第15話 「死闘の果て」

第十五話 「死闘の果て」



 宇宙人というと、普通地球外生命体のことを指すと思うが、話の通じない変人も宇宙人などと揶揄することがある。

 そう考えると、この世界の宇宙人は翻訳機を通してではなるが、一応話が通じるので、人間の変人よりはだいぶマシとも言えなくもない。

 考えてみればあの世に宇宙人がいるのもおかしな話である。

 しかし、ここがゲームのような創られた世界なら、それもまぁ趣があって良いのではないかとあっさりと受け入れられる。


 しかし、意思の交換ができたとしても、それぞれの根底にある文化の違いで、どうしても軋轢が生じる。

 同じ地球に住む人間同士でさえ争いが絶えないのに、外から来た宇宙人と何の障害もなく分かり合えると考えるのは少し傲慢というものだろう。

 だが、個体レベルなら話は別かもしれないし、そんな異種族間の友情はリアルでもファンタジーの世界でも事実として存在する。


 個々人では分かり合えるのに、集団になると途端に敵対する。

 これがリアルであり、これは宇宙人に対しても同じことがいえるのだろう。


 彼らは戦いを好む。強い者が尊敬と同時に畏怖の象徴となる。

 価値があるのは僅かな勇者だけで、雑兵はゴミ以下である。

 これが、彼らの文化であり、よそ者が汚してはならない暗黙の掟なのだ。


 つまり、彼らに自分を認めさせるには、強さと勇気を示さなければならないということだ。


 大きな巨人に果敢に立ち向かう小人が、不慮の事故で穴に落ちてしまった。


 闘技場が一瞬静まったが、すぐにあざ笑うような大歓声が巻き起こる。このシーンは彼らから見ても事故であり、逃走には映らなかったようだ。

 しかし、それは次第に疑惑になり落胆になる。

 誤って穴に落ちたのであればすぐに出て戦線復帰すべきである。しかし、わずか数分であっても、穴に引きこもるなど彼らの価値観では許されないことなのだ。


 闘技場はブーイングのようなヤジにつつまれ、その様子を見て先ほどの案内役になっていた宇宙人が出てきて対戦者に丸い物体を手渡す。これは恐らく爆弾だろう。

 どんな理由があろうと逃げることは許されない。逃げた者には罰が下る。

 このような行動原理から察するに、彼らの価値観がはっきりと見えてくる。

 宇宙人はハイテク兵器で殺傷することなどいつでも簡単にできた。しかし、彼らの価値観はそれを良しとしなかった。この宇宙人たちにとって、拳を使って殺すことに意味があり、兵器を使うことは卑怯なことなのだ。

 目には目を、歯には歯を、卑怯には、卑怯を持って制する――というわけである。


 対戦者の宇宙人は受け取った爆弾の起爆スイッチを入れて、なんのためらいもなくポイっと穴に投げ入れる。


「ズドォーーーーン!」


 間髪入れず爆音とともに、穴から凄まじい火柱が上がる。この爆弾はナパームのような焼夷兵器のようだ。


 楽しい時間は終了し、宇宙人たちは落胆しつつ、祭りの後のむなしさに後ろ髪ひかれながらもとの日常に戻ろうとしていた。

 対戦者も名残惜しそうに火柱を見つめていたが、やがて背を向ける。

 だがその時、異変に気付いた観衆の一部からどよめきが上がる。それは一瞬で広がって、そこにいる全員がその一点に意識を向ける。


(ナ、ナン、ダト!?)


 周囲の変化に気づき、最後に振り向いた対戦者は、炎の中に立つ人影を見て驚愕した。


「ふっふっふっ……」


 頭の上を岩盤で塞いで直撃を免れたあと、熱と一酸化炭素が充満した穴の中を下からエレベーターのようにせり上げて排出し、安全を確保してからの満を持しての登場である。

 周囲に残る火炎によって、あたかも炎の中から不死鳥の如き復活を遂げるという演出は、種を明かせば単純明快だが、宇宙人たちを驚かせるには十分である。そして、何より彼らを驚愕させたのは、そこに立つのが先ほどまで戦っていた卑怯な小人ではなく、自分たちと同じ姿だったからである。


 闘技場が再び大歓声に覆われる。

 その歓声には様々な思いが交錯し、主に卑怯者に浴びせる罵声の中に、驚愕と恐怖の感情も微量に含まれていた。


「さぁ、第二ラウンド開始よ!」


 火炎と熱、そして一酸化炭素から身を守るために、全身宇宙人と同じ装甲に身を包んだが、これでは流石に重過ぎて、最も優位性のあった俊敏性を損なうので、要所だけ装甲を残した軽装の鎧状態に装備を替える。

 新たに得た能力によって、衣服の素材を微細な金属繊維である『スパルチウム繊維』に変換し、着ている服から防御力を強化した。

 これでようやくあの化け物となんとか戦える状態に持ってこれた。


(ユルサン!)


 卑怯者には死を、という宇宙人の信条に付き合うつもりなど毛頭ない。彼らが彼らなりの文化をその身に背負っているのなら、こちらもそれに倣うだけである。

 その身を穢しても強者と戦った我が始祖ヴァイセント・ヴィールダーの子孫として、能力のすべてをもってこの宇宙人を倒す。


「かかってこい!」


 対戦者の彼が最初にやったことをそのままやりかえす。

 考えていることがすぐに態度に出る彼ら宇宙人の特徴はすでに把握している。恐らく今まで手加減していただろう力を、今度は惜しみなく出してくるに違いない。


(シネ!)


 指を揃えた手刀で突き刺しにくる。先ほどまでは殴るや掴むなど、殺傷を目的とした攻撃ではなかったが、今は完全に殺しにきている。

 非力な少女が彼ら巨人に勝つには、相手の力を利用するしかない。しかし、微妙に手加減した状態では、利用できる力もそれだけ小さくなり、効果的なカウンターは望めない。

 やはり全力できてこそカウンターが生きるのである。


 ダッシュからリーチの長い手刀が顔面を襲う。それを寸でで顔だけ横にずらし、身体は避けずにそのまま反転させて背中を相手にあずけると同時に、伸びてくる腕を担いで一本背負いを決める。

 あまりにも鮮やかな一本背負いで、巨漢の宇宙人は受け身をとる暇もなく、背中からまともに地面に叩きつけられる。

 一瞬何が起こったのかわからなくなった対戦者は、何故自分が仰向けになって空を見え上げ、殺したはずの小さな卑怯者に見下ろされているのか、全く理解が追い付いていない。しかし、すぐにハッとなって、仰向けから一転して足をすくうようにローキックを放つ。


「ドゴンッ!」


 重い金属同士がぶつかる鈍い音がこだまし、次の瞬間ローキックを放った宇宙人が右足の脛を抱えるようにその場でのた打ち回る。


「マヌケめ!」


 その反撃は想定済みだった。予め自分の足もとに先ほど入手したスパルチウムの柱を地中に埋め込んでいたのを、攻撃のタイミングで地表に飛び出させていたのである。

 地表には30センチメートルほどしか出ていないが、地中にはその十倍の長さが埋まっており、宇宙人は自分の数倍もある質量の塊を思い切り蹴飛ばしたのである。


 闘技場が静まり返った。


「いつまで遊んでいるんだ?立て!」


 敢えて挑発的な言葉で相手を煽る。

 これまで彼ら宇宙人の態度をみていると、身体は大人なのだが、精神構造は幼く見える。自分の中身がおっさんだからというのもあるが、彼らは世間知らずな未熟な若者に見えてしまう。

 だから簡単に挑発に乗るし、冷静さを失って力任せに攻撃をしてくるのだ。


 闘技場は再び歓声に包まれる。しかし、先ほどまでのバカ騒ぎではない。小さな声の雑音が合わさってどよどよとした歯切れの悪い歓声である。


 立ち上がった対戦者は、先ほどとは一転して明らかにこちらを警戒している。

 それだけ、一本背負いからの防御カウンターが効いたのだろう。

 今度は対戦者がかかってこいと手招きをする。


(何か企んでいるな……)


 急に態度がかわって見るからに怪しいが、彼らにはそういうのがバレていることに思い至る知能がないのだろうか?


 宇宙人の肉体的構造上、ほとんどがスパルチウムという金属でできていて、それらを動かす神経のような生態組織が体内に張り巡らされている。

 人間の脳に相当する部位を格納する大きなスペースが頭部には見当たらず、かわりに電子機器のようなものが詰まっている。つまり彼らはもともとそれほど頭がいい生物ではなく、補助的な脳つまり電脳を埋め込まれ、それで思考を補っているのだろう。


 食物を摂取して消化吸収するような臓器がなさそうで、身体の中でエネルギーを生成して自己完結しているというわけだろうか?

 こんな種族がこの世界に野放しになっているのは信じられない。そういう設定だと言ってしまえばそれまでの話だが、何かもっともらしい理由を考えるのなら、彼らは生息域を拡大できない、何らかの事情を抱えているといったところだろうか?

 つまり、彼らは強大な力は持っているものの、その力を維持するためにこの土地を離れられない……


 彼らは元々原始的な寄生生物で、その特性を利用した何者かが、ハイテクノロジーで彼らを改造し、人工的な戦闘民族を生み出した。そして、その力は誰かのコントロール領域内でのみ発揮できるような、一種のリミッターがかけられている。

 宇宙人ということは、他の宇宙から来たわけなので、どこかに彼らが乗ってきた宇宙船か何かがあるのだろう。それがこのあたりにあると予測でき、その宇宙船を起点に行動半径が決まっているのだろう。


 とにかく、彼らは戦闘に関しては天性の才を持っているのは間違いない。それを見込まれて戦闘民族に仕立て上げられたのだから。

 だとすれば、対戦者の彼の行動にも、ただ怖気づいただけではなく、何か策があっての行動なのは間違いない。ただ、それを隠すための策を弄する考えに至らないドジっ子なのである。


 では、彼らの策とは何だろうか?

 穴に埋もれていた死骸を調べた時、スパルチウム以外に非常に硬い物質を入手した。これらは弾丸か刃物に適した素材といえる。ということは……


(仕込み武器か……)


 能ある鷹は爪を隠すというが、隠していることを隠せないのは、能力というより脳みそが足りないからだろうか?


 死骸と一緒に収集したということは、取り外しできる装備ではなく、生まれつき備わっているものなのだろう。つまり、その仕込み武器と思われるものに分解収集の能力は通用しない。

 それにしてもこの宇宙人の身体の中は、こちらの知識では理解できないブラックボックスが多すぎて、それ以外にも何か重要なものが隠れていそうである。


(…………)


 いくつかの可能性を考慮し、それに対応するための準備を新しく獲得した装備関連の能力でレシピ化していく。こうしておけば、いつでも瞬時で対応できる。


「よし!」


 準備は整った。


「いくぞ!」


 真正面から突進し、相手のカウンターを誘う。


(バカメ!)


 対戦者の宇宙人は、両腕を広げると前腕部分から刃渡り50センチメートルほどの2本1組の鉤爪のようなブレードがシャキンと出現し、逃げられないように両側から挟むように腕を振るう。予想通り過ぎて何も面白くない。


「デコイ!」


 自分の目の前に、身代わりのスパルチウムの芯を入れた大きな木材を出現させる。


「ザクッ!」「ザクッ!」


 と仕込み武器のブレードが木材を簡単に切り裂いたが、スパルチウムの芯でその勢いが止り、刃が挟まってとれなくなる。


(改良!)


 間髪入れず木材をスパルチウムに変換する。ブレードを内包した状態で金属化したことで、対戦者はブレードを引き抜けず身動きが取れなくなる。


(配置!)


 大断崖から入手した大量の岩の塊を、身動きの取れない宇宙人の真上に、なるべく力が一点に集中させるように細長く出現させる。


(ニゲロ!ニゲロ!)


 闘技場の外周で、対戦を横から見ている宇宙人には、天高くそびえる岩の槍がはっきり見えたので、真下にいて気づいていない対戦者に口々に警告を発する。


(ナ、ナンダ コレ ハ?)


 意訳すると『なんじゃこりゃー!』という感じだろう。抑揚のない機械音声の緊張感のない声で驚きの声を上げ、慌てて手首の上の前腕部から突き出たブレードをパージして後方に飛び退く。その一瞬の判断で回避するセンスは、さすが宇宙戦闘民族である。


「ズズーーーーーン!!」


 対戦者が退いた場所に天空にそびえる岩の槍が突き刺さり、地響きと同時に砂塵を巻き上げる。


「さて、その隙に……」


(調査解析!で、調べて……)


(構造解析!で、ブレードのレシピゲット!)


(分解収集!で、資源にして収納)


(最後に全部分解収集してお掃除っと……)


 巻き上がる砂塵ごと一瞬で、分解収集して何事もなかったかのように振舞う。


 それを目の当たりにした闘技場全体が完全に沈黙した。


(レシピ改良で、ブレードを前腕に装着。この身体に対して少し長いので短くして……、長さは3段階くらいのバリエーションを用意するか……よし、配置っと!)


 両腕からブレードを出し入れしながら使い心地を確かめる。

 ようやくこの能力を使いこなせるようになってきたと実感する。

 ブレードを引っ込め、両の拳を腰に当てて仁王立ちでドヤ顔を対戦者に向ける。

 これで降参してくれれば儲けものである。しかし、卑怯を嫌うかれらが、先に卑怯を演じたこちらを許すことはないだろう。最悪ここにいる全員と対決なんてことにもなりかねない。しかし、今の自分なら全員相手にしても何だか勝てる気がする。


(おっと、フラグ、フラグ……)


 調子に乗ると必ず痛いしっぺ返しがくるのはもう学習済みである。自分を戒めて身構える。


(…………)


 対戦者は明らかにうろたえて、周囲の反応を気にし始めている。


 静かだった闘技場の観衆たちは、息を吹き返したように再び歓声を上げ始める。しかし、最初ほどの勢いはない。

 今までこちらに向いていたヘイトが、次第に仲間であるはずの対戦者に向けられているようだ。単に戦え、殺せだけだったヤジに、逃げずに戦え的な声が散見されはじめる。


(優位に立ったけど、まだ決定力がない……)


 相手の動きを止めて、高質量の物体で押しつぶすさっきの作戦は悪くない。

 もう一度あのような罠にはめることができれば今度は逃がさない。

 隙を作るためにはもう少し様子を見た方がいいだろう。せっかくの機会なので、ここで戦いや能力についての経験値を稼いでおこう。


 この時、経験値を稼いでいたのは自分だけではなく、相手もそうだということに思い至らなかったのは誤算であり、このあとその報いを受けることになる。

 これから起こる悪魔のような展開を誰が想像できただろうか?そしてそれは、当事者であるこの宇宙人と対戦者も同じである。


「よし!」


 戦闘プランが固まった。これなら絶対に倒せる!あとはタイミングだけだ!


(……カクゴ ハ キマッタ……)


 うろたえる対戦者は、周囲のヘイトが自分に向いて、自分にもう後がないことを悟った。それは開き直りを意味し、身体から余計な力が抜けたようで、これまでの攻撃の中で今が最もキレがある。


「遅い!」


 大振りの一撃は背負い投げで楽に投げ飛ばせるが、彼らはその原理をまったく理解していないようで、腕力だけで投げ飛ばしているように勘違いしている。


(ナゼ、カワサレル?ナゼ、コウゲキ ガ アタラナイ?)


 これまでの戦闘で、対戦者のスピードは完全に把握している。能力を使わなくても十分対応できるようになった。

 彼ら宇宙人は個体差があまりなく、そうした者同士での戦闘に慣れ過ぎて、素早い動きに対応できる能力が育っていないのだろう。

 もう何をやっても打つ手なしといった絶望的な状況である。


(イッタイ ドウスレバ アンナコト ガ デキルノダ?)


 対戦者の中で卑怯な小人に対する認識の変化が生じはじめた。相手を見下すのを改め、その技に学びを得たいと素直に思い始めていた。


(カチタイ……モット チカラ ガ ホシイ……)


 視界から消えたと思ったら背後をとられそのまま背後に投げられ頭から地面に落とされる。腕を小さく振れば簡単に避けられ、腕を強く振ればそのまま背負われて投げられる。足を掛けられ転んで背中を打つタイミングで地面から岩が杭となって突き出し、受け身すら許されない。対戦者はさぞストレスがたまるだろう。

 時間と共に攻撃のバリエーションが増え、じわじわと蟻地獄のように削られていく宇宙人は、ついにブチ切れる。


(ウオオオオォォォォーーー!!)


 反撃されるのを覚悟で動きを止めるために一か八かの掴み攻撃をしてくるが、これを待っていた。


「デコイ!」


 身代わりの木材を掴ませた瞬間、改良で巨大化させると同時に、材質をスパルチウムに変換。ここまでは先ほどと同じだが、ここで逃がさないために一工夫が必要になってくる。


「再構成!」


 地面から岩塊を突き出させ、対戦者の腕を拘束するスパルチウムの塊を下から上に跳ね上げる。


(ナッ!)


「再構成!」


 強制的に腕を上に上げさせられた対戦者の上に巨大な岩の塊を出現させ、岩を無理やり持ち上げさせる。


「改良!」


 その巨大な岩をさらに巨大化させ、直径15メートルの円柱状の岩塊を形成する。


(グオオオオオォォォ!!)


 腕が完全に岩に固定されどこにも逃げられない。バランスを崩せばそのまま押しつぶされる。

 いくら宇宙人が頑丈でもこの質量を支えるのは不可能であるし、この質量はさらに上昇する予定なのだ。


「さぁ、降参しなさい!」


(マ、マケ ハ ミトメナイ!)


「あっそう?んじゃ追加ね」


(グオオォォォォォォーーーーー!!)


 巨大な岩塊に腕はとっくに限界に達し、顔面を横に傾けて身体全体で何とか支えているところにさらなる追加で腰が落ち、片膝が付きそうになる。

 まるでギリシャ神話のアトラスのようだが、頑なに降伏勧告に応じないのは、弱音はきまくりのアトラスとは大違いだ。


 岩と地面の間が自分の身長より低くなり、しゃがんで様子を見る。後ろの宇宙人たちも皆同じように覗き込んでいる。彼らは自分たちの仲間である対戦者に肩入れして邪魔するような無粋なことはせず、律義に1対1の決闘を見守っている。そういう掟なのはわかるが、その点だけは素直に感心する。


「意外と根性あるな……ん?」


 ギリギリのところで耐えている対戦者の身体が熱で赤みを帯び始め、湯気が立っていることに気づく。人間でも似たような状態になるが、金属の身体がこうなるのは相当な熱だろう。


「な、なんかやばそう……」


 自分でこんな風に追い込んでしまっておいて何だが、罪悪感が半端ない。何かいじめているみたいだ。しかし、そんな思いが吹き飛ぶほどの急激な変化が宇宙人の身体に起こり始めていた。


「な、何あれ?」


 対戦者の外骨格の体の各部位の一部がパカパカと開いてそこから蒸気が吹き出し、中から新たな外骨格装甲が現れ、その新しい装甲分身体が伸長する。


「か、身体がデカくなってる?」


 窮地にたってそれを克服するために自己防衛のための成長、いや進化しているということだろうか?


「う、うそでしょ?」


 他の宇宙人たちもかがんでその様子を見て驚きの声を上げている。それはただの驚きの声ではなく、何か恐怖を感じている悲鳴に近い声だった。

 闘技場が恐慌に陥っているが、なぜここまでビビってるのか理解できない。

 周囲から早く殺せと何故かこちらに声援を送ってくる。


「え?どういうこと?悪魔に魂でも売っちゃったってこと?」


 どうしていいかわからずオロオロしていると、下に沈みつつあった岩塊が少しずつ上に持ち上がっていく。


「う、うそぉーん!」


 慌てて岩塊を追加するが、その一瞬だけガクっと下に落ちるが、次の瞬間その下がった倍の高さ上昇する。これ以上追加すると、岩塊自体が自重に耐えられず崩落する。

 とどめを刺すなら今しかないが、岩塊で押しつぶすか降伏させるつもりだったので、それ以外の効果的な方法が咄嗟に思いつかない。


 戦況が一転してしまった。


 8メートル離れているのに、対戦者の宇宙人から発する熱で顔が熱い。体表面は既に200°を越えているようで、輪郭が陽炎で揺らいで見える。もしこのまま組み合ったら火傷だけでは済まないだろう。


 対戦者は岩塊を持ち上げ、折れた膝も落ちた腰も真っすぐ伸びて直立し、さらに顔面で支えていた巨大な岩を2本の腕で持ち上げる。アトラスもびっくりである。


「ま、まずい!崩落する!」


 対戦者の両腕2本の狭い範囲に重量が集中したため、岩塊が自重に耐えられずひびがはいる。

 想定外の事態に一瞬戸惑い、岩塊の消去を決断し、それを実行した。

 しかし、その一瞬の隙を対戦者は狙っていた。


(モラッタ!)


 肉体だけではなく、精神的にも一回りも二回りも成長した対戦者の宇宙人は、こちらが岩塊を任意で消すことを想定して、消えた瞬間を見計らって突進してきたのである。


「し、しまっ!」


 しまったと言い切る暇もなく、一瞬で間合いを詰められ、自分の胴体の幅よりも大きい拳が薄い胸部を襲う。


(間に合わない!)


 咄嗟にスローモーションで回避ルートを探るが、既に拳は胸部につけた装甲に喰い込みかけている。のけ反れば直撃を逸らせるが、その場合相手の突進にひき殺されるのは間違いない。これはどう見ても間に合わない。完全に詰んだ。


(いや、まだだ!)


 このスローモーション状態を保ちつつ、破壊される胸部装甲を修復の能力でリフレッシュさせることで、極限までダメージを相殺できる!


(修復!修復!修復!修復!修復!修復!修復!修復!修復!修復!)


 自分から見る世界はゆっくり進む。しかし、宇宙人たちから見る光景は、巨大な拳の一撃をまともに喰らって平気で立っているように見えている。

 その一瞬の間に10回、20回、100回と連続で修復作業を続けているのだ。


(の、脳が……や、焼き切れる……)


 能力を使用している間、脳が高速で働いている。無限に脳を酷使続けることは物理的に不可能でいつか終わりがくる。


(まだ……か……も、もう……だ、だめ……だ……)


「ズドォーーン!」


 意識が飛びかけたと同時に、スローモーションが解けてそのまま殴り飛ばされる。

 能力を使っていないのに周囲がスローモーションのように時が流れている。これは前にも体験したタキサイキア現象というやつだろう。

 視界にとらえている対戦者が急に遠ざかって見える。彼が離れているのではなく、自分が後ろに飛ばされてそう見えているのだろう。

 やけに頭は冷静で、後ろにいる他の宇宙人たちも逃げないと危ないぞと、余計な心配をしてしまう余裕がなぜかあった。


(ギャアアアァァー!!)


 対戦者の攻撃で吹き飛ばされ、背後の宇宙人たちの壁に砲弾のように飛び込む。それをまともに喰らった宇宙人は悲鳴を上げる暇も与えられずその場で気絶し、巻き込まれた周囲の宇宙人たちは情けなく悲鳴を上げる。


「い、生きてる?」


 宇宙人の肉壁がクッションになってくれたのも大きいが、対戦者の攻撃を装備の連続修復で辛うじて防ぐことに成功したようだ。


 しかし!


「うぐぅ、ゲホッ!ゲホッ!」


 急にむせたように喉から熱いものが込み上げ、それを吐き出すように何度も咳き込んでしまう。

 口を押えていた手を見ると、真っ赤な液体が付着している。


 ギョッとした。やばいと死を意識した。

 これは正直、精神的にこたえる。


 マンガやアニメの中で、強い攻撃を受けて血を吐くシーンはそれはもう何度も何度も見てきた。しかし、人生の中で自分が血を吐く経験などしたことがない。実際そんな経験したことがある者はどれくらいいるだろうか?

 対戦者の攻撃を防いだと思ったが、どうやら肺を破壊されたようだ。

 肺の中の血だまりを外に出そうと咳が止まらない。全身全霊で咳をする。


「ゲホッ!ゲホッ!ゲホッ!ゲホッ!ゲホッ!ゲホッ!」


 四つん這いになり、必死に咳をして血を吐き出す。顔の下の地面が赤黒く染まる。

 宇宙人たちはその様子を不思議そうにみている。背中くらいさすってくれと、気の利かない宇宙人にやつあたりするが、後ろにピクリとも動かない数人の宇宙人に対しても同じ扱いなので、こいつらはこういう種族なのだろうとあきらめるしかない。


「ヒュー、ヒュー」


 少し楽になり酸素欲しさに大きく息を吸い込むが、吐く息が笛の音のようで肺に穴でも開いたのではないかと心配になってくる。

 肋骨は折れていないようなので、もしかしたら吹き飛ばされた後の肉壁との衝突で、そうなってしまったのではないかと別の原因も取り合えず疑ってみる。

 どちらにせよ、こんなことをしている場合ではない。次の攻撃に備えないと……


「あれ?」


 そういえば、持ち直すまで数分かかっている。その間、対戦者の追撃がないのはおかしい。もしかして見逃してくれたのか?


「ん?」


 先ほど進化して大きくなった対戦者の宇宙人が、攻撃後、拳を地面につけた何やらカッコイイポーズでそのまま動かなくなっていた。

 体中のあちこちに小さな扉が開いて、そこから円柱状のシリンダーのような突起物が飛び出し、そこから勢いよく蒸気が噴出している。

 オーバーヒートで一時的に機能停止し、一生懸命冷却作業をしているということだろう。


「た、助かった……」


 蒸気でしばらく近づけそうにないが、この間に身体を少しでも回復させよう。

 しかし、対戦者のこの変化もそうだが、周囲のざわめきももっと気になる。彼らは明らかに怯えている。もちろん自分にではなく、この動かない対戦者に対してだ。

 周囲と対戦者を交互に見比べながら、蒸気が止まるのを待つ。後ろの宇宙人の何人かが、あいつをすぐに殺せとせっついてくる。何をそんなにビビっているのだろうか?


「お、押さないで!」


 押すなと言ってないのに押してくる、マナーを分かっていない宇宙人たちに憤るが、所詮は宇宙人である。仕方なく恐る恐る動かない対戦者に近づく。


「あちち!って、うわあぁ!」


 指でつついたら物凄く熱かったが、それが合図になったかのように、体中の冷却装置がパタパタと閉じて、対戦者が息を吹き返す。


(…………)


 右の拳を地面につけて、左手は斜め上に広げ、片膝をついていたカッコイイポーズから立ち上がる。身体が一回りどころか二回り大きくなっている。どういう仕組みなのかさっぱりわからないが、機械の構造的な変形ではなく、一瞬で進化したような印象である。

 身体の色が赤褐色に変化し、さらに身体全体の雰囲気もだいぶ変わっている。若干昆虫を連想させたのっぺりした全体のイメージから、一変してパワードスーツ的なメカっぽくなっている。身体のあちこちに冷却装置の蓋のような凹凸が現れていて、そこからマイクロミサイルとかレーザービームとか出てきそうである。

 はっきり言って強そうで、しかも好きなデザインである。


「こ、降参します!」


 両手を上げて潔く降伏を申し出る。周囲はまだやれ!そいつを殺せとうるさいが、もう限界である。

 肺を損傷し、脳疲労で能力の使用限界に近付いている。戦えと言われれば数分程度はやれるだろうが、これ以上は脳が限界で昏倒してしまうだろう。


(お前は、オレの渾身の一撃を正面から受けて立ち上がった)


 先ほどまで片言だった言葉が流暢になった。これも進化のおかげだろうか?


(ならば、オレもお前の渾身の一撃を正面から受けとめよう)


「え?いや、ちょっと待って!」


(ここから一歩も動かん。お前の持てる力すべてを使え)


 こいつらはどこまで行っても脳みそ筋肉の戦闘民族のようだ。進化して知性的かつ理性的になると思ったら、余計に脳筋をこじらせている。


「え、えーと……」


 先ほどの対戦者の渾身の一撃をまともに喰らえば、吹き飛ぶとかの問題ではなく、瞬間的な圧力でその場で身体が爆散して血煙になっていただろう。

 その攻撃を防げたことで正直満足してしまっている自分がいる。もう思い残すことはないと……

 しかし、この対戦者の宇宙人にしてみれば、勝負はともかく達成感という点においては勝ち逃げされたような釈然としない気分なのだろう。


「わかった……やってみる」


(うむ!)


 満足そうに返事をした対戦者はその場で仁王立ちする。

 動く相手を想定していろいろ試行錯誤して作戦を立てたが、相手が動かないとなると作戦プランはかわってくる。

 本当に相手が動かないという保証はないが、ハイテク兵器を持っているのに使わない彼らなりの戦いの流儀をずっと見てきたので、この件については信じてもいいだろう。


(あとはどうやって倒すかだ)


 重い一撃を一発叩きこんでも恐らく倒せない。ボクシングなどでも、一発一発クリーンヒットを与えて、何度もふらつかせたりダウンをとっても、結局最終ラウンドまで持ち越される――なんてことは何度も見てきた。

 能力差が明らかならワンパンで仕留められるだろうが、確実にノックアウトさせるならやはりワンツーパンチの連打しかない。


(…………………………………………………………よし!)


 プランは決まった。


「いくぞ!」


 荒野の決闘よろしく、互いに少し離れた立ち位置から一気に間合いを詰め、地面をえぐるようなアッパーカットのモーションに合わせるように、地面から斜めに岩石を飛び出させる。そしてボディに命中する瞬間、岩塊をスパルチウムに変換し、重い一撃を対戦者の腹部に叩き込む。


(ぐおぉ!)


 腹部への強打によって身体がくの字に折れ曲がり上半身が前に出る。

 アッパーカットで右腕を振り上げる空振りのモーションのまま空中に跳び上がり、相手の下がる頭に合わせて、右手肘から下の前腕をまるごとブレードの資源を使ったガントレットにしてぶち当てる。


「再構成!」


 頭上に1つ岩塊を出して自由落下させ、同時に下から岩の槍を突き出す。

 この一連の攻撃はほぼ同時に行い、対戦者の下がった頭にカウンターを当て、その衝撃で跳ね上がる頭を上から抑えるように岩が落ち、さらに下から突き出た岩の槍が、右手のガントレットを押し上げる。

 力が分散しないように一点集中で、上下からサンドイッチにして、さらにパイルバンカーのように下から何度も岩の槍を打ち出し、ガントレットを連打する。


 攻撃をくらった対戦者は吹き飛ばされることすら許されず、宙空で衝撃を与え続けられビクビクと痙攣する。

 10連打を喰らわせたあと、流石に能力使用の限界に達しその場に膝をつく。


「ど、どうだ!」


 ゼイゼイと肩で息をしながら、相手の反応を見る。

 これでダメなら何をやっても倒すのは不可能だろう。


(……………)


 能力行使を止めたことで、空中の岩塊も地面の岩槍も消えてなくなり、自由になった対戦者はのけ反った態勢のままドサリと地面に落ちて力なく横たわる。


「あ!やりすぎた?」


 仰向けになったまま微動だにしない対戦者のもとに駆け寄る。

 闘技場の宇宙人たちから一斉に歓声があがる。なぜかこちらの勝利を祝福している。

 対戦者が進化してから明らかに彼らの態度がかわり、敵視しはじめた。これは一体どうなっているのだろうか?


「大丈夫?」


 観衆とは裏腹に、自分でボコった相手を心配して駆け寄る。

 今まで殺し合いをしていた相手をリスペクトするなど欺瞞だと言われるかもしれないが、彼は途中から明らかに変わった。体形だけではなく内面も間違いなく変化した。


(……見事だ……お前の勝ちだ……だが、一撃勝負では、オレの勝ちだな)


「あ!」


 最初の約束では一撃勝負だったのを思い出した。思いっきり連打を叩きこんでしまったのを思い出し、てへへ笑いでごまかす。

 顔面のど真ん中が大きくへこんで、見た目かなりやばそうだが、冗談を言える元気があって安心する。

 お互い死力を尽くして、友情が芽生えた感じで悪くない。しかし、そんな余韻をぶちこわすように、周囲が恐慌状態にも似た殺せコールが巻き起こっている。


 彼らは一体何をそんなに恐れているのだろうか?

 この後さらなる悪夢の光景が展開されるのを、ここにいる誰もが知らなかった。

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