第13話 「始まりの冒険」

第十三話 「始まりの冒険」



 冒険というのは実に不思議な言葉である。

 この言葉ほど印象と実情がかけ離れたものはない。

 巷には冒険を題材にした物語が山のように溢れていて、耳にタコができるほどそうしたタイトルを耳にする。あまりにも身近で陳腐になりすぎた冒険という言葉を、皆、無意識にそしてポジティブに受け入れている。

 しかし、一旦冷静になって冒険の意味を辞書で調べてみると、ポジティブな要素が欠片もなかったりするのだ。

 例えば、『命の危険を顧みず挑戦すること』或いは、『成功の見込みがないのに敢えてそれに挑むこと』などだ。

 要約すれば冒険とは愚か者だけがする行為――と、いうわけである。言われてみれば確かにその通りで反論の余地がない。


 冒険をする者を冒険者というが、成功者はその名と冒険譚を残すことができたが、敗者はただ忘れられるだけで、記録にも記憶にも残らない。

 後世に残るのは成功者とその美化された物語だけなので、これが冒険に対する印象と実情に大きなギャップを作り出してしまった理由なのだろう。


 この現代社会にはかつての冒険はもう存在しない。いや、そう断言してしまうのは少し乱暴だし、何よりロマンがない。探せば冒険はいくらでも存在するだろう。ただ、その冒険で富と名声が得られるかというとそうではなく、むしろ富と名声を勝ち得たものが道楽でやるのが冒険になっているのではないだろうか。


 一つ一つの過去の冒険について検証するような冒険談義をするつもりはない。

 ただ、ここで自分が言いたいのは、どのような形にしろ冒険に対して多くの需要があるのは、冒険以前に人間というものには本質的に危険を求めるという救いようのない性質を本能的に持っているのではないだろうか?それが冒険を無意識に求めているのではないか?ということを言いたいわけである。


 本能にも似たそれは、普通に生きるうえでは不要にも思えるが、突発的な危険や逃れられない現状に対し、いざそれに抗わなければならない状況になった時に必要になるのではないだろうか?

 安穏な生活の中で、身の危険を疑似体験することで、その本能が失われないように、無意識に訓練をしている。

 これが人が冒険を求める心理のロジックなのだろう。


 そうなってくると、今巷にあふれる冒険にまつわる作品群は、安全な世相を正しく反映しているともとれる。多くの若者、いや今はもう若者だけではないだろう40代、50代の中年までもが、三次元のリアルよりも二次元の妄想に身を置きたがるのは、それだけ世界が平和過ぎて安全でつまらないからなのかもしれない。

 かなり話が飛躍し過ぎたかもしれないが、安全な国ほど出生率が低いことを考えると、あながち冗談とも言いずらい。


 世界が危険に満ちれば人は平和を求める。その一方で、平和が度を過ぎれば本能が争いを求め始める。

 そして、今この世界は平和が正しく、争いは悪だと決めつけ、建前上は危険を排除する流れになっている。しかし現状はどうだろうか?口では声高に平和を叫んでいるはずなのに、世界から一向に争いが絶えないという矛盾に晒されている。


 正直、この欺瞞に満ちた現代社会を好きにはなれない。

 そして、恐らく多くの人が平和に窒息しそうになってもがき苦しみ、そしてあきらめて絶望しているのではないだろうか?


 どうしようもないとあきらめる様は、何も今だけの話ではない。

 世も末だでお馴染みの末法思想が約1000年前にこの日本で蔓延し、浄土信仰が台頭したという、ファンタジーではない歴とした事実が存在する。

 お釈迦様が助けてくれなくても阿弥陀様にお願いすれば来世は幸せになれるという。こうした信仰が生まれる背景には、汚職や騒乱といった世相の乱れが背景にあった。

 つまり来世への憧れとは、現世での絶望が生み出したものなのである。


 近年の異世界転生などそれに類するものに大きな需要があるのは、現状の頭打ち感が来世への憧れ――つまり生まれ変わりたいという願望につながっているのではないだろうか?

 そして冥土や地獄の概念が民間信仰として成立したのと同様に、異世界転生も一つの信仰対象になってしまったと考えても、あながち間違いではないのかもしれない。


 また、おっさんの妄想が始まったといわれるかもしれないが、死について真剣に考え、現在と未来を鑑みた時、そこに希望が見いだせなければ自動的に死後の世界に想いを馳せるのは自然の流れである。


 死を意識した時、死が向こうから現れる。

 そして、今は死後の世界にいる。

 考えてみればこれも立派な冒険である。


「この世界は何のために創られたのだろうか?」


 これまで何となく現状を受け入れてきたが、根本的なところを深く考察したことがなかった気がする。

 生き残ってその情報を持ち帰れという任務を死神から託された。その中で、この世界が冥界の中に創られた異世界のようなものだということを教えられた。

 任務を全うすればそこでこの世界とはおさらばだったので、特に深く考えていなかったが、創られたというのであれば、その目的や意味があったはずで、それについてはおおいに気になるところである。


(まぁ、その死神の任務はすっぽかす予定だけどね……)


 そんな自分は今、エグザール地方の西端の大断崖にいる。地図に描かれている最も西側で、その先は未踏地となっている。


「えーと、ここが西の端か……」


 ここに至る道のりは長く、約3日間走り続けてようやくたどり着いた。

 3日間といっても、休憩、睡眠、周辺探索などを差し引いて約50時間ほどだが、それでも1時間10キロメートルペースで走ったので、単純計算で500キロメートルを自分の脚で踏破したことになる。これはもう大冒険といっていいだろう。


 この世界におけるこの少女の身体は、まったく疲れることを知らず、走っている間とても退屈だったのでいろいろと妄想がはかどってしまい、冒険しながら冒険について自分なりに考えてみたわけである。


 そう、今冒険について考えながら冒険をしている。


 なぜこの時期に旅に出たのか?かわいいクマゴローと一緒に楽しく過ごせばいいじゃないかと言われるかもしれない。もっともであり、自分もそうしたかった。

 そんなクマゴローを捨て置いても冒険がしたいという理由は、長老から我が始祖であるヴァイセント・ヴィールダーの遺品を預かってしまったという、何やら重大なイベントが発生してしまったからである。


 その遺品は、ヴァイセント・ヴィールダーが亡くなったあと、開くことのできない箱に保管され、彼の遺言通りに代々の駅長によって受け継がれてきた。


 その遺言には『資格ある子孫にこれを託す』と、あった。


 資格とはおそらく覚醒した能力のことであろうと思い、構造解析を試してみたところ、いとも簡単に箱の封印をといてしまったのだ。

 そして、400年もの長きにわたって封印されていたものとは、この『六分儀』だったのである。


「ジャジャーン!六分儀ぃ!」


 こういうアイテムには男心――見た目は少女だが――をくすぐるロマンがあり、思わずテンションがあがってしまう。


 六分儀とは、主に洋上航行において現在位置を把握する天測に用いる道具であり、GPSなどない大航海時代360°水平線の何も目印のない洋上で、天体を頼りに自分の位置を確認する素晴らしいアイテムである。しかも、この六分儀はただの六分儀ではない。なんと、いわゆるアーティファクトと呼ばれる遺物なのである。


 アーティファクトとはその出自が定かではない謎に満ちた古代の遺物とされ、悠久の時の中で意思を宿した神懸かりな力を持つ神器と伝えられている。

 これら意思を持つアーティファクトは、所有者を選ぶと謂われ、ふさわしい者には大きな力を与える一方で、その資格無きものには災厄をもたらすという。

 何やらいわくつきの道具のようだが、ヴァイセント・ヴィールダーの子孫として同様の能力を持っていたおかげで、どうやら祟りはなさそうで安心した。


 この祟りの話は眉唾かと思ったが、一度この箱が駅から持ち出されプラーハ王国にわたった時に、西カロン地方で凶作や飢饉が数年続いたそうで、これを元に戻したところたちまち災厄は収まったという逸話が残っていた。

 まーこういうオカルト話は個人的に嫌いではないが、たいていの場合誇張して伝わったものだろうし、やっぱり眉唾と思っていいだろう。


 そして今、その託されたアーティファクトを持って、果ての見えない大断崖の上に立っているというわけである。

 お宝をゲットしたらそれを使わずにはいられないのは、お宝を持つものの運命なので、そのお宝が冒険に便利なアイテムであるなら、冒険するのは当然の理由である。


「どれどれ……」


 六分儀のテレスコープを覗き周辺エリアの情報を更新する。

 この六分儀がただの六分儀ではなくアーティファクトに分類されるのは、測量用としてだけではなく、これ単体で対象までの距離を測れる測距儀、遠くのものを近くに見る望遠鏡、小さな物を拡大する顕微鏡、方角を確認できる方位盤、現在地の高さを測る高度計、水平を保つジャイロ機能、温度計や湿度計の機能、そして時計とさらに視界に見えるものを地図にする自動作図機能など盛りだくさんで、まるで十徳ナイフのような万能感を持つ素晴らしいアイテムなのである。

 今日日十徳ナイフなどと言わないと思うが、今風に言い換えて一番近いのはスマートフォンだろうか?一度その利便性を味わってしまうと、手放せなくなるという点で共通だろう。


「すごい景色……」


 眼前にこの世界でも向こうの世界でも見たことがない、他に形容できない初めて見る光景が展開されている。

 すごいという形容詞に含まれる意味として一番に思いつくものは『優れている』だろう。しかし、ここでいう『すごい』は、それとは少し違っていた。


「なんにもない……」


 命の営みを感じる要素が何一つ存在しない、ただの岩と空だけの世界が広がっている。

 振り向くとはるか遠くに見えるはずのプリズンウォールマウンテンがいつのまにか消えてなくなっている。


「何か変だな……」


 200キロメートルあたりまでは見えていた高い山が地平線に消える前に視界から消えたのである。


「なるほど、そういうことか……」


 丸い地球であれば、だいたい4.5キロメートルくらい先に、空と地を分ける明確な線、地平線が見える。しかし、この世界は冥界の中に創られた異世界であるため、大地が球体ではなく平面なのだろう。だから遠く離れても山などの地形が地平線の向こうに消えていかないのだ。


「まるでゲームの世界だね……」


 ゲームの世界では大地を緩やかな球体として再現できない。いや、再現することはできるのだろうが、その労力に見合う効果がないというのが本当の理由だろう。

 広い世界を再現する、いわゆるオープンワールドと呼ばれるゲームの場合、遠くにあるものは地平線の彼方に消えるのではなく、だんだんと透けて虚空に消えていく演出になる。恐らくこの世界もそれと同様で、遠くの景色は霞んで見えなくなるのだろう。

 視認できる距離がどれくらいかはわからないが、プリズンウォールマウンテンが見えなくなったあたりから逆算すると、おそらく200から250キロメートルが視認できる限界に設定されているのだろう。

 数字で見るとわかりずらいと思うが、具体的な例を挙げると、千葉や栃木県などから富士山が良く見える距離で、そのあたりで富士山が見えなくなってしまうというイメージだ。


「なるほどね」


 だんだんこの世界が分かってきた。

 ここは冥界の中に存在するゲームの中なのだ。死神橘頼蔵がほのめかしていたように、ここはゲームであり、恐らくアサイラムを改良拡張した『冥界型アサイラム』なのだ。


「だいたい理解した!」


 恐らく10年前に亡くなったアサイラムの生みの親である河上氏も深くかかわっているのだろう。そうなると、ここのアバターの名前がアサイラムのアバターと同じ名前のミリセントであることにも一応納得がいく。

 サーバーの登録情報ごと異世界転移してしまったので、中の人とアバターが紐づけされたということだろう。

 この冥界型アサイラムは三途の川の賽の河原に移設されており、『親より先に亡くなった子供』が自動的にこの世界に召喚される仕様になっているらしいが、アサイラムと紐づけされているとなると、アサイラム経験者もこの世界に呼び出されてしまうかもしれない。もしかしたらゲームの中で知り合いになった人と10年ぶりに再会できる――なんてこともあり得ない話ではない。


「ま、それはないか」


 10年前なので年齢的に当時同い年くらいならまだまだ亡くなる年齢ではないだろうし、事故や病気の可能性もないことはないだろうが、恐らくかなり低い確率になるだろう。それに、ここで会うということは死んでいるということなので、できればそんな再会はしたくないというものである。


「さて……と」


 まるで虚無ともいえる、非生産的かつ排他的なこの風景の意味するものはなんだろうか?

 ゲームのアサイラムにはこのような場所は存在しない。そもそも西カロン地方とかエグザール地方といったこの世界の地名はアサイラムには存在しない。恐らくアサイラムのシステムを流用したまったく新しいゲーム、つまりこれは『アサイラム2』なのだろう。

 ということは、世界設定をアサイラム基準で考えても無意味だろう。


「つまり、ここはまだ未開の地で、これから拡張される予定地とか?」


 そう考えると、この不毛な光景にも理解ができる。


「この先、進入禁止エリアなのかな……」


 これは非常に気になるところである。崖の下に降りようとすると見えない壁に阻まれるとか、或いは即死してしまうとか、既存のゲームからある程度の予測は立てられる。


「これは検証班出動だな」


 ストーリーや世界設定の謎に関してそれを掘り下げる『考察班』とは別に、ゲームシステムの内部情報を統計から推察したり仮説を立てて実証する『検証班』なるものが、ゲーム界隈には存在する。

 中田 中(あたる)としては、ゲームの腕前がそこそこでしかなく、こうした別の楽しみに重きを置くプレースタイルだったので、目の前のこの状況にはワクワクすると同時に、昔取った杵柄ではないが腕が鳴るというものである。


 六分儀を誤って落とさないように繊維質で作った糸を束ねてネックストラップにし、匍匐状態で崖からそーっと顔を半分出す。

 予めレシピとして登録していたボールを取り出して、手前にポイっと投げる。


「見えない壁はなさそうだ……」


 放物線を描いて飛ぶボールはそのまま地面に落下していく。ボールが小さすぎて地面に到達した状況がまったくわからなかった。相当な高さがありそうである。

 この六分儀は測距儀にもなっているので、高さを測量してみることにする。

 テレスコープを覗き、角度45°から見える地面までの距離を測定すれば、そこから高さを割り出せるはずである。

 なぜ直接真下の地面までの距離を測定しないかって?そりゃこの崖から身を乗り出すのが怖いからである。


「えーと、地面まで約1500メートルと……で、たしか、1.414で割ればいいんだっけ?」


 三平方の定理というやつである。

 スマホでもあればすぐに計算できるのだが、そんな便利なものはこの世界にはない。暗算しようにもそんな頭脳を持ち合わせていないので、手のひらに指で計算式をかきながら割り出す。


「まー、高さだいたい1000メートルか……落ちたら間違いなく死ぬ」


 パラシュートでもあれば安全に下まで降りれそうだが、手持ちの資源だけでは作れそうにないし、そもそも作り方がわからない。

 作るとするなら、既存のパラシュートを構造解析してレシピ化すればいいが、そもそもこの世界にパラシュートが存在するのだろうか?無ければ作ればいいだろうが、基礎知識がない状況で適当なものを作るのは危険だ。絶対きれいに開かず落下するだろう。


「でも……いや、待てよ?」


 分解収集で地面に穴を掘れるのなら、その要領で崖下まで足元を掘り下げていけばいいのではないか?そして、元に戻る時は足元に分解収集した岩を再構成すればいいのではないか?


「道具を作らなくても、エレベーターができるじゃないか!」


 思わず手をポンと叩く。これがゲームなら頭に電球がピコーンっと出るところである。


「いけー!」


 足元を直接分解すると危険なので、接地面より1メートル下方の土砂を分解収集していく。

 最初はゆっくりと、そして少しずつ速く、1000メートルの崖を音もなく一気に貫いて、10分もたたないうちに崖下に辿り着く。

 拍子抜けするほど簡単に1000メートルの落差を征服してしまった。


「ふぅー、ここが底……か」


 海抜は10メートル弱。ということは崖上は標高1000メートルということか。恐らく駅も標高はそんなにかわらないだろう。


 地面から垂直に切り立った断崖を見上げる。崖が崩落した形跡はなく、地球で起こっているような造山活動や侵食作用はみられない。

 少し周囲の様子を見ながら崖から離れるように西へ向かう。

 崖上の薄く乾いたいつもの空気から一転、温かく鼻腔をほんのりとくすぐる潤んだ香りが、気候の変化を感じさせる。

 標高が1000メートル変われば、気温も生態系も変わるので、これは錯覚ではない。しかし、感覚とは裏腹にまったく変化しないこの不毛な景色が、錯覚を実感にかえることを阻んでいる。


「ほんとに、何にもないな、ここ……」


 これなら崖上のエグザール地方のほうがはるかにマシである。

 ここは空気が濃すぎる。向こうの空気の方が好きだ。

 単に慣れてないだけというオチなのだが、匂いや気圧、空気感の違いまで認識できるこの世界は、0と1で作られたコンピューターゲームとは一線を画しているのは間違いない。


「このまま西に進むか、それとも……」


 崖が南北に走っている。その崖上はるか東がエグザール地方で、それ以外の方向が未知のエリアである。

 それぞれの方を向いてクマのようにクンクンと鼻を鳴らしてみる。


「およ?」


 南を向いて匂いをかいでみた時、ほんのりとこことは違う何かの香りがしたような気がした。急いで六分儀を覗いて望遠鏡を最大倍率にすると、森林のような緑色っぽい塊がかすかに見えた。

 肉眼では目視できない恐らく200キロメートル以上先に、何かがあるようだ。

 試しに他の方角も望遠鏡で確認してみる。西側は何も見えないが、北側の崖の向きが西に斜めに伸びているのを確認した。視界に見える範囲では崖は南北に真っすぐにしか見えないが、北側の崖は途中から北西に伸びているようだ。もしかしたら真っすぐ見える崖はゆったりとした曲線を描いているのかもしれない。


「どっちにしても、確かめるにはさらに2日くらいは走らないとダメだな……」


 この崖は自然が創り出した造形ではないと断言できるが、ということは人為的な造形物ということになるが、人の力でこんなことが可能かというと恐らく無理だろう。ではいったい誰がこんなことをしたのだろうか?


「創造の神様……或いは『宇宙人』とか?」


 すぐに思いつくのはそれくらいである。これが完全にゲームというのなら、創った人の都合だと言い切ってしまえるが、ここはそこまで単純なデータ上の世界ではない。

 現状を少ない情報から検証するのは少し無理がある。ただ、考察は可能だろう。ここに至るまでの短い期間で得た確かな情報に『マナの枯渇』というキーワードが存在する。ここから糸口を見出してみよう。


 枯渇とは、もともとあったものが無くなることである。プリズンウォールマウンテンをはさんで東側にはマナが存在し、西側、つまりこちら側にはマナが存在しない。


「つまり、こちら側にももともとマナは存在していたが、何かが起こって消えてなくなってしまった?」


 これは逆説的にも考えられる。もともとマナはなかったが、東側からマナが伝播したともとれるが、これについては一旦保留しよう。


 マナの枯渇とこの地域の生命力のない大地の状況には関連性がありそうだ。

 エグザール地方ではモノが腐りずらいという事実が存在し、これは駅の住人によると、マナの存在が命の営みに大きな影響を及ぼしているからだという。

 食物連鎖などの生態系に重要な役割を果たす微生物が非常に少ないというのは、ここ西側の共通事項だろう。


 これを元にストーリーを考えてみると、もともと世界はマナに満ち溢れていたが、西側で人為的な事故、或いは天体規模の内外圧によって生態系が完全に破壊されたという設定が成り立つかもしれない。


「そうなると、この世界はゆっくりと滅びに近づいている?」


 生命の危機ともいえるマナの枯渇現象がエグザール地方にも及び、やがてそれらが山を越えて西カロン地方にも影響してくる……

 物事を悪い方から考えるとそんなシナリオが思いつく。


「考察を裏付ける検証が必要だな」


 この仮説が本当なら、問題の震源がこの地方のどこかに存在するだろう。

 ただ、その仮説に一石を投じるのが南に見えた森のような緑の塊である。遠すぎてそれが本当に緑なのかはわからない。ただその地域に森林が存在するなら、ここは命が枯れた場所ではないことになり、つまり仮説が成り立たないということである。


「まずは、南を確かめてみるか……」


 最初に一寸感じた何かの香りも気になるし、唯一景色の変化があった場所である。探ってみる価値はあるだろう。


「よし決めた!南だ!南にいこう!」


 左手に断崖絶壁が見える景色は相も変わらずで、景色に変化が現れたのは南進を決めてから2日後のことである。

 30時間も走って約300キロメートルを踏破したにも関わらず、景色がほとんど変化しないのは、どう考えても手抜きがすぎるだろうと、この世界を造形した何者かに苦言を呈したいところである。


「うーむ……熱帯雨林的な感じかな……雨が降っている様子はないのに……」


 はるか彼方に見えていた森のような場所は、やはり森で間違いはなかったが、想像していた森とはかなり違っていた。これは完全に熱帯雨林のジャングルである。

 西側の探索も兼ねての南進だったので、真南ではなくやや西よりに進んでいたので、東に見える崖はかなり遠く低くなってしまった。

 その場所から南東の方角を見ているわけだが、森林は崖の真下から沁みだしているように広がっている。

 全体的に何もかも大きく広く、良く言えばスケールが大きいが、悪く言えば雑に見える。また造形者に苦言を言いそうになったがここは大人の対応でグッとこらえる。


「やっぱり変だな……」


 ジャングルに近づくに連れて、その分布の仕方に強烈な違和感を覚え始める。

 赤い大地に唐突に緑のジャングルがニョキっと生えている。普通に考えてこんなことにはならないだろう。枯れ気味のエグザール地方だってそんなに極端な自然の変化はない。

 自分がゲームのマップを作る人であれば、草原に森を配置するだろうし、それが普通ではないだろうか?


「でも、もしこの景色にもちゃんとした意味があるのだとしたら……」


 枯れた大地に突然生命力に満ちた熱帯雨林のジャングル……


「生命力?なんか違うな……」


 ジャングルは単にジャングルなのではなく、その中に多くの生命を育んで、セットでジャングルなのである。しかし、遠目から見た印象は死んでいるとしか思えないほど静まり返っている。ジャングルなら獣や鳥の鳴き声でうるさいのではないだろうか?


「広域調査が届く範囲まで近づくか……」


 あまり近づきたくないという、何というか勘みたいなものが働いている。自分自身の勘をあまり信じていないのでそのまま進もうと思ったが、ここで六分儀の便利機能を思い出して立ち止まった。


「あ、そうだ!六分儀で見てみよう」


 この六分儀は能力と連動しており、望遠鏡で見たものに対して調査解析ができるので、接近しなくても遠隔調査解析ができるのである。


「どれどれ……んなっ!?なんだこれ?」


 テレスコープを覗き、拡大されたジャングルを調査解析すると、警告が表示された。見てはいけないものを見てしまったのだろうか?何度か試してみても同じ警告がでる。危険だ近づくなと能力が判断しているのだ。


「どういうこと?」


 今わかるのは、身体に直ちに影響が出るような未知の有毒な何かがこのジャングルを覆っているということである。


「こりゃー、なんかやばいな……」


 背筋が凍った。何者かに見られていると自分の中の何かが警告を発している。

 心霊スポットで何か見えないものを見た気がして急に恐怖を感じ始めるようで、こんなことは初めてだ。

 現実世界で死を予感するようなそんな状況に陥ったことはない。

 それなのに今どうすればいいのかしっかりと理解できている。


「はやく逃げないと!」


 回れ右をして全力で西に走ってジャングルから遠ざかる。自分で言うのもなんだが、見事な逃げっぷりに惚れ惚れする。

 1時間は走っただろうか?悪寒は消えたが、あれは一体何だったのだろうか?


「や、やばいところに来てしまった……のかな?」


 ゲームでよくあるパターンとして、序盤に何故か強敵が配置されて進入できず、シナリオ上後々ここに戻ってくるという例のアレなのではないだろうか?


「だったら、早めに戻った方がいいかな……え?」


 その時、クマゴロー救出作戦時と同様に自動で広域調査が発動し、北側から複数の何かが急速に接近してくるのを察知した。


「あ、こりゃー終わったかな……」


 どうやら駆け出しが序盤に入ってはいけないエリアに侵入してしまったようだ。

 そう考えるのが合理的と思えるような絶望的な状況が今目の前に迫っている。


「冒険なんてするもんじゃないな……」

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