第10話 「始動」

第十話 「始動」



 すべての事象には裏と表が存在する。

 そして、その多くはどちらか一方の顔しか見せない。

 そこは見慣れたいつもの個室のはずだった。

 そこは今、闇に支配された裏の顔であり、表の顔しかしらない者たちにとっては、初めてみる個室の裏側である。


 暗闇が狭い空間をより狭く演出している。しかしその一方で、外縁を持たない無限の広がりを錯覚させる側面も同時に演出しているのだ。


 暗闇に5つの影が円卓を囲んでいる。


 闇の中なのに影があるのはおかしいとか、人影も円卓も本当の闇なら見えないはずだと、面白みのないツッコミがこの状況をより面白くないものにしているわけだが、それはおそらくこのつまらない演出を考えた者がきっとそういう人物だからだろう。


 暗闇に浮かぶ長方形の淡い光によって、円卓を囲む朧な影に人のカタチを与えている。

 その影の一つが異様な雰囲気を醸し出している。

 円卓に肘を突いて片方の拳をもう片方で包み込む。そこに額を当てがって頭を支えるようにうつむいている。

 その影はやがてゆっくりと頭を上げると、その両の目の部分にかけられている対の枠に蒼白い光が反射し、暗闇に新たな光源を生み出す。


 人型の朧な影が正面を向くと同時に、指同士を交互に組み合わせた拳に変えて、口元に置く。

 闇に浮かぶ影から内包された強力かつ圧倒的な意思が、ついに抑えることができずその身からあふれ出し、この狭い空間を支配した。


 そして、その意思はついに音となって闇を震撼させた。


「あー、今回、記念すべき第一回アサイラム対策会議は、この橘 頼蔵が議長を務めさせていただくわけだが、先に念を押して言っておきたいことがある!」


 蒼い光の前で神妙な声がこの闇に強烈な意思を放つ。


「いいか?この会合は割り勘だからな!勘違いするなよ!」


 あの死神5人衆が例のお店に参集している。


 今日は10日毎に開催することを決めたアサイラム対策会議(仮)の記念すべき第一回の当日である。

 死神が複数集まること自体が稀であるが、さらに10日毎の定期開催となると、歴史上の大きな厄災――例えば、政変、疫病、戦争など以外では考えられないことで、つまり、このアサイラム問題はそれに匹敵する大きな事件として認識されているというわけである。


「何をするかと思えば……」


「あっ、すみませーん、もう終わりましたんで電気つけてくださーい!」


「あと、料理とお酒もお願いしまーす」


「いいか!オレは絶対おごらないからな!絶対にだ!」


「はいはい」


 アサイラムが正式に始まって10日経った現状の報告と今後の方針を決める重要な会議は、定例会として10日毎に行うと、前回の緊急会議で決まったわけだが、今回はその記念すべき第1回目というわけで、ひとまず言い出しっぺの橘 頼蔵が議長となって、その後は持ち回りで開催することとなった。


 三途の川のほとりにある、親より先に亡くなった子供たちの石積み業の場である賽の河原を、10年前に人間界で一世を風靡したゲーム『アサイラム』をモチーフにした異世界に改変してしまった。

 この異世界を正式に『アサイラム』と呼称し、単に『ゲーム』と略すなど、5人の間で用語の共有を図るという頼蔵の提案は全会一致で可決し、これによって『ゲーム』といえば、『アサイラム』を指すと正式に決定した。


 この専門用語等に関しては、橘 頼蔵、平伴達磨、藤原壇重朗の3人の死神の間では既に共有されていたが、安倍浄妙と源菖蒲丸が新たに加わったことで、5人すべてに共有する言語が統一できず、3人の会話に新規の2人がついてこれないという問題を解決するため、まず第一にこの議題が上がったわけである。


「ゲーム内容に大まかな変更はないみたいだね。正式に始まったあとの変更点は主にボクたち死神に対する権限の大幅縮小みたいだ」


「ピンポイントで狙い撃ちとはやってくれる」


 アサイラムを作成した河上和正の計略にまんまとはまってしまった伴達磨たちだが、恨み節は前回の緊急会議で散々吐き散らしたので今は比較的冷静である。


「浄妙と菖蒲丸については、引き続きアバターの育成をしてもらうとして、伴と壇のメインキャラは結局どうなった?」


「自害しちゃったよ」


「俺もだ」


 2人のメインアバターは自分たちで直接介入できることを前提にかなり都合のよい設定を盛り込んでしまったため、正式開始と同時に介入不可となったアバターの支離滅裂な行動をカバーしきれず、自我崩壊を起こしてしまったのである。


「でも、ここで朗報!なんと新しくアバターが作れるようになりました!やったね!」


「一先ずひと安心だ」


 心底嬉しそうな壇に頼蔵が釘を刺す。


「調子にのるなよ?次は恐らくないぞ」


「なんで?」


「俺たち初期組に特別に付与された特典かもしれないからだ」


「あー、なるほど。いわゆるオープンベータテストの参加者特典ってやつだね」


「この辺のシステムは人間界の習わしがそのまま持ち込まれているだろうからな」


「ということは、私たちにはその特典はない……と?」


 そう言って浄妙と顔を見合わせる菖蒲丸。


「恐らくな」


「とにかく、こっちの勝手な思い込みで判断するのは危険ということだ」


 現実のゲームでもプレーヤーたちの要望通りにゲーム側が対応してくれるとは限らない。たいていの場合プレーヤーに対して望まない方向へ調整されるのだ。


「各自情報共有をするのはいいのだが、この会議として最終的に何を目指すのか決めてもらわないと、こちらもやりずらいな」


 一見すると男性と見間違える浄妙が、見た目通り女性らしさの欠けらもない口調で淡々と意見を述べる。

 浄妙は積極的にこのゲームに参加したいわけではなく、アサイラムができる最初のきっかけを作った責任があったため、しかたなく協力するだけの立場である。頼蔵、伴、壇は半分遊び感覚だが、浄妙としてはこれは仕事だと思っている。


「最終的にはアサイラムをこちらで掌握することだな。絶対に河上を捕まえて、もう一度眷属にして永久にコキつかってやる」


「ということは河上さんを見つけるのが当面の目標?」


「メインキーの捜索はどうするの?このアバターがいれば河上につながるんでしょ?」


「それはおそらく正しいが、今の段階ではまだ仮説だったはずだ」


「そういえば、ヤツを始末するのは不味いんだったよな」


 皆が口々に所感を言い合うので浄妙がパンパンと手を叩いて軌道修正する。彼女は頼蔵よりもはるかに議長としての才能があるようだ。


「中田 中(あたる)のアバターが河上へと繋がるカギになる――という仮説を元に話を進めていく――ってことかしら?」


「うん、まずはメインキーの捜索が当面の目標だよね」


「現状で何か手掛かりはあるか?」


「今、人間界からアサイラムに入ってくるのは、死んだガキどもだけだ。後は獄卒と冥界の暇人たちだな。だから、これ以外で新規に入ってくるヤツが怪しいわけだが……」


「えーと、子供たちは『亡命者の街クリプト』にまず集まるのよね?他はどこに出現するのか決まってるのかしら?」


「それがわかれば苦労はしない!」


「はぁ?それじゃ中(あたる)とどうやって合流するつもりだったの?」


「特別な能力を持っていれば、いずれその名が知れ渡るのはこの手のゲームの常識だ。探さなくても勝手に有名になって判明する。素人にはわからんだろうがな」


「だとすれば、無闇に探し回るより、ウワサに耳を傾けていた方がいいというわけだな?」


「西カロン地方はとても広いからね。ボクたちが協力しても全域をカバーすることは不可能だよね」


「情報収集に長けたアバター……というか、職業はないのか?」


「もちろんあるよ。自害しちゃった栗林の後釜のアバターは商売方面に特化しようと思っているんだ。情報収集が基本かつ重要な能力のひとつになるからボクがそっちを担当するよ」


「チビはもう戦争はやらないのか?」


「逝っちゃった栗林は、尖がったスキル構成で、しかもコンビプレー前提の特殊なアバターだったからね。彼が死んじゃったからもう同じ戦法は使えないし、勝ちすぎて相手がこわれちゃったからね。アハハ」


「あははじゃねーよ!何やったんだよ!」


「とある街で見つけた子がね、すごい潜在能力を持ってるのに無職でね。仲間に勧誘して弓と重装備のスキルに極振りしたアバターにして、遠くから観測射撃する固定砲台に育てたんだ。索敵範囲外から狙撃しまくって相手を一方的に殺していたら、あいつら禁じ手の『民間人の盾』作戦を使ってきて、栗林はあっという間に永久殺人者。相方もカルマブレイクで逃亡生活」


「栗林はともかく、巻き込まれたその相方がかわいそうだな」


「あのスキル構成じゃピーキー過ぎて扱いが難しいし、従来のパーティーに枠はないだろうね」


 口では心配しているようだが、実は全く気にしていない壇。死神など人間に対してはそんなものである。


「オレは東カロン地方への道を開きたいから、これまでどおり攻略組でいく。キーアバターももしかしたら東側にいるかもしれないだろ?」


「俺様は低カルマ帯域のアウトロー系だな、いつでもPKになれるようにする」


「頼蔵にぴったりだね!」


「うるさいぞチビ!誰もやりたがらないから俺様がやってやるんだ!ありがたく思え!」


「適材適所でしょ?」


 頼蔵に白い目を向ける菖蒲丸。


「浄妙さんは?」


「私は執行者だな」


「執行者?聞いたことない職業だね……」


「それはアレだ!暗殺ギルドだろ?」


「そうそう、ソレ」


「ああ、あれって執行者っていうのか」


「暗殺ギルドなんて物騒な組織名ね……」


「こんな名前だけど、ちゃんとした表の組織だよ」


「そうなのね……具体的には何をするの?」


「自分の生き方に背いたヤツを成敗する」


 浄妙は菖蒲丸の問いにぶっきらぼうに答える。別に適当にいっているわけではなく、実際にそういうことをする組織なのである。


 アバターは基本的な人格とプロフィール、カルマによって行動に制限がかかるが、設定を盛り込んで行動に一貫性がなくなると、少しずつ矛盾行動をはじめる。

 こうした行動が積もり積もってカルマブレイクにつながるわけだが、そのシステムを意図的に悪用するような、このゲームにおけるズルを抑止する役目を果たすのが暗殺ギルドなのである。


 親より先に亡くなって亡命者としてゲームに強制的に参加させられる子供たちは、アバターになる前にキャラクターメイキングを行う。

 ゲームのように様々な設問に回答し、自己分析と目標を決めて初期能力値が決められ、孤児としてアサイラムの世界に生まれ変わった子供たちのアバターには、当然個人差が出てくる。中には欲張って設定を盛り込み過ぎておかしな行動をして、カルマに小さな変化が起こり始めるのだが、暗殺ギルドの執行者たちはそれを察知して、数回の警告の後、行動に改善が見られないアバターを殺害し、矛盾を生み出しているプロフィールの設定を強制的に書き換えるのである。

 実際にアサイラムでは、こうした抑止力によって一定の自重効果が生まれ、極端におかしな行動をとったり、意図的にゲームバランスを壊そうとする輩の出現を排除してきた。


 これまでのゲームでは、運営側が常時監視していたり、プレーヤーからの報告を受けてから調査するなど対応が後手後手にまわることが多く、大規模なオンラインゲームを円滑に運営するためには、開発者の他にもより多くの人員が必要だった。

 初期のMMOは、行動の制限が少ない自由度の高いものが多かった一方で、ゲームシステムの不備も多く、その対応により多くの時間とそしてさらに多くの人員を動員して、その都度問題解決を行っていたので、GMコールに何十人待ちなど日常茶飯事だった。

 そのため、それ以後のゲームは、そうした不備が発生しないように予めプレーヤーの行動を制限するシステムになっていき、初期の頃にあった『自由な冒険』や『未知との遭遇』を楽しむ要素がなくなって衰退していった。


 作る方も遊ぶ方もフロンティア精神旺盛だったMMO黎明期を体験した河上氏は、『あの楽しかった頃の思い出をもう一度』という基本理念と運営方針を元に、運営の負担を最低限に減らすためAIに任せた、プレーヤー側には自由と責任を負わせたアサイラムシステムを開発したというわけである。


 アサイラムには犯罪行為に対応する刑事的な役割を果たす衛兵と、未然に犯罪を防ぐ公安的な組織の執行者が存在し、いずれも人の集まる都市や街などに常駐している。

 それらは人間界の警察のように犯人を捜して街の外にでることはなく、その場合外部に委託され、その委託先がいわゆる冒険者である。


「執行者ってかなり強いよね」


「街の中では衛兵の次に強いわね」


 単純な1対1の強さでは執行者の方がはるかに上なのだが、衛兵は街を守るための警備行動を発動すると、敵対者に対抗できる能力を獲得できるスキルが備わっており、街を襲うドラゴンにも対抗できるという、条件付きだが最強の力を持っている。


「ちなみに眷属は誰?」


「岡田以蔵」


「ぐは!それはエグいな……」


「頼蔵のエージェントなんてこれでイチコロね」


「なんで俺のエージェントを殺す流れになるんだ!おかしいだろ!」


「おかしなカルマを持っていたら、即斬りにいくからクリプトに来るときは気をつけろよ頼蔵」


「クソ!絶対クリプトにはいかないからな!」


 街中での犯罪行為はかなりのリスクを負うことになるが、街の外に出ればその限りではない。悪党に属する者たちは徒党を組んで廃墟や洞窟などに拠点をかまえていたり、変装や書類の偽装のスキルで一般人を装って街の施設を利用したりするなど、こうしたアウトローはアサイラムに一定数存在している。


「菖蒲ちゃんのエージェントはどうなったの?」


「うーん、助っ人というか便利屋みたいになってて、固定の仲間ができないわね。最近落ちこぼれ集団の先生みたいになってるわ」


「能力の高いバトルヒーラーは、1人いればどんなパーティー構成でもどうにかしちまうからな。オレとしては落ちこぼれの面倒みてくれるのは助かるよ。どうしても流れについてこれないヤツがでちまうからな」


「落ちこぼれたヤツらなど放っておけばいい。どのゲームでもそうだ、能力の高い限られた者たちが常に世界をリードするのは当然だ!」


「頼蔵のいうことはもっともだけど、数がモノをいうこともあるからね」


「そうだな。弾避けくらいには使えるかもな」


「死に過ぎて復活の資金が足りなくて、能力を担保に復帰した子たちは、装備とか使えていたスキルが使えなくなって何もできなくなっているのよね」


「最初はみんなとんとん拍子に成長するんだが、調子にのって遠出して油断してPKにやられて身ぐるみ剥がされる」


「テンプレだね」


「これが本来のアサイラムの目的だからな!勘違いするなよ!」


「この子たちを導いて頼蔵討伐隊でも結成しようかしら」


「だから何で俺を狙うんだ!おかしいだろ!」


 中田 中(あたる)という存在を探し当てたにもかかわらず、それに対しお礼や報酬のひとつもない頼蔵に対して、菖蒲丸はかなり根に持っているようである。


「賽の河原の状況は、本来あるべき姿ではないのは確かだ。この状況に不満を持つ連中が一定数いるのは間違いない。状況が長引けば、他の死神も参戦するかもしれない」


「ボク個人としては問題ないと思うよ。本来なら全死神が参加すべきとすら思っているからね」


「既に向こうの時間で10年経過してるからな……」


「アサイラムが正式に始まってから、人間界では1秒も進んでないぞ?」


「いや、今じゃなくもう10年経って、その間に賽の河原にきたガキどもがアサイラムにずっと閉じ込められ続けているってことを問題にしてるんだ。1000人や2000人の話じゃない、その10倍以上だぞ?」


「そっか……10年間輪廻が止まってるのね」


「地蔵菩薩も今はそれどころじゃないだろ?ちょうどいいじゃないか!」


 賽の河原で石積み業を負わせられている子供たちは、地蔵菩薩に救済されてまた次の命へと循環していくが、人間界の時間で10年間それが滞っている。

 これはなにも賽の河原だけの問題ではなく、地獄全体で裁判が滞って輪廻の循環が停止している状態なのである。

 その地獄の停滞をなんとかするために安倍浄妙が他の死神に相談したところ頼蔵がアサイラムを見つけて、それを同じく停滞していた賽の河原に移設したのである。

 頼蔵は当初、賽の河原の本来の機能をそのまま流用していたのだが、河上の策略によって今の状態に改変され、それを伴などの死神が別の目的に利用しようとして今に至っているのである。

 単なる死神たちの暇つぶしの遊びではなく、背景にはこうした大義名分があり、地獄の問題を解決するという1点に絞って考えれば、賽の河原――つまりアサイラムを新しい地獄、或いは一時的な留置所のようにして裁判所の負担を軽減すべきなのである。

 この伴の提案をそのまま採用すると、今後アサイラムは子供たちだけの世界に大人も来ることになる。

 そしてここを新しい地獄という位置づけにすると、罪人たちはアサイラムのなかで、冒険者に駆除されるだけの雑魚モンスターとして生まれ変わり、延々と死を繰り返すことになる。

 いずれにしても、子供たち(冒険者)に大人(雑魚モンスター)が狩られるという構図となって、本来の賽の河原とはまったく別の何かになってしまう。


 今現在の日本の地獄の概念は、インドで起こった仏教が中国に輸出され、そこで道教などと交わって変化し、閻魔大王を中心とする官僚制度が付与されたものが日本に渡来してきたものである。

 その後日本で浄土思想が広まり、地獄思想が民間に定着した。さらに『世も末だ』でおなじみの末法思想の大流行で平安時代後期には民間信仰として完全に定着したのである。

 ちなみに賽の河原は仏教とは全く関係なく、定着したのは鎌倉時代である。

 今現在の日本の地獄は、実はインドで起こった仏教を元にした仏教ベースの民間信仰として定着したもので、それはつまり仏教の二次創作というわけである。


 冥界における時間の概念は根本的に人間界とは違う。例えば人間界の時間が一定のベクトルを持って真っすぐ進む『直線』だとすると、冥界の時間はその線の周囲を大きく螺旋を描くようにぐるぐるとゆっくり回転しながら追尾しているようなものである。

 大雑把に言えば、冥界の100年は人間界の1秒にも満たないということである。


 人間界の10年は、『十年ひと昔』などと言うように、新しい時代になって古い常識が淘汰される時間単位である。

 冥界と人間界には常にそうした時代的なラグが生じ、人間界のトレンドに合わせていかないと、冥界は時代の螺旋に隔離され取り残されてしまう。そうならないように頼蔵のような死神がいて、冥界と人間界を繋いでリードしているのである。頼蔵が自分が一番偉いと勘違いしているのは、単なる思い込みだけではなく、実際に地獄の在り方を決めている存在だからである。


 新しい概念が生まれるのと同時に、古くなって忘れ去られる概念も存在する。死神は何かしらの概念や事象を司っているが、それら『司るもの』を失って実質的に仕事が失われた失業死神が一定数存在する。

 彼らは新興を司る頼蔵とは犬猿の仲であり、そして既に勝負のついた敗北者なのだ。

 ここで言う保守派というのは時代の敗北者、そして頼蔵の敵であるため、このアサイラム計画――というより頼蔵の計画そのものに反対という立場だ。

 ただ、彼らには頼蔵に対抗できる力は既にない。出来ることがあるとすれば、家の塀に落書きして憂さ晴らしする程度である。


 ただ気になるのが中立派や日和見派で、彼らが今後どう動くかわからないので注意が必要である。

 大方の見方としては、平伴達磨の『地獄拡張案』に賛同する中立派が多く、さらに裁判所からの支持もあるので、今のところ頼蔵より伴が有利である。

 日和見派が頼蔵や伴とはまったく違う思想を持って参入する新たな可能性もあり、河上を見つけるという目的が達成されるなら大歓迎というのが壇の立場である。


「結局お前たちは、アサイラムをどうしたいんだ?」


 浄妙としては裁判所の支持が大きい伴に賛同したいのだが、この案を丸投げしてしまった頼蔵にも義理がある。そのため、この会議で方針を統一してもらったほうが動きやすい。


「アサイラムを新しい地獄にする」


「アサイラムを獄卒の保養施設にする」


 伴と頼蔵との間で意見が分かれる。


「壇は?」


「ボクは伴を支持しているけど、立場的にアサイラムに外神(がいじん)が入らなければそれでいいし、その目的は既に達成されているからね。だから今後は情報収集と提供をメインにして、みんなをサポートするよ」


「河上を見つけるのが会議としての目標だし、まぁ、先に見つけて眷属にしたものの勝ちということでいいんじゃないのかしら?」


「まぁ、オレはそれでかまわんぜ」


「菖蒲丸は当然オレ様の味方だろう?」


「はぁ?私は頼蔵を討伐するのが目的よ」


「だから、なんで味方同士で殺し合うんだ!」


「頼蔵が悪なら、私は善のロールプレイの立場からキーアバターとの接触を図るって意味よ」


「なるほど、それは一理あるね!あはは」


「黙れ!チビ!」


「浄妙はどうするの?」


「私は執行者を各地に派遣しよう。暗殺ギルドのネットワークが各都市に広がっているから、壇重朗とは別の角度から情報収集ができるだろうからな」


「よし!これでこの会議としての方針は決まったね!」


「そういえば、この会議の名前は?」


「中華5人衆会議ってのはどう?」


「え?ずっと中華だけなの?」


 別に中華料理が嫌いなわけではないが、毎回そればかりはちょっとどうかと思う菖蒲丸は、不満の声を上げる。

 壇は冗談のつもりで言ったのだが、真に受ける菖蒲丸に思わず苦笑する。そして、伴がその流れに真顔で乗ってくるので話がややこしくなった。


「別に居酒屋でもいいんじゃないか?」


「私は個室ならどこでも」


「待て待て!飲み食いがメインじゃないんだぞ!」


「なら、頼蔵が決めてよ」


 困った壇が苦笑いのまま頼蔵に振る。


「そうだな……獄卒救済会議」


「却下だ!地獄拡張会議しかないだろ!」


「ダメだ!これはおれが始めた事業だぞ!」


「それをいうなら中田 中(あたる)を見つけた私がいなければ成立しないわよね」


「んじゃ、菖蒲ちゃん決めていいよ」


「頼蔵おごる会議」


「飯を奢ると驕りたかぶるをかけたのか!うまいな!」


「それ、いいね!」


「いいわけないだろ!真面目に考えろ!」


「中田 中(あたる)がカギになっているならそれにちなんだら?」


「それじゃ、中田会議で」


「おい、お前ら本当にそれでいいのか?」


「アサイラム対策会議で別にいいだろ」


 結局浄妙のなんのひねりもない普通の案が採用された。


「次の第二回アサイラム対策会議のホストはどうする?」


「今の席順でいいだろう」


「時計回りで頼蔵、ボク、伴、菖蒲ちゃん、浄妙さんでいいかな?」


 異議なしでこの順番で会議の開催が決まる。


「んじゃ次はボクだね。何か希望のお店ある?」


「まかせるわ」


「了解!楽しみにしててね!」


「だから飯の食う宴会じゃないんだぞ!」


 それぞれの思惑が次第に集束をはじめる。

 これで死神たちの準備が整った。

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