第12話 マベリアの独り言


マベリア、つまり私は、貴族とは名ばかりの家で育った。

そんな爵位など捨ててしまえばいいのにと、何度も思ったが、それに縋りたがる何も持っていない人間は、地位に異様な執着心を抱くものだ。


子供の頃は、男性に色目を使うなと言われ、

あなたは、色気がないと年頃になると言われた。

罵られ、樫木で削り出された棒で体中に痣ができるほどに子供のころから殴られた。

そんな私が真っ当に育つはずがない。


私は、その頃、隣の領地の色白の優しい子が好きだった。


優しく笑う子だった。


母は、そのことをよく思わず、成り上がりの貴族などと…と事あるごとに嫌味な口調で呟いた。夏休みが終わって、少し涼しくなった時期に、彼は、入院先の病院で亡くなったという。その頃、紫鉱議会の山から降りてきた貴族が、コロニーを形成しつつあって、彼はそこの御曹司だった。


地のものの貴族達は、意外にも羽ぶりの良い成り上がり者を心よく思っておらず、実は、秘密裏に粛清を行なっていたようだ。

粛清の対象は、誰でもよかった、

誰かが気に食わない奴隷上がりがいたら、結社に上申し表立って行うこと、秘密裏に行うこと、それらを皆で話し合う。

まるで、ゲームをする様に、抹殺計画が動いていて…。

おそらく、私が好きだったあの子も、秘密裏に、抹殺されたのだろう…と思った。少しずつ、生命力が削り落とされるように、透明な痛々しい笑顔を見せてくれていた。

貴族の医者にかからないで、とその子の母親に懇願しに行ったが、今更、どこの奴隷の医者が我々を診てくれようか…と、それが返答だった。

彼の父親は、優しく私の頭を撫でてくれた。


程なくして、風が夏の暑さを幻想のように思わせる頃、奴隷でもない、貴族の仲間にも認められない彼らは、嫡男を亡くした。

母は、奴隷風情がね。と言って笑みを浮かべた。


あの子の葬式には、僅かな血縁しか訪れなかった。

私があの子を好きになったことが間違いだったのだと、その時に初めて気付いた。


私たち家族は、爵位は奴隷よりも高かったが、生活自体は、奴隷貴族よりも困窮していた。


女は、歳がいくと、ドロドロに根を張った地位に固執して、他人からの称賛の目で見られることだけが叶えるべき願いとなった。

女にとって、貴族で美しい女だという事実は、年々衰えていく。そうすると、虚勢と嘘で地に根を張り、ぐずぐずの腐敗臭のする徒花を咲かせ始める。

そんな花に、誰も寄り添おうとは思わない。

娘である私でさえも…。

ああ、そうか…。

あの子を殺すように具申したのは、母だったのか…。

弱っていくあの子を、ニヤニヤと命を弄ぶ快楽を手にして上機嫌だったのか。

私は、自分の浅はかさを呪った。


誰かを愛することが、何故死をもたらすかを理解できず、その頃に覚え始めた自分の指で満たすだけの性的な快楽の罪悪感を抱えながら、私が抱く愛情とは、不吉な汚れたものだという思いだけが残った。


そのうちに、母は、私に婚姻の話を持ってきた。

王家の遠縁にあたる齢五十になろうかという領主だ。

王家と遠戚になれると、母は上機嫌だった。

持参金を借金しまくって、嫁ぎ先から蔑まれた言葉を貰っても、母は、嫌らしくへつらう笑顔で上機嫌だった。

奴隷貴族にはいけ高々に臨むくせに…。

殺してしまうくせに…。


マベリア、お前は、ここの領主さんになるのよ…と、炯々とした目を剥き出しにして、興奮してカラカラになった口腔の独特の臭気を吐きつけながら、言った。

お前の夫になる人は、お前より長生き出来ないからね。そしたら、私たちの時代が来るのです。


私の本当の父が死んで、母は変わった。

いや、死んでしまったのかも疑わしい。

打算的な母は、世間体を気にして、離縁されたことを黙っているのかもしれない。

優しい父だった。


私に甘く、いろんなことを教えてくれた。

風を切って乗る馬の心地よさも、小さな力で身を守る方法も。

時折、父親に突然その技をかけて、転ばせた時にもとても楽しそうに笑ってくれた。

父親は、心から笑う方法を教えてくれたんだ。

もう、忘れてしまったけれど…。

婚礼の日、何故か私はろくな化粧もせずに立ち尽くしていた。

母は、煌びやかに飾られて、まるで自分が花嫁のようだった。

騒つくバージンロードを歩く間、私は顔を上げることが出来なかった。

色黒の痩せっぽち。あんな娘が…と。周囲が囁く中、胸を張った母は、上機嫌だった。

いつも、自分が主役にならないと気が済まない女だと…その時は思ったのだけれど…。


実は、彼女は、私の夫となる男と寝ていた。


つまり、自分がこの城の中で、実質的な王妃となることを暗に示していただけなのだ。一度結婚した女を、しかも、歳のいった女を妻に迎えるわけにはいかないと、おそらく、彼は言った。


彼女はそれを聞いた時、心のうちに呪いのような怒りを燃やしていたとしても、彼女は目的のためには、平静を装いながら言った。

であれば…。

なんという、我が家族の破廉恥さ。

恒久に葬り去りたい契約。

そして、我が夫となる男の浅ましさ…。

親子共々…。


婚姻が成った日、初夜から、ずっと王を受け入れることができずに体を拒み続けてきた違和感と嫌悪感の正体をある日知った。


リィナにそれを告げた時の悪魔的な笑い顔を今も思い出せる。

幼かったころからされてきたように、狂ったように殴られると思っていたのに、リィナは嗤った…。世継ぎを急いで生むべきだと蹴り倒されながら殴打されながら罵られるはずだったのに…。

リィナは不気味に優しかった。


事細かに王の手が私の体のどこを触って、どこのぬめりを確認したのか。

王の舌が私の体のどこを這いずり回ったのか。

それを事細かに私から聞き出した。

リィナの目は嗤っていたが、その奥には煮えたぎった女の業のようなものを思わせるようだった。


リィナは、王が自分の体と娘の体をどれだけ詳細に愛そうとしているのかを確かめようとしていたのだ。


それを知った時には、あまりの動揺で、足首まで埋まろうかというほどの奢侈を極めた絨毯に胃の内容物をぶちまけた。

殺しても、死なない女だ。その母の名前をリィナと言う。

私を産んだ大淫婦だ。


それでも、私は唯一の血縁である彼女を愛していた…。


私の書類だけの上での夫である王は、それから常に私を避け続けていた。

公的な場には常に母リィナが寄り添っていた。

リィナは、王と私を意識的に引き離そうとしていた。


王の体面を維持できるのは、リィナであって私ではなかった。

そして、その王の体面を地に堕とすのも彼女には造作もないことだった。

自分と王との関係を暴露してしまえば良いだけだった。


そのうち、私は公的な場から少しずつ離れながら、孤立しトーケンという奴隷の仲間を得た。従順な、何も考えていないような眼をした奴隷だった。


私は、明日、船団を引き連れてエジンプロスへ行く。

王の名代としてその役割をかって出た。


船団と兵器を積んだ航空機で、何が最終交渉だ。

既に、布告前の臨戦状態にあって、私を敵前に投入し、殺させる算段だ。

大義を手にして、戦争に突入するつもりだ。


女王を殺したエジンプロスに対して、内外へアピールをするつもりだ。


その証拠に、武装した船団が向かうということについては、何一つ新聞には書かれていない。私は和平の象徴として取り上げられている。


ようやく、死に場所がこれか…。

それでも、いい。

これでようやく終わりがくる。

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