第16話 「勝利の報酬」
第十六話 「勝利の報酬」
戦いは勝利に終わった。横たわる敗者と健闘を称え合った。自身も、そして敗者もこの死闘の果てで大きく成長することができた。そして、なぜか奇妙な友情が芽生えてしまった。
これですべての問題が解決し、無事帰路につけると思った。
しかし、状況は好転するどころか、むしろ悪くなってきているのではないかと思えるような異様な雰囲気に包まれている。
勝者と敗者の2人を宇宙人の群衆が遠巻きに取り囲み、声を揃えて『敗者を殺せ!』『悪魔を殺せ!』と連呼しはじめる。
これまでで一番大きな声で、しかもこれまでバラバラだった声が寸分の狂いもなく揃っている。凄まじい一体感で闘技場を大音響で圧倒し、疲れた脳を直接殴られているようだ。
一体これはどういうことなのだろうか?
刻々と変化する戦闘の中で、彼ら宇宙人の反応が大きく変化したことは体感できた。その変化の起点になったポイントは、対戦した宇宙人が死に瀕して突如進化してしまった時からである。
「な、何で殺さなければならないの!?」
(アクマ ニ ナッタ!アクマ ハ コロセ!)
「悪魔?何言ってるの?あんたらの仲間でしょう?」
(アクマ ハ オレタチ ノ テキダ!)
「敵?」
どちらかといえば敵は自分なのではないのかと思うのだが、なぜ彼が敵になるのだろうか?
スタジアムの歓声を思わせるような一体感でのコールは、ヤジを通り越して、言葉の暴力となって突き刺さってくる。アウェーでの戦いの恐ろしさを痛感する。
彼らをそこまで追い込んだもの、駆り立てるものとはいったい何なのだろうか?戦いの中で、ある程度彼らを理解したつもりでいたが、実は何も理解していなかったようである。
敗者を殺すというのは、決闘ならありえない話ではないというより、それが至極当然なのだろう。しかし、彼らのニュアンスは敗者だから殺せ――ではなく、悪魔で、そして敵だから殺せというのである。
そこには勝負という現実とその結果がまったく見えていないようなのだ。
対戦者の変化――いや進化が、彼らのルールの中では侵してはならないチート行為に相当する。と、考えるのが最も合理的だろうが、この流れで急に態度が変わるのは全くもって理解できない。
(コ・ロ・セ!コ・ロ・セ!コ・ロ・セ!コ・ロ・セ!)
殺せの大合唱だが、ここで疑問が出る。殺したいなら自分たちで直接殺せばいいのに、ことさら大げさに叫んで煽るだけで何もしようとしない。この死にかけた対戦者の宇宙人を殺すなど彼らなら造作もないだろうに……
対戦中からも感じていたが、彼らは進化した宇宙人に対して明らかに恐怖を感じている。怖くて怖くて仕方がなく、その抗えない恐怖に打ち勝つために、必死にこの場を全員で煽って自己暗示をかけ、正常性バイアスでパニックを抑え込んでいるように見えてしまう。
ようするにみんなで騒げば怖くない。みんなでコールすれば危険は勝手に去ってくれると思い込んでいるのだろう。
友情が芽生えた対戦者の宇宙人に対する不当な扱いに対して義憤が生じるのは、人として当然である。
「ダメ!絶対に殺させない!」
この不当な糾弾をこのまま放置しておくことは、自分の中の正義に反する。
ここで言う正義はそんな大それたものでは決してない。列に割り込む人を見て眉をひそめてしまう程度の些細な正義感だ。
ただ、そんなちっぽけな正義でも、その被害者が他人なのか友人なのかで、そこから示す態度に大きな違いがあるだろう。
公共の場で見ず知らずの人の被る被害のために正義を振りかざして自分を犠牲にするような熱血漢ではない。しかし、その被害者が知人、友人であればその限りではない。
ここで生じた義憤の根底にある正義とはそんな程度のものだったが、それは、たった今友人となったこの宇宙人のために何かをしようとする理由には十分すぎる。
はっきり言ってしまえば、この何百何千の他人の群れの命よりも、互いに死力を尽くして拳をぶつけ合ったこの敗者の命のほうが尊く、万の命に勝ると断言できるのだ。
立ち上がって手を広げ、この対戦者を守るという意思表示を見せる。すると群衆は、今度は勝者であるこの小人を殺せと叫び始める。
(やっぱりこうなるのか……)
こんなことをすれば、こういう結果になるのは分かり切っていた。
能力の使い過ぎで頭が回らなくなってしまった結果、こんなことになってしまったと言い訳もできるが、それを言い訳にして今のはやっぱり無しでというわけにはいかない。それをやったら極めつけにダサい。
姿格好がダサいのは生まれ持ったものなので、ある意味しようがないが、生き方までダサかったら、もはや生きる意味がない。
また例によって自分語りをして自己正当化するのは自分でももう飽きてきた。
自分の考えはこうで、こういう生き方しかできないのだ!とか、いちいち誰かに言い訳がましく管を巻いてもしかたがない。
この宇宙人を守ると決めたのだ。だったら最後までその意思を貫き通すしかない。
殺せコールの大合唱から1人の宇宙人が前に出てくる。
(何だこいつ?あ、あいつか……)
一瞬これが誰なのか理解できなかったが、すぐにこの群れのリーダーらしき者だと思い出す。
今にして思えば、こんな雑魚を過大評価してしまったことがそもそもの間違いだった。すべて結果論でしかないが、あの時さっさと能力を使って片づけておけばよかったのだ。
(コ・ロ・セ!コ・ロ・セ!コ・ロ・セ!コ・ロ・セ!)
そして気づけば、宇宙人たちの輪が縮まってもう目の前に来ていた。
(アクマ ヲ コロセ!ソウスレバ オマエ ノ イノチ ハ タスケテ ヤル)
腕から出した2本のブレードの先端がこちらに向けられる。
対戦者の宇宙人にはビビッて手が出せないのに、こちらは簡単に殺せるんだなと、改めて種族間の扱いの差を痛感する。所詮はよそ者というわけだ。
(完全にこっちを甘くみてる……さっきまでの戦闘を見ていなかったのか?)
群衆を黙らせたあの死闘をもう忘れたのだろうか?
こんなブレード一瞬で無力化できるし、それをさっき見ただろうに……
こいつらはこちらが思っている以上に愚か者なのかもしれない。
(もういい……早く殺してくれ)
瀕死の宇宙人は、弱弱しく自ら死を望む。
これは彼なりの気づかいだろう。相手を思いやる、この感情が芽生えているだけで、彼はそれだけで生きる価値がある。
この言葉で決断した。例え死んでも彼を守るために戦うと。
「だが、断る!」
卑小な宇宙人のリーダーと心優しい友人の申し出を同時にきっぱりと断る。
倒れる友人の前で仁王立ちになって、こちらに向けるブレードに自ら近づく。
そのただならぬ雰囲気に気圧されたリーダーは、ビビッて腕を引っ込め後ずさってしまう。
それを見て、何かを思い出したかのように周囲がざわめきだし包囲網が緩む。
彼らは思い出したのだ。悪魔を瀕死にまで追い込み地に堕としたのがこの小人だったことを。
(ダサい連中だ)
彼らの態度はとても格好が悪い。相手が強いと分かった途端に怖気づく。
こっちはもう開き直っている。別に死んだってかまわないとすら思っているので怖いものなしだ。彼らにはこの捨て身になった無敵感を一生味わうことはできないのだろう。
そして、戦いの中で自らの臆病さを断ち切った友人こそが、本当の勇者なのだ。
調子こいてしまったリーダーに周囲の視線が集まる。
(コイツ ヲ コロセ!……ドウシタ?ナゼ コウゲキ シナイ?)
無様なリーダーが必死に指示を出すが、もうこの時点で誰も彼をリーダーだと思っていないようである。
「どうした?はやくかかってこい!全員まとめてぶっ殺してやる!」
怒気を込めた声で叫ぶ。能力の使用限界に達しているので、これは完全にハッタリだが効果てき面である。
取り囲む群衆の輪が広がって元いた外周まで後退する。完全に輪の中心に取り残されたリーダーは、見るからに狼狽えているのがわかる。見てて可哀そうになってくるが、もう彼らに対する慈悲の心は完全に消え失せている。
「どうした!こないのか!こっちからいくぞ!」
口から出まかせで強気装う。これで彼らが尻尾を巻いて逃走すればラッキーである。こっちも無駄な殺生はしたくないし……
しかしこの時、思いもかけず突然自動広域調査が発動する。
(この流れはまさか!?)
新手の到来を予感し身構える。おかわりが来るなど聞いていない。
「え!?」
上空に巨大な飛翔体が急速接近し、10体ほどの小さな物体をパラパラと落として遠ざかっていったのである。
小さい物という形容は、あくまでその飛翔体と比較しての話で、それらの落下物は自分よりもはるかに大きな人型の姿だった。
「ズサッ!!」
自分と友人、そして敵のリーダーを取り囲むように、10体の巨人が降り立つ。
「こ、これは!?」
その巨人は、体格も色も個体差があったが、その姿は伏せている友人とそっくりだった。
山を越えたと思ったらまた大きな山が現れる。
1体でもギリギリだったのに、これが10体ではもうどうすることもできない。ぐっすり眠ったあとのベスト状態であっても、流石にこれだけの数を相手にするのはきつい、きつすぎる。
(く、くそっ!)
心が折れそうになる。
この状況でも折れないのは、守るべきものが存在するからである。
(なるほど、そういうことか……)
彼らが精神的に弱いのは、守るべき対象が自分自身で、自分以外で背負っているものが何もないからなのだろう。
今更それを悟ったところでどうしようもないが、では、進化した友人や、目の前の10体は何を守っているのだろうか?
(簡単だ。彼らは戦闘民族としての誇りを守っているのだ)
戦いは娯楽であり、生きがいであり、生きる意味のすべてなのだろう。
無意識に生きているだけの雑魚たちとは根本的に違うのだ。
10体の巨人に取り囲まれた、雑魚のリーダーはハリウッド映画の1番最初に殺されるマフィアの子分よろしく、お手本のような狼狽えぶりである。
自分とリーダーの対角線上にいた一際大きな銀色の巨人がにじり寄ってくる。ヘビに睨まれたカエルのように身動きができない相手に、その銀色の巨人は、かかってこいというジェスチャーをする。
10体の巨人たちは、後ろで臥せている友人とほぼ同じデザインで、彼らも戦いの中で進化した特別な個体ということだろうか?
前に出た銀色の巨人の鋼のような外骨格には無数の戦痕があり、これは数々の戦いを生き抜いてきた証なのだろう。そして燻した銀のような独特の光沢と歴戦の猛者を思わせるその堂々たる佇まい。
他の9体と比較しても彼は別格だと、はっきりと理解できる。
雑魚リーダーは巨人の挑発に怖気づき完全に戦意を喪失する。
「ズシャッ!!」
次の瞬間、巨人の2本のブレードが雑魚リーダーの頭部を貫き、そのまま軽々と斜め上に掲げる。吊るされた体はしばらくビクビクと脈打っていたが、すぐに力なくだらんとなる。
雑魚といっても伸長2メートル、体重200キログラム以上の巨漢である。それを軽々と持ち上げ、さらに腕を横に振ってその死骸を信じられないほど遠くにぶん投げ、周囲でビビッて身動きができない他の雑魚をさらに恐怖させる。
(始めるぞ!)
その10体のボスのような銀巨人が手に何かスイッチのようなものを持っていて、それを起動する。
(ア、アクマ ダアアァァー!)
それを合図にするように、あちこちから悲鳴が上がり、蜘蛛の子を散らすように宇宙人の群れが一斉に逃げ出す。しかし、筒状の窪みになっている闘技場に蓋をするようにドーム状の青白い透明の膜がかかって、逃げようとする宇宙人たちを跳ね返す。これはいわゆるバリアーというやつで、先ほどのスイッチで起動したのだろう。
これで完全に退路が断たれた。
このバリアーと思しき障壁によって逃げ道を絶たれた雑魚の群れは、降りてきた巨人たちによって次々と倒されていく。
槍、剣、拳、槌、刃、棍、輪など未来的な独特の形状の武器を自在に操り、あのスパルチウムの頑強な外骨格を、アルミ缶でも踏みつぶすようにぐしゃぐしゃと薙ぎ倒していく。
(な、何やってるんだ!?)
これだけの人数差があるなら、協力して立ち向かうこともできるだろうに、何故それをやらないのだろうかと見ていてイライラしてくる。30体くらいで同時に襲い掛かれば1体くらい倒せるだろうに……
この一方的な惨状はこれまでの彼らの行動を見ているとだいたいわかる気がする。彼らは見た目は強そうなのに、精神的に幼く強者に立ち向かう勇気がまったくないのである。しかも、群れをなして強固なコミュニティーを持っているように見せかけて、実は他者との関係性が希薄なのだ。つまりここにいる彼らは全員他人で、寄せ集め集団なのである。
この闘技場イベントを開催するために一時的に徒党を組んで協力しているだけの関係なのだろう。とんだ見掛け倒しである。
(うわぁ~、これは引くわぁ~)
阿鼻叫喚とは正にこのことをいうのだろうか?あまりにも一方的過ぎて正直ドン引きである。
あちこちで悲鳴があがり、先ほどまで殺せコールをしていた宇宙人が小さな子供のように逃げまどい、それを一方的に殺戮していく残酷な光景が目の前で展開されている。
反撃を試みたり、仲間同士で協力したりといった場面はどこにもなく、ただ情けなく逃げまどい、一方的に狩り獲られていく宇宙人たち。彼らに加勢する気など全くないがこれには流石に同情はする。
「えーと……」
何をどうリアクションしていいのかわからず黙ってその光景を眺めていると、ボスと思しき銀色の巨人がのしのしと歩み寄ってくる。
思わず生唾を飲む。
(でかい……)
目の前の猛者と比べると、他の200体余の雑魚の群れはすべて小さな子供にみえてしまう。彼らが悪魔と呼称するのも今なら理解できる。
古い100円玉のようなくすんだ銀色の巨人は、こちらを値踏みするように頭上から見つめ下ろしている。
人間のような眼球は見えないが、目と思われる部分がへこんでいて、そこだけ他の身体の材質とは違う、黒いガラスのようになっている。人間でいうところの鼻と口は見当たらないが、口の部分だけ大きく前に張り出して首を完全に覆い隠している。
(こりゃーあかん)
何故か関西弁みたいになり、もう笑うしかない。こんなのどうすれば勝てるのか?全く勝利のビジョンが頭に浮かばない。
ほんの数秒だろうか?体感5分見つめ合ったあと、巨人がおもむろに右手を腰の後ろにやる。
拳銃か何かを抜いて撃ち殺される映画のシーンがフラッシュバックして、思わず身体がすくんで目をつむってしまった。
(終わった………………ん?)
しばらくそうしていても何も起こらないので、恐る恐る目を開ける。すると、そこには見覚えのある輪っかの帽子があった。
「こ、これは私の……あっ!」
一瞬何が起こっているのかわからなかったが、すぐに思い出した。
雑魚宇宙人たちの群れに捕まった時、気を失う直前に発動した自動広域調査に反応した謎の存在を感知したことを思い出したのである。おそらく、いや間違いなくそれが彼だったのだろう。
あの時、帽子を落としてしまったが、拘束され連れ去られた後にこの巨漢の宇宙人が拾ってわざわざ届けてくれたというのだろうか?
にわかに信じられないが、これはもしかして戦わなくて済む展開なのだろうか?
「あ、ありがとう」
心から感謝する。すると巨人はうんうんとうなずく。これを見て助かったと確信し心底安堵する。
この絶望的な状況下で、この小さなたった一つの善意が、干からびてカサついた心を潤してくれる。進化した彼らは雑魚宇宙人たちとは違い、少なくとも邪悪な心を持った悪魔ではないことは、この行為ひとつ見るだけで理解できる。
あの捕まった時から、いや、それよりも前の――恐らく大断崖を下りてからずっと監視されていたのだろう。
この惨劇は何の前触れもなく突然降ってわいたような偶発的な天災などではなく、宇宙人の群れを一か所に集めて一網打尽にする計画を予め練っていて、それを実行するタイミングを息を潜めて待っていたということだろう。
自分は彼らの領域を侵した侵入者であり、狩りの対象だったのだろうが、この作戦のために泳がされていたのだろう。ただ、そこで誤算が生じた。彼らの前で自らの大好きな武勇を示してしまい、本来まとめて殺される立場であったにもかかわらず、生き残る資格を勝ち取ってしまったのだ。
つまり、彼らに気に入られてしまったのだ。
あまりにも体格差があったせいか、巨人は跪いて目の高さを合わせる。それでも頭の位置は直立しているこちらよりも高いのだから、彼らを巨人と形容してしまう理由がわかるというものだろう。
「ありがとう」
その気づかいに感謝してもう一度礼を言って帽子を受け取り頭にのせる。これでひとまず100%ミリセントになった。
(勇気ある者よ、見事な戦いぶり、そして見事な勝利だった)
「え?」
その巨人が疲れてヘトヘトになった脳内に直接話しかけてくるので、一気に眠気が覚めてしまう。
(その武勇を称え、我が同胞と認めスパルタンの称号を与えよう)
「同胞?スパルタン?え?どういうこと?」
思わず、腕で×印をして大げさにリアクションをとってしまう。
認めるとか与えるとかかなり上から目線だが、全くもって予想していない展開に正直理解が追いつかない。
彼ら宇宙人はマイペースというか、彼らのルールをこちらに何の説明もなく当たり前のように押し付けてくる。まぁ、異種族間の交流など本来こういうものなのだろう。
自己主張が下手な日本人や自分などは、対外的なものに対して常に受け身になりがちで、それが欠点とも言われるが、とりあえず受け入れて話し合う態度は、余計な軋轢を生まないという利点もあるといえる。
この和の精神は、日本という島国と日本人が永らえた大きな要因だろうし、自分自身の性分とも一致するので、とりあえず受け入れて相手を見定める、これをこれからの人生の命題にしようと思い至る。
周囲の惨劇が未だ続いている中、思わず彼らに認められ、しかも強制的に仲間にされてしまった。宇宙人というのは本当に身勝手な生き物である。
高度な文明文化を持つ民族は、家族、同族など血統を大切にすると思われるが、彼ら宇宙人にとって血統などどうでもよく、強者であることが最も重要で、強い者だけが生きるに値するという価値観で動いているのだろう。
戦闘民族としての本当の意味をようやく理解できた気がする。
(勝者には褒賞を与えよう。武器、防具、兵器、トロフィーでも何でも望むものを言うがいい)
またしても予想外の展開である。こちらの事情を聞きもせずに、勝手に話を進める正にこれぞ宇宙人という感じではあるが、拒むのも何か失礼だし、何より帽子を拾ってくれたいい人なので、ここは大人しく従っておいたほうがいいだろう。
戦闘民族なので、ご褒美もおそらく戦闘に限定したものに違いない。
望むものをと言うが、仮に美少女フィギュアが欲しいと言ったらくれるのだろうか?絶対に無理だろうし、もし本当にもらえたりしたらそれはそれで何か別の意味で恐ろしい。
戦利品目当てで戦ったわけではないので、いらないといえばいらないのだが、せっかくの申し出を辞退するのも失礼だろう。
これをゲーム的に考えれば、イベントクリアの報酬ということになる。気楽に考えよう。
ちなみにトロフィーというのは、倒した相手の体の部位を切り取って、それを身に付けたり飾り物にすることだと思われる。
しかし、急にそんなこと言われても何をもらっていいのかすぐには判断できない。彼らのサイズにあった武具やアイテムをもらっても、サイズ的に扱えないというオチも十分考えられるし、事前にカタログでもあったら良いのだが……
これはゲームでもよくある話である。性能や将来性などまったくわからないアイテム群から、一つ選ばなければならない時に、攻略サイトを調べながら何時間も迷ってしまった経験がある。
中の人の優柔不断な性格がよくわかるエピソードだろうが、これは何もゲームだけの話ではなく、買い物をするのもなかなか決められず何時間もお店をうろうろしてしまうのだ。
この性格は自分でも本当に直したいと切に思っているのだが、これが持って生まれた性分なのかまったく治らない。できればこの世界では気前よく無駄遣いをしてみたいものである。
(あれ?何か忘れているような……)
いろいろ悩んでいると、何か重要なことを忘れているような気がして、ふと、辺りを見渡す。
「あ、そうだ!この人を助けて!」
さっきまで必死にかばっていた戦友のことをすっかり忘れていた。正直すまなかったと思っている。
ここは、とりあえずわけのわからない景品ガチャをするよりも、死にかけている新たな友人を助けてほしい。これが今叶えてほしい望みである。
(敗北者に生きる資格はない。生きる資格があるものは勝者1人だけである)
無慈悲な返答である。
これだから戦闘民族は!と内心憤るが、正義を振りかざしてこちらの正当性を訴えても話がややこしくなるだけなので、ここは下手にでるのが得策である。
「そ、そんな……何とかならないの?」
値引き交渉みたいになっていると自覚しながら、頼んでみたが答えはノーである。
彼らにとって同族同士の絆とか愛は関係ない。強い者、つまり勝者だけが生きるに値し、同族として認められるということなのだ。
「お願い!お、ね、が、い?」
両手を合わせて頼んでも、ちょっと可愛く媚びても駄目である。
「そこをなんとか!お願い!このとおり!」
融通の利かない脳みそ筋肉の戦闘民族に、何とかならないかと執拗に迫る。
何度も何度も頼み込み、それでも頭を縦に振らない相手に最後の手段で土下座する。プライドもなにもない底辺に生きる中の人には、土下座など屈辱でも何でもないのだ。
「何でもします!お願いします!」
(…………うーむ)
さすがの猛者も考え込みはじめる。もう一押しだ。
そんなやりとりをしているところに全てを狩り尽くし、満足した9人の勇者たちが意気揚々と凱旋してきて、ちんまりとした可愛い土下座を取り囲む。
土下座の意味を理解しているかわからないが、何か不当な扱いを受けているように見えたのだろうか、集まってきた輪が一斉に銀色の巨人に抗議の目を向ける。
場が何となく気まずい空気になった。
土下座というのは、相手の度量を試す実は卑怯な手段である。
ミリセントというアバターが崇高なカルマを持つ者であれば、この行為はカルマに悪影響を及ぼす危険な行為だが、元々マイナスに振り切れているので、こんな卑怯な行為もカルマに全く影響しないのである。
ミリセントは土下座を修得した!
いずれは、その上位版である土下寝も覚えるだろう。
彼らの基本的な身体の構造はほとんど同じだが、大きさや色に個体差がある。また、身体に残る戦傷をそのままにしておくのは戦歴を示す勲章のようなものなのだろうと考えられる。それぞれの嗜好なのか、身体にガチャガチャした飾りものをつけていたり、意外と自己主張が激しいようである。まぁ、考えてみれば控え目で目立たない性格ならこんな戦闘民族になっていないだろうし、なるべくしてこうなったということだろう。
(この敗者がお前の従者として使役される道具となるならば……)
土下座の甲斐というよりも彼らの無言の圧力のおかげで、条件付きで話に応じてくれた。この様子から、彼らには一応の社会性があることが伺えた。
彼らの価値観において生きるために奴隷になることはありえないことである。しかし、敗者がその屈辱的な条件を飲めるならその限りではないらしい。
(……それで……かまわない)
あれからピクリとも体を動かせないでいる虫の息の戦友が即答する。
彼らにとってその条件は屈辱的だろうが、それを跳ねのけてこちらの助命嘆願の土下座の労に報いてくれたかのように、戦闘民族としての信条を曲げて生きる道を選んでくれた。
(承知した。では、この者にお前の名を刻め。これはもうただの物であり、お前の道具だ)
子供じゃあるまいし、自分のものに名前を入れるのに少し抵抗があったが、こうしないと彼は殺されてしまうので大人しく従う。
説明もなしに渡されたライトセイバーのようなレーザーカッターと思しきアイテムだが、原理は簡単だったので自力で使い方を覚えてしまう。こういうのは男子は得意なのだ。
彼らは身体のあちこちに様々なハイテク兵器や便利なアイテムを多数仕込んでいるようで、他にもいろいろな便利道具を持っていそうである。
「えーと、ミーリーセーンートーっと」
左胸部装甲に大きくカタカナで名前を掘る。
その様子を大勢の巨人に凝視されている。器用に文字を刻むのが、恐らく珍しいのだろう。彼らの大きくて太くて邪魔なくらい長い爪を持つ手では、細かい作業はさぞ苦手なことだろう。
「これでいい?早くたすけてあげて!」
それを受けて青っぽい色の巨人が前に出て、張り出した大腿部の装甲をパカッと開けると、そこから円柱状の水筒のような容器を取り出す。
他の巨人2人が瀕死の友人の上体を起こす。背中の首近くにある丸い模様のようなラインに、その容器を宛がうと、自動的にその模様が機械的に開閉する。
この光景は完全にSFの世界である。
筒状の――おそらく回復用の薬が入った容器が、そのまま身体の中に入っていき、全て収まると蓋が閉じる。
(このダメージだ、自己修復に多少の時間はかかる)
自分の持ち物である筒状の容器を使った蒼い巨人が、そう教えてくれた。彼は衛生兵的な役割を持つ個体なのだろうか?
兎にも角にもこれで一安心である。
それにしても、自分はいったいここで何をしているのだろうかと、ここ数日の様々な出来事を思い出し、一気に10年くらい老け込んでしまったかのような心境に突然なってしまう。
「はぁ~、良かった……ありがとう……本当に……ありが……と……」
安心した瞬間、緊張の糸が切れて辛うじて堰き止めていた睡魔が濁流となって押し寄せ、意識が急速に遠のくように流されていく。
どうやら完全に電池が切れてしまったようだ。
土下座状態のままピクリとも動かない小さな勇者を取り囲む巨人たちは、互いに顔を見合わせて首をかしげていた。
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