第14話 「闘技場」
第十四話 「闘技場」
冒険とは愚か者だけがする無謀な挑戦などと、自分を棚に上げて上から目線で偉そうに断言していたら、いつの間にか自分がその冒険をしてしまっていた。
冒険の敗者は、自分が冒険をしていることに気づかず、気づいた時は手遅れだった、ということを身をもって理解した。
成功の見込みがない挑戦というのは結果論の話であって、当事者は成功を疑っていないし、無謀なことをしているつもりなどこれっぽっちもなかったのだ。
気づいた時には、時既に遅し――というやつである。
高い授業料は、恐らくこのちっぽけな命になるだろう。
あまりにも安い命なので、相手にいらないと突き返されればラッキーだっただろうが、そうは問屋は卸してくれそうにない。
「やっちまったな……」
安全だと思っていた北と西から『何か』が急速に接近してくる。
反応距離から目視できるはずなのに、その『何か』を視認することができない。
この『何か』とはいったい何だろうか?命の取り立て屋なのは間違いないだろうが、姿が見えないことで恐怖に拍車がかかる。
20~30体の二足歩行の巨漢がこちらに接近していることだけ、今それだけが確認できる。
姿が見えないが、それが二足歩行であることは、乾いた大地を蹴る音と砂塵でわかるし、そこからだいたいの重量は把握できる。
見えない相手を正確に調べるには、かなり接近した状態ではないと不可能だ。広域調査だけでは、それが『何か』であることしかわからない。
(とりあえず、広域調査!)
自動広域調査は周辺の運動エネルギーの急激な変化を察知してそれを警告するもので、調査解析の様な詳細な分析はできない。
ただの広域調査では、それが二足歩行している物体である予測を裏付けるだけで、正確な情報を得るためには、少なくとも10メートル以内に接近して調査解析をしなければならない。
奇襲とも思える見えない相手の行動から察するに、交渉する気は最初からないだろうし、そもそも交渉できるような共通言語があるとも思えない。
(ここは戦うか、或いは逃げるかの2択だが……)
逃げるとしたら、誰もいない南側になるが、この包囲の仕方からして、罠に違いない。では戦うか?いや、1体ならともかく30体も相手に戦うのなど無謀の極みだ。
幸い逃げるのは得意であるし、全力で走れば振り切れそうである。
「逃げるが勝ちだ!」
東に向かって全力で走る。崖に到達すれば一気に登って逃げられるはずだ。
「……くそ!そう簡単にはいかないか」
東に走った瞬間、自動広域調査が発動し、東側に新たな伏兵を察知する。北東は塞がれた。南東に行くとあのやばい熱帯雨林が待っている。もう南しか逃げ道はない。
「は~間違いなく罠だよな……」
南に追い込もうという見えない敵の意図はわかるが、それに乗るつもりはない。
自分の能力を過信するつもりはないが、逃げることに関してなら誰にも負けない自信がある。
「よし!逃げる!」
そうと決まれば話ははやい。南に進路を変えて敢えて敵の思惑に乗る。
「お出でなすったな!」
包囲網はそのまま保って、相手の走るスピードに合わせて追いかけられるフリをする。そして、しばらく南に向かって走っていると、案の定自動広域調査が発動して進路上に敵の反応が現れる。
欲を言えば相手の正体を確かめたいところだが、そんなスケベ根性は身を亡ぼすというものである。
囲まれる危険を覚悟で、一旦包囲網を縮小させ、そこから隙をついて一気に脱出する。あとは、全力で逃げて敵を置き去りにする。これが一応の作戦である。
全方位だいたい同じ距離で囲まれたタイミングを見て足をとめる。
「さて、どうくるか……」
姿の見えない敵も足を止める。数はいつの間にか合計100体以上になっている。
「私に何か用か?」
一応、対話できるかどうか声を掛けてみる。しかし、何も返ってこない。すぐに仕掛けてこないのは、こちらを分析しているということだろうか?
こちらも未知との遭遇だが、それは相手にもいえることで、彼らも実は不安なのかもしれない。
それにしても姿が見えないのはどういう原理なのだろうか?カメレオンのような環境に合わせて体の色を変えているとは到底思えない。完全に消えているのは、光学迷彩とかそういう類だろうか?SF系の作品では既にメジャーな設定だが、現実では見たことはない。姿を消す魔法もファンタジーの世界ではメジャーな設定だが、ここはマナが枯渇しているのでそれはできないはずだ。
「ちょっと!黙ってないで姿を見せなさい!」
ちょっと高飛車なお嬢様風に振舞って見せたが、その甲斐があったかどうかは分からないが、姿を消していた敵が姿を現した。まさか話が通じるとは思ってもみなかったので驚きである。
姿を現した敵、いや、まだ敵と決めつけるのははやいが、その姿は人型をしていて、全身鎧のような硬そうな外骨格を身にまとっている。何かを着こんでいるというより、昆虫などの甲殻類から人型に進化した生き物のようである。
距離がまだ30メートル以上あり、調査解析ができないので詳しい情報はまだ得られない。
100体以上、全て同一の姿かたちをしているが、体格や色に若干の個体差があるが、だいたいは同じで昆虫、或いは『宇宙人』の群れといった感じだ。
(宇宙人?エイリアン?)
何気なく頭の中に浮かんだ言葉にハッとなった。そうだ、こいつらは宇宙人なんじゃないのか?
甲殻類から人型に進化したなどと無理やり考えるより、この世界では宇宙人と思った方がむしろ合理的だ。
「あ、あのー?」
姿は現したものの、微動だにしない得体のしれない存在――面倒なので宇宙人と呼ぼう――に声を掛けてみる。
すると、正面の一人が片手をあげてそれを下におろす仕草をする。それが号令になったかのように、一斉に戦闘態勢になる。
「やっぱりこうなるのか!」
一度に3体の宇宙人が3方から襲い掛かってくる。殴る蹴るというより掴みかかってくる感じで手を開いてくる。指は人間と同じ5本指だが、身体とのバランス的に指が異様に長い。これは指というより爪が長いからだろう。
スローモーション状態で攻撃をよく見てかわしながら、調査解析で宇宙人の情報を取得していく。
避けられると思っていなかったのだろう、宇宙人たちは攻撃をかわされて一瞬驚いたようにこちらを見る。
とりあえず得られた情報によると、ロボットではなく生物のカテゴリーであり、仮に倒した際に得られる資源は不明と出た。
カルマはあるようだが、何を考えているのかさっぱりわからない。感情などの内面がこちらとは全く異なった種族なのだろう。やはり外から来た宇宙人なのだろうか?
自然の中で進化していったというより、甲殻類を人型に改造したサイボーグというイメージだ。パワードスーツとか鎧を着込んでいるというよりも、生まれた時からそういう形で各パーツに不自然な継ぎ目のような跡はなく自然だ。
個体ごとにカルマがあり、駅の近所に湧くゴブリンのような下等生物ではなく、自動で動く人形という類でもない。
興味深いのは、攻撃をかわされたときの驚き方が非常に人間くさいことだ。小さな宇宙人が中で操縦しているということも可能性としてはあったが、そういう仕草まで操縦者が細かく演じているとも思えない。
「あら?なんかスイッチ入っちゃった?」
攻撃をかわされたことがよほど悔しかったのかどうかわからないが、開いていた指をぎゅっと握って堅く拳を握る。余裕な態度から一転、明らかに醸し出す雰囲気が変わってしまった。
(こいつら、感情があるんだな……めっちゃ怒ってる!って、おっと!)
攻撃の圧が上がり、人数も増えてくる。
全体的に前のめりになり包囲網が狭まっているのを確認しながら、同時に崖のある東側も確認する。
(そろそろ頃合いか……)
するりするりと攻撃をかわしつつ包囲網の東側に隙を見つけて抜け出すと一気に全速で逃げに入る。
(よし!)
見えない敵に恐怖して死を覚悟してしまったが、意外となんとかなって拍子抜けである。
しかし、それは完全なフラグだった。
「ポン!」「ポン!」
宇宙人の群れに背中を向けてダッシュした瞬間、背後からどこかで聞いたような乾いた音が2つ聞こえた。
(はっ!グレポン?)
FPS系のゲームでさんざん聞いた、あのグレネードランチャーの発射音だ。
進路上に置きグレネードをされたことを察知して、慌てて足を止めて伏せる。正確にこちらをとらえた2つのグレネード弾らしき物体が頭上を通り過ぎて、約5メートル先に着弾する。
「バシィ!」「バシィ!」
着弾したグレネードが電気的な爆発をして、少しピリピリする。
「げぇ!スタングレネード!」
電子機器を無効化する、或いは対人無力化用のグレネードだろう。
近接信管式ならアウトだったが、なんとか攻撃をかわすことに成功した。
「マジか……くそ!」
この世界が剣と魔法時々銃の今どきファンタジーだと高をくくっていたが、そんなことはなかった。そりゃー宇宙人だったらこんな兵器の一つくらい持っていてもおかしくはないだろう。というか何故それに思い至らなかったのかと、完全に油断していた自分を責めたくなる。
地面に伏せて足を止めてしまったせいでまた宇宙人の群れに囲まれる。
それを見ながらゆっくりと立ち上がる。
包囲網をよく見ると、同じように見えた宇宙人たちの形状に個体差というよりタイプに違いがあることに気づく。肩が大きく張り出しているタイプがいて、そこに丸い突起がついているが、おそらくそれがグレネードランチャーになっているのではないだろうか。
さらに何体かの宇宙人が片腕を真っすぐこちらに伸ばしている。どうみても腕から何かを発射する態勢だ。
近接格闘タイプ、遠隔射撃タイプ、後方支援タイプ、そしてそれを指揮するコマンダーといったところだろうか?
「あーこりゃー、詰んだかな……」
このまま戦って攻撃をかわし続けることはできるだろう。しかし、能力を使う戦闘は脳に負荷がかかり、いずれ集中力がなくなって最後は力尽きてしまうのは間違いない。
距離をとれば銃弾か矢弾による遠隔攻撃、逃げようとすれば退路に範囲攻撃がくる。このグレネードによる範囲攻撃が厄介で回避はほぼ不可能に近いだろう。
「無理ゲーだな」
最初に攻撃の合図を出したと思われる、おそらくこの群れのリーダーらしき宇宙人が、またなにやら指示をだしている。
それを受けて包囲網が崩れて、最前線にいる近接系の宇宙人たちが不満そうに一歩下がり、腕をこちらに伸ばして射撃体勢になっている宇宙人たちも不満気に前に出る。
統率された軍隊を思わせたが、その動きは全体的にはバラバラで、即席チームの軍隊ごっこのような印象を受ける。
言葉のような音声によるコミュニケーションではなく、ジェスチャーか或いは通信で情報のやりとりをしているのではないだろうか?
反応がいちいち人間っぽいというか、動きが何となく雑というか稚拙だ。
相手を稚拙などと言えるような立場ではないが、アニメやゲームに出てくる強敵の動きとは程遠いのは間違いなく、それと比較するとどうしてもこういう感想になってしまう。
ただ、この一連の動きを見ると彼らがロボットではないことだけは確信が持てる。
「こりゃー、降参だな」
もともと丸腰だが両手を上げて、抵抗しないという意思表示をしてみる。どんなリアクションがくるのだろうか?
殺すなら一思いに殺せばいいし、捕虜にするつもりであれば無駄に抵抗しないほうが心証が良くなるかもしれない。
それに合わせて1人が近づいてきて、上げている手を無理やり下ろさせられる。降伏は許さないとでもいうのだろうか?しかし……
「バシュ!」「バシュ!」「バシュ!」
次の瞬間、周囲の遠隔射撃タイプと思しき宇宙人3人が何かを発射する。
(調査解析!これはワイヤーか?)
殺傷力の有りそうな武器なら避けようと思ったが、拘束を目的とした紐状の何かを発射したので、そのまま相手の要望どおりに拘束されることにする。
「うぐっ!」
大人しく拘束されたが、鞭のようにしなったワイヤーが高速で体にバシバシ絡みついたのでものすごく痛い。
上半身から下半身までがんじがらめになってしまった。
両手を下ろされた理由が理解できたが、拘束するなら手錠とかもっと違う方法もあったのではないかと文句を言いたくなる。だが、考えてみればこんな小さな手足に合う拘束具を大きな体の宇宙人が持っているとは思えない。
足首までガッチリと拘束されて芋虫みたいになってしまったので、立っていられず、バランスを崩して倒れてしまう。
「あ痛っ!」
その勢いで頭にはめていた輪っかの帽子が外れて落ちてしまう。
無理やり手を下ろした1人がそれに気づいて爪先で帽子をつまみ上げて、不思議そうに首を傾げたあと、危険なものではないと判断したのかポイっと捨ててしまう。
思わず苦情の声を上げようとした瞬間、二の腕あたりに痛みが走った。
「ギャッ!」
スタンガンのようなものでやられたのだろう。そのまま景色が霞んでいく。
たった1人のか弱い少女を捕らえた宇宙人の集団は、獲物を捕らえた喜びではしゃいでいるようだ。
(こいつらガキなのか……あれ?)
朦朧とする意識の中で、また自動広域調査が発動した。
(あれは……)
群れの外側に見えないもう一つの影の接近を感知した。
しかし、それが何かを確かめる前に気を失ってしまった。
(……………………)
(………………)
(…………)
(ん?)
あれからどのくらい時間が経ったのだろうか?
拘束された状態のまま暗くて狭い井戸のような縦穴の中に、ミノムシのように吊るされていた。
これは彼らなりの拘留のしかたなのだろうか?とてもユニークな方法だと、少し感心してしまった。
穴の外まで約2メートルだろうか?下を見ると宇宙人の死骸と思しきものが底に埋もれているのがわかる。ゴミ捨て場みたいなところだろうか?
「これからどうなるのかな……美味しく食べられてしまうのだろうか……」
この場所だと、下に火種を置けば燻製を作れそうだ。彼ら宇宙人が何を食べるのかわからないが、少女一人分では全員のお腹は満たせないだろう。
と、いうか、そもそも彼らに口らしきものが見当たらない。
「あーぁ……」
危機的状況なのになぜか他人事のようだ。この余裕は恐らくまだ何とかなるだろうという感情が心の片隅に残っているからだろう。
ゲームで捕まった場合、だいたい脱出イベントが始まる頃だろうし……
上を見上げると明るい空が見える。拘束しているワイヤーを分解収集すればすぐに脱出できそうである。
拘束を一度解かれて持ち物を調べられた形跡はない。戦闘が終わって拘束された状態のままここに吊るされたようである。
「やっぱり稚拙だな」
彼らは一見すると『宇宙から来た高度な文明を持った戦闘民族なんとか星人』を思わせるが、彼らの戦い方、仕草、そして捕虜を取り調べないこの有様、どれを見ても隙だらけだ。
その一方で、装備はかなりのハイテクで、この世界では完全にオーバーテクノロジーだ。
たいていの場合、宇宙人の技術レベルは地球人より上と相場は決まっているが、中身がそれに伴っていないという印象である。こういうのは何となく初めての体験かもしれない。
簡単に脱出できそうだが、どっちに逃げればいいのかわからない。六分儀が使えれば、とりあえず逃げる方角だけはわかりそうである。
広域調査をしてみると、先ほどの戦闘の倍の反応が自分を中心に半径20メートルくらい離れて周りを取り囲んでいるのを確認する。
「んー、どうするつもりなのかな……」
先ほどは敢えて捕まったが、分解収集を使えば敵のグレネードだろうが、この拘束ワイヤーだろうが、カルマの影響を考慮しなければ容易に対処できる。銃弾でも物理的なものなら問題ないだろう。問題は電気やエネルギー系の兵器だろう。こればかりはどうしようもないが、地面を盛り上げて盾代わりにするなど、工夫次第ではどうにでもできそうだ。
「対処はできるんだけどな……」
回避や防御面ではなんとかなりそうなのだが、彼らの頑丈そうな外骨格を打ち破る打撃力が決定的に足りない。
深い落とし穴を掘って落としても、拘束ワイヤーのような兵装が備わっていれば、ワイヤーアクションで登ってこれるだろうし、岩塊をぶつけてもあの装甲に有効打を与えられるとも思えない。
強敵に対してレベルを上げて物理で殴るという必勝法がゲームの世界にはあるが、静止物に対してならともかく動く対象に、高質量の物体をぶち当てることなどコマンド式RPGでもなければ絶対に不可能だ。
ワールドカップに行くのが夢だった、良くて引き分けの決定力不足の昔のサッカー日本代表選手状態である。格上に引いて守るしかないこの悲しさ。
「ん?」
穴の中で宙ぶらりんになりながら今後の方針について迷っていると、穴の外に何かの接近する気配を察知する。
考える時間もなく、無造作に穴から引き上げられて、陸に打ち上げられた魚状態になってしまう。
「ちょっ!え?」
外は地面を円形にえぐったような窪みの中で、宇宙人たちの群れがその外周をぐるっと埋め尽くしている。
腕を振り上げたりする様子から、何やら歓声を上げているようなのだが、身体がぶつかる鈍い金属音以外、声らしき音が全く聞こえない。おそらく、こちらの耳に聞こえてこないだけで、その場は彼らの大歓声が巻き起こっているのだろう。
この絵面はものすごくシュールである。
(まるで闘技場だな……あ、そうか!これは見世物か!)
状況はすぐに理解できた。
ここで誰かと無理やり決闘をさせられ、それを見物して楽しむという娯楽なのだろう。
映画によくある捕まった主人公がこんな闘技場で戦わされて、大番狂わせを演じるという定番のシーンをすぐに連想する。
「ん?あ、痛っ!!」
宇宙人の大群衆に圧倒され口をぽかーんと開けていると、左の耳に激痛が走った。どうやら自分を引き上げた宇宙人に耳をつままれたようだ。力加減がわからないのだろう、耳たぶの上の方がおそらくつぶれてしまっているのではないかと思うほどの激しい痛みが襲う。
「な、何すんの!はっ!」
苦情を言おうとした瞬間である。突然の大爆音が鼓膜を激しく叩いたのである。
「ふぎゃぁ!」
とっさに耳を抑えようとしたが、拘束されていて芋虫状態のまま文字通りのた打ち回る。
それを見た宇宙人がもう一度耳をさわる。すると、音が小さくクリアになった。
(キコエルカ?)
突然、感情を抑制したような無感情な機械音が、頭の中に流れ込んできた。
「え?」
(モンダイ ナサソウ ダナ)
「こ、これは?」
(ホンヤク スル ソウチ ダ)
そう言って宇宙人が拘束を外して無理やり立たせられる。
音として聞こえているのではなく、鼓膜を介さず直接脳内に響いてくるのだろうか?
音声ではなく、このテレパシーのようなものが彼らの対話方法なのだろう。そして、他種族でもそのテレパシーを受信できる装置を無理やり耳に付けられてしまったようだ。
自由になった手で、左耳の痛みが残る場所を触ってみる。ピアスではなく幅広のワイドイヤーカフのようだ。ただ、耳の凹凸にはめるのではなく、完全に耳を貫通してしまっていて、外すことができなくなっているようである。
「ひどいことする……」
まるで家畜の個体認識用の耳標だ。発信機でもついていて逃げても追跡され、さらに、誘導兵器用のビーコンにもなっている可能性が高い。最悪、小型爆弾になっていて、逃げたら即爆発かもしれない。
そうでなければ、拘束は外さないだろう。
敢えてそのことを説明せず、わざと逃がして爆散する様を見るのもひとつの娯楽としての楽しみになっているのだろうか。
(ダレト タタカウカ キメロ)
案内役的な宇宙人がそう言って群衆をぐるっと指さす動作をする。
「……え?私が対戦者を選ぶの?」
うんうんとうなづく宇宙人。彼らはただ戦うとか殺すだけではなく、それを娯楽として楽しんでいる種族なのだろう。
対戦者を選ぶフリをしながら周囲の様子をうかがい脱出方法を考える。地面より低い位置にいるせいで、ここからでは大断崖の位置はわからない。空は明るいがお天道様は出てないし、拘束されてからどのくらい時間が経ったのかもよくわかっていない。
それに、この耳につけられた装置のことを考えると逃げるのは危険な気がする。
(困ったな……どうやっても勝てないし、逃げられないし……)
背中を小突かれ早く選べと催促される。
中に人間が入って演技をしているのではないかと疑いたくなるような仕草である。言葉が片言だったので言語によるコミュニケーションに難があって、感情表現としてジェスチャーを多用しているのだろうか?
「誰にしようかな……うーん、一番弱い人を頼む」
適当に言ったら、横の宇宙人がうなずいて群衆に向かって手招きする。すると、1人の宇宙人が周りから押し出されるようにして登場する。
「ほ、ほんとに弱いのか?メッチャ強そうなんだけど!」
出てきた宇宙人は他と比べて若干小柄に見える以外、近接格闘タイプで普通に強そうである。
弱いを小さいと翻訳したのだろうか?野生生物なら身体が大きい=強いでだいたい合っているので、あながちこの判断は間違いではないだろう。
横にいた立会人のような宇宙人は役目が終わったのか、いつの間にか群衆の中に消えてしまい、中心には自分と選ばれた宇宙人だけとなってしまった。
群衆は腕を振り上げたり、飛び跳ねたりとものすごい盛り上がりを見せている。意味不明の雄叫びと、戦えとか殺せなどという物騒な単語が脳に直接飛び込んできて、さらに宇宙人同士がぶつかり合う鈍いガチャガチャした金属音が耳から入ってきて、脳と耳とで頭の中はこんがらがってくる。
(ほんとにやるのか……)
どちらに向けた歓声なのかは一目瞭然だが、正直この大歓声は罵声でもなんだか少し気分がいい。完全アウェーだと開き直れるし、野球少年だった頃の記憶が甦って無性に懐かしい。
昔は子供もたくさんいて、何かの大会の試合ともなると、親も含め両チーム合わせて数百人以上の大歓声の前でプレーしていたものである。
(なんだか、懐かしいな……さて、腹をくくるか)
逃げるという選択肢がなくなったことで、頭のスイッチを切り替えた。何としても勝ってここから脱出する。
(イツデモイイゾ)
対戦者が『かかってこい』という挑発的なジェスチャーをする。
それと同時にダッシュして、まずは先制する。
踏み込みと同時に握った拳を素早く打ち出し、不意打ちに素早く反応して身を引こうとする対戦者を追撃するように、ソフトボール大の岩塊を撃ち放つ。
「ゴン!」
見事に命中したが、全身装甲に包まれた対戦者にたいしたダメージは与えていないようである。
一瞬静まり返った観衆から割れるような歓声があがる。こちらから攻撃すると思っていなかったのだろう。
対戦者も少し驚いたようだが、初撃がたいしたことがなかったようで、拍子抜けしたようである。それが仕草ではっきりとわかる。犬や猫は感情が尻尾の動きに出るが、彼らも感情が仕草に出るようで、ババ抜きなら絶対勝てる自信がある。
次はこっちのターンとばかりに猛然と殴りかかってくる。
(能力に頼ってはダメだ!)
能力を使わない非力な少女の攻撃など全く意味がない。だから能力と攻撃はセットで使わなければならない。そして、能力が無限に使えるわけではない以上、回避で使う能力は極力減らしたい。
格闘技の経験はないが、ゲームオタクをする前は完全な体育会系である。そもそも子供の頃に家庭用ゲーム機が出たばかりで、貧乏で買ってもらえなかった元野生児のクソガキである。
この少女も野生児であり、ポテンシャルだけで相手の攻撃を回避してみせる根拠のない自信だけはある。
身体の大きさに似合わない機敏な動きから繰り出す攻撃の連続に、最初は能力に頼らざるを得なかったが、次第に攻撃の癖や、連続で繰り出せる攻撃の数などがわかってきて、完全に動きを見切ることに成功した。
しかし、問題はこちらに有効打がないことである。
どんなに腕を速く振っても、野球のボールと同様に時速100~120キロメートル程度である。そのスピードで飛ばす岩塊は、生身の人間ならもちろん致命傷になるが、全身装甲のこの宇宙人には全く意味がない。距離が離れれば威力は減衰するし、回避される確率も高くなる。
一番威力が高くなる密着状態で当てるには、カウンターしかないが、体格が違い過ぎて懐に飛び込むまでの距離が長すぎる。しかもボクシングとか既存のスポーツのような決まった型がないことと、両手を同時に使うとか、掴みかかるとか、とにかく動きの予想がしずらく飛び込む隙もスペースも僅かだ。
一番小柄だといっても身長が1.8メートル以上で、全身装甲で覆われ、肢体が重そうなのに機敏に動く。アメリカンフットボールの選手のようで、巨漢=のろまというテンプレには当てはまらない。
相対的な敏捷性はこちらが圧倒的に上だが、今のところそれしか優位性がない。
一見すると善戦しているようにみえるが、相手にしてみれば危険な要素がほとんどない、うっとうしいハエを追い払っているだけのような楽な戦闘だろう。
(発想を変えないとなー……)
攻撃方法は岩塊や鉄塊をぶつけるだけではない。落とし穴に落としたり、相手の突進に合わせて壁を作って衝突させたりなど方法はいくつかありそうだが、いずれにしても相手の防御力が高すぎてどれも効果的とも思えない。
大量の岩石があるので足場を盛り上げて橋を作って逃げるとか、穴を掘って地中を逃げるという手もなくはないが、彼らの装備はけっこうやばいのが多そうで躊躇する。上から逃げれば誘導ミサイル、穴を掘れば火炎放射器とか、恐らくズルをすると一気にやられてしまうだろう。
(彼らのやりかたに合わせないとダメなのか……)
最終奥義である、我がご先祖様がカルマを穢して永久犯罪者となった、相手装備の分解収集作戦だが、あの頑丈な全身装甲は、装備ではなく彼らの肉体そのものなので、能力は使えないのだ。
八方ふさがりだ。
(……いや、待てよ?吊るされた井戸の下に、死骸があったはず……)
地面に開いた直径1メートルくらいの丸い井戸のような穴の底に、彼らの死骸が埋まっていたのを思い出した。
(調査解析では不明だった新しい資源を手に入れれば、そこから新しい能力が覚醒するかもしれない……試してみる価値はある)
問題は、穴の中に逃げ込むとそこにグレネードを放り込まれる可能性があることである。
(やるしかない!)
多少のリスクは承知の上、虎穴に入らずんば虎子を得ずだ!
穴の位置を確認しながら、攻防を繰り返し、ここぞというタイミングで、誤って落ちてしまった感を演出する。こうすれば逃げたと思われずに済む。
この宇宙人たちは戦うという行為を重要視し、逃げる行為を禁忌としているようなので、この演出は重要だ。
相手の攻撃をバク転でかわし着地したところに穴があって落ちるというドジっ子演出で上手く穴に潜り込むと、素早く調査解析をして詳細情報を入手する。そして、構造解析で一旦レシピ化し、そのあと分解収集して静止物と化している宇宙人の死骸を資源化する。
(あ、新しい能力は……えーと、あった!)
ヴァイセント・ヴィールダーの残した古書で既に判明していたが、未開発の能力が2つが覚醒した。ゲーム用語でいうところのアンロックというやつだ。
〇改良:レシピの改良を行える
・材質を変化させることができる
・物体のサイズを自由に変えることができる
・確保している資源の範囲内
例えば、粘土で作った小さな人形を、材質を鉄に変えて
大きくすれば巨大鉄像の完成である。その逆もしかり
〇配置:レシピとして登録したものを任意の場所に配置する
・再構成の上位版
・身体の各部位に装着させることができる
・装備の自由な着脱
(キタアアアアァァァ!!!)
欲しかった能力がこの絶好のタイミングでアンロックされた!
宇宙人の死骸を構成するほとんどの材質は、微細な金属繊維の束で、これらが幾重にも重なって強固な塊を形成した、硬度はないが頑丈で粘りがあって軽いという、夢のような金属素材である。
刃や弾丸のように硬度が必要な素材にはまったく適さないが、耐久性が重要な防具や建築材料に最適な素材といえる。
(なんか変だな……)
宇宙人の死骸を一体まるごとレシピ化して、着ぐるみの様に改良をしてみようと試みたが、内部に空洞がほとんどないのだ。
普通に考えると堅い外皮の内部に筋肉があって骨があるとばかり思っていた。しかし、筋肉に該当するものがなく、骨にあたる部分が空洞になっているのだ。
どうやって身体を動かしているのか仕組みが理解できない。
宇宙人の身体の約90%を構成する『スパルチウム』と名前がついた合金素材の外骨格の中に、管虫のような細い生体組織があって、あの体を動かしているというイメージだろうか?そう考えないと成立しない内部構造である。
ほとんど金属のあの凄まじい防御力を打ち破るには、戦車の徹甲弾とか、高密度高質量の物質を使って押し潰すような、そんな攻撃方法を使わないと撃破は絶対に無理だろう。
他に、少量だが非常に硬い金属や、電子機器のようなものも存在した。彼らが普通に使っているハイテク装備に関しては基礎知識がないので今はどうしようもないが、そうした装備をあの宇宙人たちは隠し持っているということである。留意しておこう。
(とにかく今は、この死骸を鎧に改良して、身体にフィットするように配置させよう)
これでようやくなんとか戦えるレベルになった。
「まだまだ分が悪いけど……反撃開始だ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます