当然仲が悪い。

 その一方で、壇はそうした死神とも幅広く付き合っていて、彼らもアサイラムに参加してほしいと思っているのだが、頼蔵の存在がネックになってうまくいかない。良くも悪くも頼蔵は死神界のキーパーソンなのである。


「それじゃ、5月末くらいに送ってちょうだい。この時期がちょうどシーズン前でしょうから」


「菖蒲ちゃん、今からいくの?」


「ええ、せっかくの焼肉パーティーだし、面倒は先に済ませておきたいのよ。後でゆっくり楽しみたいから」


 菖蒲丸は好物は最後に残しておくタイプである。


「ほら、いいぞ」


 中田 中(あたる)の部屋に現れた死神専用の移動用のゲートと同じものが、頼蔵の席のうしろの床に黒い渦となって発生する。

 菖蒲丸は、自分の席にお守りのような小さな割符の片割れを置くと、もう片方を持って頼蔵の出した渦に消えていく。

 人間の時間で数日経つとこちらでは数十年あっという間に過ぎてしまうので、同じ時間に戻れるようにするためのタグがこの割符である。


 そして、1秒もたたないうちに席に置いた割符の場所に姿を現す。こちらでは一瞬だが、菖蒲丸は仕事を終えるまで数日から数年間人間界で過ごしていただろうことは、ここにいる死神なら誰もが知っている基本中の基本である。


「ただいま」


「おかえりー!菖蒲ちゃん!」


「首尾は?」


「某中学陸上部の中総体遠征バスに偶然不幸な事故が重なったわ」


「数は?」


「36名」


「上出来だな」


「流石菖蒲ちゃん!」


「どこの馬の骨ともわからない学生の集まりより、運動部の方がこっちでは使える人材になりやすいでしょう?」


「でかした!菖蒲丸!」


「これで近いうちにアサイラムに36名の子供たちがまとめて現れるのか?」


 浄妙が確認をとる。


「最短で7日後だな」


「しかし、こんな好条件よく見つかったね?もしかして菖蒲ちゃん、人間界で数年とか過ごしちゃってた?」


「いえ、3日で済んだわ」


「マジで?それはすごい!」


「疾患のある運転手から逆算したから簡単に見つけられたわ」


「なるほど!菖蒲ちゃんじゃなければ不可能な方法だね」


 死神が人を殺す意味は2つある。ひとつは死神の仕事としてのノルマである。

 イザナギとイザナミの神話によって、イザナミは1000人殺し、イザナギは1500人生むと定めたが、このエピソードによって人は誕生と寿命の概念が与えられたとされる。

 死神とはその太古の概念に基づき人を死に追いやる一種の象徴的な存在となり、それによって人を殺すことが義務となったものである。

 地獄の概念とは日本の古来の神話や新たに輸入されて広まった仏教及び、それらを元に民衆に広まった民間信仰で成り立っているのだ。


 そして、もうひとつの意味は、人材のスカウトである。

 日本人の人口増加は同時に死者の増加を意味し、それに伴って冥界の拡張が必要になる。拡大した冥界の運営にはたくさんの人的パワーが必要になり、死神はその運営にも携わるわけだが、その大半は部下である眷属に委任する。その部下をスカウトするのが死神のもうひとつの重要な仕事というわけである。


 1年間で殺せる人間の数が死神だけで合計1000人(残り500人は自然死とする)と決まっており、それを各自等分で割って分担するが、菖蒲丸のように普段殺さない死神の分のノルマを誰かに委託したりする。その委託先の主が頼蔵で、アサイラムが始まってからは壇や伴もその中に含まれるようになった。


 しかし、死神である以上人間を一定数殺すことは絶対で、自分で直接手を下す必要があったので、今回の件はちょうどいい機会だったといえなくもない。


「この子らは私が面倒みればいいの?」


「いや、そいつらは落ちこぼれじゃねーし、オレが直接ツバつけて、鍛えておくよ」


 菖蒲丸の問いに伴が答える。


「…………」


「どうした菖蒲丸?罪悪感でもあるのか?」


「ん?まさか……ただ、1人意識不明で植物状態なのよね……」


「というと35人か?」


「いえ、37人で死んだ子供が36人。ちなみに運転手1名と顧問とコーチ2名ね」


 大人の場合、普通の死者としてカウントされるので、アサイラムには関係ない。


「肉体と霊体の紐づけが切れてるならいちおう死者扱いになるが、そいうのは三途の川の前でずっと彷徨ってるはずだな」


 浄妙は普段裁判所の手伝いをしているおかげで三途の川付近の事情に明るく、植物状態の人間の霊がどんな行動をするか知っていた。

 肉体が無事だと葬式を上げてもらえないので、紐づけが切れていても死にきれず彷徨ってしまうのだ。


「そういうのは老若問わずアサイラムに流れ込んでくるぞ」


「あ!そうか!植物人間なら子供以外でもアサイラムに引き込めるってことか?」


 壇が重要なことに気づく。


「やっぱりそうなるのかしら?」


 医事に詳しい菖蒲丸は、植物状態の人間も多数扱っている。しかし、彼らが冥界でどういった動きをするのか知らず、今回の事例で発生した植物状態の子供が、他の36人と一緒にアサイラムにくるのか確信がなく、それとなく聞いてみたというわけである。


「んーーー」


 ここで壇が考え込み始める。


「どうしたチビ?トイレか?」


「あのさ……僕たちの眷属以外で、潜在能力が高い人が時々現れてたよね?」


「ああ、チビの元メインの相方がそんなやつだっただろ?」


「うん、無職なのにとんでもない潜在能力があって、僕の好きなようにステ振りしちゃったんだけど、もしかしてそういう人って……」


「大人で無職でまったくステ振りしてないのに、それは確かにおかしいな」


「元々能力の高い大人が植物状態になってアサイラムに流れ込んできてしまったってことかしら?」


「これは、もしかしたら、面白いことになるかも」


「建築家、商売人、料理人……そういうのを植物人間にしてしまえば、育てる手間を省いて即戦力を得られると……」


「そう上手くいくのか?」


 手が止まっている伴たちを尻目に、常に箸が華麗に舞っている浄妙がいぶかしげに問う。


「試す価値はあるよね」


 壇はそう言って菖蒲丸を見る。


「生死にかかわらず、ここ十年の間に植物状態になった人間の能力と、アサイラムにいる高い能力を持つ者を照合してみれば、裏付けがとれそうね」


「おいチビ!元メインの相棒はどこで見つけた?」


「紛争地帯の都市だったかな?少なくともクリプトではなかったし、見た目は20代前半くらいだったかな?」


「ステ振りしてないのにか?」


「うん、ステ振りしてからも姿は変わらなかったから亡命者ではないことは確かだよ」


 亡命者、つまり亡くなった子供たちは、アサイラムに来るとまず『亡命者の街クリプト』に子供の姿でやってくる。そこで訓練を経て能力を成長させると、それに伴って身体も成長する。そして、落ちこぼれて能力値が下がると子供の姿に戻ってしまうのだ。

 亡命者や元亡命者の冒険者も、失敗を重ね、一度負のスパイラルに陥ってしまうと、身体が小さくなって今まで扱えた装備も使うことができなくなり、これを元に戻すのは至難の業なのである。

 この負の連鎖は、頼蔵がアサイラムで最初に決めた、賽の河原の『石積みの業』の再現で、最初から意図して作ったシステムである。


「そのアバターの名前は憶えてるか?」


「え?えーと、何だったかな……」


「憶えてないのかよ!」


「役に立たないチビだな」


「いや、でもあのステだともう使い物にはならないよ」


 ステというのはステータスのことで、そのままの意味だと社会的地位みたいなニュアンスになるが、コンピュータ用語では状態や状況、ゲーム用語では能力や能力値になる。それらは、いずれもゲームなどで普通に使われる言葉で、使い分けは話の脈絡から判断するしかない。

 ちなみにステ振りというのはステータスを割り振るという意味で、アバターに与えられたポイントを任意に割り振る時に使う言葉である。同じアバターでもどの能力にポイントを割り振るかで、アバターの能力や性能に大きな差が生じるのである。

 壇の元メインアバターの相方は、そのステ振りが極端で使いずらいアバターになってしまったということである。


「まーでもさ、普通のガチャ引くより確定ガチャ引く方が確実だよね」


「それはあまり推奨できないわね」


「菖蒲ちゃん!そこをなんとか!」


「人間界を混乱させることはご法度だ」


 菖蒲丸と浄妙からダメ出しされる壇。


「でも、優秀だけど病気で長くもたない人間は一定数でてくるわ。その中からなら問題ないでしょう」


「やったー!やっぱ菖蒲ちゃんだね!今日は菖蒲ちゃんの分はおごるよ!」


「な!割り勘だったのかよ!」


「当たり前でしょ?前回頼蔵がそう決めたんだから」


「ま、待て!あれは前々回、オレ様一人がおごったからだろう?しかも宴会3回分だぞ?」


「わかったよ!このアサイラム対策会議はホストのおごりで持ち回りってことでいいんだね?」


「異議なし!」


 満場一致でホストのおごりが決まったが、自分だけおごってもらえそうだった菖蒲丸は少し損した気分だった。


「で、伴の報告はこれで終わりかな?」


「ああ、オレの言いたいことはもうないな。いい流れになりそうだしな」


「菖蒲ちゃんに感謝だね!で、次はその菖蒲ちゃんどうぞ」


「私の方は特に報告することはないかしらね。ただ、さっきも言ったけど、ここ10年ほどの植物状態の患者を調べて後で報告書出しておくわ。それで、アサイラムにいる有能アバターとの符合が認められるか確かめてみましょう」


「了解!アサイラムの有能な人間をピックアップしておくよ」


「ああ、助かる!戦力拡充は急務だからな」


 伴がうれしそうに肉を吸い込む。放っておくと生のままでも食べてしまいそうな勢いである。やはりただで食べる肉は美味いのだろう。


「裏が取れたらアサイラムへの供給を順次始めましょう」


「他にある?」


「えーと、今回の件で思ったんだけど、アサイラムの中に病人っていないの?」


 医事を司る菖蒲丸らしい発言である。


「そんなのいたかな?」


「病人じゃないが、確か廃人はいたよな……」


「廃人?」


「ああ、クリプトの訓練所で適性が何一つない無能なヤツを廃人と呼んで隔離してる」


「その原因はいくつか考えられるが、例えば死産とか、先天的な難病を抱えてたとかな」


「なるほど……ここだと地蔵菩薩に救済されないからずっと残り続けるのね」


「その廃人も救済するつもりか?メリットは何もないと思うが……」


 浄妙がたずねる。


「いえ、時々おかしな子がいるのよね……無反応で生きているのか死んでいるのか分からないのがね。これは単純に医者の興味なんだけど、彼らは生きながらアサイラムにいたりしないかなって――ね。意識不明の子たちがアサイラムでどうなっているのかも見てみたいし……」


 菖蒲丸は彼らを救済しようなどとは露にも思っていない。ただ、医者としての興味だけであり、死後の世界のいわゆる霊に対し、そちら側から生に逆アプローチするということが可能なのだろうかという単純な好奇心がある。


「廃人収容施設がたしかカント要塞の近くにあったな」


「なるほど、今度向かわせてみようかしら」


「おいおい、勝手なことするな!我々には大義があるんだぞ!」


「頼蔵、お前たちは今まで散々好き勝手してきたのに、菖蒲丸には好きなことさせないのか?だいたい、お前たちは普段菖蒲丸にどれだけ世話になっていると思っているんだ?」


「うぐ!」


 浄妙の言に、ぐうの音も出ない男3人。箸を置いてしばし手を膝の上に乗せて反省する。


「菖蒲丸の報告は終わりか?」


「ええ」


 最後は浄妙である。


「私の方は、以蔵が幹部に昇格して各地都市の暗殺ギルドの情報網を手に入れた。あと、さっきの頼蔵の件だが、壇と頼蔵との間をとりもつダミー会社に一人割く予定だ。とこんなものだな」


「以蔵は外部に情報をもらすことはできる?」


「無理だな。執行者は基本的に他者と交流はもたない特殊な立ち位置にいるからアサイラム内でのアバター同士の交流は絶望的だろう。情報は時々私が見て、何かあったら逐次報告しよう」


「了解」


 壇はこの会議に参加する女性2人の有能さに感服する。特に浄妙の眷属、岡田以蔵と執行者としての組み合わせは絶妙で、能力的にも問題なく、全国レベルの暗殺ギルドの情報網を獲得できたのは非常に大きいだろう。

 菖蒲丸と浄妙はまだアバターを使い切っていないので、これから先、人材が必要になった時にいつでも対処できるだろう。

 あとはもっと他の死神に参加してほしいところだが、頼蔵がいるかぎり望み薄である。


 東西のカロン地方を結ぶ海底トンネルを攻略すれば、次は東カロン地方である。その東から魔法インフラ技術を伝えた冒険者ギルドは、東カロン地方の情報を一切開示していない。地図もなく広さも不明で、さらにこの地方には、西洋東洋を問わず外来の神や魔物が多数参入していると思われる。彼らと対抗するのか平和的に交流できるのかは未だ未知数である。

 しかも、最近アサイラムが閉ざされたことを知ってそれを不満を持つ外神が、アサイラムに参加したくて、窓口になっている壇にオレもオレもと直談判にきている状況である。


「さて、報告は終わったかな?近々の行動方針とかもだいたい把握できたと思うけど……」


「そうだな、とりあえずダミー会社の設立と、30連ガチャだ」


「私の方は調査しておくわ」


「それなんだが、その亡命者とは違う者たちの呼称はどうする?」


「確かにな、今のうちに決めておくか……そうだな、異端者ってのはどうだ?」


「異端者はアサイラム内でも普通に使われる言葉かな?」


「冒険者、亡命者……亡徊者(ぼうかいしゃ)はどうだ?」


「なるほど、死にきれず三途の川のほとりを徘徊している亡霊か」


「異議はないわ」


「んじゃ浄妙さんの亡徊者で決定します!」


「ふん!まーいいだろう」


「んじゃ取りえず第二回アサイラム対策会議はここで終了します!あとは時間まで楽しもう!」


「おー!」


 これまでのアサイラムはMMORPG的感覚で、それはそれで面白かったが、アバターを直接操作できない今の閉ざされたアサイラムは、経営シミュレーションゲームのようで、個人的にはこちらのほうが好きな壇であった。


 かくして第二回アサイラム会議は大きな収穫を得て無事閉会した。

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