第17話 「世界が知らない世界」
第十七話 「世界が知らない世界」
地べたで寝るとまるで地面に吸い込まれるように姿を消してしまうという、このアバターの大きな特徴のひとつでもある『野生児特性』は、冒険や旅、野外活動に大きな力を発揮し、ゲームであればバランスブレイカー的な能力ともいえる。
しかし、この能力にはデメリットがあり、ベッドや屋内などでは居心地が悪く、およそ人間らしい文化的な生活に馴染めないという、とんでもないマイナス特性が隠されていた。
この世界にきてから1度だけ、屋根付きの部屋のベッドに寝たことがあるが、居心地と寝起きの悪さといったらなかった。
今日、その居心地の悪いベッドのような場所で目を覚ました。
巨大な動物の肋骨と皮のようなもので雑に組まれた天幕の中のようではあるのだが、この場所にてんで見覚えがない。
誰かが暮らしていたような生活の痕跡は見当たらず、その場凌ぎの突貫工事で建てられた簡易テントのようである。
(…………)
記憶が定かではない。クマと戦ったりゴブリンの巣を襲ったり、クマゴローを助けたりした記憶の時系列を遡って、この状況になった経緯を紐解こうと記憶を辿る。
六分儀をゲットして西方遠征を試み、大きな崖を下りた。そこまでははっきりと思い出した。
(……たしか……宇宙人と戦っていたような……)
身体が鉛のように重く、薄目でただ天井をぼーっと眺めている。
頭がまだしっかりと目覚めていないようだ。こういう時はちゃんと覚醒するまで無理に起きない方がよいことを過去の経験から学んでいる。
無理に起きようとすると、身体の大きなおっさんの記憶が、小さな少女の身体の中に入っていることを度忘れしてパニックを起こしてしまうのだ。
この世界にきて1週間くらいは、それで何度もパニックになってしまったものである。
その後はパニックになっていないので、この身体にも上手く馴染んできたということなのだろうが、まだ油断はできない。
「あーーーーーーー……」
脳内はおっさんの声、声帯から出る音は少女の声。脳がこのことを度忘れしていると、これもパニックの要因になる。だからこういう時は少し発声練習をしてあげて、脳を優しく目覚めさせていく。
「お?起きたか?」
まだ少しまどろみの中を漂っていると、突然横から声を掛けられた。
「え?」
声のする方に首だけ傾けると、こちらを覗き込むイケメンがいた。
本物の少女ならドキっとしそうな顔面偏差値だろうが、そっちの趣味のないただのおっさんには特に何も感じず、顔が近いというだけで特になんとも思わなかった。
「あ、人間だ……」
脳が覚醒していないせいか、普通は驚くところなのに妙に冷静である。
「いや、残念ながら人間はとっくの昔に辞めてるんだ」
「へー、そうなんだー」
「なんだ?五日も寝ててまだ寝たりないのか?」
「五日?」
「そう、五日」
「そっか……五日か……」
イケメンから視線を外し、上を向いてまた目をつむる。そしてちょうど5秒後にカッと目を見開いて飛び起きる。
まだ慌てる時間ではないと言い聞かせたが、十分慌てなければならない時間だった。
「五日?五日も寝てたの?っていうかあんた誰?って何これ?」
最初は五日間眠っていたことに驚き、次に見知らぬ人の存在に驚き、さらにその見知らぬ人の姿かたちに驚いた。特に最後が一番驚いた。思わず他人の姿に何これと失礼なことを言ってしまうほど驚いて、跳び上がってしまったのだ。
「お?どうやら目が覚めたようだな」
「そりゃー覚めるわ!」
居心地の悪いベッドから飛び起きて、目の前の人――といっていいのかわからない初対面の人に何故か怒って八つ当たりする。
直近の記憶が正しければ、自分は宇宙人と対戦していたはずだ。しかし、今は見ず知らずの人のような人とこうして起き抜けに会話をしているのだ。
早朝ドッキリでも仕掛けられたのかと思うほど、この状況に脈絡が無さ過ぎて、混乱が収まらない。
遊牧民族の大きなテントの中といった雰囲気である。
宇宙人たちのハイテク装備とは打って変わっての原始的なタイムスリップ感が混乱に拍車をかける。
しかし、そんな状況などおかまいなしに、イケメンが呑気な挨拶をしてきた。
「おれは『ブルー』だ。よろしくな」
顔はイケメン――そう顔だけはイケメンで、それ以外の身体のパーツのバランスが明らかにおかしい。
だいたい大雑把に人間は8頭身とすると、ブルーと名乗った彼の頭の大きさと身体の各部位のサイズが、頭身以前に左右対称ですらなく、各部位がばらばらなのである。
頭の大きさにくらべ上半身がボディビルダーのように大きく、さらに左右の腕の大きさが全く違う。シオマネキという片方のハサミだけやたら大きいカニのように、多少というレベルをはるかに超えて極端に大きさが違うのである。
敷物のない地べたに胡坐をかいている腰部は上半身にくらべて、それを支えきれないのではないかと思えるほど線が細いのに、太ももはやたら太く短足である。
最初に彼を見た時に「何これ?」とつい口走ってしまったが、そんな語彙力が無くなるほど明らかに人間とは程遠い異常な姿をしているのだ。もし仮に彼の顔がイケメンではなく人外の異形な顔であれば、ただの化け物なんだなで終わる単純な話である。
極端にバランスの悪い肢体にもかかわらず、イケメン過ぎる顔がお面のようにくっついているだけでも面白いのに、極めつけなのが、そのイケメンが上下ひっくりかえって逆になっているのだから、もうどこから突っ込んでいいのかわからない。
デザインの発注ミスとかそういうレベルではなく、明らかにこちらを笑わせにきているだろ!と、造形者に悪意しか感じない。
しかし、元が不細工なおっさんとしては、容姿について他人のことをとやかく言えた義理ではなく、ファンタジーの世界に宇宙人がいるくらいなのだから、こんな人が1人くらいいたっていいのだ!これは普通なのだ!と自分に言い聞かせて、なんとか平常心を保つ。
「わ、私はミリセント……よ、よろしく」
上体といっしょに首を大きく曲げて、顔を真正面にしようとして、ブルーと名乗るイケメンに笑われる。上下逆さまだとやっぱり見ずらいのではないだろうかと気を遣ったのだが、彼はぜんぜん気にしていないようで、そのままでいいと言われてしまった。気さくでとても良い人のようだ。
大きな右腕の人差し指を出してくるが、これは握手ということだろう。大きな指先を小さな手でつかんで握手をかえす。
「いやー、久々に普通の人間を見たよ」
「あのー、あなたは人間なの?」
「元、人間な」
「元?」
「ああ、この姿、どうみても人間じゃないだろ?」
自分が変な姿をしていることを自覚しているブルーと名乗る自称元人間。
「でも、普通の人間と話してるみたい」
「まー、元は人間だからな」
姿かたちは、オレの考えた最強のラスボスの最終形態前の第二形態的な感じだが、話し方は完全に普通の人間で、しかも気さくで良い人そうである。駅のカーズ・サトゥー(独身)っぽい雰囲気を持っていて口調だけは好感がもてる。
「…………」
「状況が飲み込めてないって顔だな」
「うん、私は確か宇宙人っぽい人たちと戦ってたと思ってたんだけど……あれは夢だったのかな?」
「いや、夢じゃないよ。オレもその様子は上空で見てたからな」
「ああ、あの飛翔体の?」
「あれは、オレの騎竜だよ」
「竜?」
「外にいるよ」
「え?マジで?見たい!見てくる!」
竜と聞いてときめかないオタクは存在しない。リアルでは絶対に見ることができない竜をこの目で見たくて、テントの出口を見つけてダッシュで外に飛び出す。
しかし、ここで出口を塞いでいた何かに思いっきり衝突してしまった。
「あ、あ痛ぁ!!」
ぶつかった瞬間、それが人の形をしていたのが一瞬見えた。
「あたたた……って、ごめ……ん?」
前方をよく確認せず、ぶつかってしまったことを詫びろうとして、そこで相手が誰かに気づいた。
「ああ!あんたは!」
赤褐色の巨漢、昨日いや5日前――に死闘を演じ、最後はスポ根アニメよろしく熱い友情を結んだあの……名前が思いつかない――あの宇宙人ではないか!
「無事だったんだ!良かった、ほんと良かった!」
元気そうな戦友を見て、身体をペタペタ触ったり、コンコンとかるく小突いてみたり、戦闘中はよく見れなかった各部位を間近で確かめる。関節や装甲の継ぎ目など、メカ的な構造につい目が行くのは、ロボット好きの男子の性なのだろう。まるででっかい超合金のようで思わずテンションが上がる。
「なるほどー、こうなっているのかー、ふむふむ……」
宇宙人はそんな限界オタク化した少女に最初は戸惑っていたが、すぐに跪く態度をとって見せる。
そういえば、彼が自分の道具になるという条件で助命されたことを思い出す。
その場しのぎの口からでまかせだという認識だったが、律義にも従者としての態度をとる彼の姿に少し戸惑う。宇宙人のくせに――というと失礼かもしれないが、助かっちゃったぜ!ラッキー!ザマー!ってな感じで手のひらを返して、どこかに逃げていく可能性も十分あり得ると思っていたので、これには少し面食らうと同時に、彼らの誠実さを甘くみていたようで反省する。
「そういうのいいから、立って、立ちなさい!」
ずっと傅いたままの巨漢を見ていられず、マスターの強権を発動して立つように命じる。そして打てば響くようにシャキっとすぐに立つ宇宙人が小学生みたいで苦笑しかない。
「あの時はそういう約束だったけど、私はこんな主従関係は望んでない。必要な時には求めるから、それ以外は普通にしていていいよ」
普通にするというのが理解できないようで小首を傾げる宇宙人。
「あんたらって普段何してるの?」
「狩り……とか?」
「狩り?んじゃ、私がここにいないときは普段通り狩りをしてていいよ」
「オレは従者だ……ミリセントに付き従う」
「そういう上下の関係じゃなくて、何ていうか――戦友とか、そう!相棒という関係がいいと思うんだけど!」
「相棒?」
「そう、相棒とか相方とか、対等の仲間よ!」
「しかし、それは契約に反する……」
「案外律義なのねー……でも、それなら、道具をどう扱おうがマスターである私の勝手でしょ?ちがう?」
「…………」
そこに遅れてブルーがカニのように横歩きしながらテントから出てくる。あの無駄に横幅のある身体では、狭い場所はさぞ苦手だろう。同情する一方で、そのカニっぽい動きに思わず苦笑してしまう。
「ミリセントは、人間界に帰らなければならないのだろう?だったら彼女に付いていくのは物理的に不可能だし、マスターの命令なら従うべきじゃないかな?」
ブルーがこちらの提案というか命令に賛同する。しかし、ここで興味深いキーワードが出て、そちらに気が向いて話がかわってしまった。
「人間界?」
人間界という言葉に懐かしさを感じる。ここは冥界の中にある異世界空間で、一応まだ死んではいないが、諸々の事情があって今は死者の世界の住人になっている。その世界から見た生者のいる世界が、あの世に対する『この世』であり、つまり『人間界』というわけである。
ただ、ブルーの言う人間界というのは、あの世この世の話ではなく、おそらく人間を辞めた彼から見た、物理的、精神的な距離感を表現したものだろう。
つまり、大断崖の下の世界は、人間の住む世界ではないということを暗に示しているわけである。
「段差の上に人間が住んでいることは知ってるさ。そこをオレたち下界の元人間は勝手に『人間界』って呼んでいるだけだよ」
大断崖は単に段差と呼ばれているらしい。そして崖下の世界を下界と呼び、その上の人間のいる土地を人間界と呼んでいるらしいことを一連の会話の中で知ることができる。
エグザール地方の駅から大断崖までは人間界で、その下は、宇宙人やらミュータントのような元人間がいる完全に別世界である。
(ミュータント?)
今自分の思考の中で飛び出した単語を反芻する。
ミュータントとは突然変異という意味だが、ダーウィンの進化論とは別に、動植物を人為的にかつ急速に変異させた、或いは変異してしまった場合に使われる言葉である。
改造人間とか環境破壊によって生まれた怪獣なども広義の意味ではミュータントと呼べなくもないが、遺伝子実験によって生まれたものや、放射能汚染によって遺伝子情報が崩壊して異形化したものが、そう呼ばれることが多い。
それを前提に考えると、ブルーの姿形がまさにミュータントではないだろうか?
「いったいここで何があったの?と、いうかここどこ?」
本来なら一番最初に聞くべきことが今いる場所だったのだが、竜と聞いてテンション上がっていろいろな順序がひっくり返ってしまっていたので、ここでようやく軌道修正する。
「ここ?ここはミリセントが気を失った場所だぞ」
そう言われてキョロキョロ辺りを見回すが、確かに地面を円錐状に掘ったと思われる、先日戦った場所『闘技場』のようである。
同じ場所でも人口密度の違いで全然違う場所に見えた。
「えーと、何て言えばいいのか、ブルーとか相棒とか、ここあたりの歴史とかが知りたい」
テントの外で3人でそんな会話をしていると、突然何もない空間から10体の猛者たちが姿をあらわす。
いわゆる光学迷彩とやらで姿を消していたのだろう。この能力は雑魚宇宙人にも標準で備わっていたようで、この10体だけの特別なものではないと思われる。
彼らのことは10人の傑物ということで、今後は十傑と呼ぶことにしようと思う。
「おわっ!びっくりした!」
姿は見えなくても能力を使えばすぐに見破れるのだが、自分が能力者である自覚がないようで、特に目的がない時は能力を使うという発想自体が起こらなかった。
周囲の大きな運動エネルギーの変化に反応して自動的に発動する自動調査解析で何とか危険を予知できたが、見知らぬ場所に来るときは積極的に能力を使って警戒行動していかなければならないだろうと反省する。もし、彼らが暗殺者であるなら、もう死んでいたかもしれないのだから……
「目が覚めたか」
「ええ、おかげさまで……助けてくれて本当にありがとう」
十傑に向き直って改めてお礼をするが、隣でただ突っ立っている――彼らに助けてもらった立場の相棒の無礼さに気づき、肘で小突いて出来の悪い息子を持つ母親のように無理やり頭を下げさせる。
彼らには謝罪とか頭を下げる文化は――これは日本人だけなのかもしれないが――ないようで、その礼をうけてリアクションに戸惑い、周囲と目配せしてからぎこちなく頭を下げる仕草を真似る。
そこで頭を上げたらタイミング悪く十傑もご丁寧に頭を下げていたので、慌ててまた頭を下げる。そして十傑も……と、日本人にありがちな無限ループに突入してしまう。
それを客観的に見ていたブルーから滑稽に見えたのか、大笑いをし始めたのでそのループは5ターン目くらいでようやく止まった。
「えーと、何の話してたんだっけ?」
今この闘技場には自分と宇宙人の相棒、そして新たに登場した元人間を自称するブルーと十傑。そして闘技場の一段上の地表にブルーの騎竜がいる。
最初はブルーと会って、竜と聞いてテンション上がって、外に飛び出したら相棒とぶつかって……という流れで話がこんがらがってしまったのを思い出す。
「えーと、この地方の歴史だっけか?あ、いや、その相棒とは一緒に帰れないって話だったかな?」
「どっちも知りたい!教えて!」
大断崖を下りてからというもの未知との遭遇だらけで、理解が追い付いていない。完全無欠の無知状態は一文無しと同じレベルで落ち着かない。
「えーと、どこから話せばいいのかな……」
「ブルーの住んでる場所とか、この人たちがどこから来たとか?」
「まず、ミリセントが……」
「あ、ミリーでいいわ」
「ミリーが来た段差があるだろ?あの段差は人間界との交流を遮断する障壁なんだが、実は南端は海の浸食で大きく崩れて下におりられるようになっているんだよ。おれたちの先祖はカロンから調査にきて定住したんだよ」
「カロンって西カロン地方のこと?ちなみにそれは何年前?」
「俺たちの先祖がきたのは600年ぐらい前かな?西カロン地方ってのはわからないが、おそらく同じカロンのことだろう」
「なるほど!で、そこにプラーハ王国ってのはあった?」
「王国?俺の聞いてるプラーハは一都市の名前だな」
「ふむふむ、続けて」
450年前、当時西カロン地方を制覇していたプラーハ王国は、600年前はまだ小さな都市だったらしい。
設定好きの考察班としてはこういう話はとても興味深い。
「オレたちのご先祖様は、調査探索を生業とする集団で、各都市の要請を受けて収集した情報を売って生活していたらしいんだよ」
「ほほぅーう」
「カロン地方をあらかた調べ尽くしたあと、西方か南方の未踏地を調査をすることになって、協議の結果南方に決まったというわけさ」
「ふむふむ、西に行ってたら全然歴史がかわっていたかもね」
「そうかもな。で、南端の段差を下りて海に出ると、そこに豊かな土地が広がっていたんだ。さらに、崩落した崖の中に古代文明の遺跡を発見してしまったんだよ」
「古代遺跡!え?っていうことは、彼らは宇宙人ではなく古代人の末裔ってこと?」
この話を聞いて、十傑たちと出会うストーリーを勝手に想像してしまう。
宇宙人でなければ古代人と安直な発想だと思われるが、崖の中の遺跡ということは地下帝国があるにちがいないし、彼らはその末裔と考えるほうが、宇宙人とするよりはるかに合理的かもしれない。と、早とちりしてしまう。
「まー話は最後まで聞けって。その遺跡――と、言っていいのかわからないが、鋼鉄で覆われたオレたちよりもはるかに優れた文明のようだったんだ」
「鋼鉄か……」
今よりもはるかに文明レベルが進んだ時代がかつて存在していたことになる。それが何らかの理由で滅んで、地層に埋もれてしまい何千何万という年月を経て、再び地表に現れたのかもしれない。
そうなると、この世界は文明が繁栄しては衰退の繰り返しをしてきたということだろうか?
大断崖を境にその西側が荒野になっているのは、そうした隆盛と衰亡を繰り返した結果、資源とかマナといった生命にとって必要なものが枯渇した結果なのだろうと推察できる。
「それで?」
「遺跡の本体には手が出せなかったが、周辺に散らばった遺物の調査研究が行われ、ご先祖たちは結局この地に定住することになったんだ」
ブルーたちにまつわる歴史はだいたい理解できた。あとは彼ら宇宙人との関係と、そしてブルーがなぜ人間をやめてしまったかが気になるところである。
「彼らはどのタイミングで現れたの?」
「今から……確か200年くらい前かな?」
ブルーが確認するように宇宙人たちを見ると、十傑の中心的なボスと勝手に命名した銀色の巨人がうんうんとうなずく。彼らはうなずくとき1回ではなく必ず2回うなずく癖があるようだ。
「オレは当時、仲間とたまたま国を離れて周辺を探索していたんだ」
「待って!ブルーって200歳ってこと?」
「ああ、そうなるな。この身体になってもう死ねなくなってしまったよ」
「その時、宇宙人が来訪したってわけね?」
「ああ、だが普通にやってきたというわけではなくてな……」
「我は仲間を増産するに適した星を求め彷徨っていた」
ブルーの言葉の続きを急にボスが引き継いで説明してくれた。
「敵船の反応を示した惑星を発見し調査のために接近した時……」
「突然遺跡が動き出して大砲に変形したんだ」
「それって宇宙船を迎撃するため?」
どこかで聞いたことあるような設定だが、予想もしていなかった急展開についわくわくしてしまう。
「遺跡のそばにあったオレたちの都市は、大砲出現の巻き添えで大きく破壊され、さらに砲撃によって都市が一瞬で蒸発してしまったんだ」
「ま、マジで?」
「オレたちはその様子を遠くから眺めていたんだよ……」
「我が船はその直撃を受けて大きく損傷したが、敵戦艦に突撃して無力化することに成功したのだ」
「うひゃー」
さらっと重要な情報がでた。その古代文明の遺跡は、海に浮かぶ現代の戦艦タイプなのか、それとも宇宙戦艦なのかまではわからないが宇宙人からみても戦艦らしいものだったのだ。
向こうの世界の記憶を引き継いでいるこのミリセントというアバターなら、このシチュエーションについて、アニメやマンガなどの様々な作品から妄想を膨らませることができる。
しかし、原住民だったブルーたちにとっては、想像を絶する光景だったと容易に予測できる。
そして、生き残ったはずのブルーの身体がミュータント化したということは、この戦いで周辺が汚染され、それに気づかず近づいてしまったからなのだろう。
「敵戦艦の動力源である反応兵器を傷つけてしまったことで、ここ一帯は有害物質で汚染されてしまった」
「彼らはその有害物質でもまったく平気だったんだが、オレたちはご覧の通りのありさまさ」
「悲しい事件ね……」
「スパルタンは、異形化するオレたちを助けてくれたんだよ」
スパルタンとは宇宙人の種族名なのだろう。彼らを構成する外骨格の資源名がスパルチウムだったが、これで納得できた。
ここで言う有害物質とは向こうの世界で言うところの放射性物質のことで間違いないだろう。放射線を大量に浴びて遺伝子構造が崩壊し、人の形が崩れてしまったのだろう。
「ブルー以外に生き残りは?」
「いるにはいるが、まともに他者と対話できるのは恐らく俺だけだろうな」
「なるほど……」
「オレとバロンは幸いにも脳が破壊されずにすんだからな。あ、バロンというのはそこにいるオレの騎竜のことだ。ああ見えて元はオウムだったんだ」
「はえー!オウムがあんな竜みたいになっちゃったんだ……」
竜と聞くとRPGなどでお馴染みの伝説のドラゴン的なイメージを持つだろうが、バロンの姿は鳥をベースにした翼竜的なスマートなフォルムである。胴体と同じくらいの大きさの頭とクチバシ、細くて長い首を持ち、翼は閉じているが広げたらおそらく身体の何倍にも広がるだろう。横幅のある平べったくて長い尻尾が特徴的だが、足が隠れているのか、どうなってるのかわからない。
「おーい!バローーーン!」
試しに名前を呼んだらこっちを見る元オウムのバロン。
「スパルタンたちには名前はあるの?」
ブルーとバロンの名前はわかったが、宇宙人の固有の名前がわからないので、呼ぶとき困ると思ったので聞いてみる。
「あの事故の時はまだシルバー1人だけだったな」
シルバーという名前は、こちらで勝手にボスと名付けた銀巨人のことだろう。
「え?そうなの?」
てっきりこの10体のスパルタンは最初から仲間だと思い込んでしまっていた。
「我以外は、ここで新たに生まれたものたちだ」
「そ、そうだったんだ!」
驚きの事実である。他9体プラス相棒の1体計10体はこの地方の生まれだったのである。つまり、元は雑魚の集団のなかの名もない1人で、先日の闘技場で起こったようなジェノサイドを潜り抜けた特別な個体なのである。
「つまり、彼らに名前はないってこと?」
「連中の個体の識別の仕方は、どうも名前じゃなくて、外見で見分けてるみたいなんだよな」
「でも、それだと数人集まってるところで1人だけピンポイントで呼ぶときたいへんじゃない?」
「連中は頭の中で直接会話しているからな……」
「あ、それもそうか……」
彼らの技術力ならスマホのように個別に直接通話したり、グループチャンネルを使ったりなんでもありだろう。
自分の耳につけられた翻訳機と同じものがブルーにもついているのを確認する。
「今、ブルーたちの故郷ってどうなってるの?」
「国は見る影もないな。遺跡はスパルタンの宇宙船が突っ込んだ状態になってるし、有害物質が漏れて大地は汚染されて手が付けられないんだ。さすがのミリーもあそこには近づくのは無理だろうな」
崖を下りて南下した時に見えた熱帯雨林のような森は土壌汚染によって奇形化した植物に覆われた危険区域だったのだろう。だから調査解析したときに警告が出たのだ。
「バロンみたいに異形化や巨大化して怪物になった動植物がたくさんいて、さらに危険だ。ただ、スパルタンにしてみたら格好の狩場だし、彼らとしては案外ここの生活は楽しいんじゃないかな?」
そう言ってブルーに話を振られたシルバーボスはうんうんとうなずいて同意する。
流石は戦闘民族である。戦えれば場所がどこだろうと関係ないのだろう。
「そういえば、彼らはここから離れられないの?」
ここで最初の質問にもどるが、ブルーの言が正しければスパルタンは崖の上までこれないようなのである。この理由はだいたい想像がつくが、一応裏をとってみたほうがいいだろう。
「スパルタンは彼らの母船からあまり遠くに離れることはできないらしい」
彼らは一見すると高度なテクノロジーの塊だが、それは彼ら自身が築き上げた文明によって得たものではなく、もっと上位の存在によって創り出された種族で、身体も装備もすべて与えられたものなのだろう。
脳と思しき部分が非常に小さく、その周囲に大量の補助脳らしき電子化されたような領域が存在し、それらが思考やハイテク装備の使用をサポートしているのだろうと予測できる。
そして、それらハイテク部分にエネルギーを供給しているのが母船ということだろう。スマホなどと同じで電波が届く範囲でしか通信できないのだ。
「我らのマザーシップは飛ぶことはできないが、中身は正常に働いている。この星で活動するにはこれで十分だ」
「スパルタンがどうやって増えるかは分かったけど、あのうじゃうじゃいた雑魚はどこから生まれたの?」
逆境を乗り越えようとして突然変異したのがスパルタンになることは、実際にこの目で見たので理解しているが、その基となる雑魚はどうやって生まれるのだろうか気になるところである。
「ミニオンはマザーシップから自動供給される」
「ミニオンっていうのは、ミリーと最初に戦ったあの雑魚のことだ。彼らは最初は小さなカプセルとして生まれて、それを周辺にばらまいておくと勝手に成長していくのさ」
雑魚宇宙人はミニオンと呼称され、カプセルの状態――おそらく卵?で母船内の工場から自動的に生産されるとのことだ。それをスパルタンやブルーが周辺に適当にばらまいておくと、カプセルから勝手に生まれて成長し、普段は個別に活動しているとのことである。
この闘技場のような場所を予め各所に作っておくと、そこをホームにして行動するようになり、各地にそうしたホームと呼ばれる巣がたくさんあるらしい。つまり、先日殲滅した200体の群れ以外にも、少なくともこの10倍以上のミニオンが周辺にいるらしいのだ。
マザーシップ周辺に生息するミュータント化した手ごろな化け物を生け捕りにして周辺にばらまくと、ミニオンはそれを見つけて自分の巣に持ち帰り、そこで今回のような闘技場イベントが始まるというわけである。
そうやってバラバラになったミニオンを一か所に集めて逃げられないようにし、虐殺する中で突然変異体であるスパルタンを誕生させるというわけである。
これは実に合理的かつ効率的な進化方法だろう。命の価値が人間とはまるで違う種族ができる力技だ。
進化論とは、『ダーウィンの進化論』にあるように徐々に身体が環境に適応すると勘違いしている人が大勢いるだろうが、実は突然変異した個体がたまたま環境に適応し、生存競争を勝ち抜いて生き残ったというものである。
つまり人間は猿から徐々に変化したのではなく、突然変異した最初からヒトという新種なのである。
彼らの進化方法はまさにこの進化論を人為的に行っているというわけであり、同じように見えるスパルタンたちも、厳密に言えば一人一人別の種ということなのだろう。
その根拠としては、相棒を助けた蒼いスパルタンが衛生兵のように特化していたからである。相棒は超重量の岩塊を持ち上げるために肉体がオーバーヒートして赤褐色になったが、こうした進化した状況が彼らの特性を決定づけるのだろう。
「なるほどー」
ボスの言葉をブルーが翻訳するかたちで説明を受ける。
彼らの上位存在が、スパルタンたちを特定の型にはめて造形せず、進化という非常に曖昧な方法で種を生み出している真意を確かめることはできないが、全てを知り尽くした全能なる存在といいうのは、最初は完璧な設計思想を持つが、一周回って最終的には意外性に価値を見出すのかもしれない。
(しかし……)
この創られた世界の裏側というか片隅に、こんな設定を盛り込む意図に、何か釈然としないものを感じる。
ゲームや異世界転生モノの作品においては、主人公は自分であり、それを中心に都合よく物語が展開していくのが定番である。しかし、この世界の主人公は自分ではないのだ。
この世界は、冥界にある三途の川のほとり、賽の河原を改変した異世界で、主人公は『親より先に亡くなってしまった子供たち』である。
彼らは今頃、西カロン地方で異世界転生ライフを四苦八苦しながらもそれなりに満喫していることだろう。
「うーん」
ブルーの話を聞きながら、つい別の思考に没頭しはじめてしまう。
作りこみがすごいと単純に称賛すべきなのか、何かしらの意図があって無意識に一定の方向に導かれているのか……
今自分はミリセントというアバターを、おっさんである中田 中(あたる)が直接操作している状況である。
これはこの世界の本来の仕様ではなく、身分証明書となる鬼籍本人手帳を能力で分解して、その効力を消失させてしまった不可抗力の結果である。つまりイレギュラーで、悪く言えばチート、良く言えば裏技である。
ミニオンと出会った時に、アニメやゲーム、映画作品から咄嗟に宇宙人を連想して、そこから対応策を考えたが、その知識がなければ、地元のモンスターの一種として見たか、亜人種などの友好的な存在とみていたかもしれない。グレネードランチャーの発射音に関しては明らかに反応が変わっていたはずだ。
振り返ってみると、何も知らない野生児の非力な少女が、ここに至るまでの様々な困難を無事にクリアしてきただろうか?
能力の使い方ひとつとってみても、アニメやゲームから得た経験が生かされている。それらが分からない人に、この能力を上手く使いこなせるのだろうか?
そのためのチュートリアルなのだろうが、これまで1000人以上の挑戦者がすべて失敗に終わっていることを考えると、このアバターは最初からイレギュラーだったと考えたほうが合理的である。
(頭がこんがらがってきた)
『親より先に亡くなった子供たち』の世界なのに、その裏側でおっさんが暗躍しているというこの現状は、この世界を設定した誰かの思惑どおりの展開なのだろうか?それとも想定外の行動をしているということなのだろうか?
(いや、そのことはこの際どうでもいいな)
ぶっちゃけてしまえば、一度死んだようなものなので、自分の命は別にどうなってもいいとさえ思っているし、作り手の都合を考えて忖度する必要も全くないだろう。
ただ、本筋とは関係なさそうな裏の設定がどこまで広がっているのか非常に興味があるのだ。
(まだ、行ってない場所がたくさんある)
西カロン地方は既知のエリアで、地図なども含めたくさんの情報があり、行こうと思えばいつでも行ける場所なのだが、大断崖から北側と西側は完全に未踏の地で、地図なども存在しない。ブルーの言う古代遺跡とやらも興味があるし……
もしかしたらこの先にまた別のおもしろそうな世界があるのかもしれない。
しばらく呻りながら自分の世界に入っていると、皆から不思議そうに見られていることに気づく。
「おっと!何の話してたっけ?」
「まー、ようするに、家には道具を持って帰れないから、おいていくしかないってことだな」
一通り説明を聞き、ミニオンやスパルタンたちの貴重な情報を得ることができた。その上で想像していたとおり、彼らは活動できる範囲に制限があり、結論として隣にいる相棒を連れて帰ることはできないということである。
「ずっとここにいればいい」
それを受けて道具に形容された相棒が少し寂しそうに言う。表情はまったくわからないのに、その仕草だけで何を考えているのかわかるのが、スパルタンたちのカワイイところである。
「うーん、もうちょっとここで調べたいけど、もっと色んなところに行ってみたいしね……」
この野生児であるミリセントというアバターの特性を考えると、未踏の地を開拓するのが最も正しい使い方なのだろうと思う。
決められた道をなぞるだけの紛い物の冒険ではなく、このアバターは純粋な生まれながらの冒険者ということである。
「そう!私は冒険をするために生まれた存在で、冒険をしないと生きていけないのだ!」
これをやる!みたいな具体的目標がなかった道に光が差した気がした。
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