第13話 出帆

空港はごった返していた。

白い流線形の広い羽根を持つスワローという名前を冠した機体は、和平の使者としてのマベリアの役目を際立たせてくれていた。


軍の吹奏楽団が吹き鳴らす音楽でさえ、耳に痛いくらいに不快だとマベリアは感じていた。


秋風が肌寒い吹き曝しの滑走路だ。

普段はおろしている髪を高く結い上げて、高い詰襟のドレスを纏う彼女は、如才なく笑顔を振りまいていたが、内心は苦々しい思いを抱えていた。


それを知っているのは、トーケンという奴隷軍人だけだった。

トーケンはマベリアに従って機体に乗り込む。


白い服を纏ったマベリアは、和平の天使のようだと皆が話していた。

白くなびく燕尾の裾をはためかせながら、細く白いスラックスがタラップを上る姿は勇ましく秋口の空に映えた。


何が和平なものかと、口元を読まれないように覆いながら、マベリアはトーケンに伝える。

「武力制圧だよ。このきな臭い荷物と物騒な顔ぶれをみてみなよ。戦争さながらだよ。」



声援に応えながら、手を振り返す。



トーケンと目が合うと眉をハの字にして困った顔をわざとらしく作って見せる。

戦争するために、私が敵国へ行くっていうことは、この国のだれにとっても望むべきことに思えてくるわと、マベリアは言った。


無論戦を止めるために派遣されるわけで、それは役柄として重要な地位に就くものでなければならないわけだ。


議会は、何としてでも降伏を勝ち取ってくるようにという意向であり、そのための手段は選ぶ必要はないと言った。

「首都に入り中央を爆撃してもいいってことか。和平の天使が呆れる。」


フィコ軍はすでに海上封鎖を行い、エジンプロスの放送局と無線通信の類の施設を押さえようと諜報員を派遣しているらしい。

そもそもだ、王妃が戒厳令が敷かれている最中に、敵国へ出向くというパフォーマンスが常識外れだと国内外では、批判の的だ。


「およそ、常識はずれなのはわかるんだよね。母様が私を殺したがってるだけなんだよ。私が大使として敵国へ向かうというパフォーマンスでしかないやり口も。」


空母デッキのシートに身を沈めて、ため息交じりに呟く。

「トーケンを呼んで!」そう叫ぶと「あの奴隷は重機器のメンテナンスを行っております」とマルムの返答が返ってきた。


マルムは、屈強な体をしたマベリア付きの衛兵であり、いちいちその視線には邪な欲が透けて見えた。邪な欲を持っているから、マベリアとトーケンの仲を面白く思っていない。


王の妃だと思っていたころは、そのような態度を示すこともなかったが、王が形だけの王妃として自分を扱っているのを知ると、変に馴れ馴れしく言葉を発するようになった。


奴隷風情がマベリアに近づくことができるのなら、ましてや自分ならと邪推を働かせているに違いない。ねっとりと舐め回すような視線が不快だ。

「マベリア妃、出ます。シートベルトを締めていただきます。」

総舵手の言葉を受けて、マベリアは「ああ」と応え、めんどくさそうに手をに一度だけ仰ぐように振った。


「さて、どうやっても坂道を転がるように堕ちていく流れは止められないな…。」

ひとり呟く声も、機体のオーグメンターの高爆音に消えていった。


シートに押し付けられる圧迫感も、トーケンとの深夜に出かけたあれ程ではない。

目を覚ましたトーケンが私を抱いたときにきつく抱きしめられた時の、あの強い腕の逃げられない感覚よりも、ずっと物足りない圧力だなと考えた。

(トーケンと、公務で空に出ることができた。それだけでも心が躍る出来事だな…)

そう、心の中でつぶやいた。


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